鳴かぬなら 信長転生記
「沈黙の行をなさっている……ことにしよう」
「「うん」」
馬上に現れた三蔵法師は喋らないのだ。
呼吸も瞬きもしている、話しかければ目を合わせて笑みを返してくるのだが、まるで喋らない。
忠八に尋ねると『人の形はしていますがオブジェです』ということだ。
NPCですらない。NPCならアルゴリズムで言葉を発するし一定の動作もする。
この三蔵法師は、道端にある石ころや小動物と同じオブジェなのだ。
『スマホのアプリで多少の操作ができます、必要のない時はオフにもできますので、うまくカモフラージュに使ってください』
「お、おう」
さあ、出発!
悟空の俺が先頭で、馬に乗ったオブジェの三蔵法師、その脇を茶姫の沙悟浄、市の猪八戒が固める。
ルートを探るために、俺の目の前には畳一畳ほどのインタフェイスが浮かび上がって、三国志と西域の地図を映している。
「まずは蜀の成都を目指すか」
「そうね、まずは諸葛茶孔明との連携を計るのね」
「天下三分の計が全ての土台だ。曹素兄の企みで有名無実になってしまっているから、その確認。そのためには、わたし自身が孔明に会って話さなければならないだろう」
「謀ごとの土台は利だが、利は信の衣を纏わさなければ前に進まんからな」
微妙に背中に圧を感じる。
俺は右手で馬の轡をとっているので、真後ろは市だ。
市は猪八戒の外形になったので、かなり暑苦しくなっている。その照り返しか……あるいは『信』の一字に過敏になったか。
俺は、近江の浅井長政に市をくれてやった。
京の都に行くにも、越前の朝倉を攻めるにも、必ず近江の浅井領を通らねばならない。その浅井の信を得るための政略結婚だ。
長政はいい奴だった。婚儀に先立ち、一晩語り明かした。
長政は浅井の地政学的な価値も、この信長の力も正確に知っておった。そして、腹違いも含めれば八人も居る姉妹の中から市を選んだ意味も知っておった。
同腹の妹は犬と市の二人だけだ。
犬は美人だが大人しいだけで面白みのない奴だ。市は面白い。ガキの頃、俺にくっ付いて走り回っている弟妹は市だけだった。くっついているだけではない。時と場合によっては、俺にさえ掴みかかって来るほどに自我が強くて気も強い。それが容姿にも現れて、張りと面白みのある美人になった。
つまり、俺の一番の妹だ。それをくれてやることの意味は大きい。
それを長政は知っていたし、喜んでもいた。
市を通して、俺と長政は本当の兄弟のようになって、両国の関係は良好だった。
俺は親父の久政には何もしなかった。久政は、ただの隠居。浅井の当主は長政だからな。
つまらないクソジジイだが、久政にも気を配ってやるべきだったか。
俺が直接でなくてもいい。サルか明智のキンカン頭。
この場合はキンカン頭だな。久政は伝統や格式に美意識を感じるジジイだったからな。土岐源氏の明智が律儀に相手をしてくれたら喜んだだろう。面倒くさいが、それが信を得ることに繋がる。
フフ、俺らしくも無い。
たらればを考えるのは愚物だ。
しかし、茶姫と関わるようになって、しばしば考えるようになった。
これが、転生の値打ちか。
「まずは、様子を探るために敦煌に向かおう」
沙悟浄が指をさす。
「微妙に遠回りにならない?」
「三蔵法師は長安の僧だ。天竺からの帰りなら玉門関から敦煌に向かうのが自然。街も大きいし、まずは情報収集だ」
沙悟浄の頭の皿では、もう先の戦略が練られているようだ。
悟空の俺も、頭の針を過去から現在に切り替える。猪八戒もけっこうな汗だが、顔はしっかり前を向いている。
オブジェの三蔵法師が馬の背でニコニコ笑みをたたえ、信長版西遊記が始まったぞ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)