昭和30年代ころを最後に、かつては賑わいを見せた、全国に有った地元の商店街は、
やがて衰退の道を歩み始めることに成る。
それは、町中のあらゆる場所で子供たちが、元気に遊び回っていた声が、やがて
消え始めるのと時を同じくしている。
日本は高度成長を遂げ、自家用車が増え、郊外に大きなショッピングセンターが
次々に出来始めると、休日の一日、家族揃っての買い物を、レジャーの一環として
楽しむようになる。
道路も整備・舗装され、車の通行も多く成り、空き地や田畑に住宅が建ち始めると、
当然子供たちの遊び場は追いやられ、囲まれた限りある公園と言う狭い空間だけが、
唯一の安全な遊び場所に成ってしまう。
丁度その頃、子供たちのお小遣い事情も好転、巷に色々なおもちゃが出回り始め
ると、金額をいとわず高価なおもちゃを手にする事が出来るようになる。
これらは、殆どが屋内型のもので、これにより子どもたちは、勢い屋内で、しかも
個人か極限られた少人数の友達だけと遊ぶ機会が多く成っていく。
しかも昨今の治安の悪化と相まって、なおさら子供たちは危険を避け、公園からは
遠ざかる。
そんな空いた公園に目を付けた元気なお年寄り達は、そこをゲートボールなどの
集いの場所に変えて行く。
こうして、町の商店街をコミュニケーションの場としても支えて来た人たちの足は
遠ざかり、商店街での日常的な会話を捨て、つながりを求めて、集いの場として、
皆がゲームに興じる公園に集まるように成って行く。(続)
にほんブログ村
やがて衰退の道を歩み始めることに成る。
それは、町中のあらゆる場所で子供たちが、元気に遊び回っていた声が、やがて
消え始めるのと時を同じくしている。
日本は高度成長を遂げ、自家用車が増え、郊外に大きなショッピングセンターが
次々に出来始めると、休日の一日、家族揃っての買い物を、レジャーの一環として
楽しむようになる。
道路も整備・舗装され、車の通行も多く成り、空き地や田畑に住宅が建ち始めると、
当然子供たちの遊び場は追いやられ、囲まれた限りある公園と言う狭い空間だけが、
唯一の安全な遊び場所に成ってしまう。
丁度その頃、子供たちのお小遣い事情も好転、巷に色々なおもちゃが出回り始め
ると、金額をいとわず高価なおもちゃを手にする事が出来るようになる。
これらは、殆どが屋内型のもので、これにより子どもたちは、勢い屋内で、しかも
個人か極限られた少人数の友達だけと遊ぶ機会が多く成っていく。
しかも昨今の治安の悪化と相まって、なおさら子供たちは危険を避け、公園からは
遠ざかる。
そんな空いた公園に目を付けた元気なお年寄り達は、そこをゲートボールなどの
集いの場所に変えて行く。
こうして、町の商店街をコミュニケーションの場としても支えて来た人たちの足は
遠ざかり、商店街での日常的な会話を捨て、つながりを求めて、集いの場として、
皆がゲームに興じる公園に集まるように成って行く。(続)
にほんブログ村