簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

田沢湖線(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-30 | Weblog
 【写真:角館の桜】

「青柳家」「石黒家」など角館を代表する武家屋敷などを見た後、桧木内川の土手に出た。
春には咲き誇る桜の並木も深い雪に埋もれて休眠中、あたりは静まり返っている。
明るい日差しに雪の反射がまぶしい。風も無く穏やかで雪見の散歩も悪くない。

 【写真:角館・桧木内川】

武家屋敷通りからは少し外れるが、田町上丁に有る「新潮社記念文学館」は文芸ファンに
はお勧めのスポットだ。
静かな館内では、明治以降の近代文学の歴史に触れることが出来る。

 【写真:新潮社記念文学館】

角館12時49分発のこまちで盛岡に向う。

 【写真:JR角館駅】

列車は暫く走ると奥羽山脈越えに備え、少しずつ登り始める。
この頃から、車窓は横殴りの雪で、景色は見えにくくなり、厳しい自然に晒される山岳
地帯の様相を呈してきた。

 【写真:JR田沢湖駅】

15分ほどで田沢湖に到着する。
水深が423.4mで日本一と言われる田沢湖への観光の玄関口だ。
又、鄙びた秘湯の風情が人気を呼んでいる乳頭温泉へはここからバスが出ているらしい。

田沢湖を出て、やがてそのピークで山脈をトンネルで抜けると、今度は急坂を下る。
ここら辺りは本当に山の中と言う感じで、線路際に民家を見ることは殆ど無い。
普通列車さえ僅かしか走らない事情が良く解る。



 【写真:田沢湖線車窓より】

列車のスピードも極端に遅くなり、凡そ新幹線とは思えないゆっくりとした走りと成る。
雫石、小岩井を過ぎ、少し開けた平地に市街地が広がれば、盛岡はもう近い。

盛岡からは同じルートを、引き返す。
14時10分発の数少ない普通列車で、角館まで戻る。

 【写真:角館駅の秋田新幹線】

ここから大曲までは、往路を普通列車で来たから今度は新幹線を使う。
なんとも効率の悪い乗り方だ。
もう少しじっくり時間をかけて検討すればまだ他に方法も有ったであろう。

大曲からは奥羽本線を乗り継いで新庄へ。
ここから新幹線で山形へ向い今日の予定は終わる。(続)

 【写真:JR山形駅】
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みちのくの小京都 角館(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-26 | Weblog
「みちのくの小京都」なんとも良い響きである。
白と黒を基調に、壁にピンクの桜の花びらをあしらった平屋の駅舎が如何にも角館らしい。



 【写真:JR角館駅】

そんな駅を後に、駅前通りを15分ほど歩くと郵便局に突き当たり、ここを右に曲がる。
ここら辺りが商人町、今でも通りには色々な店が犇いている。



暫く歩くと役場の前で広い道が交差する。
「火除け」と言われる防火帯だ。
東の花場山、西の桧木内川に挟まれた、町で最も幅の狭い場所であり、ここを越えると
北側に武家屋敷の広がる武家町が有る。
昔は火事が出たときに、ここで防火線を張ったのであろうが、それは表向きで、どうやら
ここが武家と町人を区分する境界であったようだ。

小田野家、河原田家、岩橋家と続く東勝楽丁から、カギ形に道路を曲がると表町下丁。
この道の曲がり具合は、昔からのものらしい。
曲がった先に、角館を代表する青柳家や石黒家が居を構える。



道と言えばここ角館は今までに色々なところで見てきた武家屋敷通りとは少し様子が違う。
道幅が非常に広いのだ。
これも防火帯の意味を持っているのであろうか。
そんな広々とした通りを挟んだ両側には、黒っぽい重厚な塀を廻らした屋敷が建つ。
その上から負い被さるように深い木立が茂り、そこに新雪が積もり、まるで水墨画を見る
ように美しい。
朝が早いこともあり、観光客がぞろぞろと歩いていないのが尚良い。



道路で、雪かきをしていた男性と目が合った。
「雪かき、大変ですね」と話しかけると、「いつもの事だから、どうって事は無い」と
笑った。
「やっぱりシーズンは春ですか」と聞くと「春は人が多すぎる。秋も良いんだけど、意外
と知られていない」と雪かきの手を休めながら教えてくれた。

 【写真:角館武家屋敷通り】

確かに観光ポスターで見る角館は、桜の風景ばかりだ。
樹齢200年を越える老樹など400本余りのしだれ桜などが、華麗に咲き誇る様は、なんとも
絢爛で感動すら覚えるほど圧倒的な美しさを誇っている。
こんな季節に、一度は来て見たいと思ってはいたが、更に秋の紅葉シーズンにも来ないと
いけないな・・・などと考えながら、「青柳家」の門を潜った。(続)
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田沢湖線(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-23 | Weblog
今日は、秋田から盛岡までの秋田新幹線と、折り返しの盛岡から大曲まで、田沢湖線を
乗り潰す。
と言ってもこの間に二つの路線が並走しているわけではなく、同じ路線を、走る列車に
よって呼び分けているだけだから、どちらか乗れば良さそうなものだが、ここは別の路
線として拘りたい。

 【写真:秋田新幹線】

昨夜は新庄から横手、大曲を経て秋田まで普通列車で来た。
だから、今日は秋田・大曲間は新幹線に乗らなければならない。
7時02分発のこまち6号に乗り込んだ。

大曲で新幹線は行き止まりになるので、盛岡に向うにはここで列車の前後ろが逆になる。
ローカル線では時々見かけるスイッチバックだが、新幹線の駅では珍しい。
普通は、このまま新幹線に乗り盛岡まで行き、そこから大曲までの折り返しを普通列車に
すれば何ら問題は無いし効率も言い。

 【写真:大曲駅にて】

しかし、この区間は普通列車の便が極めて悪い。
上手く時間の調整をしないと、なかなか普通列車で・・とはいかないのだ。
特に田沢湖から赤渕の間は、北海道を除いて駅間が最長と言われ、秋田・岩手の県境を
トンネルで抜ける山岳区間で有ることから利用客も少ないのか、一日に普通列車が三四便
しかない。
それに、今日は出来るだけ早い時間に山形に入りたいし、折角ここまで来たのだから、
みちのくの小京都と言われる角館にも是非立ち寄りたい。

折り返しの盛岡から大曲に向う普通列車は14時過ぎに有るので、角館をそれに間に合う
ように発つ必要が有るが、残念ながら普通列車は無いので、ここは新幹線を使わざるを
得ない。
ならば、大曲・角館間も新幹線にし、盛岡まで通し、復路のこの間をローカルにすれば
効率も良いし、財布にも優しいが、この間を普通列車で通すと3時間近くも要してしまう。

 【写真:雪の中を行く田沢湖線の列車】

そんなことで散々悩んだ挙句、大曲で新幹線を降り、普通列車に乗り換えることにした。
この結果往路は、大曲-角館が普通列車、角館-盛岡は新幹線。
そして復路がその逆、すなわち盛岡-角館が普通列車、角館-大曲は新幹線となんとも
効率の悪い、財布にも厳しい遣り繰りになってしまった。
けれど、これで念願の角館に4時間半ほどの滞在時間が捻出できたのだから、多少の出費
は良し、とせねばなるまい。(続)

 【写真:JR角館駅】
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乗り残しの処理(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-19 | Weblog
新庄駅のホームでは、旅姿の芭蕉と曾良が出迎えてくれる。
ここは、福島と青森を結ぶ奥羽本線の途中駅だ。
また陸羽東線と西線の乗換駅だから、東西南北に向う交通の要衝でも有る。

 【写真:新庄駅にて】

ところがここを抜ける奥羽本線の実態は、なんとも不可思議で、凋落そのもののような
様相を呈している。
今では、同線を新幹線が走っているが、これは山形新幹線と呼ばれ、新庄が北の終着駅。
元々の奥羽本線の福島、新庄間のローカル区間では、「山形線」と愛称で呼ばれ、奥羽
本線とは言わない。
新庄から北が僅かに名残を残すのみなのに、大曲から秋田の間は、寄り添って走る秋田
新幹線にすっかりお株を奪われ影が薄い。

今日は今までに乗り残した、この新庄駅から大石田まで、山形新幹線とローカルの山形
線の両方に乗る。
その後、再び新庄に戻り、北に向い秋田までの奥羽本線を乗り潰す。

 【写真:山形新幹線】

新幹線は15時27分のつばさ124号が直近であり、これに乗ると大石田着が15時40分。
ここから再び新庄に折り返す。
復路は普通列車に乗る必要が有り、15時41分発が有る。
ホームが同じなら、目の前の列車に飛び乗るので、1分も有れば充分だが、残念ながら
そうは簡単にはいかない。

 【写真:大石田駅ホーム】

同一線路を走るとは言え、新幹線と在来線の乗換はそう簡単にはいかない。
ホームが違うから、とても線路を跨ぐ跨線橋を1分で越える事は不可能だ。
結局は次の普通列車まで1時間近く待つことになる。

 【写真:大石田駅】

しかし、駅に併設された“そばや”にでも入いれば、1時間ぐらい待つことは何でも無い。
以前来たときもここでそばを食べながら時間潰しをした。

 【写真:大石田駅構内のそば屋】

16時38分発で新庄に戻り、ここから17時10分発の秋田行きに乗り継ぐ。

 【写真:新庄駅に向う】

秋田までは、3時間余り、乗客も疎らな2両編制の列車は、暗闇の中をトコトコと走る。(続)

 【写真:秋田行きの車内】
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奥の細道最上川ライン(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-16 | Weblog
「五月雨を 集めて涼し 最上川」
元禄2年5月、最上川と始めて対面した芭蕉は、この土地の句会でこう発句したと言う。
しかしそれがなぜか「五月雨を 集めて早し 最上川」と今に伝えられている。
梅雨時の最上川はその水量も多く、流れも早い事から、いつしかこんな風に変化して
しまったのかも知れないが、その当たりの事情を私は知らない。

 【写真:陸羽西線は0番線から】

陸羽西線は、殆どの列車が酒田駅始発で、暫くは羽越本線を走り、内陸の余目駅を目指す。
そして、ここを基点にほぼ東に進路を取り、山形県の新庄までの43Kmを10駅で結ぶ。
最上川に沿って走ることから、その愛称を「奥の細道最上川ライン」と言う。

乗り合わせた女学生に「鳥海山は何処に見えるの?」と聞いてみた。
すると、「こっちに・・・・」と指を指し、教えてくれた。

 【写真:車窓から鳥海山を望む】

しかし、その先には幾重にも重なり、低く垂れ込める灰色の重い雲が見えるだけだった。
それでもその方向に目を凝らしていると、列車が進むに連れ、雲の切れ目から美しい稜線
らしい山容が見え隠れし、車窓を慰めてくれる。
雲が無ければ、「出羽富士」と言われる端麗なその姿を見ることが出来たのに残念である。

 【写真:清川付近】



そんな景色に気を取られている内に、いつの間にか最上川が近づいてきた。
「日本三大急流」の一つと言われる割に、流れは早くなく、緩やかに見える。
それでも水量は多く、悠然と流れるさまは、風格さえ感じられる。

ふとおしんが、船出したのはどの辺りだったのだろう、とテレビのワンシーンが浮かんだ。
NHKのテレビ小説「おしん」で、幼いおしんが船出した最上川のシーンは、視聴者の涙を
誘った名場面として今も語り継がれている。
この川の何処で収録されたのであろうか・・・などと考えているうちに、車窓は結露で曇り
川は見えなくなってしまった。

内陸に入って、外気温が下がってきたのかも知れない。
列車は間もなく新庄駅に到着する。(続)

 【写真:新庄駅に到着】
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港町 酒田(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-12 | Weblog
 【写真:酒田に到着】

お昼前、酒田駅に降り立った。
1時間ほど待てば新庄行きの普通列車が有るが、折角酒田を訪れたのだから、少し市内を
観光するために、もう一列車遅らせ、14時丁度発の快速に乗ることにした。
酒田に来たからは「山居倉庫」と「本間美術館」「本間家旧邸」は是非見ておきたい。

 【写真:酒田駅にて】

町めぐりをする観光客には、無料で観光用自転車が借りられる。
しかし道路には、ところどころ雪が残っているらしく、安全をみてバスを選んだ。
案内所で聞くと、駅前から “るんるんバス” に乗ると良いと言う。
“るんるんバス”とは市が運営する“福祉乗り合いバス”の愛称と言う事で、1乗車100円
で各所にいけるらしい。

 【写真:酒田るんるんバス】

「山居倉庫」へは10分程で到着する。
明治26年に建設され、今も現役で使用されている米の保管用倉庫で、米どころ“庄内”の
象徴として人気のスポットだ。
41本のケヤキ並木は、今ではすっかり葉を落としてはいるが、それでも寄り添うように
建物を守っている。





黒瓦に黒い板張りの12棟の倉庫は、鋸様の屋根を連ね、規則正しく連続する様がなんとも
美しく、そして壮観である。
雪が薄っすらと積もる黒と白の世界は、まるで一幅の墨絵のように静まり返っていて、
いつまで見ていても見飽きる事が無い。



 【写真:山居倉庫】

本町通りに建つ「本間家旧本邸」に立ち寄ってみた。
「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と詠われるほどの栄華を誇った
本間家十代の屋敷で、武家屋敷造りと商家造りが一体となった全国でも珍しい建築様式
らしい。
が、生憎今日は月曜日、休館日で有る。
表門は固く閉ざされ残念ながら拝観する事は適わなかった。

 【写真:本間家旧本邸】

ここから歩いて2~3分のところに国指定史跡の「旧鐙屋」がある。
酒田を代表する廻船問屋で、井原西鶴の「日本永代蔵」でもその繁栄を描かれたと言う。

 【写真:旧鐙屋】

付近には奥の細道縁の場所も有り、彼方此方見ている内にすっかり時間を取ってしまった。
もう一箇所、「相馬樓」で珍しい酒田舞娘の踊りを見てみたいと思っていたが、もう時間
が無い。
止む無く駅に戻る事にした。(続)
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名勝「笹川流れ」(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-09 | Weblog
村上では、次の普通電車までの2時間半ほどを過ごす予定であった。
しかし朝が早いこともあり、何処へも入ることが出来ず、1時間半ほどで切り上げたので、
9時24分発の秋田行き特急、いなほ1号に間に合い、これに乗り込んだ。
特急であつみ温泉駅まで行けば、鼠ケ関駅始発の普通列車を、ここで捕まえる事が出来る。
これなら次の普通列車で行くより少し早く酒田駅に到着することが出来るからだ。

 【写真:特急いなほ1号】

雪煙を上げながら、ホームに駆け込んできた特急は、定刻に到着した。
暖かい車内に乗客は疎らで、席はかなり空いていた。
ここからは、羽越本線の絶景が続く筈なので左側の海側の席が良い。

 【写真:特急車内】

村上駅を出ると列車は、海に寄り添うように近づき、北上する。
冬の日本海が見えた。
空は、僅かに雲の切れ目はあるものの、相変わらずの鉛色に垂れ込め、沖合で海と交じり、
その境は定かには判別ができない。

このあたりの海は「笹川流れ」と言われ、国の名勝天然記念物に指定されている。
怒涛のように打ち寄せる波が、奇岩怪石に激しく打ち砕かれ、盛り上がり、そして乱れ、
白濁して渦となり、飛沫となって海は荒れ狂っていた。





 【写真:車窓から冬の日本海】

車窓からは、笹川流れ観光の遊覧船の看板が目に付くが、残念ながら、この時期は休航
しているようだ。
その昔、義経主従がこの当たりを小船に乗って奥州に落延びたと言う伝説から、大岩には
それに因んだ名前が付けられているらしい。
天気が良く、海が凪いでいるのなら海上からの眺めを楽しむのも良いだろう。

そんな荒々しい光景が、トンネルの隙間から見え隠れする絶景ポイントを40分ほど走ると
列車はあつみ温泉駅に停車する。
ここで特急を降り、後続の鼠ケ関駅始発の普通列車を待つ。

 【写真:あつみ温泉駅】

 【写真:あつみ温泉駅前】

あつみ温泉駅でも雪のホームに降りる人は少なく、特急も直ぐにドアーを閉め発車した。
駅前に待機していた黄色いバスも、小さくクラクションを鳴らし、誰も乗せずに出て行った。
後に客待ちのタクシーだけが一台取り残されている。

 【写真:到着する普通電車】

10分ほど待って乗り込んだ普通列車も空いていたのでやはり海側の席に着いた。
しかし、列車は暫く走ると海からは遠ざかり、ここからは、薄っすらと雪を敷き詰めた
広い穀倉地帯を直走る。
酒田までは、この庄内平野を見ながら、1時間余りの行程だ。(続)

 【写真:雪の庄内平野】
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鮭といで湯の城下町・村上(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-05 | Weblog
村上は、日本海沿いの越後の国最北の城下町である。
町中には武家屋敷や商家の建物が残り、曲がりくねった小路が城下町の風情を今に
伝えていると言う。
最近では「鮭といで湯の城下町」として人気の町でも有る。

しかし、観光には朝が早すぎるのであろう。
土地の人と思しき何人かが、学生たちに混じりホームに降り立っただけで、ここで
降りる観光客らしい姿を見かけることは無かった。
ホームで写真を撮っているうちに、学生たちはホームの先の階段を降りて行き、一人
だけ取り残されてしまった。

 【写真:村上駅に到着】

急いで駅舎を出る。
一台いたタクシーがお客を乗せ出て行くと、広い駅前の広場には、一面の雪の中に
轍のあとだけが鮮やかに残っていた。

 【写真:村上駅前】

雪道を10分ほど歩くと、町中の家並の中に観音寺が有る。
古い山門を潜ると境内は一面の雪で、まだ誰も歩いた痕跡も無く静まり返っている。
ここは即身仏で知られた古刹だ。

 【写真:観音寺】

「明治36年に76歳で入寂した仏海上人のご遺体を、遺言にもとづいて発掘し、即身仏
として安置している」と案内板にあった。
新雪を踏んで玄関を尋ねてみたが、硬く閉ざされた板戸の向うに人の気配は無く、
拝観は適わなかった。

そこから更に15分ほど歩くと「イヨボヤ会館」が有る。
イヨボヤとは、村上地方での古くからの「鮭」の呼び名らしい。
三面川では、古くから「居繰網漁」と言う二艘一組になって行う漁法で鮭を取って
いたと言う。
そう言った文化を今に伝える「鮭の博物館」が「イヨボヤ会館」である。
残念ながらここも開館にはまだ時間が有りすぎて中に入ることは出来ない。

 【写真:イヨボヤ会館】

少し先の土手を、足を滑らせながら登ってみる。
そこには、秋には鮭が銀鱗を躍らせると言う三面川が、日本海に向けて悠々と
流れていた。
川面を渡る風は冷たく、とても長居をする雰囲気では無い。
それにしても、ここにも全く人影が無い。早々に駅に向けて引き返すことにした。

 【写真:三面川】

途中鍛冶町で村上を代表する冬の風物詩、軒下に吊り下げられた「鮭の塩引き」を
見かけた。
「止め腹」と言われる特殊な切り方で腹を割き、頭を下に吊るすのが伝統の加工法
らしい。
これが見られただけでもここに来た価値が有る。

 【写真:鮭の塩引き】

駅の売店で「鮭の酒びたし」を購入した。
塩引き鮭を薄くそぎ、酒と味醂をかけたもので、「ビールとの相性はピッタリ」と
勧められ、こんな朝早くから買ってしまった。
お気に入りの缶ビールを手に、酒田に向う列車を待った。(続)
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白新線から羽越本線へ(JR全線乗潰しの旅)

2010-03-02 | Weblog
白新線は、新潟から新発田までの10駅27.3Kmの路線だ。
しかし新潟を発つ列車の多くは、新発田からそのまま北上し、羽越本線を走り、村上
止めと成るケースが多い。
村上から先へ行く普通列車は、村上発7時30分があり、その次は10時34分まで無い。
さらにその後が13時33分だから、凡そ3時間に1本と言う事になる。

 【写真:小雪舞う新潟駅】

今回のたびは、ここ新潟の白新線をスタートとした。
村上でこの早い便に乗るためには新潟発6時01分に乗る必要が有るが、さすがに早す
ぎて気後れした。
次の便なら、8時48分発が連絡しているが、折角だから少し村上の町を楽しもうと、
新潟を6時47分に出発する列車に乗り込んだ。
これだと、10時台の便に乗るにしても、村上で2時間半ほど余裕が出来る。

小雪の舞う冬の休日の早朝とあり、車内の乗客はまばら、冷え冷えとした空気を閉じ
込めて列車は定刻に出発したが、外はまだ暗く景色を見るこが出来ない。
暫くは新潟のベットタウン化した市街地を走行しているらしく、まだ明け切らぬ町の
灯だけが後ろに通り過ぎていく。

 【写真:白新線を行く】

大形駅を過ぎて暫くすると長い鉄橋を渡る。水を満々と湛え、悠久と流れる阿賀野川だ。
この頃になると車窓も白んできたかに見えるが、外はなんだかどんよりと鉛色に重く暗い。
それもその筈、ところどころ地吹雪のように雪が舞い、広大な穀倉地帯は、一面白い
雪に覆われていた。

 【写真:雪の越後平野】

新発田で羽越本線に入ると、雪で若干ダイヤが狂っているのか、途中の金塚駅で暫く
停車すると言う。
手動で扉を開け、誰も歩いていない雪のホームに靴跡を付けてやろうと降りてみる。

寒い。風が身を切るように冷たい。
行き成り身体を締め付けられるような寒さが襲う。頬に当たる風が痛い。
それでも五つ六つ足跡を残してみたが、寒すぎて遭えなく早々と車内に退散。

 【写真:金塚駅にて】

米坂線の分岐、坂町駅辺りから、学生が大勢乗り込んで来た。
列車が停まるに連れ数も増え、学生たちの話し声で車内が一遍に賑やかになった。
そんな学生たちのお喋りを乗せた列車は、少し遅れて終点の村上駅に到着した。(続)

 【写真:村上駅に到着】
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