簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

見果てぬ夢

2010-02-26 | Weblog
抽選の翌日、新聞で抽選結果を確かめる。
「ああ、組が違う」、番号を調べるまでも無い。一等は駄目だ。
ならば組違いはどうかと調べて見るが、これも駄目。
二等はどうか。これも組が違う。
三等の下二桁ぐらいは当たっているだろう・・と微かな望みをかけてみるがこれまた残念。
今度もまたまた末等だけだ。こんなの当たった内には入らないのに。

 【写真:宝くじ(イメージ)】

こんなに買い続けているのに一体何時になったら当たるのだ。
どうせ当たる事なぞ無いだろう・・と思っていても買った以上は夢を見る。

しかし、“年末ジャンボ宝くじ”に続いてこれも駄目か・・と思うのはまだ早い。
“初夢宝くじ”には、嬉しいおまけが有るのだ。
一富士賞、百万円。
二鷹賞(下四桁)、10万円。
三茄子賞(下三桁)、1万円。

少し、弱気になっているから今度は下から調べて見る。
下三桁、無い。ならば下四桁は・・。これも無い。
やっぱり今度も駄目かと諦めながら、最後の一富士賞に望みをかける。

当選番号は、各組共通で“139486”。
このときふと閃いた。「なんだか似たような番号が有った様な・・・」
今まで、いろいろ調べてきた僅か10枚ほどのくじだ。
この程度だから正確ではないにしろ、何となく番号並びがイメージ出来る。

「“13”・・・で始まるくじは・・」
「これだ、これだ。“13”の次が、“948”」
「オッ、お~っ、合ってる、合ってる」
「最後は・・・」
「ああっ!“7”だぁ」
「惜しい!惜しい!あぁ惜しい。悔しい、悔しい~っ。」

 【写真:宝くじ(イメージ)】

思わず大きな声で叫んだものだから、台所の妻が振り返った。
「惜しい!惜しい!一番違い、百万円に一番違い」と興奮して叫ぶ。しかし妻は
「宝くじなど、当たる筈無いよ」冷めた返事。
それでも更に「百万円に一番違いだぞ~っ」とくじを見せながら言うと、
「一番違っても、千番違っても外れは外れ」と連れなく冷たく突き放す。

何度見比べても最後の数字が一番違いは変わるはずも無い。
しかし、どうにも諦めが付かない。悔しい。悔しいのだ。
妻はこの悔しさを解ってはくれない。

何度見ても結果は同じ。1の位から見ても番号が変わる筈も無い。残念ながらこれが現実。
でも「今まで掠りもしなかったのがヤット近づいたのだから・・まぁ良いかっ。」
馬鹿な事に、そう思うと諦めが付くのである。いつもの事だから。
そしてまた、グリーンジャンボに手を伸ばす。(完)
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宝くじ

2010-02-23 | Weblog
今までどれだけこうして年末を過ごしてきた事か?
毎年、この頃になると同じことを繰り返しているように思う。
如何しよう・・・、如何しよう・・・と散々迷った挙句が、結局は毎年同じ結果に収まっている。

昨年末も同じ事で迷っていた。
散々迷った挙句が、またまた同じことをしているのだから、それが何とも馬鹿らしいし、
そんな様子が実に自分らしくて面白くもある。

買わなければ絶対に当たる事も無いが、買っても当たった事が無い。
買えば一縷の望みは有るが、買わなければ“億の夢”すら見ることが出来ない。
だからこうして買い続けてきたけれど、過去に当たった験しが無い。
何時も末等の300円だけだ。
これなんて10枚買えば、誰でも当たるのだから当たったとは言えない。

こんな事だから、今年は買わないでおこう・・・と何時も思う。
しかし、買えば可能性はゼロでは無い、だからここで投資は惜しむべきでは無いとも思う。
2700円で“億の夢”を買ったと思えばいいではないかとは言いながら、決して夢だけで
終わらせて成るものか、当たって欲しい、当たってくれ、とやっぱり買おうとも思う。

万が一、嫌億に一でも当たったらと“取らぬ狸の皮算用”だけは抜かりない。
買わ無ければこんな楽しみさえも味わえない。
買うと決めたら、心の中でする億の金のやり取りは実に楽しい。
夢は大きく、大きく広がっていく。本当に金離れが良く、気前も良くなってくる。

そして・・・夢だ、こんな事、あるはずが無いではないかと現実に引き戻して夢が萎む。

こんな事で毎年買おうか、買うまいか悩み続ける。結局は3000円が惜しいから。
しかし販売終了日間近になって、バラで10枚だけ買うのが何時もの常。
“年末ジャンボ宝くじ”の事である。

 【写真:宝くじ売り場(本文とは無関係)】

年が明けてお正月、どっしりと思い新聞を開き、真っ先に目を通すのが抽選結果。
当たる可能性が何時かは有ると思っているから、抽選番号の照合は強気に一等から。
しかし、組が違う。早々と外れが判明。当たらない。
成らば・・と二等を調べてみる。当然のことのようにこれも当たらない。
成らば・・・と。

 【写真:宝くじ売り場(本文とは無関係)】

しかし何時もの事ながら、惜しくも無い。番号が掠りもしない。
結局は「今年もまた末等の300円だけか」。
当たらない事が当たり前、外れることが普通なのだと自嘲的に諦める。
そんな悔しさも物かは、ならば “億の夢”再びに、とばかり今度は“初夢宝くじ”に手を伸ばす。(続)
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チャレンジ(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-19 | Weblog
世の中には、”JRの全線を完全乗車”したとか、”JRの全線・全駅で下車、「駅潰しの旅」“を”したとか、
”最長片道切符(1.3万キロ余り)の旅”をしたとか、“私鉄も含めて全線に乗った”とか、とてつもない記録
を持った凄い人がいる。

 【写真:鉄道関連本】

ある達人は、全線完乗を終えたが、それは「終着駅」ではなく「途中駅」だと言う。
なぜなら、今度は季節を変えてその路線に乗ってみたくなったからだそうな。
また別の達人は、上り線、下り線共に乗って始めてその線区を完乗したことになる、と挑戦を続けている。
またまた別の達人は、車窓からの景色を楽しむために、昼間の明るい時間帯しか乗らないことに拘って、
完乗を目指してたとか。

これらの体験記を読んでいると、その誰もが鉄道に対する並々ならぬ愛着と、凄まじいばかりの思いを持って
チャレンジしている様子がひしひしと伝わってくる。
お金も時間も体力も、桁外れに必要とするのに、何がこんなにまで思いを駆り立てているのであろうか。

他人が成しえない事を、俺は出来たと言う優越感、それに加えてやり遂げたと言う達成感。
旅を通じて得られる有形無形の財産は決して少なくは無い。
それらを積み重ねた事への満足感。目標を持って日々駆け廻る事への充足感。
しかし、なんと理屈を付けようが、それは自己満足の域を出ないのではないかと私は思う。
結局は、自らの欲望を満たすために、新たの目標を定め、挑戦を続けているように思えるのだ。

その目標とするところは実に多種多様で有るが、共通しているところは、一つの目標に向う執念と達成しても
そこで終わることなく新たな目標に向う直向さで有ろう。
それだけ鉄道を楽しむと言う事は多様性に飛んでいるのだ。

鉄道好きは、こうした輝かしい足跡を残す達人たちに、一方ならぬ憧れと羨望の思いが有る。
しかし、とても自分には出来ない事との諦めと、何とか自分も足元に及べたら・・との強い願望とが交錯する
そのもどかしさをも同時に実感しながら、踏み出せ無い自身の決断力の弱さをも嘆き痛感しているのである。

しかし、その平穏でいようとする己の心を俄かに掻き立てられたのは、自らの軌跡を整理し実績を知り「結構
乗っているではないか」と、その結果を実感した時で有る。
これなら何とか頑張れば、自分にもJRの全線の乗車は出来そうに思えてきたからだ。

 【写真:新庄がいせん桜】

 【写真:久遠寺枝垂れ桜】

 【写真:武田神社前の桜】

 【写真:醍醐桜】

今年の年賀状で、友人たちに「JR全線乗り潰し」のチャレンジ宣言をした。
このことで、途中で挫折しないよう、自らに重圧をかけてみた。
到底達人たちには及びもしないが・・・・やってみようと思うのだ。(JR乗り潰しの旅 完)
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文明の利器(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-16 | Weblog
一体今までにJRの路線の内、何キロぐらいを乗っているのだろうか。
地図上では「国内交通利用ガイド 全国旅行」で、乗車済み線区を赤色のマーカーで塗り潰しているので
一目で良く解る。
しかしこれではデーター的に何キロと言うのが解らない。
やはり数値で実感したい。そこが俄かに知りたくなった。

 【写真:輪島の朝市】

 【写真:肘折温泉の朝市】

 【写真:高知の日曜市】

「鉄道の旅手帖」にも線区名とその営業キロ数が書かれているが、乗車済み総キロ数を出すには、線区
毎に乗車済み区間を整理し、そのキロ数を算出した上で合算することになる。

これを本の上ですることは結構な作業で、電卓を使ったとしても手間も時間も掛かりそうだ。
同じ時間を掛けるならここはパソコンにお出ましを願おうと、少し面倒では有るが、「鉄道の旅手帖」を参考に、
表計算ソフトを使って線区ごとの営業キロ数の一覧表を作ることにした。

JRの現存線と廃止線、それに私鉄等JR以外の現存線と廃止線を分けて整理する。
各シートには線区名、区間、キロ数、駅数を「鉄道の旅手帖」から拾い出す。
そしてその横には、線区毎に自分の乗車区間、乗車距離、全線乗車日の欄を設ける。

全国の線区名を拾い出すとなると結構な数に上るが、難しい作業ではない。
これは根気との戦いで力仕事、頑張れば何日も必要とするレベルではない。
表は大した時間を必要とせず完成させることができた。

後は「鉄道の旅手帖」で整理しているので、それをみながら表を完成させるだけだ。
既に乗車の済んだ線区は赤色で表示、一部区間乗車の線区は緑色で、未乗車の線区は黒色で表示する。
そして後はセルに計算式を入れて乗車済み距離を合計すれば出来上がりだ。

 【写真:表計算ソフト】

現在、JRの営業線は2万キロ弱。
今までの乗車の済んだ距離が約1.5万キロである事が表から解った。
凡そ7割強の営業キロの乗車が済んだことになる。(続)
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「日本鉄道旅行地図帳」(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-12 | Weblog
どうやら最近は、「鉄道本」がブームとなっているらしい。
「不況時には鉄道本が売れるという噂が有るらしい・・」、と言う記事をどこかで読んだが、不況で収入が
減って、実際に出かける旅の回数が減った分、豪華で綺麗な写真が満載された本を買って、家庭でそれ
を見て楽しむと言う事のようだ。
確かに本屋の店先を覗いて見ると、それらしいタイトルの本やガイドブック、分冊百科が何種類か積み
上げられているし、書棚にも多く並べられている。

そう言ったブームの先鞭を付けたとされるのが、「日本鉄道旅行地図帳」(新潮社・全12巻)らしい。
平成20年の5月に第一巻の「北海道」が発売されて以降、毎月一巻ずつ発行を重ね、昨年4月に「九州・
沖縄」が発売されて完結した。
「日本初、ありそうでなかった正縮尺の鉄道地図」をキャッチフレーズに、鉄道本では異例の12巻合計で
約150万部を売り上げたと言う。

 【写真:日本鉄道旅行地図帳(新潮社刊)】

この本の良さは、正縮尺の日本地図上に鉄道路線図が書き込まれているから、線路の曲がり具合も、
駅間の距離も、トンネルも、山や川の位置も正確そのもの。
おまけに主要な場所の上り下りの勾配や、珍しい線路のスイッチバックや絶景ポイントから、さくらや
名城、名湯、名瀑から名所・旧跡の情報に加え、土地の美味い物まで網羅されてい
るから鬼に金棒。

 【写真:観光(長野・松本城)】

 【写真:温泉(秋田・泥湯温泉)】

 【写真:ぐるめ(岩手・宮古魚菜市場)】

本の大きさも厚さも、旅に持っていくには重く無いし嵩張らないから丁度良い。
それに何よりは、1冊680円と値頃なことが尚良い。
地図がもう一回り大きくて見易ければ良いのだが、年寄りには字が小さすぎることが難だ。
それでも、旅先での知りたい欲求を満たし、もどかしい思いを解消してくれるこの本が気に入って、当然
全巻購入した。

以後、旅に出るときは、その地方の掲載されているこの「日本鉄道旅行地図帳」の分冊と「鉄道の旅手帖」、
「国内交通利用ガイド 全国旅行」、「時刻表」を持って行く。
それに赤色のマーカーなどの筆記具と合わせ、この五点セットは旅の友として手放せない。(続)
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「乗りテツ」の悩み(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-09 | Weblog
電車で旅をする時は、車窓を流れる景色を楽しんでいる。
特に「乗りテツ」と言われる範疇の人種(家族に言わせると、どうやら私も同一種族らしい)は
鉄道に乗ること自体が目的で、鉄道を乗り継いで旅をしているから、日がな一日車窓を眺めて
いることになる。

 【写真:身延線沼久保付近】

着かず離れず流れる川、何と言う川だろう?
遠くに雪を頂いた山、あれは何と言う山だろう?
海岸線の遥か向うに突き出た半島、あれは・・・?
今渡った長い鉄橋は、このトンネルは、今どのあたりを走っているのだろうか?
少しスピードが落ちたようだが・・勾配はどれぐらい有るのかな?などなど。
鉄道好きには、乗っていて知りたいと思うことが随分と多い。

 【写真:中央線日野春付近】

こんな時、いつも持ち歩いている時刻表の“さくいん地図”では役に立たない。
これは、駅名を知るには良いのだが、この地図はページに収まるように大きく歪められているから、
実際の駅間の距離も正確では無いし、目的が違うから当然それらの名前は記載されていない。

「国内交通利用ガイド 全国旅行」なら、鉄道以外に主なバス路線も記載されているし、観光地の
情報も盛られている。
それに、有名どころの山や川の名前は記載されているから粗方は知ることが出来る。
しかし、この地図にも大きな欠点が有る。
それは、時刻表と同様、横長のページに収めるため地図が歪められていることだ。
だから、距離感が全く合ってはいないし、位置関係も微妙に違う。

正確に知ったからと言ってどうと言うものでも無いが、鉄道好きは、どう言う訳か細かな事に拘って
知りたがる。
知っている事が単なる自己満足の世界では有るが、解らないとなると余計知りたくなる。
乗り合わせた土地の人に聞けば良さそうだが、同年輩なら兎も角、最近は若い人にはおいそれと
声を掛け辛い。
車掌さんに聞くのが手っ取り早くて良いが、最近のローカル線はワンマンばかりだ。

 【写真:奥飛騨温泉郷から槍ヶ岳を望む】

家に帰って旅先を思い出しながら日本地図で調べる事も有るが、やはりその時、現地で知るからこそ
感動が有り、知った事で値打ちが出る。
後から調べて解れば、それはそれで良いのだが、かなり意味合いが違うように思えるのだ。

そんなもどかしい思いを解消してくれる本が発売されている。(続)
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「国内交通利用ガイド 全国旅行」(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-05 | Weblog
こうして、古い旅の記録はアルバムを、最近の記録は写真と共にCDに記録をしているので
それらを紐解きながら、過去に乗った路線を塗り潰してみると、日本全国結構な路線を乗っ
ている事が解る。
余白も有るので記憶を頼りに気の付いた事も書き込んでみる。
作業を終え、何度もパラパラと見返しながら悦に入り、これが60余年の成果かと、その結果
に僅かばかりの自己満足を覚える。

 【写真:門司港駅】

しかし、何度も見ているうちに、漠然とでは有るが、何か物足りない、何かしっくり来ないものを
感じるのである。
これはこれで、記録として結果を残す手帖としては良いのだが、本としての制約上、地図が細
切れで繋がりに欠け、見辛いことが気になり出す。
本の限られたページの大きさでは仕方ない事とは言え、ここまで記録が整理できると、今度は
日本全土を、一気に一覧で俯瞰するような大きな地図で自分の乗った軌跡が見られないものか
と思うように成った。

そんな思いを抱いて、本屋で何か無いかと探してみると
「国内交通利用ガイド 全国旅行」(定価 本体800円+税)が目に留った。
昭文社から出ている蛇腹式に折りたたんだ全国旅行地図だ。
これなら乗車済みの路線を上からペンでなぞれば、日本全国一覧で俯瞰出来そうだ。

 【写真:国内交通利用ガイド全国旅行(昭文社刊)】

早速買って帰り、赤色のマーカーで塗り潰して見る。
「鉄道の旅手帖」で既に整理が付いているだけに、それを写すだけだから塗り潰し作業に
さほどの時間は必要いらない。

塗り終えて蛇腹を一気に引き出して見る。
「オオーッ!」と思わず声が洩れる。
「できた、できた」

 

これなら全国の路線地図の上に、赤色のマーカーが際立っているから、過去に乗った路線は
手に取るように解る。
それに何よりも良い事は、まだ乗っていない路線も一目瞭然に解る事だ。(続)
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ほろ苦い青春・九州(JR全線乗潰しの旅)

2010-02-02 | Weblog
九州には、高校1年生を終えた春休み、「故郷の佐賀に帰るけど一緒に来ないか」と友に
誘われ、佐賀県の某町で春休みの期間中を彼の同級生等と過ごしたのが最初であった。

 【写真:長崎駅にて】

残念ながらそのときの鉄道のルートは良く覚えていないし、記録も残っていない。
名古屋から夜行列車に乗り、博多まで行った記憶は有るが、その後のルートは鳥栖を経由し、
長崎本線を利用したのか、筑肥線・唐津線を乗り継いだのか定かではない。
記憶の中には、唐津、山本、鳥栖、佐賀と言った駅名が甦ってくるが、これは恐らくその後
訪れた時のこととオーバーラップしてのことだと思う。

 【写真:唐津線山本駅にて】

余談だが、昨年の春、久し振りに唐津線に乗った。
途中のT駅は、その当時のセピア色の記憶しか残っていなかっので、何年ぶりかで車窓から見る、
明るい色をした町並みの変わり様には戸惑った。
一生懸命記憶を引き出し、当時、確か線路際に有った友の実家の位置を確かめようと試みたが、
赤茶けた町並みの記憶とは余りにもかけ離れていて、全く見当が付けられなかった。
機会が有ったら、今度はT駅で下車し、町を歩いて見たい、とこの時強く思った。

二度目は、社会人に成って昭和43年の冬、会社の正月休みを利用した友達四人で行った、
10泊11日の一周旅行である。
当時、新幹線はまだ新大阪までしか開通しておらず、ここから先、別府までの14時間は関西汽船・
瀬戸内海航路の汽船で、瀬戸内海の船旅を楽しんだ。

 【写真:天領日田の町並み】

別府からは宮崎-串間-志布志-鹿屋と鉄道を乗り継いだ。
志布志-鹿屋は1987年3月に廃線に成り今は無い。
佐多港からフェリーで山川に渡り、鹿児島から霧島-熊本-阿蘇へ。
ここからはバスで本渡、鬼池からフェリーで口之津に渡り、再びバスで島原-雲仙-長崎へ。

 【写真:佐世保駅にて】

長崎からの帰途は、10時14分発の「急行・いなさ2号」で博多に向っている。
当時の時刻表を見てみると、博多到着は13時22分。
博多からは、夜行急行「つくし51号」が16時02分に出て、終着大阪に4時30分に到着。
新大阪からは新幹線で名古屋に向い、6時53分に到着、そのまま新年の初仕事が
始まった会社に出社、一日普通通りに仕事をしているのだから結構ハードな旅をしたものだ。

こんな旅の軌跡を塗り潰してみた。(続)
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