大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『走れナロス!』

2021-09-09 06:31:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『走れナロス!』   

 




 ナロスは激怒した。必ずかの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

 作者が、この最初の一行を思いついたときに、わたしは生まれ、その運命が決められた。

 

 わたしは、ギリシャのとある街の石工として設定された。固い友情を持つナロスの友としては、これほど相応しい仕事はないからだ。

 もとより、わたしに石工としての技術も職業意識もない。

 その証拠に、作者は石工に関する描写をどこにもしてはいない。

 ただ、硬い意思と固い石をかけたオヤジギャグだ。

 兵庫県豊岡市のユルキャラの玄さんのことが、ひどく羨ましく感じられる。ユルキャラ相撲ではクマモンやバリーさんに簡単に負けてしまったが、彼は愛されるために存在しているのだ。

 それに引き換え、わたしは、ナロスの偽善に満ちた友情、ひいては作者の身勝手な責任回避、自己欺瞞の象徴であるナロスの引き立て役としての役割を与えられ、作品の終わり頃に付け足したように、命を救われる。実際作者の心情の中では殺されているに等しい。

 その欺瞞の引き立て役のわたしは、名乗るのもおこがましい……。

 作者は、見栄っ張りであった。

 ある日、作者は、僅かばかりの原稿料が入ったのに気を大きくして、友人を沢山連れて、温泉に遊びに行った。芸者やコンパニオンのオネエチャン、ふと立ち寄ったスナックのオネエサンなどを呼んで、連日のバカ騒ぎ。

 五日目の朝に、宿の番頭が、みんなの部屋を訪れて、こう言った。

「あのう……酒屋やスナックへの支払いもございますので、とりあえずここまでのナニを……」

「ナニとはなんだ!?」

 作者は、酒臭い息を吐きながら、そう毒づいた。

 友人達は、あまりに剣呑な言いように一瞬氷りついた。

 番頭は、穏やかにかみ砕いた物言いをした。

「はい、もう五日目になりますので、取りあえず、ここまでのお会計を済ませて頂ければと存じまして……」

「そうか、勘定か」

「は、ま、有り体にもうしますと……」

「そりゃそうだ、人間はカンジョウの動物だからな。理性だとか、知性だとか、品性だとか言いながら、基本のところでは、カンジョウの動物なんだよ!」

「は、わたくしには、難しいことは分かりませんが、左様でございましょうね」

「よし、分かった。いくらなんだい?」

「はい、夕べまでの分を計算いたしますと、このように……」

 番頭は、オズオズとお会計書を差し出した。

 作者は、じっとそれを見つめた。

「……酒が抜けてから、勘定するから、ちょっと待ってくれたまえ」

「は、はい、それでは、よろしくお願い申し上げます」

 作者は、うなだれた。場の空気が再び氷りついた。

「おいT……大丈夫なんだろうな」

「ああ、大丈夫さ。ただ、少し足りない……」

「少しって……?」

「まあ、心配すんな。近所に知り合いの先生がいる。ちょいと拝借してくるから、少しばかり待っていてくれ」

 そういうと、作者は宿のドテラ一枚に下駄履きという、ほんのご近所にいくような出で立ちで宿を出た。

 宿の番頭も友だちも、ほんの小一時間あれば戻ってくるだろう。そう思っていた。

 作者は、昼になっても、夕方になっても帰ってこなかった。

 なんせ、スマホも携帯も無い時代である。友人達は、心当たりに電話したが、ようとして作者の居所は分からなかった。

 けっきょく残された友人達は、十日ばかり宿でこき使われて、やっと放免された。

「あなたがたも、お友だちは選ばなくっちゃ」

 番頭の言葉に、友人達は頭を掻くだけであった。

 半月ほどして、作者の居所が知れた。さっそく友人達は作者に詰め寄った。

「ひどいじゃないか、俺たちがどんなに待って、どんな 目にあったか分かるかい!?」

 作者は、うつむいたまま、こう言った。

「君たちは、たかが待つ身じゃないか。君たちに待たせる者の苦悩が分かってたまるか……」

 とんでもない言い訳であることは、作者自身分かっていた。自己嫌悪さえしていた。

 その自己嫌悪を、作者は『走れナロス』を書くことで癒した。

 癒しであるために、ナロスは美しい。

 ほんの申し訳程度、氾濫した川を渡ることに苦労したり、たまたま通り合わせた山賊を、王の刺客と思いこんでやっつけ、体力を消耗し、「もう間に合わなくてもいい」と思わせたりした。

「この三日、一度だけ君を疑ったことがある」

 石工としての描写はおろか、ナロスとの友情の描写さえないわたしに、そんなことを言わせ、ナロスに殴らせている。むろん、ナロスも途中で、心情を吐露し、わたしに殴らせている。

 似たような設定が『紅の豚』の終盤にあるが、あの男らしさとカタルシスは、この作品には無い。

 作者自身、こんな友人関係はあり得ないことを承知で書いている。あり得ないのだから、作者の真情の中では、わたしは磔になって殺されている。

 殺されているのに生きていることにされ、半世紀もの間、わたしは小学校の教科書にも載り続けた。

 わたしは玄さんが羨ましい。

 みんなナロスの話はオボロでも、その名は国民の大半が知っている。だから。いまだにテレビのCMに使われたりする。ネットで検索しても750000件も出てくる。わたしの名は、僅かにグーグルで100000件。奴の1/7にも満たない。

 そんな、わたしの名はセロヌンティウス……このブログを閉じたとたんに忘れられてしまうだろう。

 

 


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