八丈島のおいしい暮らし

毎日のごはん作りと島暮らしに役立つ情報を
八丈島のスーパーあさぬまからお届けしています

サンマ豊漁です♪

2008年10月03日 12時43分19秒 | 店内・商品・特売情報
秋刀魚(サンマ)のおいしい季節になりましたね~♪



今回は、明日(土)から6日(月)まで3日間の特売チラシです。
お間違えのないように、お願いいたします。

◎船の欠航で、変則特売となっております。
品切れの場合は、どうぞご容赦お願いいたします。
 

秋の食卓に異変…サンマは救世主(gooニュース)

昨日の「西日本新聞」によると
燃料高が漁業の不振を招き、魚介類の価格が全体的に上がっている中、
サンマは9月に入って日本近海で豊漁が続き、平均卸値は8月の約1/4で推移している、
とのことで、いろいろと異変の起きている秋の食卓の救世主的存在というニュース。

ほんと庶民の代表的な秋のおかずであるサンマまで値上がりしたら泣いちゃいます。
でも、大丈夫!サンマ豊漁!!バンザイ!!

安くて栄養豊富なサンマをたくさん食べましょうね♪
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八丈バターの起源

2008年10月03日 10時33分33秒 | 食品・お料理・栄養情報
みなさま、こんにちは!海風おねいさんです。
今日も風がまだ残ってますけど、定期船は到着の模様です。よかったです。
ただ、商品の入荷は明日からになりますので、今少しお待ちくださいね。

さて、今朝ちょっとネットで調べものをしていましたら、
面白い年表を発見しました。

 お菓子の歴史   クリック

(製菓衛生師全書(1999年版)を基に各書より編集)
(C) Copyright 2006 長野県菓子工業組合 更新:2002/03/28 とあります。

これが信頼できる年表だとすると、かなり気になることが書かれてあります。

1879 八丈島でバター製造される。 明治12年
スゴイ!明治12年に八丈島では、もうバターを作っていたんですね!

そして、この前に、
1867 横浜元町の中川屋嘉兵衛がパンとバター、ビスケット、
牛肉を新聞に広告した。 慶応3年
 とあります。

う~ん、横浜のこれは輸入品でしょうか?
日本で初のバターは八丈島で製造されたということなんでしょうか?
でないと、あえて、
>八丈島でバター製造される。
と書かれてある意味がわかりませんが。

バターの歴史を少し調べてみました。
ネットで見つけた「食材辞典」というHPの「バター」の項には、

日本には4~6世紀頃、中国から酪と言われるバターらしきものが
入っていますが、その後はほとんど食べられる事はありませんでした。
再びバターが持ち込まれたのは14~15世紀頃。オランダ経由だと思われます。
その後、江戸時代中期(18世紀)には現在の千葉県畜産総合研究センター
嶺岡乳牛研究所でバターが試作されたという事です。


なるほど~
とすると、千葉県で最初に試作されて、その後、製品としてのバターが
八丈島で最初に製造されたということなんでしょうか?

昔、八丈島には、(いまの森永乳業の前身である)日本煉乳があったんですよ。
しかし、日本練乳は大正6年に設立されてますから
その前から、八丈島ではバターが製造されていたということになります。

だれが、どんな意図で八丈島で初めてのバターを製造したのでしょう。
とても面白いですね。ワクワクします。
これからもっと詳しく調べてみたいと思います。

以前より、おねいさんは、八丈島の郷土料理や特産品の歴史をまとめた冊子を
作りたいと思っていました。
いまのところ参考文献やそういう話を聞かせてもらえる機関がありませんので、
お年寄りや各方面に詳しい方々からの聞き書きという形になります。
時間が相当かかりそうで、なかなか着手できずにいたのですが、
丁度、「八丈島の新しい郷土料理を研究する会」を発足する運びとなりましたので、
これを期に、郷土料理や特産品の歴史も同時進行で調べ始めたいと思います。

なにか、情報をお持ちの方や、お話を聞かせていただけそうな方をご存知でしたら、
どうぞおねいさんに教えてくださいね。

八丈バターの起源は、わかりましたらまた当ブログでもご紹介しますね。
コメント (2)
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