くノ一その一今のうち
たぶん中央アジアのどこか。
小さいころから、お祖母ちゃんに日本の地理については教えられた。
物心ついたころの玩具は、都道府県の形をしたブロックだった。
毎日、それを組み立てて、保育所に行く頃には都道府県名と旧分国名を県庁所在地と合わせて憶えていた。
小学校に入ると、都道府県別のブロックになって、国内の地理に関しては、そこいらへんの教師よりも詳しくなった。
ただ、世界地図になるとお手上げだ。ざっくりと五大陸が分かって、ニ十個ほどの国の位置と名前が分かる程度。
まあ、並みの高校生レベル。
これで、観光バスのバスガイドになれるかなあと四年生になるくらいまでは思っていた。
五年生になると、鏡に映る自分の顔を見てバスガイドじゃなくてブスガイドになると思った。
お祖母ちゃんは、万一忍者になることを考えて教えてくれたんだと思う。
それでも、地理は国内だけで、世界地図には踏み込まなかった。
空飛ぶ犬や猫が居ないように、忍者が世界を舞台に働くことがあるとは思わなかったんだ。
原チャで爆走しているところは見渡す限りの草原。だから漠然と中央アジアだとしか分からない。
「ここからは、脚でいく」
わたしと同じ姿で社長が宣言し、わたしと嫁持ちさんも停車。社長に倣って原チャを茂みの中に隠す。
C130を降りてから二時間ほどたっている。たっているけど、相変わらず草原のど真ん中。どうするんだろうと思うけど、質問はしない。
忍びの任務に就いたら、あとは指示に従って動くだけだ。上司がそこにいるいないは関係が無い。
「横一列で走る」
セオリー通り。縦列で走ると序列が知れてしまう。今日日は、はるか成層圏からでも、人工衛星が地上を覗いている。油断ができない。
ニ十分ほど走ったところで匍匐前進。
匍匐前進には五段階あって、五分おきに姿勢を変え、最後は蛇がのたうつような第一匍匐で十分あまり。
あ……!
声には出さないけど驚いた。
草原は、そこから緩やかな下り坂になっていて、五キロほど先にゲームに出てきそうな街が見える。
街の向こうには、さらに草原が広がっていて、山々を背景に三つばかりの街が霞んでいる。
どうやら、C130で降り立ったのは広大な台地の上で、そこから、原チャと足で人界に近づいているらしい。
「あの街に潜入する」
いつの間にか、社長が左に、嫁持ちさんが右に寄ってきて匍匐姿勢のままブリーフィングになる。
「街の寺院に、この国の王子が幽閉されている。その救助が目的だ」
そう言って、A4サイズの紙を二枚広げた。
「こっちが、街の地図。三方から別々に侵入する。こことこことここだ、仮にA・B・Cとする。Aは嫁持ち、Bは儂、Cがソノッチだ。そして、これが寺院の見取り図。王子はこの経蔵庫の中。五時間後に二つ西側の什器倉庫の屋根裏で落ち合う。一分で地図と見取り図を憶えろ」
「「………………………………………………………………」」
一分後、社長は地図と見取り図を粉々に引き裂いて風に飛ばした。
「食べてしまわなくていいんですか?」
忍者は、命令書などは目を通したあと、証拠を残さないために食べてしまうものなんだ。
「紫外線にあたると半日で分解される。時計を合わせるぞ」
「え、電波時計でしょ?」
「気分の問題なんだよ」
嫁持ちさんが注釈して、三人で時計を見つめる。
「5秒前、4、3、2、1、テー!」
それを合図に、わたしたちは三方に散った。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍)
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者