集英社文庫 1993年
ことし最後に紹介するのは、やはりボクが今、ハマって
読んでいるシーナさんでしょう。
この作品集は山岳小説といっていいのだと思うが、その
昔、ボクが小学5,6年のころ、熱中して読んでいた新田
次郎氏も山岳小説なのだが、男というものはなんだか山岳
小説というものにひかれるものらしい。
山を登るっていうそれだけのことが文学となると、いい、
らしいのだ。
実際に登のはメンドーなので、せめて文字で体感しよう、
というせこい文学体験派のボクとしては、この作品集は
ほっておけないだろう。
これは1988年に刊行された本だが、1980年前後に
書かれたという、気分はだぼだぞソースは、ねえ、ちょっと
これはねえ、という感じだった。さすがのシーナさんも
若いときは、ちょっとこれは、という感じだったのだな、と
ちょっとげんきになったのだった。
最後に、シーナさんとは全く関係ありませんが、ことし古民家
ギャラリーうした・Pカフェに来られた方々に感謝します、あり
がとうございました。
よいおとしをお過ごし下さい、ではでは………………合掌。
(鶴岡卓哉)
ことし最後に紹介するのは、やはりボクが今、ハマって
読んでいるシーナさんでしょう。
この作品集は山岳小説といっていいのだと思うが、その
昔、ボクが小学5,6年のころ、熱中して読んでいた新田
次郎氏も山岳小説なのだが、男というものはなんだか山岳
小説というものにひかれるものらしい。
山を登るっていうそれだけのことが文学となると、いい、
らしいのだ。
実際に登のはメンドーなので、せめて文字で体感しよう、
というせこい文学体験派のボクとしては、この作品集は
ほっておけないだろう。
これは1988年に刊行された本だが、1980年前後に
書かれたという、気分はだぼだぞソースは、ねえ、ちょっと
これはねえ、という感じだった。さすがのシーナさんも
若いときは、ちょっとこれは、という感じだったのだな、と
ちょっとげんきになったのだった。
最後に、シーナさんとは全く関係ありませんが、ことし古民家
ギャラリーうした・Pカフェに来られた方々に感謝します、あり
がとうございました。
よいおとしをお過ごし下さい、ではでは………………合掌。
(鶴岡卓哉)