本日は少し趣向を変えてドイツのレコード会社であるMPSレコードの作品をご紹介します。ハンス=ゲオルク・ブルンナー・シュヴェーアと言う人物が設立したレーベルで、地元ドイツのジャズマンの作品もありますが、メインはどちらかと言うとアメリカのジャズマン達の作品です。本ブログでも過去にオスカー・ピーターソンやジョー・パスの作品を紹介していますね。60年代も中盤以降になると本場アメリカではジャズシーンの変化によりメインストリームのジャズが下火になりつつありましたが、ヨーロッパでは引き続き伝統的なジャズが愛好されていました。そのため、多くのアメリカ人ジャズマン達が仕事を求めてヨーロッパを訪問し、このMPSに録音を残しています。
今日ご紹介するアニー・ロス&ポニー・ポインデクスターもそのうちの1枚。1966年5月1日にフランクフルトで行われたジャズフェスティヴァルの模様を録音したもので、リーダーの2人を含めて合計9人のジャズマンが参加しています。まず、リーダーのアニー・ロスはイギリス生まれのアメリカ人女性歌手。ワールド・パシフィックに「ア・ギャサー!」等の作品を吹き込んでいます。この人は通常のヴォーカリストと言うより楽器のソロを真似て歌うヴォ―カリーズの名手で、デイヴ・ランバート、ジョン・ヘンドリックスと組んだランバート、ヘンドリックス&ロスの一員としても知られています。楽器のソロの声版と言えばスキャットを思い浮かべますが、あちらは♪ドゥビドゥバ~、と歌詞がないのに対しヴォ―カリーズは歌詞を付けて歌うのが特徴です。コ・リーダーのポニー・ポインデクスターはニューオーリンズ出身のサックス奏者。お世辞にもメジャーとは言えませんが、プレスティッジ系列のニュージャズに「ガンボ!」等のリーダー作を残しています。本作では本職のサックスに加え、ヴォーカルも披露しています。
サイドマンもなかなか通好みのメンバーです。カーメル・ジョーンズ(トランペット)は西海岸で活躍した黒人トランぺッターで、ホレス・シルヴァーの名盤「ソング・フォー・マイ・ファザー」への参加で知られています。レオ・ライトはディジー・ガレスピー楽団で活躍したアルト奏者でアトランティックに何枚かリーダー作も残しています。彼らに加えてクラーク=ボラン・ビッグバンドで活躍したジミー・ウッド(ベース)がアメリカ出身。後はヨーロッパ人で、オーストリア出身のフリッツ・パウアー(ピアノ)、カリブ海のグアドループ島出身のフランス人アンドレ・コンドゥアン(ギター)、そして地元ドイツのジョー・ネイ(ドラム)と言う国際色豊かなラインナップです。
アルバムはルイ・ジョーダンがヒットさせたジャンプ・ブルース"Saturday Night Fish Fry"で始まります。前回ブログで取り上げた「ディジー・ガレスピー・アット・ニューポート」の"School Days"も同じくジョーダンの曲で、こちらもヒップホップやラップを先取りしたような曲です。アニーとポニーが掛け合いながら歌う楽しい曲ではありますが、あまりジャズって感じはしません。この時点で少し先行き不安を感じますが、続く"All Blues"で良い意味で期待を裏切られます。ご存じマイルス・デイヴィス「カインド・オヴ・ブルー」の名曲にオスカー・ブラウンが歌詞を付けたもので、11分を超す大曲です。冒頭まずポニーがソプラノサックスによるテーマ演奏とヴォーカルを聴かせ、その後は8分間にわたって各プレイヤー達がスリリングなソロを繰り広げます。順番はカーメル・ジョーンズ→ポニーのソプラノ→アンドレ・コンドゥアン→レオ・ライト→フリッツ・パウアーでそれぞれ素晴らしいソロを聴かせてくれます。ずばり名演と言って良いでしょう。なお、アニー・ロスはお休みです。
3曲目はホレス・シルヴァーの名盤「スタイリングス・オヴ・シルヴァー」から”Home Cookin'"。アニーがヴォ―カリーズ、ポニーがスキャットでファンキーに盛り上げ、間にレオ・ライトのソロも挟まれます。4曲目”Jumpin' At The Woodside"はご存じカウント・ベイシー楽団の名曲。ランバート、ヘンドリックス&ロスがベイシー軍団と組んだ「シング・アロング・ウィズ・ベイシー」でも歌われていました。アニーが早口でヴォ―カリーズを披露し、ポニーがスキャットで続きます。カーメル・ジョーンズとレオ・ライトのソロも聴き逃せません。
5曲目”Moody's Mood For Love"はサックス奏者ジェイムズ・ムーディの”I'm In The Mood For Love"の美しいテナーソロにエディ・ジェファーソンが歌詞を付けたもので、多くの歌手にカバーされた名曲です。私が好きなのはずっと後の1995年のクインシー・ジョーンズ「Q’sジューク・ジョイント」でブライアン・マックナイトとテイク6が歌ったバージョンです。この曲はアニー・ロスが歌いますが、彼女は「ア・ギャサー!」のところでも述べましたが、正直そんなに歌が上手くないですよね。6曲目"Goin' To Chicago"もベイシー楽団の持ち曲で、歌手のジミー・ラッシングと歌ったものが有名だそうです。ラストは"Twisted"。バップ期のテナー奏者ワーデル・グレイの曲に1952年にロスがヴォ―カリーズの歌詞を付け、彼女が注目されるきっかけとなった曲です。この曲も”All Blues"同様に各人のソロがたっぷり収録されており、アニーのヴォ―カリーズの後、カーメル・ジョーンズ→レオ・ライトのフルート→ポニーのアルト→パウアーとファンキーなソロを取り、演奏を締めくくります。個人的にアニー・ロスのヴォ―カリーズはそれほど好みではないのですが(あまり声が好きではない)、それを埋めて余りあるぐらい器楽ソロが充実しており、ヴォーカル作品としてよりむしろインストゥルメンタル作品として評価したいアルバムです。