たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「母への手紙(Lettre à Ma Mère)」(再)

2025年03月06日 09時13分26秒 | 懐かしいあの曲

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがある。「アクセス数」を気にしてでのことではなく、すっかり忘れてしまっているような、随分前に書き込んだ古い記事にアクセスが有ったりするのを、楽しみにチェックしている風なのだ。
そんな記事に目に止まった瞬間、「エッ、こんな記事にアクセス?」と驚くと
同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりしているのだ。
「gooブログ」「記憶力がまるで無くなっている爺さんの自分のための記憶補助ツール」等と、勝手に決め込んでいる爺さんには、「アクセス解析」もまた、便利で有難いツール、大いに活用しているという次第。
昨日、数年前に、ブログ・カテゴリー「懐かしいあの曲」に書き留めていた記事、「母への手紙」にアクセスが有ったことに気が付いた。
「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクすることにした。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


「母への手紙」

若い頃、たまたま良く見ていた連続テレビドラマに、山田太一脚本による「午後の旅立ち」があったが、そのテーマソングに魅せられ、それが、リチャード・クレイダーマン(Richard Clayderman)の演奏曲だと初めて知り、時代は、CD時代直前だった気がするが、わざわざレコード店に足を運び、LPレコード「リチャード・クレイダーマンのすべて」を買ったことがあった。
CD時代になってからも、繰り返し繰り返し聴き、溝はすり減り雑音混じりになっているが、後生大事、廃棄出来ず、未だに保有していて、最近になってからのこと、時々引っ張り出して聴いているという爺さんである。
「午後の旅立ち」「愛しのクリスティーヌ」「渚のアデリーヌ」「星空のピアニスト」等 どの曲を聴いても懐かしい。フランスが生んだ「ピアノの貴公子」等と呼ばれていたリチャード・クレイダーマンの代表曲が収録されているが、その内の1曲「母への手紙(Lettre A Ma Mere)」を YouTubeから共有させていただくことにした。

「リチャード・クレイダーマンのすべて」(全14曲)。

レコードに添付されている曲目解説によると、「母への手紙(Lettre A Ma Mere)」は、リチャード・クレイダーマンのプロデューサーだった、オリビエ・トォッサン、ポール・ドゥ・センヌヴィル 共作の楽曲なのだという。
どんなに遠く離れていても常に我が子の身を案ずる母親、そんな母親の愛情も時にはうるさく感じてしまうが、なにか有った時に最初に想うのは母親の大きな愛情。温かい母親の手をたまらなく懐かしく愛しく想うもので、そんな気持ちをつづった手紙をイメージした曲なのだそうだ。

リチャード・クレイダーマン演奏の「母への手紙」  (YouTubeから共有)


振り返り記事
「母への手紙」ではなく、「母からの手紙」

リチャード・クレイダーマンの「母への手紙」を聴くと、ふっと思い浮かんでくるのは、2017年11月に永眠した母親からの手紙のこと。
「母への手紙」ではなく、「母からの手紙」であるが、昭和30年代に実家を離れて以降、母親がこまめにくれた手紙(封書)類が、数年前に不要雑物整理廃棄処分中に、押入れの奥から出てきて、タイムカプセルを開けるが如しの気持ちになった。いずれ廃棄処分しなければと思いながら未だ保留になっている。

母からの手紙

気が強く、口やかましかった 若い頃の母親、
北陸の実家解体の際に持ち帰ってきた古いアルバムの中の写真から・・。


 

 

 


この記事についてブログを書く
« 読めない書けない四字熟語・N... | トップ | 「読めない書けない四字熟語... »

懐かしいあの曲」カテゴリの最新記事