大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:14『あ あれ?』

2020-07-19 06:27:02 | 小説5

かの世界この世界:14

『あ あれ?』    

 

 

 戻って来たのかと思った。

 

 だって、同じ鳥居の前だ。

 時間は……たぶん昼? 

 鳥居も自分の影も真下にある。

 ……爽やか……南中したお日様に猛々しさはない、むろんお日様を直に見ることなんてできないけど、イメージとしてはニコニコと穏やかに笑っている感じ。これは春か秋か?

 社務所に戻って聞いてみれば、現在(いま)がいつなのか分かる……でも、なにか憚られる。

 もう少し観察してからでないと、うかつには動けないという気がする。

 

 鳥居の柱に寄り掛かって周囲を観察。

 

 神社の前は昔からのお屋敷街で、見慣れた百坪や五十坪ほどが落ち着いたたたずまいで並んでいる。

 五月か十月ごろの鳥居の前……てことは学校行かなきゃ……でも日曜で休みとか?

 スマホでカレンダーを見ようと思ったが……え、このポシェット?

 いつものリュックじゃなかった。肩から斜めに下げたポシェットと言っていい小ぶりのバッグ。

 一瞬ためらったけど、自分が下げているんだから自分のだろう。

 あれ?

 ざっくりワンピにちょっとルーズなカーディガン……自分のじゃない。

 ドキッとして顔を触ってみる。

 ほんとは鏡で見た方がいいんだろうけど、とりあえず触った感触は自分だ。

 ポシェットを探ってみると、財布とハンカチとティッシュにもろもろ……スマホが無い。

 

 スマホが無いと、こんなに不安なものだとは思わなかった。

 

 落ち着け光子……家に戻ろうか? いや、もうちょっと考えた方がいい。

 チラチラと周囲に目を向ける。

 ちょっと違和感……道路の両脇を走っている電線が頼りない…………あ、光ケーブルが無い!

 子どものころ、電線に並行して走っている黒いらせん状が気になってお父さんに聞いたことがある。

――ああ、あれは光ケーブルだ。家のパソコンに繋がってるんだよ――

 そう教えてもらって、ひどく感心したことがある。

 

 ひょっとして昔にもどった?

 

 財布の中を確かめる、一万円札が二枚に千円札が……あれ? 夏目漱石だったけ?

 カードとかも変だ、なにこれ……テレホンカード?

 

 落ち着け。

 

 もう一度周囲を観察……振り返って神社の境内。

 あ、あれ?

 拝殿の脇にはポールがあって日の丸が掛かっているんだけど、その日の丸がおかしい。

 風に翻ったそれは、赤地に白丸!?     黒田長政 on Twitter: "赤地に白丸。日章旗の逆バージョンのようなこれ ...

 

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

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あたしのあした・58『赤穂の塩』

2020-07-19 06:09:16 | ノベル2

・58

『赤穂の塩』    

 

 きららさんとの話を終えてリビングを出た。

 松野廊下は無くなっていて、三メートルほどの廊下の向こうは普通の扉。
「じゃ、よろしくお願いしますね」
 きららさんの笑顔に送られてエレベーターに向かう、どこにでもある普通のマンションだ。
 老女うららの役を引き受けて、それから風間寛一さんのことを思い出して……なにか大事な話をした……気がするんだけど思い出せない。

 エントランスを出ると市役所の車が待ってくれていた。

「ご苦労様でした、では、車を出します」
 運転手さんはゆっくりとアクセルを踏む。バックミラーに写るマンションが小さくなっていく。
「あれ……?」
 きららさんの部屋は十三階だった。エレベーターのボタン⑬を押した……はずだ。
 だけど、バックミラーに写っているマンションは十二階までしかない。
 もっかい数えよう……数えていると、車がグッとカーブした。

 景色がグルリと回って、あたりは武家屋敷ばかりのところに出てきた。

「こちらに立ち寄っていただきます」

 車のドアが開いたのは、いかにも大名屋敷の長屋門の前だった。羽織袴の男の人が頭を下げて待っている。

「お待ち申し上げておりました、うららさま。浅野家筆頭家老の大石内蔵助にござります、あるじ内匠頭がお待ち申し上げておりまする。まずはお運びを」
 大石さんの挨拶を受けて長屋門を潜る。うららさまと呼ばれているけど、不思議には思わない。

 松野廊下の強装束(こわしょうぞく)では分からなかったが、浅野さんは神経質そうな若者だった。
「あるじきららの名代としてまいりました、よろしくお願いいたします」
「勅使饗応役の御指南ありがとうございます」
 老女とは言え、他藩の奥女中に過ぎない者に丁寧な挨拶。教えを乞う立場であるとは言え、ちょっと堅苦しい。浅野さんの個性なんだろうけど、これは弱点になるだろう。
「指南役は吉良様です。わたしは、その吉良様対策の助言をさせていただきます」

 浅野さんは、都からやってくる勅使(天皇様のお使い)の接待役を吉良さん共々命ぜられたのだ。

 吉良さんは旗本の中でも高家筆頭というセレブな家柄で、幕府の礼式やマナーのオーソリティ。方や浅野さんは見ての通りの若者で、家は広島浅野家の分家。吉良さんの家は足利や新田に並ぶ鎌倉時代からの名家。浅野さんちは江戸時代になってできた外様大名のそのまた分家。キャリアも家柄もぜんぜん違う。勅使饗応役なんかを引き受けて緊張しまくっている。

「いちおう吉良様には御指南を受ける身として御挨拶には行ったんだけどねえ。その……感触は悪くなかったんだ、悪くなかったんだけど、なんかバリアーがあるって感じで、悪い予感がするんだよ」
「その予感は当たっていると思いますよ」
「やっぱり……」
 浅野さんのこめかみが引きつった。
「あ、悪い方じゃないんですよ吉良様って『持ちつ持たれつ』ってのが吉良様のコンセプト」
「持ちつ持たれつ?」
「ギブアンドテイク、魚心あれば水心です」
「それって、賄賂とか?」
「それはテレビとか映画の設定です。吉良様は領民おもいの、よくできたお旗本です」

「えと、どういうことかな?」

 あらら、目が座っちゃってる。真面目なんだろうけど、これは嫌われるなあ。
「吉良様のご領地は塩を作っています。塩は、浅野様の特産でもありますね」
「う、うん。赤穂の塩は日本一で、江戸や大坂でもよく売れているよ。我が藩の専売だしね」
「吉良様は、赤穂の塩の作り方を知りたがってるんです。これを教えて差し上げることです」
「あ、それはできない。専売品の製法って、どこの藩でもトップシークレットだよ」
「市場開拓すればいいと思います」
「市場開拓?」
「赤穂の塩は高級品で、一般庶民のお台所では使われません」
「そこが高級品の値打ちだよ」
「吉良様のところと協同で製法を研究し、もう少し安く売れるようになれば市場が拡大して、結果的には売り上げが伸びると思いますよ」
「でも、それはなあ……」
 浅野さんは眉を寄せて腕を組んでしまった。吉良さんにこんな態度をしては反抗的な拒絶と思われる。
「赤穂の塩を使っているのは、江戸に限って言っても、大名や旗本、大商人や、その人たちが利用する高級料亭や遊郭……人口にして五万人を切るでしょう。江戸には百万の人間がいます。五万の人々が一石五両の塩を使うよりも、百万の人たちが一石一両の塩を使った方が儲けが多くなります」
「百万人分の塩なんて作れるもんじゃない」
「だから吉良様といっしょにお作りになればよろしいのですよ」
「う、うん」

 浅野さんの気持ちが少し動いたような気がした……。
 

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せやさかい・158『新入部員・1』

2020-07-18 14:48:11 | ノベル

せやさかい・158

『新入部員・1』さくら        

 

 

 なかなかの子だと思います。

 

 校門を出て、留美ちゃんが発した言葉は敬語になってた。

 別に、わたしが感心されるようなことをしたわけやない。

 ついさっき、入部希望の一年生に会っての留美ちゃんの感想。

「なかなかやのん?」

「なかなかです」

「なかなかなんかあ……」

 わたしは、よう分からへん。

 ちょっと小柄なメガネ少年。

 喋り方は留美ちゃんに似てる。喋る言葉は標準語でアナウンサーみたいにアクセントまできちんとしてる。たった一年違いやのに、わたしらにも終始敬語で喋ってくれて、それが留美ちゃんにまで伝染してるみたい。

「わたしなんか足元にも及ばないかもしれませんねえ」

「あ……まあ、感想はともかく、わたしに敬語使うのは止めとかへん(^_^;)」

「あ、あ、ごめんなさい(*#ω#)」

「どこらへんがすごいの? 大人っぽい感じいうのか、なんか打ち解けにくい感じで、ちょっと苦手……かな」

「入部届の字がきれいだったでしょ」

「あ、うん。確かにきれいやったけど、あの字は親が書いたんとちゃうかなあ?」

「違うよ、保護者の署名と字が違う。あれは自分で書いた字だよ。ハネと払い方が違ったもん」

 うう、わたしには分からへんかった。

「入部届出すのに鞄を開けたでしょ、落ち着いていたようでも緊張していて、帰るまで鞄の口が開いたままだった」

「え、そうやった?」

「鞄の中にラノベと文庫が入ってた。ラノベは『エロマンガ先生』と『オレイモ』と『りゅうおうのおしごと!』で、文庫は書名は分からなかったけど北方謙三だった」

 ラノベは分かったけど、北方謙三はよく分からない。

「好きな作家は川原礫と司馬遼太郎とか言ってたっけ?」

「ううん、好きな作家は絞りにくいから、いま読んでいる作家って言ってた」

「あ、アハハ、そうやったっけ。司馬遼太郎は名前しか知らんし、川原礫は聞いたこともないよって」

「SAOの作者よ!」

「SAO?」

「『ソードアートオンライン』、毎年ラノベの売り上げ一位をキープしてる作品よ」

「あ、それなら知ってる。アニメも半分くらいは観たし!」

「それが、鞄の中の本とは一致しない。ハッタリじゃなくて、同時に何冊も読んでるのよ。すごいわよ、あの子は」

「そうなん? ま、苗字は『夏目』で、おお! いう感じやけど、名前は『銀之助』で笑いかけた。夏目ときたら漱石やもんね」

「漱石の本名は『金之助』、『銀之助』というのは完全に漱石を意識してるわよ」

「え、そうなん?」

「本人もすごいけど、親もただものじゃない……なんか、圧倒される」

 夏目くんもスゴイんやろけど、きちんと受け止めてる留美ちゃんもスゴイよ。

 わたしは、ただのメガネ少年の印象でしかなかったし。

 

 嬉しかったのは、文芸部の部活はうちの本堂裏の座敷でやることをすんなり受け入れてくれたこと。

 今までのライフスタイル変えんでもええしね。

 

 

 

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かの世界この世界:13『ワープ』

2020-07-18 06:05:58 | 小説5

かの世界この世界:13

『ワープ』    

 

 

 世界の綻び……このわたしが?

 

 わたしは、ヤックンに告白させないことだけを願っている。

 告白させたら、冴子がブチギレる。

 ブチギレた冴子は鬼になって跳びかかって来て昇降口の階段をもつれ合いながら転げ落ちて、わたしは冴子を殺してしまうんだ。冴子を殺したわたしは旧校舎の屋上に追い詰められ、飛び降りて死んでしまうんだ。

 それを回避したいために過去に戻っているんだ。

 先輩には悪いけど、自分のためなんだ。世界の綻びと言われても困る。

 

「旅立たなければ、この半日が無限にループするしかないの。108回ループして分かったわ」

 

「で、でも、この帰り道に冴子が告白するかもしれないし」

「冴子は、そんな子じゃない」

「知っているでしょ、あの子はヤックンが告白してくれるのでなければ受け入れられないのよ」

 中臣先輩が悲しそうに首を振る。

「で、でも108回もループしているなんて……」

 二人の先輩の言うことを認めれば、なにかとんでもない世界というか段階に足を踏み入れざるを得ない気がして、頑なになる。

「ループしているのよ、今すぐに旅立たなければ!」

「時子」

「ごめん……追い詰めるつもりじゃないの」

「その玉垣の上を見てくれる」

「玉垣……」

 

 神社の結界を玉垣という、子どもの背丈ほどの石柱の壁には石柱ごとに奉納者と寄付した金額が彫り込まれている。

 鳥居のすぐ横が、最高額の奉納者である地銀の社名……そこから始まって、数えると108番目の玉垣まで小石が置かれていた。

 

 これは……!?

 

「思い出した?」

「ループし終わると記憶が無くなるから、帰りに鳥居をくぐるたびに小石を載せておくように暗示をかけたの」

 小石を置く自分の姿がハタハタと蘇る。

「こことは違う世界、わたしたちは『かの世界』と呼んでいるわ」

「三つ子ビルの一つ一つのブロックのように無数の『かの世界』が寄り集まって宇宙とでもいうべきものを作っているの、そのいくつかの『かの世界』がほころび始めているのよ」

「それを修正して来て欲しいの、修正しなければ、三つ子ビルのように、この宇宙全体が崩壊してしまうわ」

「世界の修正だなんて、わたしにはできません。自分の不始末さえ108回かけても直せないのに」

「光子はラノベを書くでしょ? もうノートに何冊もプロットを書き溜めて」

「子どもの頃のメモを含めると、とうに万を超えるくらいのストーリーを」

「その粘りと想像力があれば、きっとできる」

「必ずできるわ」

 すると、コラ画像みたくノートに書き溜めたプロットやストーリーの断片がキラキラと明滅しながら神社の境内を取り巻いて数えきれない流星群のようになった。

 流星群は急速に輪を縮め、先輩とわたしを、ついにはわたしだけを取り巻くようになって、恐ろしくて動けなくなった。

 

「この世界にも歪みが出始めた」

「もう時間がない、飛んで!」

 二人の先輩がゲームのヒーラーのように私に向けて、勢いよく手をかざした。

 

 ウワーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 とたんに鳥居を中心に風景が渦を巻くように捩れて、ついにはわたし自身もよじれて意識が飛んでしまった。

 

 

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あたしのあした・57『松の廊下』

2020-07-18 05:28:53 | ノベル2

・57

『松の廊下』     

 

 

 どうぞ~こちらへ~

 春風のような笑顔で、きららさんは迎えてくださった。

「どうぞ~」と誘われた二メートルほどの廊下を曲がると、殿中松の廊下かと思わせるくらいの幅広の長い板敷の廊下に繋がっていた。松の廊下は広い庭に面していて、なんでマンションの中にこんなものがあるんだと不思議なんだけれど、きららさんのポワポワ笑顔に包まれると、不思議さの割にビックリはしない。
 二度ほど角を曲がったけど、曲がるたびに松の廊下は果てしない。
 庭の方から黄色いチョウチョがハタハタと飛んできて、わたしと並んだかと思うと、フッと方向を変えて、あたしの顔を掠めた。

 え……………………?

 廊下を、烏帽子に長袴のお大名たちが歩いている。
 長袴ってのは、足が完全に袴の中に潜ってしまって、そのままでは歩行も困難。両手で袴をつまんでソロソロとしか歩けない。
 これは、わざと動きにくくしているんだ。たとえ酔っぱらったりもめ事が起こったりしても、江戸城中では絶対乱暴な行為をさせないと言う幕府の工夫なんだろう。

 そう思っていると、後ろからパタパタと走ってくる音がした。

「おのれ、吉良上野介! わが遺恨、きりきりと受けてみよ!」

 青い長袴の大名が脇差を抜いて、わたしの横を走り抜けた。

「お、おのれ、狼藉者!」
 黒い長袴のお爺さんが、アタフタと逃げる。だけどお爺さんの方は、長袴に足をとられ思うように逃げられない。
「えい!」
 青い方が脇差を振り下ろした。
「ギャー!」
 黒い方は額を切られ、烏帽子も吹き飛んで尻餅をついた。
「殿中でござる! 殿中でござるぞ、浅野殿!」
 裃姿の侍が青い方を羽交い絞めにした。
「お放しくだされ梶川殿、武士の、武士の情けでござる!」
「殿中の刃傷はご法度、鯉口三寸抜いたれば、その身は切腹、お家は断絶でござるぞ!」
「もとより承知の上、ことここに至っては、トドメを、にっくき吉良上野介にトドメを!」
 梶川さんというお侍は屈強で、ブチギレた浅野内匠頭を吉良さんから遠ざけ、その間に、茶坊主や大名旗本らが吉良上野介を担ぎ上げて避難させてしまった。

「ちょっと違うのが混ざっちゃったわね」

 声が聞こえると、そこは広い座敷だった。
 いつのまにか正面にきららさんと向かい合って座っている。
「えと、今のは……」

「きららときら(吉良)が似てるから、ゴッチャになったのね」

「そうなんですか?」
「ま、吉良さんの語源は『雲母』からきてるって説もあるから、どこかで関連してるかもしれないけど。今のは電波が混信してるくらいに思ってもらっていいわ」
「そうなんですか」
「きょう来ていただいたのは、恵子さんにお願いがあってなの」
「はい、お願いですか?」
「ええ、今度の雲母姫フェスタで、老女のうららをやってもらえないかしら」
「ろ、老女ですか?」
「ええ、雲母姫を生まれた時から支えてくれたオバサンなの」
「あの、えと、あたし、まだ高校生なんですけど」
「ハハ、もう三百年も昔の話だから、少々の歳なんて誤差みたいなものよ」
「でも、あたしみたいな者が……」
「ううん、あなたでなきゃ出来ないの。あなたには普通の女の子には無い力があるから」
「力……ですか」
「ほら、恵さんの心には、もう一人の人格がいる……でしょ」
「あ……」

 近ごろ、ほとんど意識することが亡くなった風間寛一さんが、ホワっと浮き出してくるのを感じた……。

 

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かの世界この世界:12『ループ』

2020-07-17 06:28:11 | 小説5

かの世界この世界:12

『ループ』              

 

 

 いちど帰宅してから神社に向かう。

 

 巫女神楽は三度目だけど、二度目が終わった時に心の糸が切れているので、形はともかく気持ちが入ってこない。

 日数が無いのですごく集中する。

 バイト同然の巫女仕事に力を入れてもと思う人が居るかもしれないけど、わたしも冴子も、そういう性格だから仕方がない。

 左手に榊、右手に鈴を持って、舞台中央で冴子と交差する。

 シャリン! トン!

 鈴を打ち振ると同時に、右足で床を踏み鳴らし、踏み鳴らした勢いのまま旋回して冴子と向き合う。

 勢いがって平仄も合って、宮司さんも満足そうに微笑んでいる。

 三間(5・4メートル)向こうの冴子、軽く眉間に力が入って、それがとても美しい。

――光子も美しいよ――

 冴子が目の光だけで言っている。

――でも、わたし負けないから――

 そう続いて、さらに冴子の表情を引き締める。後ろではヤックンがお囃子の中でわたしたちを見ている。

 ヤックンに近づいちゃいけない。ヤックンにコクるきっかけを与えちゃいけない。

 その思いだけでお稽古を終わり、サッサと着替えて宮司さんたちに挨拶。

「お先に失礼します」

 ペコンと一礼、

 視界の端で、ヤックンが立ち上がる気配。

 ダメだ、わたしを誘っちゃ!

「一緒に帰ろ!」

 二人の間に冴子が立ち上がる。冴子も信じられないくらい早く支度を済ませている。

 わたしとヤックンを二人っきりにしたくないのだ。

「そうだね、じゃ、鳥居のとこで待ってる」

 二人とも装束を仕舞えていないので、わたしが先に出る。

 

 鳥居の所で待つこと二分ほど、社務所の陰から二人のシルエット。

 陰気なのはいけない、肩の高さまで手を上げてヒラヒラと振る。冴子も明るく返してくる。

「じゃ、いこっか」

「「うん」」

 声が重なって鳥居を出る。ゲームのダンジョンに踏み入ったように緊張する。

 ここから帰宅するまでは、親しい三人の友だちを演じなければならない。

 三人揃ってというのは久々のはずなのに、何度もやっているような徒労感がある。

 

 寺井さん

 

 夜道の斜め前から声が掛かる。

 

「あ、中臣先輩!?」

「こんな時間にごめんなさい、ちょっと部活の事で話があるの。寺井さん借りてもいい?」

「はい、ごめん。二人で帰ってくれる?」

 少し戸惑ったような顔をしたが、うん、じゃね。と二人連れで帰っていく。

 この帰り道のどこかで、冴子がコクればいいのに……そう思うけど、冴子はヤックンがコクルのを待っているんだ。自分からコクルなんて百年待ってもやらないだろう。

 二人が闇に説けるのを待って、先輩が口を開く。

「これで、108回目……」

「え、なにがですか?」

「三人で帰るのが」

「え、えと……話が見えないんですけど」

「ヤックンに告白させないまま三人で帰るのが108回あったの。そして家に帰って玄関を開けると、今日の夕方に戻って、また神社に急ぐ」

「え、そんな?」

「学校を帰ってから、この瞬間までがループしてるの」

「ループ?」

「……うん」

「ヤックンに告白させないために、無意識に時間を巻き戻している」

「もう、旅立たなければ無限ループの闇に落ちてしまうのよ」

 いつの間にか志村先輩も現れて、前を塞ぐように立っている。

「このままでは、光子、あなたが世界の綻びになってしまうわ」

 

 二人の真剣さに、ゾゾッと背中を怖気が走った……。

 

 

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・56『きららさんに呼ばれる』

2020-07-17 06:13:28 | ノベル2

・56

『きららさんに呼ばれる』        


 市役所から電話がかかってきた

 雲母姫役のきららさんが、わたしに会いたいとおっしゃっているそうだ。


 個人情報にうるさいご時世なので、わざわざ市役所を通して連絡してこられたのだ。

「ごめん、ちょっと家の用事で」

 放課後、遊びに行く約束をしていたネッチに断りを入れるのは心苦しかったけど「他の人には言わないで」と言われている。
 学校の玄関まで市役所の車が迎えに来たのには慌てた。
「アハハ、実は、うちのお母さん、闇の雲母市長なんだよね(´;ω;`)」
 ラノベみたいにぶっ飛んだ言い訳を言う。
「え、あ、そうなんだ」
 ネッチが車に向かって頭を下げる。「え?」と思ったら、セダンの後部座席には、スーツ姿のお母さんが座っているではないか!?
「お、お母さん」
 声がうわずった。
「わたしの横に座って」
 後ろのドアが開いて、わたしはオズオズと収まる。セダンなんて乗り慣れなくて、右足から乗り込んだので、お尻を収めると、スカートが股を開いた状態でめくれ上がる。ネッチが笑って、男子どもの視線が集まるのでテンパってしまう。
「ドア、閉まります」
 運転手さんの注意があって、車は学校の正門を出る。
「お母さ……え?」
 わたしの隣には誰も座っていなかった。
「お母様の話をされましたので、合わせておきました」
「は、はあ……」

 お母さんは3Dのホログラムかなんか? 不思議の、ほんの入り口だった。

 雲母八万石の末裔なので、さぞや立派なお屋敷と思ったら、十二階建てのマンションだった。

「ここからは、恵子さん御一人でお願いいたします」
 車を下りて、正面のステップを上がる。ガラスの自動ドアはロックされているので、墓石のような共有端末のインタホンに向かう。
「あ」
 インタホンに並ぶキーボタンを見て「しまった」と思う。テンキーボタンにになっていて部屋番号を入力しなければ繋がらない仕掛けだ。

――いま開けるわ、エレベーターで十三階に上がって――

 インタホンから声がして、ドアが開いたので、ビクンとしてしまった。
 ⑬のボタンを押した。ズィーンと音がしてエレベーターが上昇する。
 エレベーターの中はドア以外の壁に鏡が貼ってあって落ち着かない。両側は合わせ鏡になっているので、はるか向こうまで何人ものわたしが写っている。見なきゃいいんだけど、ついチラ見。
「エ……?」
 八人目ぐらいのわたしがニッコリ笑って手を振った。目を瞬くと、普通にわたしが写っている。

 ビックリしているうちに十三階に到着。

 えと……でも、十三階の何号室だろう?
 エレベーターを下りて、戸惑う。部屋の番号は聞いていない。

 すると、八つ程あるドアの一つが、ぼんやり光っているのに気付く。
「あれかなあ」
 恐る恐る近づき、その前に立つと、音もなくドアが開いた……。

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銀河太平記 序・9『人とロボット・2』

2020-07-16 15:46:14 | 小説4

序・9『人とロボット・2』    

 

 

 サン!

 

 次の命令は、この一言だった。

 三、 参、 山、 桟、 算、 餐、 珊、 惨、 撒、 SAN、 SUN 様々な頭文字が浮かんだ。

 おそらく事前に決められていた作戦の符丁なのだろう、文字そのものに意味は無いんだろうけど、頭の中で『サン』にまつわる軍事用語を思い浮かべてしまう。

 CICの兵士たちは一斉に操作や作業を止めCIC四か所にある出口からほんの数秒で出て行った。

「俺たちも行く、身を低くしろ」

 両手を突いてスタートラインに付いたランナーのような姿勢をとると、畳一畳分ほどの床が跳ねあがり、わたしと司令を真上に開いた天井から撥ね上げた。

「着地したら、バイクに跨れ」

 放物線の頂点から窺うと、五十機余りのウマが擱座している中に博物館モノのバイクがアイドリングの身震いをさせている。駐屯地の南北は、どこから湧き出したのか数千の日本軍R兵(ロボット兵)が西北、南西を目指して疾走している。

 ブロン! ブロロロローーーーーー!!

 スロットルを上げると、バイクは前輪を跳ね上げて駐屯地の開け広げられたゲートを飛び出して西北西を目指した。

「手話はできるな?」

 小さく頷くと、司令は左手で手話を送ってきた。

―― 俺の側を離れるな 必ず日本に戻れる ――

―― このまま日本に? ――

―― しばらくは戦争だ 俺に付いていれば弾も避けていく ――

―― このまま作戦指揮を? ――

―― パルス動力のものは飛行機からウマまで使えない バイクがオシャカになったら俺を背負って走れ ――

―― わたしが司令のウマに? それってセクハラなんですけど ――

―― 俺は人間だ 時速百キロでなんか走れない 以上 ――

―― わたしをウマの代わりに連れ出したの!? ――

 それ以上は応えずに、司令はわたしの前を走った。

 

 司令を背負うとしたらオンブ? それとも四つ足になって背中に?

 

 四つ足は屈辱的だ……と思うのはわたし? それともグランマの感性?

 

 空に光るものがあって目を向けると火星への連絡船だ。高度二万を超えているのでアンチパルスの影響は受けないのだろう、光学ズームすると機体番号から新造貨客船『信濃丸』であると知れる。日本が汎用性を重視して作った新型だ。

 その向こうにも漢明国の連絡船『遼寧』が火星を目指している。

 宇宙は地上のいがみ合いを持ち込めるほど安全じゃないからね、地上で戦争ができるのは、ひょっとしたら、かなり贅沢なことななのかもしれない。

 だったら、こんな贅沢はヤメロ!

 バイクは二時間近く走って、マン漢国境を眼下に望む台地に着いた。

「JQをウマにし損ねたな」

 憎らしいことを言う司令の周囲には、すでに到着している部隊の指揮官たちが集まり始めている。

 日本軍は国境の南北に分かれ、浸透してくる漢明国を引き入れ挟撃する姿勢をとりつつある。

 ただ、挟撃する日本軍は敵の五分の一ほどでしかないことが、なんとも痛ましいのだけれど。

 

 

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かの世界この世界:11『世界を助けてもらいたいの』

2020-07-16 06:16:54 | 小説5

 かの世界この世界:11

『世界を助けてもらいたいの』    

 

 

 2000人助かると、時美のお母さんは別の人と結婚することになるの。

 

 中臣先輩は、学食でお蕎麦が売り切れだったらラーメンを食べるのというくらいの気楽さで言う。

「時美には生まれて来て欲しいから、やっぱり震災の犠牲者は6000人」

「ただいまあ(^▽^)」

 先輩が訂正すると、隠れん坊で最後まで隠れおおせた子どものように志村先輩が現れ、年表も元の姿に戻った。

「いくつもの小さな変化を加えると、2000人助けた上で時美が生まれるようにもできるんだけどね、すごく難しい方程式を解くようにしなくちゃならない。たとえできたとしても、遠い将来に影響が出るかもしれない」

 ヤックンの告白を無かったことにして、冴子を殺すことを回避していなければ信じられない話だ。

 それに、二人の先輩はティータイムの雑談のように話すので、まるで切迫感が無い。

「だから、今のところ震災についてはいじらないんだけど、全てのできごとを放置していると……」

「わ!」

 三つ子のビルが音を立てて崩壊していく。

 思わずのけ反ったが、モニターに映った3Dなので、吹き飛ぶ破片や濛々と寄せ来る爆煙に襲われることもない。

「これって、世界が崩壊したことを意味しているの」

「歴史は三つ子ビルほど単純じゃないけど、いくつかの出来事を修正しないと世界は崩壊してしまうの」

「かの世部はね、そんな歴史のイレギュラーを修正していく活動をしているの」

「それで、寺井さんには才能があるのよ。歴史を修正していく力が」

「そんな力がわたしに?」

「そう、ついさっき、ヤックンの告白を回避したじゃない。あれが成功していなければ、寺井さんは二宮さんを殺してしまう」

「そして、校内を逃げ回ったあげくに、この旧校舎の屋上に追い詰められ飛び降りて死んでしまうことになる」

「わたしや時子にも力があるけど、屋上に逃げる寺井さんを中廊下奥のここ(部室)へ誘導するのが精いっぱいなの」

「だから、ぜひ寺井さんに入部してもらって、わたしたちを……」

「「世界を助けてもらいたいの(o^―^o)」」

 

 二人の先輩の声が揃ったところで再び意識が遠のいていった。

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・55『雲母は我らが姫殿様』

2020-07-16 06:03:57 | ノベル2

・55

『雲母は我らが姫殿様』     


 水戸藩は、いわゆる御三家である。

 二代目は御存知の水戸光圀で、天下の副将軍の誉れも高く、代々の藩主は参勤交代を免ぜられ、江戸勤番(常駐)と決まっている。
 めったに水戸に帰ることも無く、中には一度も水戸の領地に足を踏み込まずに没した殿様もいる。

 勢い、領内の差配は、家老を頂点とする家臣団にゆだねられて揉めることが多かった。

 母の雪姫が亡くなって二年目、雲母姫は十八歳になっていた。

「水戸様はまるで戦支度ではないか!」

 眉を逆立ててはいるが、雲母姫は楽しそうだ。

 西川の東で、雲母の百姓衆三百と水戸藩の侍衆三百が対峙している。
 百姓衆は手ぶらの野良着姿であるが、水戸藩の侍たちは鎧兜に身を固めた上に鶴翼の陣形で、まさに敵を迎え撃つ戦の構えである。

「やあやあ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは、水戸徳川家にあって鬼神の重兵衛と呼ばれし、郡奉行酒田重兵衛景光な~り! オホン、お前たちが居座っているのは、我が水戸藩領である、その水戸領内において徒党の陣を張るとはもってのほか! さっさと解散して明け渡せ! さもなくば、この葵の御紋をはためかせ、鎧袖一触にけちらかさん!」
 
 先頭の馬に乗った郡奉行が、陣触れのような大音声で叫んだ。

「居座っておるのではありませーーん! 三百の人をもってーー、雲母の地と水戸様のご領地の境目を示しておるのでーーす!」

 雲母姫は酒田重兵衛に負けない大音声で対抗した。生まれつき声が大きいこともあるが、野良仕事の差配に声を張り上げるので、半端な侍よりも良く通る。
「古より、水戸領と雲母の境は西川をもっていたす! 西川の東を言い張るは無法であ~る!」
「雲母は水戸様よりも古うございます! 雲母の作法では、出水のあとは、測量によって正しき境を決めることになっておりまする! 正しき測量とは、古の西川の流れを計ること。我らの測量では、我らが立つところから二町東、酒田様お立ちになっておられるあたりにございまーーす!」

 水戸藩と雲母は、この秋の嵐の後、流れの変わった西川をめぐり、その境目で争っている。

 藩主が江戸詰めで赤字続きの水戸藩としては、少しでも収入を増やしたいため、隣接する地を少しでも自領に取り込もうとしていた。
 雲母たちは「ここで負けては、他の村々や天領・大名領との争いにも負ける」と腹をくくっていた。
 だが、水戸藩の侍たちのようなごり押しはしない。あくまで先祖伝来の土地を守り抜く方針で、それを測量によって厳密に主張する。

 だが、水戸藩には「佐竹にも見捨てられた雲母」という蔑みがあり、やりかたが強引になる。そして、西川を挟んだ睨みあいになったわけである。

「いたしかたありません、わたしたちの想いが正しいことをお示しいたします!」

 雲母姫が手を上げると、川上の方でドーンという音がした。
「今の音はなんだ!?」
 水戸の侍たちはうろたえた。
「上の池の堤を切りましたーー。水は低きに流れまーーす。すなわーーち、本来の西川の流れに従って流れーー、嵐によってーー変わった流れは干上がりまーーす。我らの測量が正しいことがーー、間もなく分かりまーーす!」

 やがて地震のような地響きをさせて水が流れてきた。

「ふん、堤を切ったとて川の流れは変わらん! みなみな狼狽えめさるな!」

 酒田重兵衛は強気で、侍たちを叱咤する。
 しかし、水の流れは正直であった。
 三百の水戸の侍たちは、寄せ来る奔流に次々に流されて行った。
 このままでは、水戸の三百は溺れ死ぬところであったが、雲母姫は、下のほうに幾重にも縄を渡し、溺れた侍たちが流されつくさないように工夫をしていた。意地を張りとおした酒田重兵衛一人を除いて水戸の侍たちは助かった。

 雲母姫の人気は一躍あがり、上総の百姓たちが姫を見る目は、あたかも遥か海の向こうのジャンヌダルクを見るようであった。

 そして、享保の改革を行った時の将軍徳川吉宗は、上総を安定させるため「水戸徳川家を補佐する」条件のもとに雲母八万石を雲母に任せた。
 雲母姫は女の身でありながら雲母八万石の実質的な当主となった。幕府の記録では、水戸徳川家より雲母姫の入婿になった雲母(徳川)光嗣が当主ということになっているが、雲母の人々は雲母姫こそが「我らの姫殿様」と思い定め、三百年後の今に至っている。

 雲母姫の来歴を調べ終ったあたしは、ネッチといっしょに長いため息をついたのであった! 

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魔法少女マヂカ・165『日光・4』

2020-07-15 12:35:17 | 小説

魔法少女マヂカ・165

『日光・4』語り手:マヂカ    

 

 

 戊辰戦争の幕軍ほど哀れな軍隊は無い。

 

 装備においても兵員数においても幕軍は新政府軍を凌駕していた。

 初日の戦いこそ一敗地にまみれたが、総司令官である慶喜が前線に出ていれば十分に勝てる戦いであったし、慶喜は前線の幕軍に自身の出馬を約していた。

 ところが、慶喜は夜半、本陣である大坂城を密かに抜け出して軍艦で江戸に引き上げた。

 新政府軍の陣頭に錦の御旗が翻り、その瞬間に幕軍は賊軍に堕ちてしまった。たかが一枚の御旗の意味を慶喜は過剰なほどに承知していた。天皇に弓ひくことは水戸学の真髄を極めた慶喜にはできようはずがない。

 ただ、やり方が姑息であった。小姓の交代を装い主戦派の司令官である会津藩主松平容保らを引き連れて外国の船に拾われて、後に徳川の軍艦にのり移り、それこそ尻に帆掛けて逃げ帰った。

 一夜にして幕軍の司令部が空になった。

 司令官を失った幕軍は総崩れになって大坂方面に逃げ散った。

 殿軍(しんがり)になって僅かな時間を稼いだのが新選組である。

 彼らは、慶喜を非難することもなく伏見や京街道のあちこちで打ち取られ、僅かなものだけが満身創痍で江戸に戻った。

 これ以上の手向かいは軍事的にも戦略的にも意味が無かった。総司令官である慶喜自身が江戸城を出て上野の寛永寺、後には水戸まで引いて謹慎してしまっているのだ。

 わたしは、立場を超えて近藤や土方を説得したが、彼らは優しく微笑んで首を横に振るだけだった。

「敵ながらマヂカには世話になった。マヂカが居なければ江戸までたどり着けはしなかっただろう。たどり着いたからには、俺たちは自分の『士道』を全うするよ。一度くらいは侍姿じゃねえマヂカと酒が飲めたらと思ったが、もし、俺たちの墓が建てられたら……墓の前で一杯やってくれたら嬉しいよ。もしよかったら総司を時々見舞ってやってくれ、根岸の植木屋に預けてある。あの体じゃ連れて行くわけにもいかねえしな」

 望み通り、総司のことは最後まで看てやって葬儀の差配までしてやった。年の暮れに珍しい大雪になって、積もった雪で雪だるまを作ってやると、もう寝返りを打つ元気も無かったのが、半身を起こして喜んでくれた。そのころには珍しい西洋式の雪だるまだ。少しでも総司を喜ばせたくって横浜の居留地まで行って、ハリスの護衛に付いてきたブリンダに教えてもらったんだ。そう言えば、あの時の礼を言い忘れている。

 総司にかまけている間に、幕軍の残党たちは、ろくに見舞ってやる間もなく、次々に撃破されてしまった。

 その無念が凝り固まったものが、目の前に溢れてまとわりついてくる妖どもだ。

 知らぬ間に南無阿弥陀仏と念仏を唱えながら風切丸を振り回している。

 念仏が良いのか、妖の切りように慣れたのか、仕損じが減ってきて、陽明門の前に出たころには敵の数は半分以下になってきた。

「もう邪魔をするな! おまえたちを切りたくはないんだ! 用があるのは、東京タワーの化け物一つだあああ!」

 ゴゴゴゴゴーーーーーーー!

 玉砂利が軋み、神山もろ共に鳴動したかと思うと、陽明門の内側に全き姿の東京タワーが地を山を震わせながら聳え立ってきた!

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かの世界この世界:10『志村先輩』

2020-07-15 06:33:44 | 小説5

かの世界この世界:10

『志村先輩』    

 

 

 最初に崩れた東側のビルは三か国の共同でつくられた。

 

 実際の工事に入ると、日本以外の二か国の技術では対応できないことが分かったからだ。

 その時点で二か国を撤収させ、日本企業だけで作るべきだった。

 しかし、メンツを重んじる二か国は継続を固執し、日本企業もことを荒立てることを望まず、東棟の建設に部分参加させた。

 結局二か国が担当したところは、三棟を屋上プールで連結するという部分で、重量に耐え切れずに挫滅し、東棟全体を傾かせることになったのだ。そして、傾いた東棟は中棟と西棟をも巻き込んで大崩壊に至ったというわけだ。

 これは、崩壊の責任を擦り付け合う、グロテスクな争いになるだろうなあ……光子は思った。

「悲惨な事件だけど、これは、たとえ話のサンプルなの」「今から説明することのね」

「サンプル……?」

「ええ、こじれても、会社が潰れたり、それぞれの国の評判が落ちるだけのこと」

「世界が滅びるようなことにはならないわ」

「でしょ?」

「ええ……まあ、そうでしょうけど」

「ちょっと切り替えるわね……」

 

 志村先輩が右手を上げると画面が変わった。

 ビルのシルエットはそのままで、シルエットは無数の小部屋に区分けされた。

 小分けされた小部屋には、高校二年の光子の知識では分からない……たぶん歴史的な事件が書かれている。

 歴史的な事件と分かるのは、ところどころ光子でも分かる出来事が書かれているからだ。

 

 平安遷都 元寇 太閤検地 サラミスの海戦 コロンブスアメリカ大陸到達 戊辰戦争 アパルトヘイトの終焉 etc……

 

「歴史年表ですか?」

「なんだけどね……」

「よく見て……」

 中臣先輩が呟くと、画面のあちこちがランダムに拡大されていく。

 

 秀吉が幕府を開く ナポレオンがロンドンを陥落させる ミッドウェー海戦勝利の日本がハワイを占領 リンカーン大統領暗殺失敗 阪神淡路大震災に米軍のトモダチ作戦 安倍首相暗殺される

 光子が見ても史実ではないことがチラホラうかがえた。

 

「そう、寺井さんが知っているのとは違う事件が起こった年表」

「たとえば、阪神淡路大震災のとき首相は村山さんじゃない可能性もあったの。すると、もっと早くアメリカの支援も受けたし、自衛隊の出動も早くなって、死者は4000人で済むの」

 あの震災では6000人以上の犠牲者が出ていたはずだ……

「2000人以上の命が救われた……すると、どうなると思う?」

 イタズラっぽい視線を送って来る志村先輩。

「そりゃ、良かったんじゃないですか、2000人も多く助かるんだから!」

「すると、こうなる……」

 年表のあちこちが点滅して、事件のいくつかが書き換わった。

「歴史が変わるんだ、先輩……」

 

 振り向くと、志村先輩の姿が無かった。

 

「え、え?」

「2000人助かると、時美は生まれてこないの」

「どうしてですか?」

「時美のお母さんが震災で助かった別の男の人と結婚するから、いまのお父さんに出会う前にね」

 中臣先輩が、シレッとして言った。

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・54『雪姫は馬で駆けつける』

2020-07-15 06:07:15 | ノベル2

・54

『雪姫は馬で駆けつける』      

 

 刀を収めなさい!

 叫んだが間に合わなかった。

 役人の首は「不埒ものめが!」と怒った顔のまま胴体から離れてしまった。


 三日前に来たばかりの関東郡代の役人がまたやって来たというので、隣村に出かけていた雪姫は馬に乗って駆け戻って来た。
「女将様(おかみさま)、こやつらは、騙り者どもにございます!」
 肝煎の職を受け継いだばかりの喜蔵は、血刀を振りかぶりながら吠えた。村の若者たちも喜蔵にならって鍬や鍬を振りかぶり、役人の従者たちを追い掛け回す。

 雪姫が乗っているのは、隣村の百姓馬だが、雪姫が手綱を捌くと、まるで天馬のように敏捷に駆け回る。
 雪姫は、俊敏に馬を操り、従者たちに振り下ろされる鍬鍬を叩き落としていった。

「この人たちは本物のお役人です! 無体なことをしてはいけません!」
「しかし、三日前にもお役人が来て、御年貢を持って行ったところです!」
「「「「「そうだそうだ!」」」」」

「これは間違いなの!!」

 雪姫の大音声に、ようやく村人たちは得物を引いた。

「佐竹のお殿様が国替えになられてから、ここいらは水戸様のご領地やら関東郡代支配地やら旗本領やらが入り組んでしまって、とてもややこしい。あってはならないことだけど、そのややこしさから年貢差配の役人が重ねて来たり、逆に来なかったりの混乱があるの。村は去年までは本多様のご領地だったけど、今年は旗本の大久保様のご領地。旗本のご領地は関東郡代の支配。そこで行違ってしまった。手代殿(役人の部下)、ここをどなたのご領地と心得て参られた?」
「ここは酒井様の……」
「いや、この帳面では永井様の……」
「「「「「なんだとー!」」」」」
 役人たちの混乱に、村人たちの目が再び三角になる。
「手代殿、お主たちにも手落ちがある。亡くなった者には済まないが、これは事故であったと了見してほしい」
「し、しかし、士分の者が殺められて……」
「士分であるからこそ言うのです。この者は刀を抜くどころか柄(つか)にさえ手を掛けていない。大勢の者が見ているんですよ。このままでは不覚者のそしりは免れません、この者の家は断絶のお沙汰になるでしょう」

 この時代、事の理非はともかく、戦いを挑まれて刀を抜くこともなく殺されると『士道不覚』ということでお家断絶の処分が下る。

「そ、それは……」

 役人たちは黙ってしまい、雪姫が役人の太刀を抜いて骸の手に持たせてやる。

 この件は事故として処理された。

 大なり小なりの混乱が続く中、雪姫は大名主(おおなぬし)雲母庄左エ門の妻として切り盛りしていった。

 そのあくる年には、雪姫と庄左エ門の間に女の子が生まれ、一族の望みをかけて雲母(きらら)と名付けられる。
 雲母が十六になるまでは、母の雪姫が近隣の村々のことから雲母の家のことまで切り盛りしていたので比較的平穏に過ぎて行った。

 雲母は父の庄左エ門から物に動じない穏やかさと、母の雪姫からは明るい洞察力と行動力を受け継いだ。

 もし、雲母が穏やかな土地に生まれれば、明るく目端のきいた大名主(おおなぬし)の娘として育ち、いずれは近隣の名主の家に嫁ぎ幸せな一生を送ったであろう。
 だが、ここは支配が入り乱れる東関東である。絶え間ない争い事の調整に息つく暇もなく、母の雪姫は雲母が十六になって間もなく病を得て亡くなってしまった。

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かの世界この世界:09『中臣先輩のロンゲ』

2020-07-14 06:35:24 | 小説5

 

かの世界この世界:09

『中臣先輩のロンゲ』    

 

 

 落ち着いてくると部室の様子が分かって来た。

 

 教室一つ分ほどの部室は畳敷きで、くつろいだ雰囲気なんだけれど窓が無い。三方が障子と襖で、そこを開けると廊下とか別室に繋がっているのかもしれないけど、なんだか、そこには興味を持たない方がいいような気がする。

 中臣先輩が立ち上がって、つられて首を巡らすと、驚いたことに上段……というのかしら、一段高くなっていて、壁面は全体が床の間みたい。三つも掛け軸が掛かっていて、その横は違い棚で、香炉やら漆塗りの文箱みたいなのが上品に置いてある。

 これって、時代劇とかである……書院だったっけ、お殿様が太刀持ちのお小姓なんかを侍らせて家来と話をしたりするところだ。映画かテレビのセットみたいだ。

 中臣先輩は、襖の向こうへ行ったかと思うと、お盆に茶道で使うようなお茶碗を載せて出てきた。

 制服姿なんだけど、お作法に則っているんだろうか、とても和の雰囲気。摺り足で歩くし、畳の縁は踏まない。

 その黒髪とあいまって、大名屋敷の奥女中さんのような雰囲気だ。

 

「まあ、これをお上がりなさい。気持ちが落ち着くわ」

 

 前回と違って落ち着いているつもりだったけど、一服いただくと、自分でも分かるほどに呼吸も拍動も、春のお花畑のように穏やかになってきた。

「落ち着かないと、これからのお話は理解できないからね」

「は、はい」

 もっともだ、うちの学校は古いけど、旧校舎とはいえ、こんな部屋があるのは、そぐわないよ。元々は作法室かなんかだったのかもしれない。そうだよね、学校で畳敷きって言えば作法室か、今は使われなくなった宿直室くらいしかありえない。

「これを見てくれるかしら」

 志村先輩が上段の間を示すと、掛け軸があったところが大型のモニターに代っていて、どこかアジアの大都市を映している。

「大きな三つ子ビルがあるでしょ」

「あ、ニュースで見たことがあります。東アジア最大のビルで、屋上がプールになっていて三つを繋いでいるんですよね」

「うん、先月から右側のビルが立ち入り禁止になってる」

「え、そうなんですか?」

「うん、傾き始めていてね、いずれ、他の二つも使われなくなるわ」

「そうなんですか?」

「日本の他に三つの国の建設会社が入って出来たビルなんだけど、技術の差や手抜き工事のために完成直後から傾き始めてね」

「これを見て」

 中臣先輩が手を動かすと、屋上のプールが3Dの大写しになった。

「あ、あれ?」

 プールの水は片側に寄ってしまって、反対側ではプールの底が露出している。

「東側のビルが沈下し始めてるんでプールが傾いているの」

「主に、X国の手抜きからきてるんだけどね、他の部分が、いくら良くできていても、こういうダメな部分があると、使い物にならなくなる」

「三カ月後には、こうなるわ」

 音は押えられていたが、東側が崩れ始めると、それに連れて他の二つも崩壊してしまった。

 3Dの画像なんだけど、崩壊の風圧が感じられ、中臣先輩の髪を乱暴にかきまわし、先輩は幽霊のようなザンバラ髪になってしまった。

「あ、髪の毛食べちゃった」

「トレードマークなんだろうけど、切るかまとめるかしたほうが良くない?」

「だ、大丈夫よ……」

「さあ、話はここからです……あ、あ~、ペッ、髪が……こんどは絡んで……」

「やっぱ、切ろうよ」

「あ、いや、それは……」

「覚悟しなさい!」

「と、時美さん、それは無体です!」

 志村先輩が中臣先輩を追いかけて、不思議な説明は中断してしまった。

 

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長

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あたしのあした・53『雲母姫の母』

2020-07-14 06:25:27 | ノベル2

・53

『雲母姫の母』         

 

 

 秋田県は美人が多いことで有名だ

 秋田美人ていうでしょ、これには理由があるの。
 秋田の殿様は佐竹さんというんだけど、元々は雲母市がある茨城県に八十万石で居たお殿様。
 関ヶ原の時にどっちつかずの態度で居たものだから、家康さんに秋田に飛ばされた。

 悔しがった殿様は、領内の可愛い女の子をみんな移転先の秋田に連れて行っちゃった。
 だから、秋田には美人が多い。
 可愛い子が居なくなった茨城地方は、一時期ブスばっかりになった……まあ、言い伝えなんで目を三角にしないでください。

 佐竹さんは秋田に行って二十万石ほどに減らされたので、ご家来を減らさなきゃならない。
 それで、まずは身内から。
 分家に当たる雲母内匠頭(きららたくみのかみ)を改易にした。

 その雲母内匠頭の五代目が雲母姫。

 雲母姫のお母さんは、雲母さんちに済まないと思った佐竹の殿様が、特別に嫁がせたお姫様……ちょっとドラマ仕立てで説明。

「おい、御行列が通るぞ」

 畑仕事をしていたお百姓たちは、肝煎さんの一言で畦道に土下座した。
 頭を垂れたお百姓たちの前を姫カゴの行列が差し掛かる。姫カゴとは云え大名カゴの一種なので相当な重さがあるので町カゴのように二人で担げるものではない。それを二人の中間(ちゅうげん)が易々と担ぎ、残り二人は付き従っている。どうやら空カゴのようだ。
 すると、こともあろうか、姫カゴはお百姓たちの目の前で停まったではないか!

 与作は土下座した頭を一層低くしながらも狼狽えた。

「姫、刻限でございます」

 行列を差配していたお侍が、土下座のお百姓衆の方にに呼びかけたから、みんな驚いた。
「あー、もう、こんな大そうなことをして!」
 与作の後ろで平伏していた百姓娘が顔を上げた。
「姫、これは父上とのお約束でありまするから、このジイに免じて聞き分けてくだされ」
「だって、せっかく村の衆にも馴染んでいただいたんです。ひっそりとお嫁入りしたいじゃないの」
「お聞きわけくだされ、雲母様は百姓身分であるとは申せ、もとを辿れば佐竹家の御連枝。ケジメと申すものがございます」

 姫は思った、これは父である佐竹のお殿様の後ろめたさの現れなんだ。

「与作のおじさん、お世話になりました。亡くなったおかみさんの親類の子だなんてウソ言ってごめんなさい。あたし、この度、雲母さまの嫁になる雪です」
 姫はペコリと頭を下げた。与作さんは、今の今までカミさんの姪だと思っていた姫に恐縮しまくった。
「お世話ついでに申し訳ないんですけど、川向こうの畑仕事している若様をお呼びしてくれませんか」
「へ、へい、ただいま!」
 与作さんは、肝煎さんの慌てた目配せで川向こうの畑にすっ飛んで行った。
「姫、婿殿とのご対面は祝言の席まではなりませんぞ」
「フフ、婿殿とは、この村に来た日から知り合いです。雪としては、祝言の前にお会いしたかったですから。これくらいのことは大目に見てもらっても良いと思います。そうでしょ、ジイ」
「良いも何も、もう、このように知られてしまって……」
「あら、まだ本題はこれからですよ」

 そう、雲母姫は、その母の雪姫のころから色々とあったのだ……。
 

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