たけじいの気まぐれブログ

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ぶらり道草旅その2 「沼津御用邸記念公園」

2018年03月25日 13時51分42秒 | 旅行記

ぶらり道草旅その1 沼津市の「千本松原」 の つづき、

ぶらり道草旅その2 沼津御用邸記念公園

(2)沼津御用邸記念公園

駿河湾の最奥部、沼津市島郷海岸に面し 松林に囲まれた一角に有る 沼津御用邸記念公園に立ち寄りました。

沼津市ホームページ → 「沼津御用邸記念公園」

沼津市のホームページから拝借した写真
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沼津御用邸は 明治26年、大正天皇(当時は皇太子)のご静養のため造営されたものですが 明治、大正、昭和の三代 77年間にわたり 天皇皇后両陛下や皇室の方々に利用された御用邸です。そのご利用日数は 約5000日に及び 他の御用邸に比べて 最も多くご利用された御用邸なんだそうです。
当時は 掦原村と呼ばれた小さな漁村だったそうですが 気候温暖、全面に駿河湾、背景に富士山という風光明媚な地であったことから 明治政府の高官が相次いで別荘を建設する等していた地で、明治22年には 東海道線が開通し 東京からの交通の便がよくなったこともあって この地に造営されたようです。
昭和44年には 沼津御用邸は廃止されて 昭和45年に 沼津市が 「沼津御用邸記念公園」として開設し 現在に至っているものです。
平成28年10月には 公園内の一部が 「旧沼津御用邸苑地」として 国指定名勝にもなっているそうです。

                   根上がり松

  

明治時代の雰囲気を残した貴重な木造平屋建ての西付属邸御殿、
内部を見学出来ます。(写真撮影可です)

   

  

  

   

  

  

  

庭内散策

  

皇族がそぞろ歩かれたであろう広大な庭

公園の西端には 富士山が松林越しに頭をのぞかせる富士見ポイントがありますが 残念ながら 富士山は 雲に隠れていました。

沼津垣広場、

 

ご用邸の目の前は駿河湾、島郷海岸、
御用邸時代は 皇室のプライベートビーチ、一般人は 立入り禁止だったと思います。
訪れた日は 南岸低気圧通過後の余波もあり 強風、高波でした。

(つづく)

 

 


ぶらり道草旅その1 沼津市の「千本松原」

2018年03月25日 10時10分37秒 | 旅行記

静岡県浜松市の老人介護施設に入所して久しい義母の元には 妻と義姉が定期的に訪れていますが 今回は 同行することになり 3月、お彼岸の頃が良ろしかろうということで予定していたところ 春分の日に予期せぬ降雪積雪、幸い 東名高速道、静岡県方面に交通規制も無く ほぼ予定通り出掛け 帰ってきました。
車で 遠出するのも久し振りなこと、その内いつかなんて言ってられない歳、せっかく 静岡県まで出掛けるのであれば ただピストンするだけでは もったいない・・・ということで 途中 数箇所 ぶらり道草をして 小さな旅を楽しんできました。

(1)沼津市の「千本松原」

沼津市の狩野川河口から富士市の田子の浦港までの間、約10kmの駿河湾に沿って続いている松原です。
千本松原という名称になっていますが 現在は 30数万本以上あるようです。
松原越しに富士山を望むことが出来、東海道随一の景勝地とも言われていて、日本百景、日本の白砂青松100選にも選ばれているようですが 残念ながら 訪れた時間帯には 富士山は雲に隠れており お目当ての写真は撮れませんでした。

沼津市のホームページから拝借した写真
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元々は 防潮、防風のため 農民が植えたもののようですが 1580年 武田勝頼が 駿河に攻め入った際に これを迎え撃った北条氏が 合戦の邪魔になるとして伐採してしまったため、農作物は 塩害、風害で壊滅的被害を蒙ったとされています。
これに心を痛めた山域延暦寺の乗運上人の弟、長円が 衆生済度の大願を掛け 約5年の歳月をかけて千本の松を植えて根付かせたことが 由来になっているようです。

沼津市のホームページ → 「千本松原」

駿河湾の先には 伊豆半島方面の山並み、

海からの風が強い地域なんでしょう。松は皆 傾いています。

千本松原は 数々の文人達にも愛された景勝地として知られていますが 現在は 「千本松原公園」として 整備され 歌人 若山牧水の歌碑や 作家 井上靖の文学碑等が 建てられています。

井上靖 文学碑

  

千個の海のかけらが
千本の松の間に
挟まっていた
少年の日
私は 毎日
それを ひとつづつ
食べて育った

井上靖

幼少期 伊豆湯ヶ島で過し 浜松中から沼津中に転校、三島の叔母の家から沼津に通った作家 井上靖、
その頃一緒に遊び惚けた仲間との自叙伝的小説のひとつに、「夏草冬濤」がありますが、千本松原も 描写されています

 

(つづく)

 

 

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