古民家ギャラリーうした・ガレッジ古本カフェ便り

古民家ギャラリーうしたと隣のガレッジ古本カフェで催している作品展、日々の発見!、書評、詩などを紹介していきます。

猫の縁談   出久根達郎

2025-02-13 12:48:26 | 小説の紹介

中公文庫  1991年

 

短編集「猫の縁談」表題作。猫のじいさんと云う

 

猫を引き取ってくれ、蔵書と一緒に、というじい

 

さんが巻き起こす騒動を描いた短編。

 

珍しい棟方志功の本と引き換えに猫の面倒を見てくれ、

 

と云い出し、その果ては、その猫じいさんは泥棒で、

 

その猫に餌をやりに来るがてら泥棒していくと云う。

 

いろいろ問題の多いじいさんだが、最後は死んでしまう。

 

ぼくだったら、鼻から相手にしないので、出久根さんは

 

優しい人なのだろうなあ、と思った。

 

(2024年12月最後の読了本

         12・29(日)22:45)

               (鶴岡 卓哉)    

 

 

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雑記+陽は西へ 色川武大

2025-02-11 03:17:02 | 小説の紹介

この僕のブログは自分の思考実験の発表の

 

場だと思っているのだが、僕の小説とかの

 

作品は人に読まれていないものが、たくさん

 

ある。しかし、僕はあまりプロになることば

 

かりに拘っているわけではない。兎に角、

 

自分で納得出来るいい作品を書きたいと云う

 

想いが強い。と云うわけで、僕は、人に読

 

まれたことがあまりないこと故、自分の作品

 

の立ち位置が良く分かっていないところがある。

 

まあ、長生きしてれば、そのうちに、僕の作品

 

も人に認知されることも、あるいは、あるかもね。

 

最近、考えてるのは、カッコいい、とはどういう

 

ことだろう、と云うことだ。答えは、多分、スマ

 

ートな気の遣えるおとなの男になる、と云う

 

ことだろう。僕はカッコいいおとなの男になりたい

 

と思っている。

 

とととと、ちょっと長くなってしまいそうだ。

 

今日は、「虫喰い仙次」所収の色川武大氏の短編

 

ですよ。

 

1986年

 

伯母から朝鮮の朝鮮飴と云うものを送って来る

 

話しがでてくる。あまりおいしくはなかった、

 

と云う。広島の原爆でその伯母は死んでしまった

 

らしい。夏、大柄な女の子が色川氏の元に転がり

 

込んで来て、秘書のようなことを一年弱していた

 

ことが描かれる。その子は二十七歳で結婚したが

 

っているが、なかなか相手に恵まれず、退屈な男

 

はイヤだと云うことだ。

 

秋、父母に世話を焼いたりしてやることの難しさ

 

について描いている。ツケ台に坐ってスシを

 

喰ったことのない父親に奢ってやって、しでかした、

 

と後悔している。箱根に二泊の旅行をプレゼントして

 

二日目に母が腹痛を起こし、帰って来て、女と云うもの

 

の恐ろしさを描いている。

 

身辺雑記のエッセイのようだが、エッセイともちと

 

違うようだ。とても読み易くて、色川氏のこと知るには

 

いいテクストになるだろう。

 

(表題作「虫喰い仙次」と「走る少年」はどうしても

 

興味が持てなくて、きちんと読めなかった。残念だが、

 

僕の趣味とは合わなかったようだから、「虫喰い仙次」

 

はこれにて終了だ。)

 

(2024年12・29(日)20:20)

             (鶴岡 卓哉)

 

 

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復活   色川武大

2025-02-04 06:47:42 | 小説の紹介

「虫喰い仙次」所収。   1986年

 

こういう短編は、一気読みしたほうが正解

 

なようだ。虫喰いみたいに読んだせいで、

 

元々解らない文章が一層分からなくなっ

 

てしまったようだ。

 

どうやら、祖父が生き返った幻覚が視えていて、

 

それがどうやら威張ったりするようだ。

 

ただ庭を掘り返す様は、石井ショウゴ(ショウゴ

 

・漢字分からず)監督の昔、テレビ東京の深夜で

 

よくやっていた映画、「逆噴射家族」を彷彿とさ

 

せるな、と思った。

 

もしかしたら、モチーフのひとつになっている

 

のかも知れぬ、いや、違うか。

 

だから、幻覚の夢と現実が入り混じり混沌として

 

一種のカオスとなって、ひとつの作品を形成し

 

てゆくことになる。

 

色川氏のナルコレプシーの症状さながらに。

 

(読了日 2024年12・25(水)18:10)

                (鶴岡 卓哉)

 

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四畳半神話大系   森見登美彦

2025-02-01 07:28:13 | 小説の紹介

角川文庫   2005年

 

一度、森見氏の本を読書体験したくて、横川で

 

新刊本で買ってみた。

 

四畳半と云うのは真四角で、ぼくが小三から高校三年生

 

までが違う部屋だったが、四畳半だった。とても個の部屋

 

としては狭さが気に入っていた。高校からは、ベッドもあ

 

ったが机とでキチキチ、と云う感じ。そこにデスクトップの

 

パソコンとコンポ(ステレオ)があった。春日部のいいことが

 

全くなかった、イヤな思い出ばかりの部屋だが、愛着はあった。

 

今の部屋は十一畳だが、実質的には六畳ほどだ。

 

あぁ、この本は読んだ方も多いだろうし、中身については、

 

各自他で調べてください、と云うことだ。

 

ぼくは森見氏の文章はツボで、こういう文章が読みたかった

 

んだ、と云った感じでした。並行世界を描いたもので、

 

SFになるのかな、と思うが、ぜんぜんSF感はない。

 

長編第二作と云うことで、初々しさがあるのではなかろうか。

 

ただ、問題なのは、コピーペーストしているんで、作家は

 

ラクに行数を稼げるからいいが、読まされる方は飽きるし、

 

もういいか、ってなる。森見ファンは多いが、ぼくは、もう

 

いいかな。表現を一部変えてみる、とか、もっとコピーペースト

 

するにしても、同じ世界はふたつとない、と云うことを表現する

 

意味でも工夫が必要だったんじゃないかな、と思ってしまった。

 

(読了日 2024年12月23日(月)0:35)

                 (鶴岡 卓哉)

              

 

 

 

 

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野火   大岡昇平

2025-01-14 11:39:43 | 小説の紹介

こういう古い本をディグってると、やはり、

 

大きな発見がある。それは、人生と云う歴史

 

であり、それは、決して見逃せないものだ。

 

ぼくは、文章修行だと思って、このブログ

 

を運営しているが、と云っても、ただ、ア

 

ップしているだけだが。

 

今日のお作品はとても古いですよ。そ

 

して、未だに読み継がれている伝説的な作品

 

です。

 

ーーーーーーーーーーー

野火 新潮文庫   昭和二十七年

 

これは多分に、創作が入っているのだな、と思った

 

のは、大岡氏の戦後の動向で、愛人を囲ったりして、

 

妻が自殺したりしていることにある、と云える。

 

所謂、昭和の文豪クソ野郎である。

 

本書はもの凄い作品である。力強いし、作品として、

 

伝説になっている通り秀でている。或る意味、詩的だし、

 

文章が立体的で際立っていると云える。特に、彷徨し

 

ているラストの部分などは一読に値する。これだけ読むと

 

体験していないと描き得ないのではないか、と思い、ぼくも

 

実体験から描いたのではないか、疑いの余地のないところ

 

では、と一瞬信じたが、いやいや、この人は狡猾ですよ。

 

一を十にも二十にも膨らませて書ける筆力があるのですよ。

 

人肉を喰えば、狂うと云うから、宗教的、キリスト教的

 

着地点も、合理性があり、精神に異常をきたしたと云う

 

ラストも納得がいく。けど、戦争と云うものは本当に

 

恐ろしいものですよ、と心底思った次第。

 

(読了日 2024年12・17(火)17:03)

                 (鶴岡 卓哉)

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もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵 椎名誠

2025-01-08 01:26:34 | 小説の紹介

「素敵な活字中毒者」所収。

 

この日本ペンクラブ編 素敵な活字中毒者の選者で

 

あらせられる、椎名氏の作品。

 

以前、読んでいるので、再読だ。めぐろ・こおじと

 

やり合って、こてんぱんにやっつけられ、怨んで、

 

連続性視覚刺激過多抑制欠乏症、すなわち、活字

 

中毒者のめぐろ・こおじをうまい具合いに味噌蔵に

 

閉じ込め、「ぬべっちょ」とか「毛なめ」と呼ばれる

 

なめくじみたいな怖い生命体と一緒に一か月半、ちらし

 

などを与え、徐々に慣らしていく。

 

ぼくも活字中毒者の部類だ、と自認しているのだが、

 

味噌のニオイはあまり好きではない。いや、そういう

 

ことではないか?

 

(読了日 2024年12・5(木)1:00)

               (鶴岡 卓哉)

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悪魔祈禱書 夢野久作

2025-01-05 01:45:27 | 小説の紹介

「素敵な活字中毒者」所収。 集英社文庫

 

「夢野久作全集」より。ぼくは今のところ、ドグラ・

 

マグラは積読と言いますか、一回読んで、挫折して

 

いるのですが。

 

この短編や「人間腸詰」なんかは割りと好きですね。

 

相変わらず、話し言葉で攻めて来ていて、いろいろ

 

古本のことを書き連ねていらっしゃる。

 

また、万引きについて、この先生も言及していらっ

 

しゃいます。書くことがひとつの夢みたいに

 

なってるんすかねえ。

 

持ち込まれた本を3円で買ったのだが、それが、

 

筆写本でロスチャイルドが十万ポンドの懸賞をか

 

けて探していた本だった。外道祈祷書だったらしく

 

いろいろいけないことが書いてあったらしい、と

 

リアリティーをもって書かれているが、オチはウソ

 

と云うことらしい。なんなんだ、この久作と云う人は

 

ふざけておるのか! とわしは少々ご立腹のご様子。

 

(読了日 2024年12・3(火)20:13)

               (鶴岡 卓哉)

 

 

 

 

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本盗人   野呂邦暢

2024-12-29 02:54:29 | 小説の紹介

「素敵な活字中毒者」所収。 昭和五十三年

 

この野呂氏と云う人は残念なことに43歳で

 

亡くなっている。長崎生まれで、小説にも長崎と云う

 

ワードが出て来る。「草のつるぎ」で芥川賞を受賞さ

 

れている。「草のつるぎ」は読了済み。この短編は

 

「野性時代」に発表。「愛についてのデッサン」に

 

収録されていると云う。

 

この短編の主人公は古本屋の主人で、盗難に悩まされ

 

ている。それもすごく高価な本だ。赤いブレザーを着た

 

女の子が三日間入り浸り、最後の日に来た後に、「方丈記」

 

が棚に戻されていた。郵便局で会い、他の三冊も送ろうとし

 

たところに出くわしたのだ。本人ではなく、男友達がしたこと

 

だろう。その男友達に激しい嫉妬を感じる啓介であった。

 

うーん、この本、ハズレなしかあ、さすがシーナさん、いい

 

短編ばかりである。

 

(読了日 2024年12・1(日)23:45)

                (鶴岡 卓哉)

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愛玩    安岡章太郎

2024-12-28 03:05:29 | 小説の紹介

新潮文庫  昭和三十四年

 

まだ母も父も元気だった頃の話だ。ウサギのアンゴラの

 

毛を獲りたいがために買い始め、家中がすっちゃかめっちゃか

 

になっていくと云う。ミミズ、ナメクジのたぐいがおびただしく

 

棲息している、と云うのだから、気持ちが悪くなってしまう。

 

父は恨めしそうな目でぼくの毛を欲しそうにしている。

 

そのうち、アンゴラの毛の人気もなくなってしまい、ウサギは

 

食肉のソーセージの業者の指に噛み付いたりしつつ、売られて

 

ゆくことになる。赤貧洗うが如き、貧しさの中で、人生を

 

足掻いていたのは、ある意味幸せであったと云える時期

 

なのかもしれない、と思わせる。

 

(読了日 2024年12・1(日)22:45)

                (鶴岡 卓哉)

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ジングル・ベル   安岡章太郎

2024-12-27 01:41:43 | 小説の紹介

新潮文庫   昭和三十四年

 

未だ戦後といっていいような頃、ジャングル・ジム

 

だけ新しく、虚しく、高崎歩兵連隊初年兵の頃の軍曹

 

の掛け声を思い出させる。

 

へいっち、にっ、と云う拍子に合わせて、思わず、歩く

 

自分とは裏腹に街の喧騒はなんだか、実体なく、リアリ

 

ティーを感じられないのだろう。そして、「ウナドン」を

 

頼んでしまう。うなぎは嫌いなのに、なんでそう叫んだ

 

のか。無理やりに口に押し込み食べたものの、「三百円

 

頂きます」と非情な請求。悦子に会うために満員電車に

 

乗るも、「車内の空気にたまらなくなって」しまう。

 

電車は止まってしまい、「クタクタに疲れていた」僕は

 

悦子との待ち合わせ時間には間に合わない。渋谷に着いて

 

「クリスマスの夜、日本橋通りにはひと気が」なく、蜜柑を

 

三百円分買うも、それは大量で、いらないです、とも言えず、

 

彼女に電話すると、駅で会った見知らぬ男とダンスホール

 

など引き回され、多量に酒など飲まされたという。

 

電話を切ったあとになって、「僕」は女の裏切りに気づき、

 

燃え立つ怒りの中で、親父の就職運動で立ち回るのがバカバカ

 

しくなってきた。と云うような、大体に於いて、こういう

 

話しだ。奇妙な感じも漂いつつ、リアリティーもある、と云う

 

ものだった。

 

(読了日 2024年12・1(日)21:55)

                (鶴岡 卓哉)

 

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