歩巳の住まう処は都会ではない。
通学のため玄関を出て凡そ15分、
無人駅まで信号は三つ。
歩巳は高2になった途中から
その勝敗を記録し始めた。
止まらずに渡れる青なら勝ち、
赤で止まったら負け。
一度も止まらない日はなかなかない。
一方、全部赤で3回立ち止まることは
多い気がした。それを検証すべく、
選択日本史が半年で終わって
余ったノートに日付と勝敗、
ついでにその日の何かも箇条書き。
・JAのバン左リヤタイヤがパンク気味。
乗ってたの、たぶん支援課のウゴさん
・国語の里先生が珍しく青系の服
・麻子と花田先輩、破局の噂
・琴扇堂に頼んだ「こっきり饅頭」を
帰りに受け取り
など道すがらのこと、学校のこと、
母から頼まれた用事など雑多で
何も記さない日もある。
歩巳は後期から窓側の席になり、
つい見慣れているはずの山並に
目が行きがちだ。
前に座る山川は東京の大学を目指し、
休み時間も勉強していて、
背中を突っつく空気ではなく、
隣の淵は大概寝ている。
引退したのにまだ朝練に出て
後輩の指導に熱心だからだ。
大工を継ぐが、数年は高崎に出て
建設会社での修行が決まっている。
歩巳は一応進学希望だが、
実のところ未来が見えていない。
指定校推薦は無理だし一芸もない。
そも、行きたい大学も専攻学科も
或いは専門学校もない。
1月は24勝27敗だった。
さて、これからの長い人生を
何勝何敗で終えるのか?
ちなみに今日は「勝・負・勝」で
2勝1敗。
幸先良い月のスタートになった。
景色に飽きて、ノートを前にめくる。
足利義輝の辞世に蛍光マークした
五月雨は露か涙かほととぎす
我が名をあげよ雲の上まで
が目に止まる。
その下にマーカーなしで、訳
五月雨は露なのか私の涙なのか
我が名を雲上に広めてくれ、時鳥!
日本史なのに古文の授業みたいだ。
桜井先生らしい。
それにしても、原文と書下し文と訳文が
あまり変わらない時があって、
何だか損をした気になるのは自分だけか
と思っていたところにチャイム。
英語の授業が終わった。
ほぼ聞いていなかった。
というより開いているのが
例の記録ノートだ。
山川がスッと立って教壇に向かう。
分からなかったところを質問するのだ。
中学時代は一緒にバカをやっていたが
変化にむしろ感心し、
少し妬ましくさえある歩巳だった。
一方「我が名を雲上に」の心持ちの
欠片もない自分が情けないと
内心が動くならまだ良いが
それもなく淡々とする自分を
どう捕らえたら良いのだろう。
そもそも人生の勝ち負けとは?
山並の上の雲はゆったりと
西から東へ動いている。
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