大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 46『誰も文句言うな!』

2021-11-24 10:41:30 | ノベル2

ら 信長転生記

46『誰も文句言うな!』  

 

 

 場所をリビングに移すと、敦子は観念した。

 

 ドアとか窓とかはもちろん、エアコンや換気扇や床下収納の蓋から水道の蛇口まで伊勢神宮のお札を貼っておいたので、敦子は、どこにも逃げられない!

「しかし、よくもまあ、こんなにお伊勢さんのお札を持っていたものねえ……」

「それは……浅井に嫁ぐときにいっぱいもらったからよ」

「え、だれにもらったの?」

「そ、それは……あの、バカ兄貴よ」

「え、信長くんが?」

「ま、政略結婚だったから、せめてもの罪滅ぼし的な? なんか、男らしくなくってというか、言い訳じみててやだったんだけどね」

「でも、その男らしくなくて言い訳じみてるのを大いに活用してると思うんだけど……ま、いいわ、どんな相談なのよ」

「え、あ、うん……どうして、兄貴といっしょに三国志の偵察なんかに行かなきゃならないのよ!?」

「わたしに聞く?」

「だって、うちの生徒会長じゃラチあかないんだもん」

「プータレてないで、行ってきなさいよ。生徒会長が言ったってことは、もう決定事項なんだから」

「たとえ、そうでもよ、納得したいのよ、納得。前世では、納得も何も、兄貴の言う通り、浅井に嫁いだり柴田勝家と再婚させられたり。挙句の果ては猿に攻められて、プライド傷つけられた勝家と天守閣で無理心中よ。それも、爆薬一杯仕掛けられて、天守閣ごと吹き飛ばされて、わたし、骨のひとかけらも残らなかったわよ!」

「ああ、あれね……」

「せめてさ、前田利家とかに攻めさせたら、勝家も、あそこまでブチ切れなかったと思う。思わない?」

「あれは、筒井順慶の真似だったわよね(^_^;)」

「順慶は兄貴に平蜘蛛の茶釜を渡したくなかったからでしょ、国宝級の茶釜といっしょに粉々に爆死って、順慶のはいちおうの美学とか、男の意地とか感じるけど、生身の女を、それも主筋の姫を粉々にしちゃうなんて、男のヒステリーじゃん! 悔しくって涙も出なかったわよ!」

「で、でも、いっちゃんも合意の上だったでしょーが」

「仕方なしよ! 天下のお市さまが、みっともなく切れたり泣き叫んだりってあり得なくない!?」

「あんたたち兄妹って、そういうとここだわるのよね」

「あ、あいつといっしょにすんな!」

「わ、わかったわかった。でもね、これくらいのこと乗り越えないと、来世でも同じことを繰り返すわよ」

「だ、だけどさ、水滸伝の奴らとは、もう出くわしてさ、死ぬ思いしたんだから、もっかい、偵察とかで向こうに行くなんて、あり得ないでしょ!」

「そこが試練よ。女の身で、戦国時代に覇を唱えるって並大抵のことじゃないわよ。女で天下統一なんて、針の穴にゾウさんを通すようなものなんだからね」

「天下……?」

「え、あ……違った?」

「天下なんて欲しくないわよ! んなもんサルにでもタヌキにでもくれてやるわよ!」

「いっちゃん……あんたいったい?」

 

「…………」

 

「な、なによ、なんで涙一杯浮かべて睨むのよ……」

「あんたの言う通りなのかもしれない……天下とらなきゃならないのかもね……わたしが、わたしらしく生きていくには……ゾウでも、ゴジラでも針の穴を通してやる! 天下を丸ごと針の穴に通してやるわよ!」

「いっちゃん……」

 

 墓穴を掘ってしまったかもしれない。

 

 でも、敦子……熱田大神にさえ、天下を取ることが目的だなんて思われたら、この織田市っていう日本史上最高の女は受けて立つしかないわよ!

 ツンデレの意地ってのを見せてやるんだから!

 もう、誰も文句言うな!

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
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ライトノベルベスト・〔期末テストの最終日〕

2021-11-24 06:37:09 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『期末テストの最終日』  




 終わったー!

 テスト最終日の最後の答案用紙を回収する「はい、止め。後ろから回答用紙集めて!」の先生の終了宣言は、数少ない高校生活の開放感の一つや。

 今の英語のテストで、三学期、いや、一年間の勉強はおしまい。テストの出来不出来にかかわらず、この開放感は、ちょっと言い表されへん。

 その中でも、特に二年生の二学期は意味が大きい。

 一年生は、まだ二年残ってて、まだまだ取り返しもつく。三年は大半が進路決まってしもてて、おつり言うか、おまけみたいと言うか、ルーチンワークなテスト。

 そやけど、二年は違う。進路に向けての評定が、これでほぼ確定する。このテストで、行ける大学やら就職やらの幅が決まってしまう。
 関関同立(かんかんどうりゅう)とまでは見栄はれへんけど、産近甲龍(さんきんこうりゅう)のレベルは維持できたと思う。

 最近の府立高校で産近甲龍いうたら、自分で言うのもなんやけど、大したもんや。北野やら天王寺みたいなとこは別やけど、うちみたいな、評定5ちょっという学校ではなかなかなもん。

 そんながんばって、どないすんねん?

 ごもっともです。たとえ東大、京大出てても、しょーもない奴はしょ-もない。社会のS先生なんか、東大の法学部出てて、府立高校の先生。国語のM先生は産近甲龍の下の下。通称K学院高校付属大学。それでも試験に通ったら、同じ府立高校の先生や。

 そんなあたしが産近甲龍レベルにこだわるのは、クラスの杉本くんが産近甲龍狙いやから。

 はっきり言います。あたしは杉本君が好きです!

 大阪の女子高生らしく、一学期にはコクってます。

 返事は「親しい友達で」という評定4ぐらいの煮え切らんもんやった。

 

 けどええねん。

 

 4はがんばったら5になれんこともない。一回だけやけど、二人でUSJに行ったこともある。バタービールを二人で飲んだ。間接キスや。カラオケには三回行った。もっとも二人きりいうのは一回だけやけど(莉乃がドタキャンしたから)

 あたしは、できたら杉本君と同じ大学に行こうと思てる。女の意地です。

 あたしにはライバルがいてます。

 椎名留美。

 杉本君はええ子やねんけど「ただし」がつく。まあ名前が忠司やから、まんまの寒いシャレみたいやけど……杉本君は留美とも付き合うてる「親しい友達」いうレベルで。

 突き放した言い方したら両天秤やねんけど、杉本君は「親しい友達」でくくってる。親しいても薄いでも、友達がついたら何人おっても文句言われへん。

 あたしは、同じ大学に行って「彼女」にランクアップしよ思てる。

 それが目標。

 あたしは、杉本君を最初の男にしよと、密かに決めてる。

 杉本君は女の子と関係を持ったことはない。

 女の勘。

 USJ行ったときの微妙な距離の取り方。距離には人間関係がある。USJの行きしなの電車の中で並んで座っても、2センチは距離を空ける。体触ったんは、バタービール飲んだ時に、鼻の下に泡が付いた時「めっちゃ、面白い!」言うて、あいつの手ぇ握ったときだけ。それ以上はあかんいう空気が、杉本君にはある。

 ほんなら、将来は杉本君と結ばれたいか……そうは思てへん。

 いつの間にか離れていく相手やろとは、漠然と思てる。ただ、青春の最初のページは杉本君にしたい。そんなとこ。むろん、成り行き次第で、それ以上になってもかめへん。

 帰りに、係やさかいに英語のワークブック集めて職員室へ持っていった。大好きな「時をかける少女」のアニメ版に、こんなシーンがあった。ちょっと世界の主人公いう感じになる。

「失礼しま~す」

 期末最終日のお気楽さで、職員室に入る。ロッカーの上の指定の場所に置いて振り返る。パーテーションで区切った、応接セットのとこに、うちの担任と留美とお母さんらしい人がいてるのが分かった。

 距離はあったけど、テーブルの上の書類に「転学」いう字が見えた。

 今ごろ……主人の仕事で……

 言葉の断片が耳に入った。

 留美は、俯いて表情は分からへんけど、ハンカチ握りしめた力の強さで見当がついた。

 留美、転校するんや……。

 

 そんで、用事を済ませて昇降口。

 

 下足に履き替えるためにロッカーを開ける。

 あ……

 せや、学年も終わりやさかい――テスト期間中にロッカーの中は整理しておきなさい――という指示で、昨日には済んで、下足のローファーが残ってるだけ。

 ローファーに履き替えて、上履きのサンダルはレジ袋に入れて……持って帰ろと思たけど、一瞬悩んでゴミ箱へ。

 もう二か月ぐらいは履けそうやったけど、三年になったら新調しよ。

 バサ

 サンダルを捨てて正門までのアプローチを歩く。

 正門の向こうの空は、お日様が南中に近くて、穏やかに澄んでる。

 

 ブーーーーーーーーーン

 

 頭の上を、八尾空港から飛んできた飛行機が飛んでいく。

 空の深さが際立って、ついさっきまで、胸の中に蟠ってたもんが消えていくような気がした。

 この感じ……胃の悪いときに、お父さんに勧められて太田胃散を飲んだ時に似てるかも。

 

 留美がええ子に思えてきて、杉本君の影も、なんや薄なっていく。

 振り返ると、正門の向こうに昇降口がクリアしたダンジョンの洞窟みたいに萎びた闇になってた。

 

 

 

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魔法少女マヂカ・246『大連大武闘会 いよいよの決勝戦!』

2021-11-23 14:53:54 | 小説

魔法少女マヂカ・246

『大連大武闘会 いよいよの決勝戦!語り手:霧子 

 

 

 赤のコーナー ロシアの妖怪ヴォジャノーイ改めグリゴーリィ・イフィーマヴィチュ・ラスプーチン!

 青のコーナー 大日本帝国公爵令嬢 高坂薫子!

 なお、この二人の勝負が大連大武闘会の決勝戦であります! 勝者には賞金五千円並びに帝国海軍大演習旗艦乗艦観覧の栄誉が与えられます!

 ドーーン パチパチパチ ドーーン パチパチパチ

 アナウンスがあって、花火が打ち上げられる。

 ウオオオオオオオオオ!

 観客たちの歓声とどよめきが頂点に達して、続いて紹介された審判紹介は拡声器を使ったアナウンスの声さえ聞こえない。

 闘気というものには波がある。程度を超えた歓声は、かえって波の勢いを削がれてしまう。

 ウオオオオオオオオオ!

 くそ、いいかげんに収まってくれ、せっかく決勝に向けて解き放った闘志がしぼんでしまう。

 アナウンスもなにやら言っているようだけど、まるで伝わらない。

 こんな時にマヂカとブリンダがいれば……いや、いない者のことを言っても仕方がない。

 高坂薫子……いや、我が心の中では、きちんと本名で宣言して置こう、高坂霧子は全力を出し切ってロシアの怪物に勝利するぞ!

 ウオオオオオオオオオ!

 それにしても、うるさい……集中が続かなくなる。

 

 諸君!!

 

 拡声器も使わないのにラスプーチンの一喝が凛として会場に轟く!

 なんという大声だ!?

 いや、これは、直接頭の中に響いて……妖術を使ったのか?

「諸君のこの試合に掛ける情熱は嬉しい。しかし、妖術を使って叫ばなければならないほどの歓声は控えていただきたい」

 シーーーーン

「わたしは、元より妖術使いではあるが、この勝負に関しては、いま、諸君に伝えた『静粛』をお願いする思念をもって最後とする。対戦相手の高坂薫子嬢は掛け値なし、尋常の武技をもって勝負に挑まれる。さすがは大日本帝国天皇陛下の藩屏ではあられる。よって、このラスプーチンも妖術は封印する。審判長、これを預かって頂きたい……」

 首からロザリオを外すと、レフェリーを通じて審判長に預けた。

「これで、わたしは妖術を封印した……この木刀をもって対戦の得物としたい」

 ブン!

 驚いた、ラスプーチンは初戦で敗退した選手が残した木刀を手にした。

「それならば、わたしも……」

 準備した対戦用の得物の木刀に手を伸ばす。

「鉄剣を持って臨まれよ!」

 なに!?

「鉄剣は刃は落としてあるが、本身だ、当たれば無事ではすまない。重みもあるので、寸止めにしても相当の打撃を与えてしまう」

「構わん……わたしとお前とでは、膂力(りょうりょく)が虎と猫……いや、虎とハツカネズほどに違う……」

 クスクスクス( ^ิ艸^ิ゚) プフフフフ(灬º 艸º灬) 

 観客の間に、さざ波のように嘲笑が湧きおこる。正直ムカつく。

 こいつは、一見謙虚に譲るようなことを言いながら、挑発しにかかってるんだ。

 高坂の抜刀術を甘く見るなあ……目にものを見せてやる!

 

 がんばれ ハツカネズミ!

 

 くそ、バカな観客が調子にのせられて馬鹿を言う。他の観客もクスクスと笑いが止まらない。

「こい、ハツカネズミ」

 ブチ

 わたしの中で何かが切れた。

「キエーーー!」

 ブン!

 鍛えた跳躍は、刀のリーチと力を倍増する。

 初撃は、ラスプーチンの高い鼻の先数センチのところで空を切った。

「ウ……!?」

 仁王のようなラスプーチンの頬に赤い線が走って、二筋の血が流れる。

 わたしの剣先が空気をとがらせてカマイタチのように、頬を切り裂いたのだ。

 舐めるんじゃない、高坂霧子を!

 今まで感じたことが無いほどに獰猛な覇気が湧いてくる……。

 軽薄に囃し立てるだけであった観客が水のように息を潜めていく。

 ラスプーチンと二人、リングの上を弧を描き、互いに引き寄せられるようにして、間合いを詰めていく……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟嬢        中国一の魔法少女

 

 

 

  

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ライトノベルベスト・〔オレの高校の丑寅の壁〕

2021-11-23 06:20:46 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
オレの高校の丑寅の壁  




 三学期のこの時期に教頭が替わった。

 生徒にとっては、どーでもいいことなんだけど、わざわざ授業を短縮して全校集会を開いて着任の紹介があった。

 教頭なんて、授業もなし、ほとんど職員室の奥に座りっきりで、集会なんかでも校長の話はよく聞くので、顔ぐらいは覚えているが、教頭になると普段接することもなく、前任の教頭も憶えていない。

 紹介された新教頭は、なんか印象の薄いオッサンで、一時間目の終わりには名前を、二時間目の終わりには顔を忘れてしまった。

 ま、それはどうでもいい。ただオレが集会をサボったりしなくて、二時間後には新教頭の名前も顔も忘れてしまうという、並の注意力と生活態度の高校生であるという例えにいいと思ったから。

 大事な話は、ここから。

 オレは、身長:170、体重:65、ルックス:中の上(人に言わせると潜水艦=ナミの下) 成績:下の上。コミニケーションってか人間関係は上手くない(したがって先生たちからは愛想の悪い奴と思われてる)むろん女の子にはモテない。モテようとも思わない。

 意地じゃない。長い人生、きっかけはいくらでもあると思ってるし、他の奴らみたいに発情期でもない。そして、なによりもオレには薄い関係だけど彼女がいる。篠田樟葉っていう。

 樟葉は一年の時、空から降ってきた……てのは誇張だけど、ほんとに降ってきた。

 ゴールデンウィーク明けの昼休み、食堂で飯食って教室に戻ろうとして、渡り廊下の下を歩いていた。すると明り取りのアクリル板をぶち破って樟葉が落ちてきた。

「イッテー……!」「ご、ごめんね……」

 これが樟葉との出会い。

 樟葉は渡り廊下でボールをドリブルしながら歩いていたら、安全柵を超えてボールが明り取りの中に落ちてしまい、柵を乗り越えてボールを取ろうとしたら、アクリル板が割れて落ちてきたという話だった。運がいい良いのか悪いのか、真下を歩いていたオレの真上に落ちてきた。

 それから、オレと樟葉の薄くて濃い付き合いが始まった。

 オレは、態度はまあまあだけど成績は悪い。一年の二学期で4教科15単位も不足していて、学年でも数少ない留年候補者だった。そんなオレに、救いの手を指し延ばしてくれたのが樟葉。試験の前の日に解答付きの問題用紙をくれた。

「とにかく、答えだけ覚えるの。いいわね」

 書式はちがったけど、試験はそっくりな問題が出て、なんとか合格。

「おかげで助かった!」

「じゃ、なんかおごって!」

「おう、都合のいいときにな」

 で、六月に公開されたばかりの『君の名は』を観に行った。樟葉は大感激で泣き笑いしていた。

「この映画、ぜったいアカデミー取るわよ!」

 樟葉の予言は当たった。まあ、観ればたいていの人間は、そう思うけど。樟葉の感動ぶりに感動してしまった。

 そのあとは、廊下で会ったら挨拶する程度だった。

 夏休み明けに発見してしまった。樟葉が校庭の東北の壁の壊れたところから入ってくるのを。

「あ、バレちゃった!?」

「あんなとこに、通り道あったんだ……」

 オレには、その程度の事だったけど、樟葉は「絶対人に言っちゃダメ、お願いだから!」と真剣だった。

 で、あくる日樟葉の方からデートに誘ってきた。

 二線級のテーマパークで、たっぷり遊んだあと、樟葉はとんでもないことを言った。

「あなた、まだ童貞でしょ?」

「そ、そんなことに答えられるか!」

「ウフフ」

 気づいたら、その種のホテルに居た。気軽に誘ったわりには樟葉も初めてだった。今まで普通の女の子だと思っていたのが、この日から愛おしい存在になった。でも、特段親密さが増したわけでもなく、廊下や食堂で会ったら挨拶する程度の仲に変わりはない。

 新教頭が来てから三日目に、その工事が始まった。

「へー、こんなとこに抜け穴があったんだ」

 ベテランの生活指導の先生さえ知らなかった。むろん他の先生も生徒も。知っているのはオレと樟葉と新教頭だけ。

「ここは丑寅、裏鬼門ですからね」

 と、教頭は事務長に説明していた。

 工事は、たった一日で終わってしまった。

 

 異変に気付いたのは三日後だった。

 樟葉と会わなくなってしまったのだ。

 不思議に思って樟葉の教室に行ってみた。

「なあ、篠田樟葉って休んでんの?」

 オレは、一年のとき同級だったモンタに聞いた。

「シノダクズハ……そんなやつ居ねえぞ」

「え……」

 それ以来樟葉には合っていない。学校でも見かけない。

 ダブってもいい、樟葉に会いたい……そう思いながら、学年末試験を受けている。

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せやさかい・260『体育祭のあくる日』

2021-11-22 15:16:44 | ノベル

・260

『体育祭のあくる日』       

 

 

 雨の真ん中の縦棒を下に伸ばして『ん』と書く。

 

 これで『アーメン』と読むらしい。

 他にも『道』の『辶』と『首』を離して書いて『分かれ道』とか。

 三時間目の国語の時間、みんな退屈と見えて、そんなメモが回ってきた。

 

 ヌフフフフ……

 

 二つ向こうの列で男子がアホな忍び笑い。

 チラ見したら、落書きを回して喜んどる。

 首謀者はアホの田中や。

 あ、東京都のマークを崩して噴き出しかけとる。一年からいっしょの田中やけど、ほんまアホや。

「こら、田中あ!」

 ほら、先生に怒られよった。

 

 田中のアホはしゃあないと思うねんけど、クラスみんながドンヨリしてる。

 

 ひとつは、朝からの雨。

 雨は、みんな嫌いやけど、今日は格別。

 昨日が運動会やったのに、なんで代休になれへんのか?

 いえ、代休にはなるんです。昼からね。

 一時間目で運動会の後始末やって、2・3・4時間目授業やって昼からが代休。

 つまりね、昨日の運動会は午前中の二時間半だけやったんですわ。

 保護者の参観も三年生の保護者に限って、一家に一人だけ。

 それもね、校区からコロナの感染者が出た……という噂。

 この噂が広まったんと、三年の保護者だけでは不公平みたいな空気になって、PTAが自主規制。

 けっきょく、参観者無しで二時間半の運動会。

 

 あたしはリレーとかに出たんやけどね、もう、笑うしかないリレーになってしもた。

 なんせ、バトンが2メートルもある。それもウレタンとかいうのん? フニャフニャのやつ。

 予行演習では問題なかったんやけど、本番では力が入ってしもて、走者の脚に絡んで転倒者が続出。

 もう、なんか罰ゲーム。あたしも転んでひざを擦りむいてバンソーコ貼ってる。

 アニメのキャラで膝とか頬っぺたにバンソーコ貼ってる女子が居てるやんか。

 ヒロインか準ヒロインいう感じで、幼なじみ系、運動ができて、世話焼き女房型とか体育会系のツンデレとかさ。

 とにかくNPCとかモブとかと違うて、存在感がある。

 いっしゅん夢見たんやけど、夢でした。誰も注目はしてくれません。

 

 綱引き!

 マスクかけて綱引きはありえへん!

 このマスク綱引きのお蔭で、留美ちゃんは体調不良でお休み。

「午後からだったら行けたのに」

 まじめ女子中学生は布団の中で悔しがっておりました。

 

 あ、そうそう。

 

 なんで、昼からの代休になったかというと、明日の23日が勤労感謝の日なんで、午後からの方が得なんで、そうなったらしい。

「え、ほんまか?」

 怒られたばっかりの男子の方で囁く声。

 耳をダンボにして聞いてると、大谷翔平が国民栄誉賞を辞退したそうな。

 もったいない。くれるいうもんはもろといたらええのに。

 なんか、道頓堀に飛び込んで亡くなったニイチャンがおるらしい。男子らは「あほかあ」と呟いとる。

 うちは、坊主の孫やからやろか、どんな死に方にしろ「あほかあ」は出てこーへん。

 ただただ南無阿弥陀仏や。

 

「こらあ、授業中にスマホ見るんやない!」

 

 また、怒られよった。

 田中はスマホ取り上げられて、立たされよった。

 窓の外を見るとまだまだ雨。

 雨の縦棒を伸ばして「ん」にしてアーメンにした祟りかもしれません。

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やくもあやかし物語・111『ハチと坂の底で待ち合わせ』

2021-11-22 13:41:02 | ライトノベルセレクト

やく物語・111

『ハチと坂の底で待ち合わせ』   

 

 

 断ってもいいんですが……

 

 交換手さんは、めずらしくためらった。

「え、ヤバイ人からの電話?」

『里見さんのところのハチです』

 交換手さんは、いつもは「誰それさんからお電話です」とだけ言って、取り次いでくれるんだけどね。

 今日は『断ってもいいんですが……』と言ってから。

 ちょっと前のわたしなら「じゃ、断って」と言うんだけど、気の迷いか「ううん、繋いで」と応えてしまった。

 たぶんね、机の上のコタツでくつろいでいる黒猫(チカコ)とあやせ(六条御息所)が興味深そうで、どこか意地悪な目で見ていたせいだ。

『では、お繋ぎします!』

 ちょっと気合いの入った返事をして切り替わった。

 

『時分時(じぶんどき)にすみません、里見さんちのハチです。大至急お話したいことがあるので坂の下までお越し願えませんか?』

 人語を話しても、ハチは折り目正しい。

「えと、晩御飯までには家に帰りたいんだけど、それでもいいかしら?」

『はい、それで結構です。おそらく五分も話せば済むと思いますから』

「う、うん、じゃ、すぐに行くわ」

『よろしくお願いします』

 電話を切ると、チカコと御息所が興味津々の目で見上げてる。

「あんたたちも来る?」

「「ううん」」

 揃って首を横に振る。

 御息所は、まだ新参者だけど、チカコは、ほとんどわたしの相棒だ。断られるのは心外だけど、疑問形で聞いたんだから、断られても文句は言えない。

「だってねえ……」

「ハチって八房……」

「ちょ、声大きい!」

 意味深なことを言ってるけど、時間が無いし、聞くのもムカつくし、自転車を漕いで、坂の下を目指した。

 

 黄昏時の通学路、いろいろ気配を感じる。

 二丁目地蔵……メイドお化け……四毛猫……  

 みんな姿は現さない。道路に映った影とか「カサリ」とか「ガサ」って音だったりの気配だったりするだけ。

 みんな、なんか企んでる感じ。もしくは、わたしに申し訳なくて遠慮的な、そんな感じ。

 角を曲がって下り坂になったところにペコリお化け。

 なんの力もない妖だけど、姿を晒して、きちんとペコリするのは好感度なんだ。

 だけど、神風特攻隊を見送るような悲壮な顔はしないでほしい。

 チャラララ

 ペダルを逆廻しして、ちょっとだけ気合いを入れる。

 

 坂の下が見えてくる。

 

 ジジジ ジジジ ジジ……

 今どき珍しい蛍光灯の街灯が切れかかってチラチラ。

 そのストロボが近くなると、ノッソリと車いすのハチが街灯の灯りの中に入ってきた。

 

「あら、そういう車いすだったの?」

 意表を突かれた。

 犬の車いすだから、てっきり前脚を地面についたやつだと思ったら、人間の車いすを小さくしたようなのに乗っている。

「恐縮です、これが本来のカタチなもので。さっそく用件に入らせていただいてよろしいでしょうか?」

「あ、うん、どうぞ」

「ハチと言うのは略称と申しましょうか、ニックネームのようなもので、本来は八房と申します」

「あ、うん、チカコたちが言ってた」

「主人は里見さんのお嬢さんなのですが、わけあって、大妖怪どもと戦っております」

「ひょっとして、その戦いの……」

「はい、不覚でした。条件が整う前に、ちょっと勇み過ぎました……」

 ちょっと悪い予感がしたけど、こう丁寧に話されると、待ったをかけるのはためらわれるよ。

「関八州には八人の大妖怪がおります。われわれ里見一族は、その八大妖怪と戦うことを運命づけられております……」

「南総里見八犬伝?」

「ご存知でしたか?」

「あ、うちのね……」

「チカコさんと御息所さんですね?」

「あ、うん ハチ……八房も知ってるの?」

「ハチでけっこうです。ええ、古くから、この地におりますので、情報はいろいろと伝わってまいります」

 あ、きっと二丁目地蔵とかメイドお化けだ……

「先日は、河内の俊徳丸もお助けになったとか」

「あ、うん、ちょっとね……」

 突っ込まれたら、どうしようかと思ったんだけど、すぐに用件を切り出した。

「厚かましいお願いなんですが、わたしに変わって大妖怪を退治してはいただけないでしょうか?」

「え、わたしが!?」

 慌てて顔の前でナイナイする。

「やくもさんには、十分、その力があります」

「ナイナイナイ(;'∀')」

「いいえ、無ければ、仁義八行の玉が、あなたの手にもたらされるわけがありません!」

「あ、あれは……」

 メイドお化けに嵌められて、八つのカップ麺を……

「どのような事情や経緯があろうとも、お手に渡ったということは、十分に資格があるということです」

「し、資格って……」

「運命と申し上げてもよろしいでしょう」

「で、でも……」

「八つ全てとは申しません、わたしも、この脚が回復すれば戦えると思います。取りあえずは、わたしが打ち漏らした武蔵の妖怪だけでも」

「え、あ、でも、もう日も落ちてしまったし……」

「そうですね、かいつまんで申します。先日お使いになったコルト・ガバメントをお使いになれば分があります。弾は、八つのカップ麺を、あれは仁義八行の力が籠められていますから、絶大な力を発揮いたします」

「で、でも……」

「お願いです、これには里見のお嬢様の命運もかかっております……あ、いけません。もう陽が沈み切ってしまいます、急いでお戻りください、グズグズしていては大妖怪が、ホラ……」

 折り返して一丁目に繋がる坂道から唸り声のようなものが聞こえてくる。

 ブオブボボボボ……

「わたしが防ぎます! お急ぎになってください!」

「わ、分かった! わたしも何とかするからねえ!」

「急いでください、追いつかれそうです!」

 カクン カクン

 慌てているので、ペダルに足が掛からずオタオタ。

「わ、あわわわ(;゚Д゚)」

「落ち着いて!」

 八房が自転車の後ろと背中を支えてくれて、やっと自転車を漕ぐ!

 精一杯の立ち漕ぎで坂の上を目指した。

 

 ゼーゼーゼー

 

「あれ?」 

 坂の上まで来ると、まだ西の空の底辺に太陽な張り付いていて、まだ余裕で家に帰れそう。

 そうか、坂の底だったから、早く暗くなるんだ……ひょっとしたら、ハチに嵌められた?

 ブオブボボボボ……

 あ、化け物が追いかけてくる!

 アセアセで自転車を漕ぐと、坂を上り切った化け物のがすぐ後ろまで迫ってきた!

 ブオブボボボボ!!

 ああ、もうダメ!

 そう思って漕ぎながら頭を下げると、ブオブボボボボ……どこかの工事現場から帰る途中のトラックが、追い越していくだけだった。

 あ……ひょっとしたら嵌められた!?

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所

 

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せやさかい・259『体育祭の前日の視聴覚教室にて』

2021-11-21 11:19:31 | ノベル

・259

『体育祭の前日の視聴覚教室にて』       

      

 


 その学校のグラウンドは西側に丘がひかえていて、その境目は草が生えているだけの法面(のりめん)になってる。

 その法面の天辺に数十人のオッサン・オバハン・ニイチャン・ネエチャン・ジイチャン・バアチャンがゴザやらムシロやら風呂敷包みを持ち、険しい表情でグラウンドを見据えてる。

 中には、ねじり鉢巻きをした者や、ゲートルに地下足袋で足許を決めてる者もいてて、なんや、これから殴り込みでもやるんかいなという殺気に満ちてる。

 折しも、東側の校舎の向こうから朝日が昇ってきて法面の一同を茜に照らし出した。

「待てぃ」

 朝日に刺激されて、前のめりになったニイチャンをニッカポッカのズボンの上に法被を羽織ったオッサンが制止。

 オッサンの制止が無かったら、みんな前のめりニイチャンにつられて、鵯越の義経の軍勢のように法面を駆け下っていたやろ。

 今や遅しと固唾を呑んでると、校舎から燕尾服の下は、軍隊時代の軍袴(ぐんこ)にゲートルを巻き上げたオッサンが出てきて、グラウンドの真ん中に立った。

 右手にはピストルが握られ、左手は懐に銀鎖で繋がれた懐中時計を持ってる。

 朝日が校舎の屋根の風見鶏に差し掛かったとき、オッサンの号砲が放たれた。


 ドオオオオオオン!

 ウワアアアアアア!


 法面の数十人が、鬨の声をあげて一斉に駆け下って、砂煙をあげながら、ゴザやらムシロやらを我先に布いて陣地を構築していく!

 あちこちで、陣地の取り方でもめそうになるけど、燕尾服と法被にニッカポッカのオッサンがさばいて収めていく。

 なんとか落ち着き始めたころ、滲みだすようにタイトルが現れる。


『昭和二十八年度 ○○村立山里小学校運動会』


 なんと、68年前の運動会の記録フィルム!

 当時、小学校の運動会は地域のビッグイベント。

 みんな、前の晩からお弁当を作り、足許を地下足袋やらズック靴の戦闘態勢で固め、薫風に、日の丸やら万国旗が風になびき、紅白のお饅頭まで出ようかという、秋晴れの朝。上半身は羽織やモーニングの村長・校長。一般の父兄(当時は保護者の事を父兄と言ったらしい)は背広の上やら、おニューのカーディガンで決めてる。

 グラウンドは、日の出と同時に開放されるんで、みんな、丘の法面に集まって、校長の合図と共に陣取りの勢いで自分の家の場所をとる。

 競技になると、もっとスゴイ!

 まさにオリンピック!

 声をからしての声援はもちろんのこと、笛や太鼓はもちろんのこと、村長のオッサンは法螺貝まで吹く。

 ブオ~ ブオ~ ジャンジャンジャン!

 子どもらも、紅白の鉢巻締めて、足許は運動靴はチラホラで、なんと白の地下足袋。

 男の子は、白の短パンやらトレパン、女子はカボチャパンツを黒く染めたような提灯ブルマやおまへんか!

 徒競走でドンベになった子は、なんと、そのまま走って去っていく。きっと恥ずかしいんやね、整理係りの六年女子のオネエチャンが追いかけて、慰めながら連れ戻す。

 借り物競争で引っ張り出された教頭先生のカツラが風になびいて、グラウンドいっぱいの大爆笑。

 棒倒し  玉入れ  一年生のお遊戯  五六年生のマスゲームやらダンス  PTAリレー

 
『テレビもネットもスマホも無かった、だけど、みんな、こんなに楽しかった!』

 テロップは、春日先生の字や。


 続いて出てきたんは『昭和六十二年度 府立○○高校体育祭』

 校舎は見たことある。

 大阪市内にある偏差値の高い戦前からあるらしい、名門府立高校。

 オオオ……

 男子が小さくどよめく。

 百インチモニターに映し出されたんは、入場行進やねんけど、女子がみんなブルマ!

 カボチャと違て、伝説のピッチピチブルマ。

 モオオ

 女子たちが眉をひそめる。

 まあ、両方とも分かるけどね。

「これから競技や、ちゃんと見ろよ」

 春日先生がたしなめる。

 生徒の数がめっちゃ多い……思たら『一学年12クラス 全校生1580名』とテロップが出てきた。

 うちらの中学校の倍以上。

 生徒会長が開会宣言。

「ゼッケン、春日……」

 留美ちゃんが呟く。

 こ、これは、まだ、髪の毛フサフサの、若かりし頃の春日先生……思たら、早回しになる。

 競技もマスゲームも、応援合戦も、みんなスゴイ。

 和太鼓が八つほど並んで、法被姿の三年男女が太鼓の演武。

 男子は太鼓で、女子は竹を叩いてる。

 途中で、男子はハッピを脱いで猿股にサラシですわ。腋の毛ボウボウで、留美ちゃんは目を伏せてしまう。

「このあくる年から、女子もやらせろ、いうことで女太鼓が増えた……」

 解説なんか思い出なんか分からん呟きの春日先生。

 うちは、女子の腋の下が心配になった。

「女子はTシャツ……」

 行き届いた独り言の春日先生。

 後ろの方でペコちゃん先生が、プっと噴いた。


 ダラダラとすんません。

 今日は、朝から二年ぶりの体育祭やねんけど、校区からコロナの陽性者が出たいうことで、生徒席やら保護者の観覧席が大幅な変更で、ちょっと盛り下がりそう。

 で、春日先生の発案で『昔の体育祭』という動画を視聴覚室で観てる。

 まあ、楽しみ方の精神を学ぼうっちゅうこっちゃね。

 我らが、学年主任も、ちょっとフラストレーション。

 体育祭本番の事は、又いずれ。

 取りあえずは、快晴の運動会日和ではあります。

 

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ライトノベルベスト・『きれいなペンダント』

2021-11-21 06:29:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
きれい  




「きれいなペンダントしてるなあ」

 そんなオタメゴカシを言って、お父さんはいつものように沖縄に行った。

 お父さんは、沖縄に土地を持っている。150ほどと、人に聞かれたら言っておく。

「へえ、大したもんだ!」

 と、たいていの人はびっくりしてくれる。

 エメラルドグリーンの海を臨む高台の上に150坪もの別荘を持っている。そんなふうに人は誤解してくれる。

 正しくは150平方mm、ほとんどハガキの大きさの土地……。

 お父さんは『あ』の付くものが嫌いだ。

 安倍、安保、アメリカとかね。

 だからアメリカが沖縄に基地を持っていることが許せない。同じ感性の某政党をいまだに支持している天然記念物。

 5月15日、6月23日、8月15日は、お父さんが大張り切りする日。他に年に何度も沖縄に行って自称「がんばっている」沖縄に二つしかない新聞社の人たちとも仲良しのようで、基地反対のデモや集会では沖縄市民の一人としてよく写っている。あんまりよく写っているので、某週刊誌の記者が質問した。

「あなた、東京の活動家の○○さんですね?」

「う……そ、そうだ。ぼくは本土の一市民として反米闘争、反基地闘争に共闘しているんだ!」

 N放送やA新聞などは、ほんの百人ほどの反対集会を何十倍にも水増しして報道している。たまに千人ほど集まることもあるけど、かなりお父さんみたいな人が集まってる。基地で働いてる人や、基地賛成の人もいるけど、この人らの声がマスコミにのることはほとんどない。

 嘉手納基地の近くの小学校の移転計画が本気で出たことがある。信じられないけど、よってたかって、この移転計画は握りつぶされた。その移転反対運動の中心にお父さんもいた。

「移転すべきは米軍基地で、小学校ではない!」と主張してる。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 
 娘としては、家の近所の問題や、家のことに気を使って欲しい。

 

 近所で野良猫が増えて困ってる。お父さんは知りません。

 街で、若い女性の拉致事件が3件も起きました。あたしも女子高生なんだけど、お父さんは「お前に限ってそれはない」と笑っておしまい。わたしは去年の学祭でも準ミスに選ばれているんだけど、一応。

 筋向いの家が火を出して半焼。信じられないけど、お父さんは、この事実さえ知りません。関心がないんです。

 一回だけ、お父さんをおちょくりました。

「お父さん、近所の某空港で、オスプレイの離発着訓練やるのよ」

 お父さんは、顔色が変わりました。さっそく仲間に電話して訓練日には、数十人で反対運動に行きました。

 意気揚々と帰ってきたお父さんに、プリントアウトした資料を渡しました。

 オスプレイの、ここ十年ほどの事故記録です。警察が使っているヘリコプターよりも低い事故数です。

「……なんだ、アメリカの資料じゃないか、あてになるか」

「その下の中国語のは、人民解放軍の資料。同じ数字が出てるよ」

「……」

「そのまた下は○○島の住民の人たちのオスプレイ配備嘆願書。島で急病人が出るとオスプレイだと、ヘリの半分の時間で運べるんだって」

 無言のお父さんをしり目に、あたしは、その日の反対闘争のことを写真と資料付でブログに載せました。アクセスは200ほど、日本人は、元々無関心だということが、よく分かりました。

 弟が、ずっと不登校だけど、なにも言いません。家のことは、お母さんと、あたしに丸投げです。家庭内安保のただ乗りです。

 先日は、弟をなんとかしてやろうと思って、家の外に引きずり出して大げんか……正確に言うと、引きこもりで体力がない弟を、見かけの割に力も根性もあるあたしがボコボコにしてやりました。

 そして学校の先生と児童相談所の人にも直ぐに来てもらって、膝詰で話をしました。

 グズグズしながらも弟は「近所の野良猫が怖い」と言いました。ここんとこアメリカ大統領の報道官並に言葉を選んで語っています。そこんとこよろしく。

 どうも弟は野良猫の雌ボスが、特に怖いらしく、人間のくせに猫のパシリまでやらせられていたようです。

 あたしは、仲間といっしょに雌猫のボスを捕まえて、「保健所」ではなく、近くの山の中に連れて行って殺処分しました。

 動物愛護のうるさい人も居てるんで、その場で焼きました。生き物と言うのは90%近く水分で出来てるんで、なかなか焼けません。薪を集めては何回も焼きました。最後は真っ黒に焼けたのをバラバラにして別々に焼きました。丸半日かかりました。

 こんどは見事に焼けたので、無理やり弟を連れ出し見せてやりました。

「もう、怖くないだろ?」

「う、うん……」

 弟の喉かコクンと動きます。

「なんだ、震えてるの?」

「ちょっと寒いかも……」

「お姉ちゃんが、温めてあげよう……」

 丹念に、弟を温めてやりました。

 そして……喉の骨がきれいに見えたんで、水で洗ってペンダントにしました。

「かわいいペンダントしてるな!」という最初のお父さんの言葉につながります。

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銀河太平記・080『生存者発見!』

2021-11-20 14:25:46 | 小説4

・080

『生存者発見!』 加藤 恵    

 

 

 押しつぶされた肋材や瓦礫の向こうに生存者が居る。

 

 アナライズするまでもなく分かった。

 生存者が小石のようなもので瓦礫を叩く音がしている。

「イエスなら一回、ノーなら二回叩いて!」

 瓦礫の隙間に向かって声をあげる。

 カン

「瓦礫をどけたら、自力で出てこれる?」

 カンカン

「負傷している?」

 カン

「脚を挟まれてる?」

 カン

 脚が自由になれば、ある程度動けるかと思った。兵二が横に来て質問を続ける。

「脚以外も挟まれているか?」

 カン

 兵二は冷静だ、大きく質問して小さく絞って、状況を把握しようとしている。

「他に生存者は居るか?」

 ……カン

 複数の生存者が居る、救出を急がなければ。

 無駄かもしれないけど、地上に向かってパルス通信を試みるけど、パルスガスの影響で返事は無い。

「続けてみる……」

 被災者は、パルス通信どころか、口もきっけずに、石ころで意思表示するしかないんだ。

 諦めるわけのはいかない。

「きびしいな……」

 兵二が声を落としてため息のようにこぼす。

 質問を繰り返して、三人の生存者が居て、三人とも重症なことが分かったのだ。

 瓦礫は人の力で排除できるものではなく、ニッパチの到着を待たなければ手が付けられない。

 人の声を聞いて、生存者は希望を持っている。その希望の火が消えないうちに救助しなければならない。

 被災者の周囲の状況も知りたい。

「モールス信号は使えるか?」

 時代劇の台詞のようなことを言う。

「火星では、まだモールス信号を使っているんだよ」

「そうなんだ……」

 カン……カン

 しかし返事はノーだ。

「そうか、きみは地球人なんだね。僕は火星人だから、地球の事は西ノ島のことしか分からない。地球のことを聞くから、返事してもらえるかな」

 ……カン

 返事が遅れている、弱り始めてるんだ。だから、通信し続けることで気を引き立てようとしているんだ。

 

 二分経過して、他の生存者が絶命したことが知れる。

 

 急がないと、この被災者も命が危ない。

 わたしは――救助急がれたし――と、もう十回は超えたであろうパルス通信を試みる。

 しかし、パルスを動力源にしているものは、ことごとく使えなくて、それは、通信手段においても同じようだ。

 

 ザザザザザザザザザ

 

「ニッパチ、そっちは?」

『こっちは済みました、こちらは、どうですか?』

「ひとり生存している、おまえの力で、なんとかならないか?」

『調べてみます』

 ウィーーーーーーン

 触角を伸ばして、瓦礫の様子をチェックする。

 ウィーーーーーーン

「どうだ?」

―― 手に負えません、構造そのものが崩壊していて、わたしの馬力では排除できません ――

 ニッパチは共感通信で伝えてきた、被災者を落胆させないための配慮だ。

「なんとかならないかしら……」

「働きかけてないと、すぐに意識を失ってしまうぞ」

 重傷を負ってコミニケーションがとれなくなると、急速に様態が悪化するのは、兵二もわたしも、ニッパチも分かっている。

 もう、小石を使ってのコミニケーションも限界だろう。

「せめて、手をとってあげるくらいできればいいんだけどね……」

『それ、できるかも』

「え……?」

「あ、そうか!」

『はい、これです!』

 結節点の一つが開いたかと思うと、リアルハンドが伸びてきた。ほら、ここへ来てすぐに付けてやったやつ。

「よし、俺も、救助を急ぐように連絡し続けてみる。やってくれ」

 無駄かもしれないけど、兵二がパルス通信を引き受けてくれる。

 この人だけでも助けなきゃ……祈るような気持ちで、ニッパチのリアルハンドが瓦礫の隙間に伸びていくのを見つめるだけだった……。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

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ライトノベルベスト『え うそ!?』

2021-11-20 06:06:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『え うそ!?』  




 え……うそ!?

 思わず口癖がでてしまった。

 今朝起きて、カレンダーを見たら、夏休みに入って一週間もたっていることに気づいた。

 んでもって、起きた時間が十一時。九時ごろって感覚しかなかったあたしは自己嫌悪(,,꒪꒫꒪,,)。

 普段は、こんな事はない。

 普段というのは、学校があるときや、バイトがあるとき。そういうドーシヨ-モナイ時は遅刻なんかしない。ただ、夏休みとか連休とか、自分でドーニデモナルときは、このウッカリをやってしまう。

 どうも、あたしは、このままウッカリというかウカウカしているうちに一生を終えてしまいそうな気がする。

 きっとショ-モナイ一生だったと後悔しながら「ご臨終です」を聞いてしまうんだろうなあ……そんでもって、「あ、あたし死んじゃったんだ!」とあわてふためくに違いない。

『由留美~、バイトじゃなかったの~?』

 階下で、あたしの気配を感じたババンツが、間延びした声を上げた。一瞬お尻の穴がギュっとなるようなショック。

「え、うそ!」

 そう言って、パジャマの下を脱ぎながらスマホで、バイトのシフトを確認。

「もう、バイトは明日だよ!」

『あ、そうか。あんまし気配ないからさ……』

 ババンツのボヤキが聞こえる。

「あ、エエトモ間に合うかなあ……」

 バイトが無いとなると、のんびりするに限る。

 脱いだパジャマを着直して、テレビのスイッチを入れる。今日は、あたしの好きなトモカが出るんだ(^▽^)。

 トモカは、この春に彗星の如く現れたマルチタレントの女の子。

 ルックスは八十点ぐらいだけど、トモカには本物の可愛さと優しさを感じる。

 デビュー間もないころに、ライブで歌っていて突然画面から姿が消えたことがあった。その間歌声はずっと聞こえていた。なんだクチパクかよ。と、思ったら切り替わった画面の中でしっかり歌っていた。

 ADの子がケーブルに足を取られて、どうやら足首を骨折。そこにファンの子達が押し寄せて、そのADの子は押しつぶされそう。それをトモカは体を張ってADの子を守った。気づいたスタッフが直ぐに駆けつけて事なきを得たけど、トモカの目線は、そのADの子が無事にスタジオを出るまで追っていたんだよ。

 MCの居中や角江なんかが、あとで誉めていた。その間、歌に乱れはまったくなく。あたしは、それ以来。同性ながらトモカのファンになったってわけ。

 トモカの歌は、友だちとか思い出とか、ちょっとマイナーな曲が多いけど、その心情溢れる歌い方にファンは多かった。
 じっさい、彼女の歌を聴いていると、縁の薄いのやら濃いのやら、友だちのことを思い出してしまう。

 そのトモカが、目の前のテレビで「友」を歌っている。

 あたしは、なんの脈絡もなく、去年の一学期までいた田中って男の子のことを思い出した。ちょうど歌が「青春の消しゴムで、嫌なものはみんな消して、虹色の~♪」にさしかかったからだと思う。

 田中は、入試の時、ウッカリ消しゴムを忘れ「え、うそ!?」をやらかしたあたしに、自分の消しゴムを半分ちぎってくれた。遠足のときお弁当のお箸を忘れ「え、うそ!?」のときも、コンビニで二人分もらったからって、お箸をくれた。最初の掃除当番忘れて担任の本坂が鬼みたく怒っていたときも、いつのまにか教えていたメアドで教えてくれた。

 その田中が居なくなって、もう一年か……

 そう思っていると。バイトのシフトでいっしょになる同姓の田中剛の顔が浮かんだ。なにかっちゅーと、無意味に体をすり寄せてくる。お客さんの手前、ヤナ顔はできない。そのへんの呼吸は心得ていて、セクハラ寸前のところで止める。

 慌ててスマホのシフトを見る……よかった。今度は、ちょっとトロイけどミーちゃんだ。でも、オーナーは最悪だろうなあ。だって「トロイ」と「え、うそ!?」のコンビだもんね。

 すると、トモカが昔とても頼りにしていた友だちに電話をかけるコーナーになった。

 トモカに、頼りにされていたって、どんな子だろう。きっとジャニーズ系のイケメンで、痒いところに手だって足だって届いちゃう子なんだろうなあ……そう思って、テレビに食いつくように見ていた。なかなか相手は出ない。二十回コールしてだめならアウト! 

 くそ、早く出てやれよ!

 そのとき、スマホの着メロに気づいた。

「うそ、田中からだ!?」

 でも、こんなときに……しぶしぶ出る。

「もしもし……」

『あ、おひさ~』

 心ここにあらず、ええかげんな返事をしていると、テレビとシンクロしていることに気づいた!

「え、うそ!?」

 テレビのトモカは田中だった……。

 学校を辞めて、タイで性転換手術を受けたそうだ。とある外国との二重国籍で、そのへんは簡単だったらしい。

 あたしは、なにを喋ったか覚えていないけど、ちょっと複雑で、ちょっと胸暖まる「え、うそ!?」だった。

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鳴かぬなら 信長転生記 45『敦子を捕まえる』

2021-11-19 15:48:21 | ノベル2

ら 信長転生記

45『敦子を捕まえる』  

 

 

 敦子の部屋のドアにお札を貼っておいた。

 

 敦子って分かるわよね? 熱田敦子。

 ここんとこ姿を見せないけど、織田家担当の神さまの熱田大神。

 クソ兄貴の信長を転生させて、ここんとこ知らんぷりを決め込んでいる。

 ちゃっかり家を大きくして、家族同然に住み着いてるけど、なんか無責任。

 敦子の正体って、三種の神器が具現化したもので、神格が高い。

 で、記憶を頼りに探したら荷物の奥から出てきた。伊勢神宮のお札。

 なんてったって、ご神体は皇祖神の天照大神(あまてらすおおかみ)だから、敦子よりもえらい!

 それをドアに貼っておいたから、入れるわけもないから、庭の祠に戻っているはず。

 だから、学校から帰ってから、ずっと祠の前で待っている。

 晩ご飯まだだから、きっと空腹に耐えきれずに出てくる。敦子は、神さまのくせに食い意地は張ってるからね。

 

 こんな簡単なことで、敦子をおびき出せるかって?

 

 フフ、舐めるんじゃないわよ。

 わたしは市よ。

 女に生まれたから、力の振るいようもなかったけど、もし、男に生まれていたら、クソ兄貴の信長なんか差し置いて、天下の主になっていたわよ。ま、男になんか生まれかわるつもりはカケラもないけどね。

 ミシミシ……ミシミシ……

 祠が微かに軋んでる……分かってるけど、知らんふり。これも計算のうちだからね。

 シュ

 小さく空気が抜けるような音がしたかと思うと……予想通り!

 ガッシャーーン!  ドスン!

 やった!!

 急いで祠の裏に回ると、塀に頭をぶつけて、敦子が唸ってる。

「痛ぁぁぁぁぁ……」

「ふふ、裏口があるのは、とっくにお見通しなのよ」

「で、でも、突き当たった塀に伊勢神宮のお札貼るのは反則ぅ……たんこぶができちゃったぁぁぁぁぁ……」

 信長のご飯は、シャクだけど美味しい。

 それを毎日食べてるもんだから、敦子のやつ、ちょっと太ってきた。だから、めったに使わない裏口は通りにくいってことは計算のうち。そこを無理に通ろうとしたら、シャンパンの栓を抜くみたいに勢いがつく。

 で、行き止まりの塀に伊勢神宮のお札。

 普通なら、こんな塀、素通しで抜けられるんだけどね。

 お札のお蔭で、ガラス戸に突っ込んだワンコと同じになって、激突してタンコブができるわけさ。

「ふん、神さまのくせに、コソコソしてるからよ」

「で、なんなのよ、この仕打ちはぁ……」

「それはね……」

 敦子の襟首を掴むと、一世一代の人生相談を持ち掛けるわたしであった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
  •  
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ライトノベルベスト・〔ミイラとエンドライン〕

2021-11-19 07:30:05 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ミイラとエンドライン』   



 

 ミライとミイラ、ちょっと似ている。

 あたしは高橋ミライっていう。でも通称はミイラだ。

 なぜかっていうと、いま言ったみたいに読み間違いやすい。それにあたしは、保育所の頃から背がヒョロッと高くて痩せていたから、みんなからミイラって呼ばれてた。

 とくに気にはしない。保育所の最初のころってミイラの意味も分かってなかったし、お友だちが言っても気にならなくて、自分でも「ミイラ(^▽^)/」って喜んでた。

 年中さんになって、お母さんが気づいて保育所の先生に言ったことがある。

「この子はミライなんです。ミイラじゃありません」

 でも当人が一人称で「ミイラ」って言ってるのだから仕方がない。

 背が高いという理由だけで、中学ではバレー部に入れられた。あんまり強いクラブじゃなかったしウイングスパイカーってのもヘタクソながら気に入っていた。

 高校に入っても、当然のごとくバレー部に入った。

 同期でも背が高い方なのと、中学からのポジションもあるので、だぶだぶの制服で「ウイングスパイカーをやりたいです!」と希望した。

 あだ名は相変わらずミイラだった。

 ところが思春期ってのはむつかしいもので、あたしは体つきが変わってきてしまった。

 身長はそのままで、体にメリハリがついてきたんだ。一緒に入った仲間はずんずん身長が伸びていき、一年の二学期では同じくらいに、三学期では全員に追い越された。

「ミイラ、リベロに替われ」

「え?」

 顧問の天崎先生に言われた時はショックだった。

 リベロって、チームで一番チビがやるポジションじゃん!

 まあ、バレーってのは6人それぞれ大事な役割がある……と、納得はしたよ(^_^;)。

 

 リベロは目立つ。

 6人の中で一人だけユニホームが違う。全員赤なら、リベロだけは黒だとか……バレーの専門ならともかく、素人目には、よく目立つ。クラブもそこそこで、地区では2~3番目くらいの力の学校だ。ミイラと呼ばれても気にならないお気楽な性格なので、いつの間にかリベロにも慣れてきた。

 リベロになりたての頃に、コクられた(#^_^#)。

 軽音の米倉君。

 身長は165で、そんなに高くないけど160で止まってしまったあたしにはちょうどつり合いがとれる。彼はボーカルで良い声してんだけど、なんせ70人もいる軽音の中では二線級らしい。だから、クラブも暇してて、よく試合を見に来てくれた。

「なんか、一人目立ってかっこいいじゃん!」

 と、素人だから喜んでくれる。もちろん米倉君も「ミイラ」って、あたしを呼ぶ。

 でも、一人だけ「ミイラ」って呼ばれてムカつくやつができた。

 二年になってから、顧問が替わった。県の教育委員会の方針で「教師の負担を軽減する」ということで、顧問を外部から呼ぶようになった。

 畑中って、地元企業のバレーの選手。ほとんどプロと言っていい。

 専門の顧問が来たのは、試験段階なので女バレとサッカーだけ。サッカーは分かる。顧問の島崎先生が主席になったから。

 でも、天崎先生は平のペーペーだよ。

「あてがいぶちだから仕方ない。それに畑中さんは、オレよりずっとバレーが上手いし、よく指導してくださる。ミイラもしっかりついていけ」

 そう言われて、しぶしぶ付いていった。

 練習は厳しかった。トスとレシーブの練習を徹底的にやらされた。

「県大会でベスト3に入る!」なんて無茶を言う。

 怪我人続出の半年だった。で……悔しいことにうちのクラブは強くなっていった。だから、みんな表立っては文句も言わない。

 でも、あたしには合わなかった。畑中の「ミイラ」には訳もなくムカついた。

「畑中監督。監督ががんばってんのは、けっきょく自分のチームの宣伝のためじゃないんですか!?」

 言ってしまった……。

「そうだ。君らを一流にして、オレのチームの名前を挙げたいと思ってる」
「そんな……あたしたち、監督の道具なんですか!?」
「そうだ。そして……」

 あとの言葉は聞いてなかった。

「あたし、このシーズンが終わったら辞めます!」

 そして、試合は秋も押し詰まり、県の三位決定戦にまで進んだ。

 女バレ開設以来の上位進出だった。相手は去年の優勝校、私立H女学院。始めから気後れしてしまったけど、なんと試合はフルセットの14:14にまでもつれ込んだ。

 H女学院の名サーバーの早乙女って子がサーバーに入った。ここまで、サービスエースを5本も取られている。

 このサーブだけは取ってやる……つもりだった。だけどボールが飛んできたとき、これはアウトになると見送った。

 トン!

 ボールがスローモーションみたく見えてフロアに弾んだ。

 かつかつで、エンドラインを超えている「勝った!」と思った。

 ところが主審も線審もインの判定だった。

 抗議しようと思ったら、先を越された畑中監督が鬼のような顔で主審に抗議した。

 けど、結果は覆らなかった。畑中監督は、それでも抗議したのでイエローカードのおまけまで付いてしまった。

 5年間バレーをやってきて、最大の屈辱感だった。チームメイトの目も微妙に険しい。あたしが見送らなければ別の展開になった……そんな目つきだ。いたたまれない。

「ミイラの目は正しい!」

 畑中監督は、みんなの目の前で言ってくれた。

「今のアウトですよ!」

 米倉君がビデオを持ってやってきた。スローの拡大で再生すると、確かにボールはエンドラインを超えている。

「監督!」
「高校バレーにはチャレンジシステムがないからな。来年、また頑張ろう!」

 監督は、そう締めくくった。そしてキャプテンが、そっと言ってくれた。

「監督、あのときね、オレの事も利用しろって言ったのよ。世界はギブアンドテイクだって」

 あたしの気持ちは、辛うじてエンドラインを越えずに済んだ。

 米倉君は、誤審のビデオをスローにして動画サイトに投稿してくれた。アクセスは1000ほどになったところで、県の高校バレー連盟から削除の要請があり、動画は削除されたんだけどね。

 素人ながら、ここまで頑張ってくれた米倉君への気持ちは嬉しかった。

 

 スマホでお礼のメッセを……なかなか気の利いた言葉が見つからず、やっと思いついて送信。

 トン!

 送信の電子音が、あの時のボールがフロアに弾む音に聞こえた。

 わたしの中で、ミイラのニックネームがミライにでんぐり返って、心はエンドラインを超えそうだった……。

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普通科高校の劣等生・10『ちょっと予感はしている』

2021-11-18 06:53:42 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
普通科高校の劣等生
10『ちょっと予感はしている』   




 あろうことか友美はマスコミに露出してしまった。

 むろん未成年なんで、仮名だし顔写真にはモザイクがかかっている。

 だけど、こんなもの、関係者なら正体が直ぐに分かる。SNSに実名と顔写真が出ることに、さほど時間はかからなかった。

 伸子の話では、ノンフィクションで本を出す企画も来ているらしい。現職教師と生徒の許されざる関係! センセーショナルだ。少なく見ても1万くらいは売れるだろう。1000円の本で、印税5%(上手くいけば10%)として50万円!

 むろん良いことばかりじゃない。露出したことで社会的に叩かれることもあるだろう。

 でも賛同してくれる人たちだって同じか、それ以上出てくるだろう。

 友美のメールなんかを伸子が見せてくれた。伸子は大ごとになってビビっている。だから普段同じクラスにいても他人のふりをしている。オレは『落葉』で伸子は『登坂』で通っていて、伸子が停学になって担任と生指の梅本が来た時には、家中オレの痕跡が消され、存在しないことにもされた。

 でも、その伸子がメールを見せたんだ。

 二つのことが分かる。

 伸子が相当まいっていることと、友美に文才があること。国語嫌いの劣等生が言うんだから、本当にうまい。下手なラノベを読んでいるより面白い。

 友美は自信があるんだ。これをきっかけにライターになろうとしている。見た目も学校でベストテン入るくらいに可愛いから、そっちのほうでも狙っているかもしれない。

 オレの伸子への忠告は、ただ一つだった。

「関わんな!」

 伸子はあっさりと頷いた。正直、クラスで他人の関係になっていたことを、オレは喜んだ。

「トドム君、話があるの……」

 ミリーが、目を潤ませて、そう切り出したのは、絵の仕上がった成人の日だった。この三か月で、ミリーはみるみるきれいになっていった。なんと表現したらいいんだろう。バカなんで上手く言えないけど、AKBの選抜の子がデビューしたときと卒業したときぐらいに違いがあった。

「なんだよ、オレは単に絵を描いただけだから、あんま難しい話は分かんねえよ。劣等生だしさ」

「ううん、こんなにあたしのことを見つめて、しっかり描いてくれたんだもの。トドム君なら分かってもらえる……いえ、もう気づいてる」

「え……」

「ほら、その顔。気づいてるんだ」

「いや、絵とか写真のモデルになると、大人びた魅力が出てくるもんだよ」

「トドム君は正直だね……あたしね……」

「ん?」

「早期老化症候群なの」

「え……?」

「去年の春に、保険に入るためにDNA検査して分かったの。ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群でもコケイン症候群でもない。老化の速度は人の三倍。あたし18歳だけど体は25歳ぐらい。二年もすれば30歳……10年すれば60を超えてしまう。長生きしても40歳がいいとこでしょう……」

「ミリー」

「このごろ老化の速度が早くなっているような気がするの……ひょっとしたら30まで持たないかもしれない」

「それで、オレに絵を……?」

「うん。自分の一番いい時の姿を残しておきたかったから……泣かないでよ。これでも希望を捨てたわけじゃないんだから」

「なんか治療方法はないのか?」

「そのために日本に来たの。日本の医療技術はすごいけど、規制が厳しくて自由な研究がでいない。でも密かに、この難病の研究をしている人がいるの。それにあたしは賭けているの」

「……治りそうなのか?」

「この三か月は上手くいかなかった。でも上手くいった」

「え、でも……」

 ミリーは裸のまま、オレに抱き付いてきた……。

 あくる日から、ミリーは学校にやってこなくなった。

 出来上がったキャンパスはミリーの家だが、オレは、ミリーの了解を得て写真に撮った。

「……そうだったのか!」

 思わず声になってしまった。授業中だったので先生に注意された。

 伸子は、相変わらず他人顔。

 ミリーは、ほんの数週間だったけど、理想的な大人の女になったんだ。それが上手くいったということなんだ。オレも初めて人を好きになった。

 今は、三回目の落第にならないように励んでいる。

 もう一歩踏み込めば、俺も伸子も相当ドラマチックになりそうなんだがな。

 立ち止まれるときは立ち止まるのがいい。

 ダメかな?

 信子も俺も、いずれは、あれもこれも真正面から受け止めなきゃならない時がやってくるだろ。

 それまでは……な。

 まあ、劣等生の知恵とでも思ってくれ。

 こんど会う時は、ちょっと長い話になるかも……ちょっと予感はしている。

 

                                 落葉 留 

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魔法少女マヂカ・245『次は鉄扇童子戦』

2021-11-17 14:27:49 | 小説

魔法少女マヂカ・245

『次は鉄扇童子戦語り手:霧子 

 

 

 三回戦は、なんとか二回戦を勝ち残った鉄扇童子との戦いだ。

 

 二戦目を辛うじて勝ち残った鉄扇童子だけど、三戦目のゴングが鳴ってリングに上がった姿は痛ましい。

 ゴールヌイ親父の木斧ほどの大きさは無いけど、それでも身の丈の半分はあろうかという三尺の鉄扇は、ヒョロヒョロの童子には荷が重いように見える。

 これは一撃で倒せる……そう思って木剣を正眼に構えるが、ちょっと思いとどまった。

 この高坂薫子(霧子の偽名だけど)は武門の子、初代左馬介高坂光孝さまの名に恥じない戦いをしなければならない。

 しかし、二回の戦いに全精力をつぎ込んで、ヘゲヘゲになった相手を一撃で倒すのは武門の誉れではない。

 よし。

 武士の情け、初撃は鉄扇童子に譲ってやろう。

 

 トリャアアアア!

 

 掛け声も勇ましく、鉄扇童子は三尺の鉄扇を大上段に構える。

 さすがは、くたびれても孫悟嬢の家来、ピシッと構えが決まる。

 トオオオオオオオッ!

 一気に鉄扇を振りかぶる!

 ウワアアアアアア……

 あげた悲鳴は、わたしではない。

 鉄扇を振り下ろした反動で、童子の体はビュンと跳ね上がり、そのまま、わたしの頭上を越えて、背後のベンチまで飛んで行ってしまった!

―― ただ今の勝負、鉄扇童子の自滅で、高坂薫子の勝利! ――

 ウワアアアアアア!

 賞賛の声がステレオになった……首を巡らせると、となりのリングでも勝負がついたところ。

 勝利者は、ロシアのヴォジャノーイだ。

 しょぼくれた沼地の妖の勝利に意外の声が上がっている。

「ヴォジャノーイの真の姿を見よ!」

 そう言って、空中でコマのように旋回すると、それまでヴォジャノーイが身にまとっていたボロが飛んで行ってしまう。

 その遠心力で、それまでボサっと生えていただけの髪と髭がみるみる伸びて行き、贅肉もふき飛び、旋回が終わったときには、まるで別の者になっていた!

 最後の旋回が終わって、ゆっくりもたげた、その顔は……

 

 ラスプーチン!?

 

 オオオオオオオオオオオ!

 会場をドヨメキが支配し、だれもが、最終戦で立ち向かうわたしに心配と同情の声をあげた。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟嬢        中国一の魔法少女

 

 

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普通科高校の劣等生・9『伸子の友情 友美の打算』

2021-11-17 07:22:34 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
普通科高校の劣等生
9『伸子の友情 友美の打算』   




 人の口に戸は立てられない。

 伸子の停学の原因……エスケープしてまでの鈴木友美の話は、あくる日には密やかな、そのあくる日には公然とした噂になってしまった。

 高校教師が生徒と性的な関係。問われる教師のモラル!

 そんな見出しで新聞、テレビ、ネットなどで流れてしまった。

 陣内先生は、管理職を飛び越えて、教委から事情聴取をされた。世論の高まりからいって当然だろう。劣等生でも、これくらいは分かる。

 家庭訪問したときの八重桜・梅本両先生の事情聴取は見事だった。暗に知っているというカマをかけて伸子に迫っていた。

「先生たちは、知ってるんだ。ただな、伸子。友美との友情を考えるんなら、伸子の口から言うべきだと思う」

「そうよ。お腹の赤ちゃんは日に日に成長して、ほうっておいたら……その、取り返しのつかないことになるわ。友美さんも、伸子に結論を言って欲しかったんじゃないかな」

「そうだ、人間、相談するときには結論を持っているんだ。伸子は、なにも答えてはやれなかったんだろ、そうだろ?」

「伸子、あなたの一言で、全ての歯車が回り始めるのよ。友美さんを前に進ませてあげて。ね」

 こういう時の八重桜さんは役者だ。このあとの数秒の沈黙の後に、伸子は泣きながら全てを喋った。オレは劣等生の勘から、先生たちは、まだ確信するには至っていないと思った。

――まだ喋るな、伸子!――

 オレの本音は、それだった。

 陣内先生は懲戒免職になった。まあ、当然だろう。

 だが、この話にはどんでん返しがある。

 友美は想像妊娠だった。

 性的な関係があったのは確かだが、友美は、それを想像妊娠にまで広げて、陣内さんに結婚を迫った。ティーンにありがちな暴走だ。

 陣内さんは、はっきりした答えを言えず、それが友美の暴走を飛躍させた。

 伸子をエスケープという非日常的な状況に置くことで告白、悲劇のヒロインになった。あとは伸子に熱烈な同情をしてもらい、自己陶酔を深め、陣内さんの気持ちを引き付けたい。

 そのことが、どんな結果を生むかまでは想像していない。

 想像妊娠は、関係者の中で秘密にされた。結局陣内さんが一人ワリ喰ってクビ。

 オレは、友美のしたことは遠慮気味に言っても間違っていると思った。

 言うのも癪だけど、友美は女子100人を集めたら5番目くらいには入る美人だと思う。着やせするタイプで、細めの顎にパッチリお目目に涙袋。目の位置が標準より下にあり、自分でもモテカワ美人の自覚がある。そして成績もいい。

 でも、こんな子は学年に二三人、学校全体だと10人ほどはいる。

 友美は、意識の底には沈めているけど「もっと注目されたい」という気持ちがあったんじゃないかと思っている。

 こんなことを言っちゃお袋に悪いけど、お袋は若いころは友美に似たモテカワ美人だった。

 悪人とまでは言わないけど、親父は、これに引っかかった。

 夫婦の事はお互い様だと思っている。

 だけど、お袋は若いころにイケてたところがマイナスになってきているんだ。

 頬のプックリは人より深い豊齢線になってきたし、涙袋は、いささか垂れてきて、ただの厚ぼったい目になってきた。髪も腰が弱くなり、ブローするのに時間がかかるようになった。

 でも、怪物というほどではない。微妙に若作りしすぎのオバサンというレベル。

 オレが思うに、親父はお袋の見場の衰えは、そんなに気にしていないと思う。

 ただ、それに抵抗し、自分にイラつき、時に八つ当たりされるのがやなんだと思う。その心の貧しさが離婚の要因の一つだったと思う。ま、今は開き直ってるので、それなりに親しい同居人としては認め合ってはいるようだ。

 友美は賢い子だから、そういう先のことまで分かっちゃうんだろう。

 高校で10人に一人だから、大学に行ったら100人に一人、大人になったら、ちょっとイケてる程度。それを見越して、自分を女として差別化が図りたい。そんなとこだったと思う。一昔前だったら女として傷になることが勲章になる。ちょっとため息だ。

 予想通り、友美は他の子とは違う目で見られるようになった。伸子は、いいダシに使われたんだと……劣等生の兄貴としては同情してやろうか……と、思ったけど、やめた。

 理由は、あれから友美と、いっそう仲が良くなったことで想像してほしい。

 クリスマスが近くなってきたころに、ミリーの絵は、八割がた描き終っていた。

 並のヌードの絵なら完成だ。

 ただ、ミリーは、描いていくにしたがって美しさが深まっていく。

――オレ、惚れちゃったかな?――

 とも思った(なんせ、親父の息子だ)。

 だけど、生意気だけど、絵描きとして見ても、ミリーは急速に完成された女になりつつあった。

 そして、年明けには、大きな展開が待っていたのだ……。

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