秋田市南部・仁井田にある県立秋田南高等学校が、2016年度から中学部を開設し(同時に英語科の募集を廃止)、中高一貫校(高校からの入学も受け入れる「併設型」)になる。※この記事中ほど参照
一貫校化後も「秋田南高等学校」の名称は存続し、高校部分は従来通り。中学校側は「秋田南高等学校中等部」となる。
個人的には、新たな珍妙な名称になるよりはマシではあるが、秋田市内には「市立秋田南中学校」があり、それとの混同が生じてしまいそう。さらに、「高等学校中等部」という名称も分かりにくい。部活動の遠征先とか、地元住民が省略して呼ぶ時とか、誤解が生じそう。
県教育庁では「秋田南中や秋大附中と混同されないよう心掛けた」命名だとしているが…
既に中等部の願書受付が終わり、倍率4.25倍と、過去の県立中学校(いずれも秋田市外の一貫校)の倍率を大きく上回ったとのこと。
一方、仁井田からそう遠くない御所野(ごしょの)にある秋田「市」立の中高一貫校、「御所野学院中学・高等学校」。高校からの入学はできない。地元の学区の中学校としての機能も持つ。
2000年に開校した、公立としては秋田県内初の中高一貫校。(一部報道では御所野学院を「県内初の中高一貫校」としているが、ずっと前から中学校と高校を併設する私立聖霊学園を中高一貫校に含めても差し支えないと思う。ただし、2013年度から聖霊の中学部は募集停止)
秋田市教育委員会が、御所野学院のあり方を検討する委員会を設置し、11月中旬に検討委から答申が出された。
結論は「廃止」。
※今回は検討委から市教委に対して答申が提出されただけであり、現段階で御所野学院の廃止が決定したわけではありません。また、仮に廃止になるとしても、地元の中学校としての機能は残し、一貫校に在籍している生徒が高校を卒業するまで存続することが答申に盛り込まれています。
近年の御所野学院は、中学校部分卒業後に、他の高校へ進学する生徒が多く、高校部分へ進むのは定員80名を割りこむ50人前後だったという。さらに近くに南高中等部もできることもあり、入学者が減ることが予想されるというのが、理由らしい。
個人的には、立地も良くないと思う。地元の住民ならともかく、秋田市中央部などから通学するには、距離的にも、交通の便(金銭的に)でも。
御所野学院の校風が自主性を重んじるものだったこともあるみたいだけど、仁井田と御所野で県立と市立の一貫校が共存するのは難しいようだ。
それはさておき、秋田南高校。
旧校舎と隣接していた県教育センター(県総合教育センターとして追分に移転)跡地も使って、1997年に現在の校舎ができた。
そこを手直しするように、中学部で必要になる各種施設・設備の工事が進んでいる。
微妙に色が違う緑色の工事看板(建築工事の表示)が5枚
願書受付時の報道にも映ったが、正面の塀の学校名の表示は、
国道から見て右(西)、かつて教育センターだった側
校舎と同色の塀には、銀色の金属製のカットした文字(箱文字)で「秋田県立秋田南高等学校」とある。
その下段に、だいたい同じ幅・長さの白い帯がある。そこには、中等部の名称がもう書かれているのだろう。

上段の高校名は、以前よりも若干上に移動している気がするし、塀の色もきれいになっているので、単に中学校名を足しただけでなく、全体的に手を入れたようだ。
4月までまだ4か月以上あるのに、気が早いようにも思ったが、これから寒くて雪が積もる時期では、工事がやりづらい(技術的にきれいにいかないとか)のかもしれない。
ちなみに、東京駅などののりば案内も、既に来春の北海道新幹線の開業を控えたものに更新されており、今はそれを上から隠しているそうだから、それと同じ。
その白い帯。
まず、あと4か月間も、トイレットペーパーのような白帯をさらしておくのだろうか。
「中等部が開校するんだよ」と宣伝して期待させる目的なのかもしれないが、見栄えとしてはいかがなものだろう。スマートではない。
それに、現在通っている高校生、特に廃止される英語科の生徒や卒業を控えた3年生には、「自分が卒業した後、この学校が変わってしまう」ことを、これを見てまざまざと意識させられてしまうかもしれない。うれしい気持ちばかりではないだろう。卒業式の日には、この前で記念撮影するかもしれない。
せめて、壁と同じか近い色で隠せないものだろうか。
さらに、
ん?
隠した文字の左右両端。
まず左側は、のぎへんが露出してしまっている。その文字は「秋」でしょう。
文字の側面は上段と同じく銀色なのに、表面は白く、保護用のシールがあるようだ。
意味が分からない。隠すのなら、文字を全部、完全に隠すべきだ。
そして右側。
白帯の縁が微妙にカーブしている

おそらく「部」。右側の部首・おおざとの輪郭をなぞるように、白い帯をカットしたようだ。
意味が分からない。文字を隠すための帯なのに、それを文字の輪郭にカットしてしまっては、隠れた文字が分かってしまうのに。
きっと、最初に右側から白帯を当てて、(意図は不明だけど)文字のカーブに合わせて右端をカット。帯を左方向へ伸ばしていったら、微妙な所で帯が足りなくなってしまった。ちょっとだからこのままでいいや! ということになったのだろう。
こんな状態で(施工業者や学校、県が)気にならないのか。

これからの季節、風雪を浴びるわけですが、帯が剥がれて飛んでいかないかも心配です。
※12月26日に入学試験が行われた時も、表示はこのまま。
正門の左(東)側には、
閉じられた奇妙な門?
おそらく、旧校舎時代の門。おおむねここから東側が、旧校舎時代の南高敷地だった。
門柱が前後に二重に存在しているが、どちらか片方は旧校舎時代からここにあったもの。もう片方は、さらに東側・三叉路近くの門にあったもの(新校舎では廃止)を移設したのではないだろうか。
校名の表示板が2つ重なる
これはこのままでしょうか?
※開校後の2016年4月25日現在では、↑古い表示板はそのまま。旧校舎や高校単独だった当時を伝えるモニュメント的位置付けで残すのだろう。
一貫校化後も「秋田南高等学校」の名称は存続し、高校部分は従来通り。中学校側は「秋田南高等学校中等部」となる。
個人的には、新たな珍妙な名称になるよりはマシではあるが、秋田市内には「市立秋田南中学校」があり、それとの混同が生じてしまいそう。さらに、「高等学校中等部」という名称も分かりにくい。部活動の遠征先とか、地元住民が省略して呼ぶ時とか、誤解が生じそう。
県教育庁では「秋田南中や秋大附中と混同されないよう心掛けた」命名だとしているが…
既に中等部の願書受付が終わり、倍率4.25倍と、過去の県立中学校(いずれも秋田市外の一貫校)の倍率を大きく上回ったとのこと。
一方、仁井田からそう遠くない御所野(ごしょの)にある秋田「市」立の中高一貫校、「御所野学院中学・高等学校」。高校からの入学はできない。地元の学区の中学校としての機能も持つ。
2000年に開校した、公立としては秋田県内初の中高一貫校。(一部報道では御所野学院を「県内初の中高一貫校」としているが、ずっと前から中学校と高校を併設する私立聖霊学園を中高一貫校に含めても差し支えないと思う。ただし、2013年度から聖霊の中学部は募集停止)
秋田市教育委員会が、御所野学院のあり方を検討する委員会を設置し、11月中旬に検討委から答申が出された。
結論は「廃止」。
※今回は検討委から市教委に対して答申が提出されただけであり、現段階で御所野学院の廃止が決定したわけではありません。また、仮に廃止になるとしても、地元の中学校としての機能は残し、一貫校に在籍している生徒が高校を卒業するまで存続することが答申に盛り込まれています。
近年の御所野学院は、中学校部分卒業後に、他の高校へ進学する生徒が多く、高校部分へ進むのは定員80名を割りこむ50人前後だったという。さらに近くに南高中等部もできることもあり、入学者が減ることが予想されるというのが、理由らしい。
個人的には、立地も良くないと思う。地元の住民ならともかく、秋田市中央部などから通学するには、距離的にも、交通の便(金銭的に)でも。
御所野学院の校風が自主性を重んじるものだったこともあるみたいだけど、仁井田と御所野で県立と市立の一貫校が共存するのは難しいようだ。
それはさておき、秋田南高校。
旧校舎と隣接していた県教育センター(県総合教育センターとして追分に移転)跡地も使って、1997年に現在の校舎ができた。
そこを手直しするように、中学部で必要になる各種施設・設備の工事が進んでいる。

願書受付時の報道にも映ったが、正面の塀の学校名の表示は、

校舎と同色の塀には、銀色の金属製のカットした文字(箱文字)で「秋田県立秋田南高等学校」とある。
その下段に、だいたい同じ幅・長さの白い帯がある。そこには、中等部の名称がもう書かれているのだろう。

上段の高校名は、以前よりも若干上に移動している気がするし、塀の色もきれいになっているので、単に中学校名を足しただけでなく、全体的に手を入れたようだ。
4月までまだ4か月以上あるのに、気が早いようにも思ったが、これから寒くて雪が積もる時期では、工事がやりづらい(技術的にきれいにいかないとか)のかもしれない。
ちなみに、東京駅などののりば案内も、既に来春の北海道新幹線の開業を控えたものに更新されており、今はそれを上から隠しているそうだから、それと同じ。
その白い帯。
まず、あと4か月間も、トイレットペーパーのような白帯をさらしておくのだろうか。
「中等部が開校するんだよ」と宣伝して期待させる目的なのかもしれないが、見栄えとしてはいかがなものだろう。スマートではない。
それに、現在通っている高校生、特に廃止される英語科の生徒や卒業を控えた3年生には、「自分が卒業した後、この学校が変わってしまう」ことを、これを見てまざまざと意識させられてしまうかもしれない。うれしい気持ちばかりではないだろう。卒業式の日には、この前で記念撮影するかもしれない。
せめて、壁と同じか近い色で隠せないものだろうか。
さらに、

隠した文字の左右両端。
まず左側は、のぎへんが露出してしまっている。その文字は「秋」でしょう。
文字の側面は上段と同じく銀色なのに、表面は白く、保護用のシールがあるようだ。
意味が分からない。隠すのなら、文字を全部、完全に隠すべきだ。
そして右側。


おそらく「部」。右側の部首・おおざとの輪郭をなぞるように、白い帯をカットしたようだ。
意味が分からない。文字を隠すための帯なのに、それを文字の輪郭にカットしてしまっては、隠れた文字が分かってしまうのに。
きっと、最初に右側から白帯を当てて、(意図は不明だけど)文字のカーブに合わせて右端をカット。帯を左方向へ伸ばしていったら、微妙な所で帯が足りなくなってしまった。ちょっとだからこのままでいいや! ということになったのだろう。
こんな状態で(施工業者や学校、県が)気にならないのか。

これからの季節、風雪を浴びるわけですが、帯が剥がれて飛んでいかないかも心配です。
※12月26日に入学試験が行われた時も、表示はこのまま。
正門の左(東)側には、

おそらく、旧校舎時代の門。おおむねここから東側が、旧校舎時代の南高敷地だった。
門柱が前後に二重に存在しているが、どちらか片方は旧校舎時代からここにあったもの。もう片方は、さらに東側・三叉路近くの門にあったもの(新校舎では廃止)を移設したのではないだろうか。

これはこのままでしょうか?
※開校後の2016年4月25日現在では、↑古い表示板はそのまま。旧校舎や高校単独だった当時を伝えるモニュメント的位置付けで残すのだろう。