ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

メル・トーメ・シングス・フレッド・アステア

2025-01-25 21:21:58 | ジャズ(ヴォーカル)

本日はメル・トーメです。本ブログでもたびたび取り上げていますが、男性歌手の中では私が一番好きな存在です。知名度と言う点ではシナトラやトニー・ベネットに劣りますが、ポップスター的な側面もある彼らに対し、メル・トーメはより職人肌のジャズシンガーと言う感じがします。特に50年代後半に名アレンジャーのマーティ・ペイチと組んだ一連の作品群はウェストコーストのトップミュージシャン達が伴奏に回っていることもあり、歌だけでなくバックの演奏も含めて楽しめる傑作揃いです。

今日ご紹介する「メル・トーメ・シングス・フレッド・アステア」は1956年11月にベツレヘムに吹き込まれだ1枚。時系列的には「ウィズ・ザ・マーティ・ペイチ・デクテット」の次、ライブ盤の「アット・ザ・クレッシェンド」の前に当たります。それらの作品と同じく本作もマーティ・ペイチ率いるデクテット(10人編成のミニオーケストラ)が伴奏を務めています。全員列挙はしませんが、ドン・ファガーキスト(トランペット)、ジャック・モントローズ(テナー)、ハーブ・ゲラー(アルト)、ボブ・エネヴォルセン(ヴァルヴトロンボーン)らが随所で短いソロを取り、演奏を盛り上げます。

本作はタイトル通り全てフレッド・アステアが出演したミュージカル映画からの選曲です。フレッド・アステアと言えばタップダンスで有名な往年のハリウッドスターで、歌って踊って演技もできる総合エンターテイナーとしてアメリカのショービズ界を代表する存在でした。あのマイケル・ジャクソンがアステアの大ファンで彼を真似てダンスを始めたと言うのは有名な話です。全盛期は1930〜40年代でその頃の映画はさすがに古すぎて私は知りませんが、オードリー・ヘップバーンと共演した「パリの恋人」(1957年)は見たことがあります。アステアはこの時点で58歳で、28歳のオードリーの恋人役としてはいささか年を取りすぎの気がしますが、随所で見せる華麗なダンスと甘い歌声はさすが大スターの貫禄です。

全12曲のうちジョージ・ガーシュウィンの"Nice Work If You Can Get It""A Foggy Day""They Can't Take That Away From Me"、ジェローム・カーンの"The Way You Look Tonight"、アーヴィング・バーリンの"Cheek To Cheek""Let's The Face The Music And Dance"はすっかりジャズ・スタンダードとしてお馴染みの曲で、むしろこれらの曲が全てアステアのミュージカル映画のために書かれた曲だと言うことを知ってビックリです。一方、"Top Hat, White Tie And Tails"や"The Piccolino"等のように他ではあまり聞かない曲もあります。トーメはトレードマークのヴェルヴェット・ヴォイスでそれらの曲を歌い上げて行きますが、特にバラードが素晴らしく、童謡の「ロンドン橋落ちた」をアドリブで挟みながらじっくり歌う"A Foggy Day"、ジェローム・カーンの名曲"A Fine Romance"が絶品です。

一方、マーティ・ペイチのアレンジによるウェストコーストの俊英達の演奏も素晴らしく、"A Fine Romance"ではハーブ・ゲラー、”Top Hat, White Tie And Tails”ではドン・ファガーキスト、"The Way You Look Tonight"ではボブ・エネヴォルセン&ハーブ・ゲラー、"They Can't Take That Away From Me"ではボブ・エネヴォルセン、"Cheek To Cheek"ではハーブ・ゲラー&ジャック・モントローズが短いながらもキラリと光るソロを取り、演奏に華を添えてくれます。

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アニタ・オデイ/アニタ・シングス・ザ・モースト

2025-01-22 19:28:55 | ジャズ(ヴォーカル)

本日は3大白人女性ヴォ―カルの1人、アニタ・オデイを取り上げます。残りの2人はジューン・クリスティとクリス・コナーで、レコード会社で言うとアニタがヴァーヴ、ジューンがキャピトル、クリスがアトランティックのそれぞれ看板シンガーと言うことになります。この3人は色々と共通点があり、まず全員がスタン・ケントン楽団出身のいわゆる”ケントン・ガールズ”であること、全員がハスキー・ヴォイスであること、そしてこれは失礼かもしれませんがいわゆる美人女性歌手ではなく歌一本で勝負した生粋のジャズシンガーであることです。(この頃はローズマリー・クルーニー、ドリス・デイ、ジュリー・ロンドン、ダイナ・ショア等美貌を売りにした歌手兼女優の人が多くいました)

さて、アニタ・オデイと言えば映画「真夏の夜のジャズ」ですよね。1958年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの様子を収めたこの映画、色々なジャズマンが登場していますが、アニタがスキャットを交えながら"Tea For Two"を歌う場面、とりわけバックのミュージシャンとのアドリブの掛け合いは映画の中でも最も印象に残る場面の1つでしょう。アニタは決して声量抜群でもないし、特に美声とも思わないですが、映画のシーンに代表されるように独特の"間"や気の利いたアドリブで聴衆を魅了するタイプですね。後はyoutubeに上がっている1963年に来日時に"Four Brothers"を歌う動画もおススメです。当時の日本人ビッグバンドをバックにユーモラスな仕草を交えながら全編スキャットで歌い切るアニタが最高です。

本作「アニタ・シングス・ザ・モースト」は1957年1月にヴァーヴに吹き込まれた1枚。「ジス・イズ・アニタ」「シングス・ザ・ウィナーズ」と並んで彼女の代表作です。この作品、共演者が注目で、アニタと同じくヴァーヴの顔であったオスカー・ピーターソン・トリオがバックを務めています。ただし、ドラムのエド・シグペン入りの第二期のトリオではなく、ギターのハーブ・エリスがいた頃の第一期ピーターソン・トリオです。このトリオには通常ドラムはいませんでしたので、本作ではジョン・プールが追加のドラマーで入っています。ベースはもちろんレイ・ブラウンです。

全11曲。全て有名スタンダードばかりで、選曲的にはあまり面白みがないと言えばないですが、それでもアニタの歌とピーターソン・トリオの演奏のおかげで水準以上の出来に仕上がっています。主役はあくまでアニタで、ピーターソンは長々とソロを取るわけではないですが、それでも”’S Wonderful"等で見せる高速ソロはさすがの一言。一転して"I've Got The World On A String"等のバラード曲ではロマンチックなピアノを聴かせてくれます。"Old Devil Moon"ではハーブ・エリスのギターソロも聴けます。

一方、アニタも独特のハスキーヴォイスと彼女ならではの"崩し"でおなじみのスタンダードを料理していきますが、真骨頂はやはりスキャットですよね。”Taking A Chance On Love"でも中間部で軽くスキャットを挟みますが、"Them There Eyes"では最初と最後に早口で歌詞を歌う以外は基本スキャットで歌い、後半はドラムとスリリングな掛け合いを披露します。ピーターソン&エリスの高速ソロも素晴らしく、個人的には本作のベストトラックですね。その他では、ミディアムスローでじっくり歌う"You Turned The Tables On Me"、ピーターソンの美しいピアノをバックに情感たっぷりに聴かせるラストの"Bewitched"もおススメです。

 

 

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ザ・ポピュラー・デューク・エリントン

2025-01-21 21:34:21 | ジャズ(ビッグバンド)
昨日のカウント・ベイシー楽団に続き、本日はデューク・エリントン楽団をご紹介します。ベイシー楽団とエリントン楽団、まさに押しも押されぬビッグバンドの両横綱ですね。ただ、私個人の話で言うと、ベイシー楽団にはわりとジャズの聴き始めの頃から親しんでいましたが、エリントン楽団についてはそれほど馴染みがありませんでした。本作を買ったのは今から10数年前ですが、これがエリントン楽団で初めて買ったアルバムです。深い理由は特にないのですが、あえて挙げるとすればベイシー楽団はサド・ジョーンズ、フランク・フォスターらソロ活動を行っているメンバーが多く、ハードバップを聴いているうちに自然に彼らのプレイに触れていたというのがあります。一方、エリントン楽団の方はジョニー・ホッジスやポール・ゴンサルヴェスら一部を除いてあまりソロ活動は行っていませんしまたホッジスらにしてもスタイル的にはバップ以前のオールドスタイルなのであまり親しみがなく、若干敷居が高かったのが大きいです。

今日ご紹介するRCA盤「ザ・ポピュラー・デューク・エリントン」は私のようなエリントン入門者にも最適の1枚で、エリントン楽団の全盛期である30~40年代の名曲を、新たに1966年5月に録音したものです。メンバーは総勢15名。列挙してみましょう。トランペットがキャット・アンダーソン、クーティ・ウィリアムズ、息子のマーサー・エリントン、ハービー・ジョーンズ、トロンボーンがローレンス・ブラウン、バスター・クーパー、チャック・コナーズ、サックスがポール・ゴンサルヴェス(テナー)、ジョニー・ホッジス(アルト)、ハリー・カーニー(バリトン)、サックス兼クラリネットがジミー・ハミルトンとラッセル・プロコープ、リズムセクションが御大エリントン(ピアノ)、ジョン・ラム(ベース)、サム・ウッドヤード(ドラム)です。

全11曲。ほとんどの曲がエリントン楽団のレパートリーとして良く知られた曲です。オープニングを飾るのはその中でも最も有名であろう"Take The A Train"。彼らの代表曲にとどまらず、ジャズファン以外にも知られている超有名曲ですね。最初に御大エリントンが華やかなピアノソロを取り、その後はお馴染みのテーマを経てクーティ・ウィリアムズが派手なトランペットを響かせます。2曲目"I Got It Bad And That Ain't Good"はジョニー・ホッジスの官能的なアルトが味わえる名バラード。ホッジスと言えばパーカーやコルトレーンが憧れた存在として良く名前が出ますが、それも納得の素晴らしい演奏です。3曲目"Perdido"はかつてエリントン楽団員だったファン・ティゾルの名曲。バップ世代にも比較的よく取り上げられる曲ですが、ここではスイング風のオールドスタイルな演奏です。4曲目"Mood Indigo"は幻想的な雰囲気を持つ名曲で、ムードたっぷりのアンサンブルが奏でる独特の世界観はまさにエリントン楽団ならではで、ベイシー楽団にはないものです。続く"Black And Tan Fantasy"も同じく流れを組む曲で、ジャズと言うよりクラシックの管弦楽作品を思わせる凝った構成の曲です。ローレンス・ブラウンとクーティ・ウィリアムズがプランジャーやカップを駆使したワーワー・ミュートと呼ばれる独特のソロで盛り上げます。

後半1曲目は"The Twitch"。アルバム中唯一の新曲ですが、割とシンプルなブルースです。後半にド派手なトロンボーンを聴かせるのはバスター・クーパーです。続く"Solitude"と"Do Nothin' Till You Hear From Me"はどちらともエリントンのピアノとローレンス・ブラウンのトロンボーンをフィーチャーした曲。エリントンは67歳とは思えない力強くパーカッシブなピアノを披露し、ブラウンもワーワーではない正統派のトロンボーンソロでじっくりと聴かせます。特に"Solitude"は名演だと思います。"The Mooche"も独特の妖しげなムードで有名な曲で、この曲でもクーティーとブラウンのワーワーが炸裂します。"Sophisticated Lady"もエリントン楽団を代表する名バラードで、エリントンの独特の間のピアノソロが魅力的です。ラストトラックの"Creole Love Call"はあまり知らない曲ですが、これも幻想的な雰囲気を持った曲でクーティ・ウィリアムズがワーワーとミュートの両方を駆使します。個人的にはワーワーが若干うるさい気もしますがそれでも磨き上げられた鉄壁のアンサンブルはさすがの一言で、ベイシー楽団とはまた一味違うエリントン楽団の魅力を知るには最適の1枚と思います。

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カウント・ベイシー/アトミック・ベイシー

2025-01-20 20:00:38 | ジャズ(ビッグバンド)

本日はカウント・ベイシー楽団の名盤「アトミック・ベイシー」をご紹介します。このアルバム、実は原盤には単にBASIEとしか記載がなく、タイトルらしきものは特になかったようですが、原爆のキノコ雲を描いたジャケットから後に「アトミック・ベイシー」と呼ばれるようになったとか。それにしてもこの強烈なジャケット、今なら炎上間違いなしですよね。おそらくベイシー楽団の迫力あるサウンドを原子爆弾の威力に例えたのでしょうが、仮にも原爆を投下した側が無神経極まりない!とあちこちから抗議が殺到しそうです。ただ、発表した時点(1958年1月。録音は1957年10月)は本国では特に問題になっていませんし、日本のジャズファンからもベイシー楽団の名盤として昔から受け入れられていたようです。まあ昔はコンプライアンスなんて概念もなかったですし、良く言えば大らか、悪く言えば無神経な時代だったんでしょうね。私は野球好きですが、プロ野球でも松竹ロビンスの"水爆打線"なんてすごいニックネームもあったようですし、何より広島県の崇徳高校が甲子園で優勝した時の愛称が"原爆打線"だったと言う嘘のような本当の話もあります。

 

ネーミングの件はさておき、ディスコグラフィーの観点から言うと、これはベイシー楽団のルーレット第1弾にあたります。1950年代半ばにヴァーヴ・レコードにかの有名な「エイプリル・イン・パリ」等多くの名盤を残し、第2の黄金時代を迎えたベイシー楽団ですが、本作を機にルーレット・レコードに移籍し、1962年までの5年間で20枚と言う大量生産体制に入ります。この時期のベイシー楽団は、ニール・ヘフティ、クインシー・ジョーンズ、ベニー・カーターら作品によって様々なアレンジャーを起用していますが、本作で組んだのはニール・ヘフティです。元ウディ・ハーマン楽団のトランぺッターで、ベイシーとはヴァーヴ時代含め様々なアルバムで共演しています。

 

メンバーは総勢16名。全員列挙はしませんが、サド・ジョーンズ&ジョー・ニューマン(トランペット)、アル・グレイ(トロンボーン)、フランク・フォスター&フランク・ウェス(サックス)らソロプレイヤーとしても活躍するお馴染みの面々が迫力あるホーンアンサンブルを聴かせます。本作ではそれに加えてソウルジャズ系のテナー奏者であるエディ・ロックジョー・デイヴィスが参加し、随所でファンキーなテナーソロを聴かせます。リズムセクションは御大ベイシー、エディ・ジョーンズ(ベース)、ソニー・ペイン(ドラム)、そして"ミスター・リズム"ことフレディ・グリーン(リズムギター)と不動のラインナップです。

 

全9曲、どれも3~4分前後の曲で全てヘフティの書き下ろしです。オープニングは"The Kid From Red Bank"。レッドバンクとはベイシーの生まれ故郷であるニュージャージー州の街の名前で、そこから来た男=つまりベイシーのことです。この曲では爆発するホーンセクションをバックにベイシーがピアノソロを存分に聴かせます。ベイシーは普段はバンドリーダーの役に徹してソロはあまり弾かないことが多いのですが、この曲では異例の張り切りぶりですね。2曲目"Duet"はジョー・ニューマンとサド・ジョーンズの2人のトランぺッターの掛け合いで曲が進みます。ただ、どちらもカップミュートを付けているので、どことなくとぼけた味わいですね。

 

3曲目"After Supper"はスローブルースでエディ・ロックジョー・デイヴィスのテナーが大きくフィーチャーされます。ロックジョーは続く"Flight Of The Foo Birds"、6曲目"Whirlybird"でも存分にソロを取り、かなり目立っていますね。ベイシー楽団にはフランク・フォスター、フランク・ウェスと素晴らしいテナー奏者がいるのですが、ベイシーはことのほかロックジョーを気に入っていたようで、この2ヶ月後には「カウント・ベイシー・プレゼンツ・エディ・ロックジョー・デイヴィス」で彼を全面的にバックアップしています。私個人的にはホンカー・スタイルのロックジョーよりフランク・フォスターとかの方が好きなんですけどね。なお、テナーソロは7曲目"Splanky"でも含まれており、解説書ではこれもロックジョーとなっていますが、私は明らかに彼と違う(おそらくフランク・フォスターでしょう)と思います。

 

その他トロンボーンアンサンブルが主役の5曲目"Teddy The Toad"、8曲目フランク・ウェスのアルトソロが聴ける"Fantail"等を経て、ラストを飾るのが"Li'l Darlin'"。この後、ジャズスタンダード化し多くのジャズマンにカバーされる名バラードで、フレディ・グリーンの優しいリズムギターとたゆたうようなホーンアンサンブルをバックにウェンデル・カリーがミュートトランペットで味わい深いソロを取ります。ベイシーとヘフティは翌年に「ベイシー・プレイズ・ヘフティ」で共演。こちらもなかなかの傑作ですので合わせて聴くことをおススメします。

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マーティ・ペイチ/アイ・ゲット・ア・ブート・アウト・オヴ・ユー

2025-01-18 17:08:04 | ジャズ(ウェストコースト)

先日マーティ・ペイチ「ブロードウェイ・ビット」で予告したとおり、本日はその姉妹盤である”お風呂のペイチ”こと「アイ・ゲット・ア・ブート・アウト・オヴ・ユー」をご紹介します。前作の2ヶ月後の1959年7月に録音されたもので、内容もほぼ同じで西海岸のオールスターを集めたビッグバンドによるスタンダード曲集です。さてこの作品、昔からジャケットが話題ですよね。お風呂上がりの女性の裸がガラス越しに見えそうで見えない、というあたりが男性諸氏に受けたのでしょうか?ただ、私はこのジャケットあまり好きではないです。モデル女性の顔があまりタイプではないと言うのもありますし、何より肝心の音楽の素晴らしさが俗っぽいお色気ジャケットのせいで伝わっていないような気がします。

メンバーですが「ブロードウェイ・ビット」と半分以上かぶります。総勢13人のうちビル・パーキンス(テナー)、アート・ペッパー(アルト)、ボブ・エネヴォルセン(ヴァルヴトロンボーン)、ジョージ・ロバーツ(バストロンボーン)、ヴィンス・デローザ(フレンチホルン)、ヴィクター・フェルドマン(ヴァイブ)、メル・ルイス(ドラム)が引き続き参加のメンバーです。ただ、トランペットはコンテ・カンドリ、ジャック・シェルドン、アル・ポーシノと3人とも入れ替わっており、その他にバリトンサックスにビル・フードが参加。ピアノも前作はペイチが兼務していましたが、今回はアレンジャーに専念したためラス・フリーマンが入り、その他ベースにジョー・モンドラゴンが起用されています。

全8曲。内容も前回と同じくスタンダード中心、ペイチのシャープなアレンジに乗って、各楽器がソロを取ると言う趣向です。ただ、違いは前回がミュージカル曲ばかりだったのに対し、ジャズ曲、特にエリントン楽団絡みの曲が多いのと、特定のソリストにスポットライトを当てた曲が多いのが特徴ですね。エリントン・ナンバーは"It Don't Mean A Thing""What Am I Here For/Cotton Tail""Warm Valley""Things Ain't What They Used To Be"と半分の4曲もあり、ペイチのエリントンへの傾倒ぶりが伺えます。

ただ、ここで特にご紹介したいのは特定のソリストをフィーチャーした曲の方です。まずは2曲目"No More"。ビリー・ホリデイの歌で有名な曲らしいですが、トランペットを大々的にフィーチャーした美しいバラードに仕上がっています。前作同様に曲毎のソリストの記載がないのですが、哀愁漂うトランペットを吹くのはおそらくジャック・シェルドンではないかと推測します。コンテ・カンドリはリーダー作を何枚か持っていますが、こんな乾いた音色ではないはず(アル・ポーシノはよくわからないので除外)。7曲目のエリントン作のバラード"Warm Valley"も素晴らしいですね。ここでダンディズム溢れるバリトンサックスを披露するのはビル・フード。正直あまり馴染みがないミュージシャンですが、なかなか良いソロを聴かせてくれます。"Warm Valley"はジェローム・リチャードソンも「ローミン」で取り上げていましたのでバリトンサックスと相性の良い曲なのかもしれません。

そして何より素晴らしいのがアート・ペッパー絡みの2曲。まずは4曲目、ボビー・ティモンズの"Moanin'"。前年にジャズ・メッセンジャーズがヒットさせた黒人ファンキージャズの聖典をウェストコーストの白人達が取り上げているのが面白いですが、演奏の方も悪くない、どころか良いです。まずはラス・フリーマンの意外とソウルフルなピアノとホーンアンサンブルによるコール & レスポンスの後、ペッパーが独創的なアドリブを披露します。原曲とは全然違うアプローチですがこれがまた様になっています。続く高らかに鳴るトランペットはおそらくコンテ・カンドリでしょう。その後のホーン陣のアレンジも洒落ていてなかなかの名演です。続く"Violets For Your Furs"は歌手のマット・デニスが書いた名バラードでズート・シムズコルトレーンも名演を残していますが、ここでのペッパーのプレイはそれらをも凌駕する素晴らしさ。澄み切ったアルトの音色と紡ぎ出されるフレーズの美しさに思わず涙が出そうになります。その他の曲はビル・パーキンス、ボブ・エネヴォルセン、ヴィクター・フェルドマンらも加わり、各人が短いソロをつないでいく展開ですが、それらのソロの中でもペッパーのソロは一際輝きを放っており、ウェストコーストの俊英達の中でも傑出した存在だったことがわかります。本作はペイチのアレンジャーとしての手腕を堪能できるだけでなく、ペッパーの天才ぶりをあらためて実感できる1枚です。

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