大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:20『みっちゃん飛んで!』

2020-07-25 06:17:24 | 小説5

かの世界この世界:20     

『みっちゃん飛んで!』  

 

 

 あ………

 

 そう言ったきり中臣先輩は息をのんだ。

 ロンゲのお姫様カットで眉が隠れているのでとことんの表情は読めない。

 中臣先輩は表情の核心を眉に表す人なんだ。

 眉を見せてください……とも言えずに志村先輩を見る。キリリとしたポーカーフェイスで、さっきまでの陽気さが無い。

 消極的だけど、次の任務が大変なことを物語っている。

 

 モニターには、どこにでもある一軒家が映っている。

 

 二階建てで、カーポートと十坪ほどの庭が付いている。

 ラノベの主人公が住んでいそうな中産階級の見本のような家。今にもトーストを咥えた女子高生が飛び出してきそうな雰囲気だ。そして、最初の角を曲がったところで男の子とぶつかって――なんて失礼な奴!――お互いに思う。そして学校に着いたら、そいつが転校生でビックリして、そこからお話が始まるとか……。

「ミッチャンの思った通りよ、しばらくしたら誰かが飛び出してきて、角を曲がったところでミッチャンがぶつかるの」

「そんなラブコメみたいな任務なんですか?」

「ラブコメではないと思う。でも、そういうフラグが立っているのは分かる」

「そう、フラグなのよ……」

 志村先輩がマウスを操作すると、カメラが引きになりながら上昇……通り二つ向こうに学校が見えてくる。

「この学校が舞台なんですか?」

「これは小学校……見て、屋上の……」

「あ」

 それは、前の任務でも見た『白の丸』だ。

「この『白の丸』を『日の丸』に戻さなきゃクリアにはならないと思う」

「でも、それは、このステージの任務ではないと思うのよ」

「チュートリアルに毛の生えたような任務だと思う。白の丸に関わるのは、まだ先」

「初期設定は……HP50 MP50」

「時間が迫ってる。時子、ダブルクリックして」

「うん」

 中臣先輩がカチカチとクリックすると、ドアからトースト咥えて飛び出してきたショートヘアーの女の子……外股だ……え、女装男子!?

「時間よ、みっちゃん飛んで!」

「は、はい!」

 一瞬でホワイトアウトして、再び次元の狭間に投げ出されるわたしだった…… 

 

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

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あたしのあした・64『残り福の雲母戎』

2020-07-25 06:04:13 | ノベル2

・64
『残り福の雲母戎』    



 久々にお仲間が揃った。

 ボスの智満子以下、ねっち、ノンコ、ノエ、ベッキー、ミャー、マサミ、そしてあたし。
 ちょうど雲母戎神社の残り福、智満子が――いっちょ盛大にやろうぜ!――のメールを打ってきて、急なことだったんだけど、なんとみんなの都合がピッタリ合って、八人打ち揃っての残り福とあいなった!
「こういうコスの合わせ方もあったんだねーー!」
 最初はグズっていたベッキーも、神社に向かうオーディエンスやらモブのみなさんから好意的に注目されるとゴキゲンになってきた。

 あたしたちは、学校の制服をバッチリ決めてお参りに行ったのだった。

「完璧を期したいから、これ支給」

 智満子は全員にお揃いのハイソと手袋を支給していた。
 制服というのは、ほんの一部が違っても目立つものだ。ソックスとか手袋とか靴とか。靴は学校指定のローファーなので、ソックスと手袋を揃えたというワケ。高校というのは軍隊じゃないんだから、制服といっても、そういう細部が微妙に違う。そういう微妙に違う高校生を世間の人は見慣れているので、完璧にやると、わずかなことなんだけど、とても新鮮に見えるものなんだね。

 智満子えらい!

 そう思ったんだけど、智満子には、もう一つ狙いがある、ま、それは後ほど。

「みんなジャージは持ってきたよね?」
「ハーイ!」
 とお返事。この訳も後ほど。

「あら、あなたたちもお参り!?」
「「「「「「「「「?」」」」」」」」」
 注目を浴びていて緊張していたんだろう、九人とも気が付かなかった。
 わが担任の萌恵ちゃん先生が数人の先生と笹やら熊手を持ちながら歩いている。
「はい、みんなでお参りすれば御利益もひとしおだろうと思いまして」
 智満子がコスに合わせたお嬢様言葉で応える。
「なんだか、おまえら雰囲気が違うなあ」
 生指部長の水野先生がいぶかし気に言う。服装の違反には目ざとい先生だけど、きちんとした着こなしには観察力が着いてこないようで可笑しい。
 先生たちと別れた後、いよいよ鳥居をくぐってお参りだ。

「まず手水所(ちょうずや)だよ」

 いつも人の後ろでアワアワしているベッキーが率先する。巫女のアルバイトで覚えたことが役にたって、ちょっぴり自信が出てきたようだ。
 あたしも手伝って作法通り左手から右手、そして口を漱いで拝殿に並ぶ。
 まずは、あたしとベッキーがお参りして見本を示す。
 鈴を振ってお賽銭、二礼二拍手一礼、お願い事をして後ろと替わる。
 九人のトラッドな制服姿は新鮮なようで、見物やらお参りに来ていた外人さんたちが何枚も写真を撮ってくれた。

「じゃ、縁起物買いに行きますわよ」

 智満子がお嬢様のノリでみんなを引率。なんだか智満子の緊張はマックスぎみだ。どうして?
 原因はすぐに分かった。
 お札販売所に並んだ福娘、その中でひときわ美しく輝いていたのが、なんとお姉さんの瑠衣子さんだったではないか!
「あら、いらっしゃい、こっちこっち!」
 目ざとく、あたしたちを見つけて手を招き猫にした。
「みんなにお揃いのお守りを、それと熊手の竹をくださいませ」
 ばっちり笑顔を決めてお姉さんの福娘にご注文。
「フフ、わたしの負けだわ。智満子たち、とても素敵よ」
 後ろからでも智満子がホッとしたのが分かって可笑しい。

「そうか、智満子、お姉さんと張り合ってたんだ」

 帰り道、人ごみの中、押されて横に付いたのをいいことに、智満子の耳元で囁いた。
「少しはね……でも、ほんとの狙いは、これからよ」
 で、あたしたちは、智満子の家に向かった。
 智満子が不登校のときにお邪魔して以来なんだけど、やっぱスゴイ!
 さすがは『雲母の不動産王』の家だ。小さな小学校程の敷地に老舗ホテルのような三階建て。
 八人の中には初めて来たという子も居て、目を回している。

 実は、お参りのあと、みんなでお泊り会をすることになっていたのだ。

 女の子のお泊りというのは荷物が大変。で、荷物のほとんどは着替えとお泊りセット。
 そこで智満子は考えた。あくる日は普通に学校もあることだし、いっそ制服のまんまがいい。雲母戎のお参りに団体の制服姿なら目立つし、一石二鳥。智満子はお姉さんと賭けていたようで、その勝負もクリアーできる。
 夜はジャージでお気楽に、で、朝は、そのまま制服に戻って学校に行けば楽勝この上ない。
「明日、学校へはギャラクシースペシャル出してもらえるからね」
 憶えてるかしら、滋賀県のタヒチアンダンス大会にみんなで行ったときに乗せてもらった横田地所ご自慢のデラックスキャンピングトレーラー! あれにまた乗れるんだ!

 食事とお風呂が終わって間もないころ、みんなのスマホに同じメールが入った。
 学校からの一斉緊急メールだ!

 その内容は驚くべきものだった。

――学校に爆発物が仕掛けたという知らせがありました。点検と捜査のため、明日は臨時休校といたします――

 ええーーーー!? 
 

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せやさかい・159『新入部員・2』

2020-07-24 12:53:47 | ノベル

せやさかい・159

『新入部員・2』さくら        

 

 

 夏目銀之助の出で立ちは学校案内の『制服見本』で出てきそうなくらいに隙が無い。

 

 一年生も七月になったら、ちょっとずつ制服の乱れは出てくる。

 シャツを出したり、第一ボタンを外したりネクタイやリボンをルーズにしたり、微妙にミニスカートにした腰パンにしてみたり。

 よくあるのは指定以外のカッターシャツを着てくるというもの。

 指定と言ってもエンブレムが入っているわけでもなく、特殊な仕様でもない。

 襟と二の腕の所に小さく白い校章がプリントしてある。

 白のカッターシャツに白のプリントなので、よっぽど注意して見ないと分からないもので、それ以外は市販のカッターシャツと同じなので、学校もカッターシャツをうるさく言うことは無い。

 それを、夏目銀之助は寸分の狂いもなく着てくる。

 むろん夏なんで、半袖のカッターシャツ。

 昨日の部活はエアコンの調子が悪かったんで扇風機二台を回してしのいでいた。

「暑かったらネクタイとかも外してええねんよ、学校の部室とちゃうねんから」

 学校でも、この暑さやったらネクタイは免除される。登下校の時はネクタイしてんと怒られるんやけどね。

「いいのです、ネクタイ込みで制服ですから」

「いや、オデコに汗がにじんでるし」

「あ、失礼します」

 ポケットからハンカチを出して汗を拭く、いや、貴人の振舞いみたいにハンカチで押さえるだけ。学習院の生徒が汗かいても、もうちょっと大胆に拭くと思うよ。

「男子は暑ければネクタイを免除されますけど、女子はリボン外すのは認められていないでしょ?」

「女子はセーラー服だもん」

 留美ちゃんが正論を言う。

 セーラー服にとってのリボンは服の一部で、外してしまうと不良というかヤンチャに見えてしまう。アニメとかだったらリボンなしの女子は、ちょっとアウトローな性格付けになってる。

「それにセーラーは、裾も胸元もパカパカだから、男子よりも涼しいのよ」

「うん、どんどん涼しくしてくれてええねんよ」

 遠慮をしてると可愛そうやし、ちょっと度を越えたように思える男女平等をからかいたい気持ちもあったし、留美ちゃんの尻馬に乗ってしまう。

「あ、それじゃお言葉に甘えて……」

 ゴリゴリの思い込みではないらしく、夏目銀之助はネクタイを外し始めた。

 あ……。

 留美ちゃんといっしょに、思わず息をのんだ。

 

 ちょっと待って!

 

 小窓の頼子さんがストップをかける。

 実は、部活の様子をスカイプで頼子さんに伝えているところ。

 文芸部らしく、説明の部分はキーボードを叩いて文章で書いてる。書き終わるまでは口を出さないルールやねんけど、頼子さんはルールを破って直に声を出したというわけ。

「当てるから、答え言っちゃだめよ」

「あ、はい。そやけど三回までですよ」

「うんうん……えと、ネクタイ外すとろくろっ首!」

「ちゃいます」

「首の後ろに電脳へのコネクターがある!」

「攻殻機動隊とちゃいます」

「じゃ……」

「正解を言います」

「まだ二回しか言ってない!」

「真面目な答えが返って来そうにありませんから」

「もう」

 と言いながら、素直に答えを聞こうと言う姿勢の頼子さん。

「実はね……普通のネクタイやったんですよ!」

「え、普通のネクタイ!?」

 ありえへん答えに、画面の頼子さんは一瞬フリーズした。

 

 頼子さんは、なんでフリーズしたんでしょうか?

 その答えは……こうご期待!

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かの世界この世界:19『新しい任務が表示された』

2020-07-24 05:40:35 | 小説5

かの世界この世界:19     

『新しい任務が表示された』  

 

 

 白い闇の真ん中がドーナツ状に凝縮していき、二呼吸するうちにUFOのような発行体になり、拉致されるのかと思ったらリング状の蛍光灯だと合点がいく。

 どこかで見たような……考えていると霧が晴れるように白い闇が消えていき、部室の天井だと分かる。

 分かると同時に背中に引力を感じる。

 何のことは無い、見えているのが天井ならば背中は床だ。床方向に引力があるのはあたりまえ。

 どうも、わたしの感覚は視覚的なようだ。

 

 気が付いた?

 

 ギクッとした。

 視界の左に志村先輩の心配顔。

 ホッと吐息。

 右側に中臣先輩。

 

 突然見えたみたいだけど、さっきから居たんだろう。私の感覚は聴覚的?

 

「大変だったわね」

「そっと起きるのよ」

「あ、はい……あ」

 上半身を起こすと部室がグラ~っと回って、わたしはカエルを潰したように腹這いになった。めちゃくちゃ気持ちが悪い。

 体中の穴から寺井光子の実体が溶けだしてクラゲかバクテリアになってしまいそう。

 

 ソロリと先輩の優しい手で上向きにされる……すると中臣先輩の顔がズ~ンと寄って来た。

 どうやら抱き起されている……先輩の美しい顔はさらに寄って来る。先輩のロンゲがハラリと頬に掛かった。

 ア……

 わたしの口が先輩の唇で覆われてしまった。

 生まれて初めてのキスが先輩……すると口移しに爽やかなものが流し込まれ、ビックリしたけど不快じゃない。

 爽やかなものは、瞬くうちに全身に漲って平衡感覚が戻って来た。

「初めてだから次元酔いしたのよ」

「次元酔い?」

「口移しにしてごめんね」

「わたしの方が良かった?」

「茶化しちゃダメよ美空」

「ハハ、まあ、この次は自分で飲みなよ、このドリンクだから。冷蔵庫に冷やしてあるから、あとでもう一本くらい飲んどくといいよ」

「は、はい。ありがとうございました中臣先輩」

「よかった無事に戻ってきて……あれを見て」

 

 先輩が指したモニターを見ると、映っている三本の柱の右端のが青みを増している。ようく見ると、柱は無数の小部屋と言うか細胞というかで出来ていて、その半分ほどが青くなっている。残りは赤や、どっちつかずの白。見ようによっては無数のフランス国旗が埋め込まれているように見える。

「ミッチャンのお蔭よ」

「わたしですか?」

「うん、光子がミカドの窓際に座ったんで、あの学生と営業見習い風の女は出会わずに済んだ」

「あ、あの二人……」

「二人が出会うと、二年後には結婚して子供が生まれるの」

「男の子なんだけど、五十年後に総理大臣になるんだ」

「そして国策を誤って、日本どころか世界をメチャクチャにするの」

「メチャクチャに?」

「うん、でも生まれないことになったから、多分大丈夫」

「あの青いところが安全になった世界なんですね」

「そう、青が安全。赤は滅亡、白は一進一退というところ」

「真ん中のひと際明るい青がね、ミッチャンが修正したところ」

「あ、でも……」

 

 思い出した。わたしと出会ったことで三十年前のお母さんは死んでしまうんだ。

 

「そうなんだ。危機は回避したけど光子は生まれない世界になってしまった」

「それで戻ってきたんですか?」

「まあ……でも、あの世界は大丈夫だから」

 自分が生まれない世界と言うのは釈然としないが、母親の事故死を防げなかったという衝撃は小さくなった。

 だって、他の世界、真ん中と左側の柱には、母が生きていて、当然わたしも生まれている世界がたくさん残っているのだ。

「そして、ミッチャンが冴ちゃんに殺されない世界も、まだ現れていない」

「それって……」

「もうひと頑張りしなくっちゃ……」

 志村先輩がノーパソを操作すると、モニターに新しい任務が表示された。

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

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あたしのあした・63『しめ縄と七草粥』

2020-07-24 05:22:42 | ノベル2

・63
『しめ縄と七草粥』    




 例年なら8日なんだけど、今年は10日だ。

 ……て、始業式のこと。
 7日から三連休なので二日の儲け。
 ま、ピンときて喜んでいるのは小中高生よね。

 バイトも終わって懐も温かいので、ネッチにメールして遊びに行くことにした。

 家を出る前は戸締りやガスの元栓などをチェック。お母さんがボンヤリ屋さんなので、しっかり者の娘が代わりにやる。
 不登校していたころは、こんなチェックはしなかったので、ささいなことなんだけど嬉しい。
 
 しかし、我ながら念がいっている。

 窓やベランダの施錠はともかく、パソコンのメール着信やら電話の着信チェックまでやってしまって苦笑する。
 これは、わたしの中に潜んでいる風間寛一というオジサンの為せる技なのかもしれない。

――よし、では出発するとしようか!――

 玄関ドアを閉めて施錠を指さし確認「よし!」
 視野の隅に入ったしめ縄が気になる。
 もう七日、連休明けにはゴミの収集。こういうものは気づいた時に処理しておかないと、月の終わりまで掛けっぱなしということになりかねない。
 でも、もう少し正月気分でいたいというのが正直なところ。
 ま、いっか。ため息一つついて回れ右。階段を下りかけてスマホが鳴る。

――ごめん 初釜の後始末で出られなくなった ほんと(。-人-。) ゴメンネ――

 ネッチからのメール。
 ネッチの家はお茶屋さんで、かつ関根流茶道の教室もやっている。家業とあっては仕方ない。
 気合いの入った正月ルックのオメカシが、我ながら疎ましくなってくる。
 玄関のしめ縄を外して家に戻る。
 鏡に映った顔は寂しそうだ、ちょっぴり施したメイクが出番を失ったピエロみたいだ。

 だめだ、前向きの恵子にならなきゃ!

 思うんだけど、身体はソフアーの上でマグロ状態。

 プルルル~~プルルル~

 珍しくお家電話が鳴った。
「はい、田中です……」

 電話の相手と話し終わると、バッグを掴んで玄関を飛び出す。
「おっと」
 階段のところでタタラを踏んで、再び玄関へ。
「これでよし!」
 しめ縄を掛け直すと、二段飛ばしで階段を下りて駅を目指した!

「ハハハ、まるでキャンセルされたデートが復活したみたいね」

 電話の主が目の前で笑う。

 わたしは、我が主君である雲母きららさんのマンションに来ているのだ。
「あ、まだまだお正月って言われて嬉しくなっちゃって」
「ま、そこ座って」
 和室のやぐら炬燵に誘われる。こたつの上にはなにやら土鍋がグツグツ。
「まずは縁起物から」
 蓋がとられると、それは七草粥だった。

 せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ

 きららさんは、ていねいに教えてくださった。
 お粥なので、味はどうかな~と思ったんだけど、さすが雲母姫、雲母七万石伝統の味を引き継いでおられました。
「雲母神社で巫女さんのバイトしてたんですけど……」
 こないだまでやっていた巫女さんバイトでの不思議を話した。
「七人の高校生って……女子が一人だったのよね?」
「ええ、で、みんな手に手に楽器を持っていました」
「それって七福神だわよ!」
「七福神?」
「宇受賣命さんも喜んで踊っていたんでしょ?」
「ええ、なんちゅーか十八禁の踊りだったですけど」
「それって、雲母の街が豊かになるってお知らせよ。恵ちゃんが持ち上げたお札って、雲母の運を封じ込めていたんだと思うわよ」
「そうなんですか!?」
「恵ちゃんは、神さまに選ばれたのね……」
「そうなんですか!?」
 嬉しくなってきた。

「でもね、その分、試練も引き受けてしまったような気もするわ……」

 きららさんの目が、なんだか嗜虐的になってきた……。
 

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かの世界この世界:18『相席』

2020-07-23 06:23:38 | 小説5

かの世界この世界:18

『相席』    

 

 

 B駅へ向かうために下りのホームへ。

 

 B駅は下りの先頭方向に改札があるので、ホームの前の方、一両目の印があるところに立つ。

 電車がやって来る上り方向を覗うと、三十年前のお母さんとお祖母ちゃんが現れた。

 同じ電車に乗るんだ。

 嬉しくなって少しだけ寄ってみる。

 

――あの娘さんのお蔭ね――

――そうね、クーポン券、今日が期限。気が付かなきゃ、そのまま帰ってた――

 お母さんがヒラヒラさせてるのは令和二年でもB駅近くにあるBCDマートだ。昭和六十三年だったら新規開店で間もないころかな。素敵な靴が手ごろな値段で手に入るので有名。三十年後のお母さんもちょくちょく利用しているご贔屓の量販店だ。

 ウキウキしているお母さんが新鮮でくすぐったく、わたしは、やってきた下り電車の一両隣の車両に乗った。

 連結部分のガラス窓を通して――お母さん可愛い――ホンワカしているうちにB駅に着いてしまった。

 

 改札の位置が違う。

 

 三十年前のB駅は改装前で、改札に続く跨道橋は中央寄りにある。

 わたしは、お母さんとお祖母ちゃんの後姿を愛でながら改札を出た。

――あ、クレープ屋さん!――

 お母さんがロータリー端っこに停まっているキッチンカーに気づいた。

 女子高生らしい勢いで突進すると。十人ほどの列の最後尾について、お祖母ちゃんにオイデオイデしている。

 なんだか可愛い。あんな無邪気なお母さんは初めてだ。

 

 おっと、ミカドを探さなきゃ。

 

 首を半分回したところで発見。ロータリーに繋がる商店街の角に、これまた新規開店のミカドが見えた。

 三十年後はたこ焼きのお店があるはずの場所だ。

 先輩に言われた時間まで一分あるかないかで窓際のシートに座る。

 わたしの後ろから入って来た学生風のお兄さんが――おっと――という感じで窓際の席を諦めて、奥の四人掛けに収まった。

 ミカドは流行っているようで、カウンター以外の席は埋まってしまっている。

 むろん窓際は四人掛けなので、その気になれば相席できる。満席に近いのに四人掛けを占拠していることに収まりの悪さを感じる。

 オーダーした紅茶を待っているうちに出版社の営業見習いって感じの女性が入って来た。

「すみません、ここ、いいですか?」

 わたしの四人掛けの向かいを指して笑顔を向ける。

「あ、ええ、どうぞ」

 斜め前に座った見習女史は、ぶっといシステム手帳とA4の書類やチラシの束を出して仕事を始めた。

 これなら四人掛けでなきゃならないはずだと納得。

 紅茶を飲み終えたころ、見習い女史は席を立ってカウンターのピンク電話に向かった。

 ピンク電話の傍が、さっきの学生さん。

 学生さんは、チラリと女史を見る。微妙に笑顔になった風。

 女子は電話が終わると「お邪魔してごめんなさい」。のこやかな笑みをコーヒー代といっしょに残して出て行った。

 あ……とたんに目の前が白い闇に満ちてきた。

 

 さあ、約束の三十分が過ぎた。わたしもお勘定を済ませてミカドを出る。

 

 キキキーーーーグワッシャーーーーン!!

 

 ロータリーの方でクラッシュ音。

 セダンが歩道に乗り上げて、ベンチや花壇やなにやらをなぎ倒し、バス停に激突して停まっている。

 交通事故!?

 愕然とした。

 セダンの前方に、捻じれたように転がっているのはお母さん! お祖母ちゃんがへたり込んで呆然としている。

 

 おい、警察! それより救急車! すごい血  だめかもな  早く救急車!

 

 目の前の風景が急速に色彩を失い、次に輪郭が無くなり、わたしは白い闇に投げ出されてしまった。

 

 

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

 

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あたしのあした・62『お札納め所』

2020-07-23 06:12:53 | ノベル2

・62
『お札納め所』    



 巫女さんのアルバイトは今日が最終日

 神社のお正月は三が日だけじゃないんだ。
 数は少ないけど、四日以降にお参りに来る人もいるし、三が日の賑わいの後始末もある。
 それも、今日が最終日。

「十時にトラックが来るから」

 神主さんに言われ、巫女装束をたすき掛けして『お札納め所』に向かう。
『お札納め所』は御手洗所の裏にある。板囲いに簡単な屋根が付いた二坪ほどの小屋。
 昔は、古いお札や破魔矢やしめ縄は、神社ごとでお焚き上げをやっていた。
 近ごろでは、たいていの神社は住宅事情や大気汚染の問題で昔ながらのお焚き上げができない。
 そこで神社の組合みたいなところがトラックで回収し、まとめて排気ガスや二酸化炭素の処理ができるところでお焚き上げしている。
 そのトラックがやってくるので、バイト巫女たちが作業にかり出されるわけ。

 あけすけに言えば廃棄処理なんだけど、神さまに関わるものなのでゾンザイには扱えない。

 投げてはいけない、踏みつけてはいけない、息がかかってはいけない……などの決まりごとがある。
 普通にやったらニ十分ほどで終わる作業が一時間近くかかる。
「うんこらしょ!」とか「そーれ!」とか、思わず声が出てはボスの巫女さん(神主の娘さん)に怒られる。
 掛け声って大したものだということが分かった。ここ一番で声を掛けなければ、人間というのは踏ん張れない。
「フン!」とか「スン!」とか、堪えた声が風船から空気が漏れるように出てしまう。ベッキーは、この「フン! スン!」が色っぽい。

「なんだかエロゲの濡れ場みたい」

 ノンコの呟きにはみんなが笑った。怒られるかと思ったら、ボス巫女さんも笑っている。
 あとで聞いたんだけど、こういうお色気の笑いは神さまがお喜びになるそうなのだ。

 作業が終わると、巫女装束のみんなから湯気が立っている。やっぱきつい作業ではあった。

 神さまは汚れとか穢れを嫌うので、みんなで社務所裏の参集殿というところのお風呂に入った。
 解放されたようにキャーキャー言いながらシャワーして、新しい巫女装束に着替える。

「あれ?」

 参集殿から境内に出ると『お札納め所』が気にかかった。なにかやり残したような気になったのだ。
 ひとり『お札納め所』に戻ると、端っこの方にハガキほどのお札が残っていた。
 なんで取り残したんだろ?
 そう思いながらお札に手を掛けた。

 ウッフン……!

 ゾクっと尾てい骨から背中にかけて電気が走ったようになり、ノンコ以上の色っぽい声が出てしまった。
 なんとかお札を持ち上げて振り返ったら、出口が電柱一本分ほど遠のいてしまっている。
「え、うそ……」
 直ぐに出なきゃ大変なことになるという気がして、出口を目指すんだけど、出口はいつまでたっても近づいてこない。
 で、身体が、なんだか得体のしれない快感に痺れて素直に前に進まない。
 このまま痺れる快感の中に居たいという気持ちがせきあげて来る。でも、いま逃げ出さなければ、永遠に閉じ込められるという焦りもあって、最後は誰か分からない励ましの声で、やっと外に出た。

 すると、胸に抱えていたお札が見る見るうちに儚くなって、十秒もしないうちに消えてしまった。

 交代でお昼にして、お札販売所に座った。
 鳥居の向こうから、七人の高校生がやってくる。七人の内一人はロンゲの女の子だ。
 境内の真ん中まで来ると横一列に並んで、見たこともない楽器を取り出して、なんだか懐かしい演奏を始めた。
 そして、いつのまにか天宇受賣命さんが七人の前で激しくも美しく踊っている。

『ありがとう、やっと自由になれました』

 天宇受賣命さんと七人は光になって境内を……神社を……雲母の街全体を覆いつくしてしまった。

 お世話するって、これだったのかなあ……。
 

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かの世界この世界:17『なにかお困り?』

2020-07-22 06:21:35 | 小説5

かの世界この世界:17

『なにかお困り?』    

 

 

 無意識にポケットをまさぐる。

 

 分からない事があると脊髄反射でスマホを捜してしまうのだ。

 今は昭和63年だから、スマホはおろか携帯も存在しないのだ。

 なんとも落ち着かない。

 スマホがあれば、A駅近辺の喫茶店で検索できる。それ以上にスマホを持っていないという現実を突きつけられ、とても不安になる。

 スマホ無しで、どうやって調べたら……。

 

 人に聞くしかない……至極当たり前の解決策が湧いてくるが、これが容易なことではない。

 子どものころから見知らぬ人は不審者という決めつけがある。

 小学校入学時から防犯ブザーを持たされ、見知らぬ人に気をつけましょうと注意されてきた。

 当然世間の大人たちも子どもにものを尋ねるようなことはしない。

 

 路上でものを尋ねて警戒されないのは、マイクを持ってカメラマンを従えているテレビ局とかの人間だけだ。

 

 どうやって聞いたらいいんだろう……。

 駅前の交番が目についた。うまい具合にお巡りさんも居る。

 足を向けてためらわれた。

 わたしは別の世界の令和二年からやってきた人間だ。

 三十年以上のギャップ。数分でも会話すれば、なにかボロが出てしまうんじゃないか……こちらは日の丸が白の丸になっているように、とんでもないところで違いがある。

 もし、異世界の令和二年から来たと分かったら……いや、そもそも信じてもらえない。

 変なことを言う女! 話すことがズレてる! 某国のスパイか工作員か!?

 

 次々に湧いてきて、顔が引きつるだけで身動きが取れなくなってしまう。

 

 なにかお困り?

 

 口から心臓が飛び出しそうになった!

 胸を押えながら振り返ると、買い物帰りのオバサンが穏やかな笑顔で立っていた。

「あ、はい! 困ってるんです!」

 ほとばしるように言ってしまった。

「そうなの、怖い顔して、とても思い詰めてるように見えて。お節介でなくてよかった。で、どうなさったの?」

 なんだか、とても懐かしい感じのオバサンで……というか、わたしが、そこまで途方に暮れていたということなんだ。

「この辺に、ミカドっていう喫茶店ありませんか?」

「ミカド……ミカドね……」

 どうやらハズレ……すると、同じような買い物帰りのオバサンが寄って来た。

「どうしたの?」

「あ、おけいさん。この娘さんが……」

 どうやらお仲間の様子。

「ああ、それだったらB駅じゃなかったかな。カタカナ三つの喫茶店が開店してた。A駅前を考えていたらしいけど、借地料が合わないとかで、ここいらは駅前の再開発で地価が上がってるからねえ」

 そうか、反対だったんだ! B駅も隣だ!

「ど、どうもありがとうございました!」

 頭を下げると――お母さーん――という声がして、ロータリーの向こうから学校帰りの女子高生が駆けてくる。

 

 ほんの一瞬だけ見えて、逃げるように駅の構内に向かった。

 一瞬だったけど確信した。

 あの女子高生は、若いころのお母さんだ。

 オバサンが懐かしかったのは、三年前に亡くなったお祖母ちゃんだったからだ。お葬式に来てくれたお婆さんの一人がナントカ恵子さんだったような気がする、それがおけいさん?

 そんな思いも振り捨てて、B駅を目指して電車に飛び乗った。

 

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あたしのあした・61『そこで、あたしはアルバイト』

2020-07-22 06:03:07 | ノベル2

・61
『そこで、あたしはアルバイト』    



 

 どうして落ち着いているんだろう?

 不思議なくらいショックがやってこない。


 電車に飛び込もうと思ったぐらい――実際飛び込んでしまったんだけど――引きこもりの不登校で、イジメに負けそうになっていた。
 そんなあたしが、奇跡的に復活して学校に通っている。通っているだけじゃなくて、イジメていた子たちとも仲良くなって、口幅ったいけど、その子たちを真っ当な女子高生にした。智満子やネッチは今や親友だ。
 これは、あたしの力じゃない。あたしの中に住んだ風間寛一という人格がやったこと。
 その風間さんが亡くなったんだから、あたしは元の木阿弥……にはなっていない。

 不思議。

 でも、考えてもらちが明かないことなので平常心。

 うちのお母さんは、とりたてて正月の準備をしない。
 年越しそばもお節も生協の出来あい。普段からやっていれば必要ないということで大掃除じみたこともやらない。
 あたしの中には――やったほうがいい――という気持ちが芽生えているんだけど、お母さんに逆らってまでとは思わない。

 そこで、あたしはアルバイト。

 短期集中で稼ぎのいいものということで、雲母神社の巫女さんになるのだ!
 
「ごめんね、ほんとうに助かった」

 鳥居の前で待ち合わせしたベッキーが恐縮する。
「そんなことないわよ、思いもかけないバイト紹介してもらって、あたしこそラッキー」
「そう言ってもらえると、気が休まる~(>#o#<)!」
 実はノンコやノエもいっしょにやることになっていたんだけど、二人とも家の都合でアウトになり、ベッキーは途方に暮れていたのだ。
 巫女さんのバイトは、立ち居振る舞いや着物のさばき方がキチンとできなくてはいけないので、事前に二日かけて練習をやる。普通の女子高生じゃできないから、ベッキーはネッチに電話した。ネッチの家はお茶屋のかたわら茶道教室をやっているので、着物も立ち居振る舞いも問題ない。でも、年末年始、商店街のお店は忙しくてバイトなんかやっていられない。そこで、お鉢が回って来たというわけだ。
 あたしは『雲母姫フェスタ』で腰元の役をやるので、着物も立ち居振る舞いも講習を受けていてバッチリなのだ。

 雲母神社の御祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)と天宇受賣命(アメノウズメノミコト)だ。

 大国主命は商売の神さま、天宇受賣命は芸事の神さま。
 一通りの説明と巫女装束の試着をしたあと、二柱の神さまに御挨拶。
 拝殿の奥で神主さんのお祓いを受け、お作法通りの二礼二拍手一礼。

 最後の一礼をして顔を上げると……景色が変わっていた。

 十二畳ほどの拝殿は、まるで江戸城の大広間くらいに広がってしまっていて、神主さんや、他の巫女さんたちの姿も消えてしまっていた。

 はるか正面の上段の間には祭壇があって、祭壇の向こうの壁は素通しで本殿の社が見えている。

 本殿の扉がピカっと光ったかと思うと、左横に人の気配を感じた。

「この度は、お世話になりますね」

 首をひねると、天宇受賣命が立膝で座っていた。着物は巫女風なんだけど天女の羽衣みたいなのを羽織っていて、巫女装束もシースルーの生地なので、女のあたしでもドキドキする。
「恵子さんは、雲母姫さんの専属なんだけど、この度は、ちょっと無理をお願いしています」
「あの……バイトは、あたしの方から進んで……」
「道をつけたのはわたしです。大国主命さんは、伝える必要はないとおっしゃるんですけど、雲母さんへの礼儀の上からも、きちんと御挨拶しておかなければと思いましたの」
「は、はあ?」
 筋を通してくださっているんだろうということは分かるんだけど、『お世話』の中身が分からない、何をお世話するんだろう?

「それは……言わぬが花……ということで、うふ」

 可愛く笑ったと思ったら天宇受賣命さんの姿は消えてしまい、同時に拝殿の大広間は元の十二畳に戻ってしまった。

 お世話の中身はなんなんだ?

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魔法少女マヂカ・166『日光・5』

2020-07-21 15:43:28 | 小説

魔法少女マヂカ・166

『日光・5』語り手:マヂカ    

 

 

 風切丸を正眼に構えて東京タワーに対峙する。

 

 333メートルの東京タワーに165センチの魔法少女では絵にもならない。

 奴が攻撃の構えを見せたら、精一杯奴にまとわりついて、取りあえず友里とツンを逃がすことだけを考えよう。

 背中に感じる気配は、ツンが右、友里が少し後ろの左だ。

 ツンは、もともとは西郷さんの猟犬、一人でもどうにかするだろう。

 声をかけてやりたいが、僅かな隙を見せても命取りになりかねない。対峙しているのが精いっぱいだ。

 やつは壬生で見たレゴブロックでもなく、宇都宮で見た猪突猛進の化け物でもない。

 四本の脚で立ち上がった姿は、あっぱれ身の丈333メートルの鉄の巨人だ。

 

 いや、待て、333メートル?

 

 こいつにはトップデッキから上が無かったはずだ。

 しかし、間近の足元に居るので、トップデッキから上の姿が判然としない。

―― 上ある あるよ上 ――

 ツンのつぶやきが聞こえた。

 わたしの気持ちを察して、後ずさって確認したんだ。さすがは西郷さんの猟犬。

 しかし、確認したからと言って危機的状況であることに変わりは無い。頭が付いた分、俊敏になり、予想しない動きをするかもしれない。

 一か八か!

 セイ!!

 後ろに跳躍すると友里を抱きかかえて、さらに二の鳥居の外まで逃げる。

 

『待ってください』

 

 一瞬、誰が喋っているのか分からない。左手で友里を庇って右手で風切丸を中段に構える。

『わたしです』

 え?

『わたしです、あなたたちの前にいる東京タワーです』

 ガチャリ!

 わたしに倣って友里も太刀を構え、ツンは牙をむいた。

『戦うつもりはありません、取りあえず話を聞いてください……と、その前に』

 トップデッキから上がプルンと揺れたかと思うと、取り囲んでいた敵意が消えた。残っていた亡霊たちが姿を消したようだ。

『東京タワーと合体しましたが、わたしは宇都宮タワーなんです。東京タワーは首から上を失くしてしまっていたので、日光まで追いかけて、ついさっき合体しました』

 そうだ、宇都宮で見かけた時に、まるで東京タワーの首のようだと感じた。

 なるほど、合体すると、もとからそうであったようにしっくりしている。

『完成から六十年を超えて、東京タワーはしだいに衰えてきました。スカイツリーが出来て人々の関心は、あのノッポの妹に向かって、だんだん力が衰え、東日本大震災でアンテナが傾いてからは、トップデッキから上はほとんど形だけになってしまい、とうとう理性失って妖になってしまったのです。それで、宇都宮タワーのわたしが補ってみたのです』

「そうなんだ……でも、なんだか最初からその姿だったみたいな感じで違和感が無いぞ」

『そう言っていただけると嬉しいです。これで、この世界も落ち着くと思います。あとは、神田明神さんが元気になられることです』

「そうだな」

「えと、いい?」

「なんだ友里?」

「こっちの世界が落ち着いたら神田明神さんも元気になるんじゃないの?」

「本人も回復の努力をしなければならないということじゃないのか?」

『この世界は、そっちの世界と対になっていると思いますよ……神田明神さんの成り立ちに問題を解くカギがあると思います』

「東京タワーと対になるような……」

「……神田明神というのは平将門の首を祀ったことが始まりだったなあ……そうか!」

「分かったのマジカ!?」

「将門の胴をなんとかすればいいのだな」

『詳しくは分かりませんが、そっちの方でお考えになればよいかと。それに、こちらの方が片付けば、神田明神さんも、それなりには回復なさっておられるかと思います』

「分かった、とりあえず戻ってみることにするよ」

『それから……トップデッキの継ぎ目にこんなものがありました』

 トップデッキの継ぎ目あたりからハラハラと封書が落ちてきた。

 まかせて!

 ツンがジャンプして口に咥えて降りてきて新体操の選手がフィニッシュを決めるようにポーズを決めた。

 それは封緘された封筒で『西郷吉之介真名』と書かれている。

「西郷さんの本名だ!」

「急いで持って行ってやろう!」

『では、名残惜しいですが、神田明神さんと西郷さんにもよろしく』

 

 久しぶりに神器『ひそか』を取り出してアカ巫女にミッションコンプリートを告げるわたしであった。

 

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かの世界この世界:16『喫茶みかど』

2020-07-21 06:11:35 | 小説5

かの世界この世界:16

『喫茶みかど』   

 

 

 女神さまは中臣先輩だ。

 

 ほんの一時間足らずぶりなんだけど、ニューヨークかどこかで財布もスマホもパスポートも無くして知り合いに出会った感じ。

――どうやら、とても難しい世界に行ってしまったようね――

「はい、えと、わたしどうしたらいいんでしょう……」

「あのね…………」

 電話の向こうでボシャボシャと話声、どうやら志村先輩と話し合っているようだ。

――……わかった、うん……いい、みっちゃん。一つ課題を解決すれば、その世界から離脱できるの。いま、時美に探してもらってるから……うん、こっち? えと……みっちゃん――

「はい」

――駅一つ向こうに『みかど』って喫茶店があるの――

「あ、A駅の方ですね」

 リアルっていうか元の世界のA駅前で見かけたことがある。

――その『みかど』の窓際の四人掛けシートに三時半から四時までの間座っていてもらいたいの――

「座って何をするんですか?」

――意味はまだ分からない。ただ、座っていることで、そっちの世界が三十年後に大きな影響があるらしいの。お願いできるかなあ――

 ひどく申し訳なさそうな口調、先輩にも詳しいことは分からないんだろう。

「分かりました、三時半なら余裕です!」

 場所も分かっているので、明るく応えて受話器を置いた。

 自販機で切符を買うなんて久しぶり。

 行先ボタンとお金、どっちが先か? ちょっと悩んで、ボタンを押すけど反応なし。お金なんだと、百円と十円二枚を投入。

 すると、この駅を真ん中に上り下り二駅ずつのランプが点いてA駅を選ぶ。

 改札機ではふんだくられるように切符が吸い込まれるので、ちょっとオタ着く。

 スイカとか定期はスイっと改札機を舐めるだけなので暴力的に感じてしまうんだ。

 

 寒!

 

 電車に乗ると、暴力的な冷房に震える。

 設定温度間違えてるんじゃないかと腹と鳥肌がたつけど、周囲のお客さんたちは平然としている。

「うわ!」

 進行方向の反対につんのめる。

 電車の加速が、ガックンガックンしていてびっくり。

 元の世界では、もっと滑らかに加速していたと思う。これじゃ、立っているお年寄りなんか……周囲を見ると、そのお年寄りも含め、みんな器用にショックをいなしている。

 スマホはおろか携帯を触っている人も居ない。お年寄りは三四人くらいで、車両の平均年齢は、かなり若いように思える。

 そうか、昭和63年は、お年寄りの数は少ないんだ。

 驚いたり感心しているうちにA駅に着く。

 身構えて改札機へ……やっぱりふんだくられるのには慣れない。

 

 A駅の控え目な駅前を歩く。

 

 記憶では、もうちょっと賑やかなんだけど、三十年前はこんなものなのかもしれない。

 

 そして、『みかど』という喫茶店は見つからなかった……。

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あたしのあした・60『年賀状を書くことにして』

2020-07-21 06:01:26 | ノベル2

・60

『年賀状を書くことにして』    

 

 

 何年ぶりかで年賀状を書くことにした。

 最後に年賀状を書いたのは……小学校の四年生だったかな?
 出さなくなったのは携帯のせい。それと、年賀状を出すほど親しい友達も知り合いも居なかったから。

 今年は違う。

 あたしは、郵便局に行った。


 ドアを開けると、年末の熱気でムンムンしていた。
 三つある窓口は、どれも十人待ち以上だ。シートはお年寄りで埋まっているので、若者らしくシャンとして立って待つ。
 窓口の順番が回ってくるまで悩んだけど「241」の順番が回って来たときには二十枚と決まった。

 年賀状のデザインのため、家とは反対側の駅の向こう側に行く。

 あ、いたいた。

 ロータリーの隅っこに、手相見のおじさんと並んで、大学生くらいの女の子が似顔絵の露店を出している。
 以前はオジサンで、値段も千円だったので素通りしていたけど、今月の半ばから女の子に変わって、値段も八百円に下がった。
 安くなったことも理由なんだけど、女の子というのがとっつき易くて、とっつき易いと思ったとたんに――描いてもらった似顔絵を年賀状に使おう!――と、閃いた。

「年賀状に使うんです」

 お金を払って椅子に座ると、聞かれもしないのに、ハッキリと言う。
「そうなんだ。じゃ、正月仕様で描いてみましょうか?」
「正月仕様って?」
「日本髪にしたり、着物にしたり」
「あ、そういうのはいいです。できるだけありのままに描いてください」
 言ってからためらった。髪はともかく、首から下は普段着のフリースだ。
「すみません、制服姿で描いてもらえませんか? えと、これが制服です」
 生徒手帳の身分証明書を開いて見せた。
「分かりました、可愛い制服ですね。じゃ、ちょっと笑顔になってもらえますか?」
「え、あ、はい」
 笑顔になるが、描いている間ずっと笑顔じゃ辛いなあ……と思っていると「あ、もういいですよ」と言われ安心。
「こないだまでは父がやってたんですけどね、風邪こじらせて、あたしがピンチヒッターなんです」
「あ、お父さんだったんですか?」
「知ってらっしゃるの?」
「はい、とっても芸術家って感じでしたね」
「フフ、ちょっと近寄りにくいでしょ?」
「エヘヘ、でも、サンプルに出していた絵なんか、すごかったですよ」
「たしかに……ちょっと顎あげて……お父さんの後じゃ、とても同じ料金設定はできなくて……」
「それで八百円?」
「ええ、でも、お客さんは、父の時よりも増えて、結果的には儲かってます、少しだけど」
 視野の端っこに人が集まり始めているのが見えた。どうやら、あたしが客寄せになっているようだ。
 似顔絵というのは時間がかかるので、待っている人の何人かは順番だけとって、隣で手相を見てもらっている人も居る。
「不思議……あなたの中には、もう一人別の人格が見える」
「え?」
 驚くと同時に思い当たった。

 あんまり意識しなくなったけど、あたしの中には風間寛一というオジサンが住んでいる。

「ひょっとしたら人生の変わり目なのかも……」
 そこまで言うと、彼女は、がぜん絵描きの顔になって絵に集中し始めた。

 八百円じゃ申し訳ないほどいい絵になった。感激して何度も「ありがとうございます」を言ってしまった。
「ううん、おかげで、お客さん一杯待っていてださってるし、こちらこそよ」

 そのあと、久しぶりに風間さんの病院に向かった。

 お花は持ち込みできない病院なので、似顔絵さんから千円でサンプルの風景画を買って持って行った。

 で、残念だった。

 風間さんは、先月の末に亡くなっていた。

 行き場のない風景画だけが手元に残った……。

 

 

 

 

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銀河太平記 序・10『開戦』

2020-07-20 15:03:04 | 小説4

序・10『開戦』    

 

 

    

 大阪と京都の境目、天王山と男山に挟まれた地形に似ている。

 
 京都に当るのが奉天の街で、天王山・洞ヶ峠を結んだ線の南西に広がる大阪平野が漢明国だ。七百年前の山崎の合戦を思わせる。

 ただ、漢明国は大阪以西の日本を全部含めたよりも広く、兵力は当時の秀吉軍の十倍はいる。

 両軍ともパルス動力が使えないので基本的には元亀天正ころと変わらない歩兵戦闘になりそうだ。

 日本軍は天王山にあたるA高地と洞ヶ峠にあたるB高地を扼している。明智軍とは違い、B高地に陣を敷いているのが日和見の筒井順啓ではなく日本軍R兵部隊。いったん命が下れば進撃中の漢明軍を挟撃できる形だ。

 しかし、敵は十倍の兵力。それも、こちらの配置は正確に捉えられているだろう。

 合わせても一万を切る日本軍の中で人間は俺一人。あとは、員数外のJQを含めて全てロボット。

 ロボットではあるけれど、見かけは人間の兵士と変わらない。配置ごとに屯しているが息遣いや身じろぎは人間そのものだ。指揮命令する人間が違和感を持たないように可能な限り人間に似せて作られている。

「まもなく、敵の主力は奉天市街に入ります」

 中佐参謀が告げる。

「敵は仕掛けてはこないな」

「二個大隊が速度を落としてA・B高地の麓を向いています」

「抑えは僅かに二個大隊か、見くびられたもんだ」

「我が方が降りれば後退しつつ先行部隊の到着を待って殲滅戦に入るつもりでしょう」

「通信士!」

「ハ!」

 実直そうな少尉が敬礼してメモ帳を構える。捜索隊のメンバーの一人だ。

「B高地に連絡。五分後に麓の敵軍に砲撃開始、砲撃しつつ別命を待て」

「『五分後に麓の敵軍に砲撃開始、砲撃しつつ別命を待て』」

「以上」

 復唱が終わると、少尉は一段下の掩体のあるトレンチに入って発光信号を送る。ロボットなのだから情報を並列化させれば済むことなのだが、あえてアナログな通信手段をとっている。万一の漏洩を防ぐためだ。

 百に一つも勝ち目のない戦になるだろうが、俺はワクワクしている。

 戦争を芸術に例えるほど不謹慎ではないが、後世の人間が知って時めくような戦がしたい。
 時めかなければ、人は、国にも歴史にも愛着は持てない。

 俺が、いま、ここに立てているのは、その愛着があるからだ。
 それが無ければ、グランマよりも先に満州を出ている。

 
 ドドドドド! ドドドドド! ドドドドド!

  砲撃が始まった。


 パルス系の兵器が使えないので、アナログな砲撃を行っている。榴弾砲、迫撃砲、その門数、口径と射程、命中率まで、記憶野が教えてくれる。

 知識だけでなく、二分も撃ち続ければ敵に居所を知られて、逆に精密な砲撃が加えられると警告もしてくれている。

 敵は直ぐに反撃を開始、こちらと同じ古典兵器なので、なかなか有効弾にならない、しかし、あと十秒……と思った時に、我が方は俊敏に移動して射点を掴ませない。

 二度ほど射点変更したあと、右手を上げ空気をかき混ぜるように大きく振る。

 再び発光信号が送られ、B高地にも変化。

 せわしなく砲撃・射撃が繰り返されながら、A高地、B高地ともに後方へ引き始める。

 意外そうなJQ、こいつの、こういう表情を見るのが楽しくなってきた。

 しかし、表情は一瞬の事で、再び分かったような顔をする。

「JQ、俺を背負え!」

「え、ほんとうに?」
「急げ、最短コースで奉天!」

 俺を背負うと、他のR兵ともども、A高地を捨て奉天の北方向に駆けだした。

「あ、なんで胸を掴むんですか!?」
「振り落とされんためだ」
「じゃあ、これでどうです?」

 なんと、上腕骨が変形して取っ手が現れた。

「無粋なことをするな」
「もう」
「お、牛になったか?」

 古典的なじゃれ合いだが、並走している兵たちが笑っている。

 戦闘行動には無意味なことだが、兵もJQも俺の感性に合わせている。

 数秒後、背中の上で両手を振って合図する。

 疾走する部隊は長細くなって二隊に分裂、一隊は散開して追撃に移った敵を迎撃、本隊は縦に長くなりはじめた。

 
 JQが怪訝な顔をする、無理もない、師団は奉天の街を包囲し始めているのだからな。

 
 包囲戦は敵の三倍の兵力が無ければ勝利はおろか包囲さえできない。

 戦術的にはとんでもない下策、厚さ一ミリの皮でシュークリームを作るように無謀なことだ。

 予測通り追撃してくる漢明軍の威力が落ちてきた。

「やはり、読めんようだな」

 再び胸を掴もうとすると、JQの首が180度回って、至近から俺を睨みつける。

 古典のスリラー映画か。

 意表を突かれたが、それは止めておけ……。

 

 

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かの世界この世界:15『中島書店』

2020-07-20 06:16:27 | 小説5

かの世界この世界:15

『中島書店』              

 

 

 ネガを見ているようだ。

 むろん日の丸のネガが赤字に白の丸なわけないんだけど、見事に赤白逆転なので、ネガの感じになってしまう。

 神社の宮司さんなんかに聞くのはNGだ。

 神社を離れて駅の方に向かう。

 人通りの多い方が安心できるという理由だけ。

 途中、小学校の横を通る。そうだ、校舎の屋上に日の丸があったはず……見上げたそれは、やっぱり白の丸だ。

 立ち止まっていると、下校途中の小学生に怪訝な目で見られる。

 エホン。

 軽く咳払いして、小学生とすれ違う。

 エホン。

 やつも咳払いして、ニタ~っと笑いやがる。

 構わずに先を急ぐ。

 駅に通じる商店街、抜けたところに中規模書店。

 あれ? うぐいす書店のはずなのに、中島書店になってる。

 レイアウトに変わりはないんだけど、レジや本棚が微妙に違う。

 つい本を手に取りたくなるんだけど、我慢して参考書などのコーナーへ。

 目の端に見えた受験参考書の背表紙は1988年○○大学と書かれている。

 

 たしか昭和だよ……25を引けば昭和~年に変換できる。授業で習った変換式に代入……昭和63年だ。

 わたしって賢い……よく見ると参考書の西暦の下に(昭和63年)と書いてある。

 違う、確かめるのは……地図帳だ。

 あった……学校の地図帳と同じなのに値段は三倍くらいのそれを手に取って後ろの方を見る。

 世界の国々の情報が国旗と一緒に並んでいる……国旗を知っている国なんてニ十か国ほどしかないんだけど、ザッと見た限り首をひねるような国旗は無い。

 問題は日本……やっぱり白の丸だ。

 スマホがあればググってみるんだけど、ここが昭和63年ならば、スマホはおろかパソコンだってあったかどうか。

 ましてネットカフェなんてあるはずもないだろう。

 他の本を読んだら……思ったけど、気力がわかず、そのままうぐいす……中島書店を出る。

 

 ぼんやり駅前を歩いていると急に電話のベルが鳴った!

 

 プルルルル プルルルル プルルルル

 

 え? え?

 

 首を巡らすと久しく見たことが無い電話ボックスの中で公衆電話が鳴っている。

 道行く人たちはNPCのように歩き去っていき、電話のベルに関心を示す人はいない。

 ファイナルファンタジー13で、公衆電話が鳴って、それをとったライトニングがヒントを聞いていたのが思い出された。

 

 もしもし、光子です!

 

 受話器を取ると、女神さまの声が聞こえた……

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あたしのあした・59『東雲の御宗家』

2020-07-20 06:05:47 | ノベル2

・59

『東雲(しののめ)の御宗家』     


 

 へー、そうなんだ!

 ネッチは目を輝かせた。
 きららさんに呼び出されてからの不思議な話をネッチに話し終わったところだ。

「ま、結局浅野さんは忠告を聞かないで、塩の作り方教えなかったんだけどね」
「教えていたら、吉良さんとも上手くいって、松の廊下事件は起こらなくって、忠臣蔵なんてドラマは生まれなかったんだよね」
「でもさ、きらら姫と雲母藩というのは、あちこちのもめ事を解決してるみたいね」
「それが、この本に載っているのね……よっこらしょっと」
 ネッチは広辞苑ほどの『雲母市史・近世』を持ち上げた。
「市長さんの勧めで一応借りたけど、とても読み切れないわよ」
「でしょうね……」
 そう言いながら、興味深そうにページをめくっている。
「あ、これって……」

 ネッチの手は栞を挟んでおいたページで停まった。

「似てるでしょ」
「うん、この肖像画きららさんに似てる。やっぱご先祖だからかな」
 雲母寺に納められていた『雲母姫御肖像』だけは見せたいと思ったので、栞を挟んでおいたのだ。
「……あ、この絵を描かせたのは関根孫太郎だ」
「え?」
「うちのご先祖は、この孫太郎から別れたんだよ」
「え、そうなんだ!」
 本文なんか、まるで読んでないあたしだけど、ネッチはさすがだ。
「ハハ、わたしも読んでないけど、この名前は飛び込んでくるわよ」

――チャーちゃん、用意ができたわよ――

 ネッチのお母さんが用意してくださった風呂敷包を抱えて、あたしとネッチは隣町はネッチの親類の家に赴いた。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「ドンマイ、ドンマイ」
 親類はネッチの家の本家筋にあたる素封家で、最寄りの東雲駅のホームからでも大きな入母屋造りの屋根が見えている。
 屋根の大きさから、すぐ近くに見えたけど、歩いてみると予想の倍ほどの時間が掛かった。ま、それほどに大きいというワケ。

「やあ、お役目ご苦労さま」

 浅野さんのお屋敷並に広い座敷に通され、待つこと五分。恰幅のいい和服のおじさんがニコニコと床の間を背にして座った。
「母の名代で参りました。御宗家にはお変わりも無くお健やかな……」
「硬い挨拶はいいよ。そちら、チャーちゃんといっしょに雲母まつりの腰元に選ばれた田中恵子さんですね」
 わたしのことを御存じなので、びっくりして頭を下げなおした。
「は、はい、田中恵子です」
 突然だったので、小学生みたいに名前しか言えなかった。
「雲母市の広報に写真が出ていましたよ」
 出ていたのは知っているけど、きららさん以外は集合写真のちっこいやつなので、やっぱ恐縮。
「それでは、茶碗改めをお願いします」

 ネッチは風呂敷を解いて、袱紗に入った箱入りの茶碗を出した。

「改めます」
 おじさんは一礼して、ネッチが取り出した茶碗を手に取った。とたんに厳しい目になって、茶碗の様子を検分する。
「景色もよく風格も味わいも優れた茶碗。初釜に申し分なし。お預かりいたします」
 茶碗を箱に戻すと、おじさんはポンポンと手を打った。
「それでは、茶釜を預けます」
 おじさんの声とともに障子が開いて、おじさんと同じ和服姿のイケメンが茶釜の箱を捧げながら入って来た。
「御宗家、家元さま、お改め願います」
 イケメンが、ズイッと茶釜の箱を押し出し、瞬間イケメンの視線を感じたような気がした。

「もう、ここではくつろいでください」

 リビングに通されると、御宗家はとたんに普通のオッサンになった。着物を脱いでジーンズにセーター、ソファーの上では胡座をかいている。
「世が世ならチャーちゃんのお家が宗家、もっとも宗家というのもお茶の世界だけで、役目を果たせば、ただのオッサンだから、どうぞ気楽にね」
「は、はい、ありがとうございます」
 言われて急にくつろげるものではない。
「こないだ大阪に行って、本場のたこ焼きを覚えてきたんで、あとで実験台になってね」
 そう言うと、御宗家……おじさんは箱からたこ焼きの鉄板を取り出した。
「戦前からのたこ焼き屋さんが店じまいするというので、一式譲ってもらってね、今日がお披露目。雲母まつりには出店を出してみようと思ってるんだ」
「御宗家が、たこ焼ですか?」
「うん、こいいうのが性に合っていてね。三百年前の騒動でお茶の宗家になっていなかったら、うちの爺さんの代で、たこ焼を開発していたかもしれない」
「三百年前の騒動?」
「うん、むかし佐竹のお殿様が国替えになったあと、ここいらは天領やら旗本領やらが入り組んでいてね……」
 それは知っている。きららさんからも聞いているし、調べもした。
「東雲も、争いが絶えなかったのを、きらら姫や、そのご家来衆に裁いていただいて、その結果、いまのわたしたちがある」
 おじさんは、雲母と東雲の昔話を、たこ焼とお茶の話を交えながらしてくださった。

「お父さん、用意ができました」

 さっきのイケメンがワゴンにたこ焼きの用意一式を載せて現れた。
「それでは、お二人ともごゆっくり」
 準備がすむと、イケメンは前掛けを外しながら頭を下げた。
「孫一、お前がいなきゃ始まらんだろう」
「あ、でも……」
「チャーちゃんを呼んでくれと言ったのは、お前だぞ」
「のわー! そ、それは!」

 イケメンは、顔を真っ赤にして慌てまくった。
 

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