お寺までは2.2キロ、ここから本格的な山道に差し掛かる。
鬱蒼とした木立の茂る中に続く山道は、急勾配の難路と言うよりは悪路そのものである。
何年か前の水害で遍路道にも大きな被害が出たらしく、今修復も進んでいるようだが、
いたるところに被害の痕跡も残されている。
登り口には、“少しでも危険を感じたら直ぐに引き返すよう”にと注意書きが出ていた。
登山道は昔からの遍路道なのか、霊場までの距離を示す丁石が立てられているが、
その勾配は半端ではなく「焼山寺道」に劣らぬ厳しさで立ち塞がり、挑みかけてくる。
場所によっては湧水でぬかるむところもあり、ガレ場あり、露出した木の根、浮いた石、
崩れた道路の残骸ありとその足元は限りなく悪い。
それでも息を切らして上ること1時間半、木立の中に赤い幟旗が立ち、その先に仁王
門が見えてきた。
門を潜ると右手に圧倒されるような石垣が聳え、その前に客殿が建つ。
石段を登ると権現造りの本堂、左手の奥まったところに大師堂が控え、その間を石楠花
の大群落が取り持っている。
標高750mの厳しい高所にあるお寺ではあるが、車でも簡単に参拝が出来るからか、
ことのほか参拝客が多い。
ここから、61番の奥の院までは6.9キロの下り道である。
舗装されてはいるが荒れた道を暫く歩き、0.8キロほど下ったところで山道に入り込む。
下り道だから・・と高を括っていたが、この下りには侮れない厳しさが待ち構えていた。(続)
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鬱蒼とした木立の茂る中に続く山道は、急勾配の難路と言うよりは悪路そのものである。
何年か前の水害で遍路道にも大きな被害が出たらしく、今修復も進んでいるようだが、
いたるところに被害の痕跡も残されている。
登り口には、“少しでも危険を感じたら直ぐに引き返すよう”にと注意書きが出ていた。
登山道は昔からの遍路道なのか、霊場までの距離を示す丁石が立てられているが、
その勾配は半端ではなく「焼山寺道」に劣らぬ厳しさで立ち塞がり、挑みかけてくる。
場所によっては湧水でぬかるむところもあり、ガレ場あり、露出した木の根、浮いた石、
崩れた道路の残骸ありとその足元は限りなく悪い。
それでも息を切らして上ること1時間半、木立の中に赤い幟旗が立ち、その先に仁王
門が見えてきた。
門を潜ると右手に圧倒されるような石垣が聳え、その前に客殿が建つ。
石段を登ると権現造りの本堂、左手の奥まったところに大師堂が控え、その間を石楠花
の大群落が取り持っている。
標高750mの厳しい高所にあるお寺ではあるが、車でも簡単に参拝が出来るからか、
ことのほか参拝客が多い。
ここから、61番の奥の院までは6.9キロの下り道である。
舗装されてはいるが荒れた道を暫く歩き、0.8キロほど下ったところで山道に入り込む。
下り道だから・・と高を括っていたが、この下りには侮れない厳しさが待ち構えていた。(続)
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