RE.乃木坂学院高校演劇部物語
「初日、中ホリ裏の道具置き場を見に行ったよ」
「マスター、ハイボールおかわり!……で、お化けでも居ました?」
「いたね、ヌリカベの団体さん筆頭にいろいろ」
「あれはね、フェリペが中ホリから後ろ半分使わせてくれないから……」
「逆だね。あんなに飾りこまなきゃ、道具はソデに置いて舞台全体が使えた。芝居の基本は……」
グビグビグビ……グルン!
お代わりのハイボールを一気飲みすると九十度旋回して先輩と正対した。
「おい、大丈夫かマリちゃん?」
「大丈夫。お説拝聴させていただきます」
「じゃあ、言わせてもらうけどね……」
互いに芝居で鍛え上げた声、店内いっぱいに響く大激論になった。
しかし、激論しているのがテレビでも有名な(わりに、わたしは、その日まで知らなかったけど。なんせテレビ見ないし小田先輩は様変わりしちゃってるし)高橋誠司と、この界隈じゃ、ちょっとした顔の乃木坂学院の貴崎マリというので、みんな観戦者になってしまった。
何分だか何十分だったかして、それに気づいた。
余裕のふりして、それぞれお勘定する。お客さんが、みな拍手で送り出してくれたのには閉口。小田先輩はカーテンコールのように慇懃なポーズでご挨拶。
「ブラボー!」
マスターがトドメを刺した。
夜風が心地よかった。
「あの店のマスター、昔は芝居をやっていたとにらんだね」
「あのブラボー?」
「うんにゃ、あの店の内装、客席の配置。タパスの料理の並べ方。ミザンセーヌ(舞台での役者の立ち位置と、そのバランス)が見事」
「そう……ですよね」
と、わたしは頼りない。
「酒と料理を出すタイミングは、名脇役のそれだ!」
「先輩、酔ってます?」
「程よくね……それに、あの店の名前」
「KETAYONA?」
「わからんか。まあ、暇があったら逆立ちでもしてみるんだな!」
先輩は立ち止まって、大きな伸びをした。わたしもつられて大アクビ。
ふと気づいて後ろを見ると……なんと、その種のホテル!
視線を感じると、横で先輩がニンマリ。あわてて首を横に振る。パトロ-ルのお巡りさんが、チラッと見て通り過ぎた。その後をたどるようにわたしたちは歩き出した。
「ハハ、そういうリアクションが苦手なんだよな。マリッペは、芝居作りよりレビューってのかな、そういうものとかプロデュースの方が向いてるかもな」
「わたしは、現役バリバリの教師です!」
「はいはい、貴崎マリ先生」
「あのね……」
その時、人の気配に気づかなかったのは、やっぱり二人とも酔っていたのかもしれない。
明くる日、わたしは珍しく遅刻してしまった。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問