3月3日(火)~3月22日(日)まで古民家ギャラリーうしたで児童画展
をいたします。
小学校一年生から六年生まで、それぞれが葦(あし)ペンなどを使い、
自由な発想で描かせています。
絵画にとって、情操にとって、小学生というのは大切な時期、その時期に
上手な指導者に教えてもらうということは、一生ものです。鶴岡たか先生
(75)は世界児童画展で指導者賞をもらうなど、その指導は熟達していま
す。
その絵も、じつにのびのびとしていて、楽しそうです。また、絵画は幼少の
ころより描いておりますし、織物も三十年いたしておりますので、指導も
わかりやすく、優しく、ときに厳しくお教えいたします。安心してお任せ下
さい。
今、生徒さんを募集しています。小学校一年生くらいから、お教えいたし
ます。中学生でもかまいません。この機会にお試しでもいいので来てみては
いかがですか? 大人のデッサンを習いたいという人も募集しているので、
お気軽に来ていただけたらと思います。
児童画の世界を古民家ギャリーうしたのとなりにあるPカフェでおこないます。
その世界をお楽しみ下さい。また、指導者でもある、鶴岡たか先生のデッサン
も展示いたします。その飾らない情熱に満ちた真摯に取り組んでいる絵をお
楽しみいただけたら、と思います。
新潮文庫 80年
この前ここで、この作品集は若書きというヤツではないか、
と思った、と評したのだが、改めて読んでみると、そんなに悪
くない。疲れていると、つまらなく思えてしまうということが間々
ある。読書というのは万全の体調で挑まねばならない、という
ことだ。
特にACT3 戦う男たちのお話ではプロレスが語られる。ブッ
チャーについて描かれるのだが、あの頃といっても、ボクが知
っているのは描かれたちょっと後の90年代だが、あの頃のボク
はプロレスに熱狂していた。武藤敬司や蝶野正洋といったかっ
こいい男たちが活躍していて、毎週、ドキドキして見ていたものだ。
もう今や、女子供のものとなってしまって、興味を失ってしまった。
血のり試合というものもほとんど今じゃあないようだしね。
ただACT4日本の異様な結婚式については、結婚に一ミリの興味
もないボクが、まあ、読むわきゃないよね。
プロレス的なシーナさんはかっこいいんだよねえ、という深い頷き
をもって本を閉じた...合掌。
文春文庫 昭和59年
この手のシーナさんのエッセイには必ずと言って良いほど
解説があって、それに沢野ひとし氏が書いておられるのが
ひとつの楽しみとなっている。
シーナさんの別の顔というものが垣間見えて、シーナマニア
というか、シーナ中毒者の僕にはうれしい限りだ。
シーナさんは確かに目が気になるようだ。僕も視線というもの
が大いに気になるタイプのひとりであるが、目が合う人は大抵
気が狂しくなっている人である場合が多い。高校の時は、眼で
からかわれるようなこともあったと思うが、おとなになると、大抵
眼というものは見なくなる。話している場合は別だが、知らない人と
眼を合わせるということはなくなってくる。
このエッセイやたらと「!」がでてきて、発憤している。うーん、そんなに
怒らなくてもいいのでは、と思うのだが、怒るっていうのも元気じゃ
なくちゃあできないし、とにかく、この頃のシーナさんはやたらと発憤
しハッスルしていたらしい……合掌。
新潮文庫 昭和59年
たいめいけんはいまだやっていると思うが、もう失われてしまった味も
この本にのっている店では多いだろう。
フルーツの万惣のホットケーキがうまかったらしいのだが、たべてみ
たいものである。
清月堂ライクスのクリームソーダはオレンジらしい。クリームソーダ
といえば一般的にはメロンだが、写真で見る限りオレンジ色をして
いる。
あと、気になったのは、まつやの太打ちの蕎麦である。こんなに太
い蕎麦は見たこともないし、ましてや食べたことなどない。
煉瓦亭というところのハヤシライスはうまそうだ。シンプルそうな
のだが、具が深い色をしている。ハヤシライス、無性に食べたくな
るときってあるよ、と文庫本の巻頭の写真を眺めて、涎を流している
おれっちであった……合掌。
君の夢の中で 鶴岡卓哉
今は深夜三時二分、君は安らかな眠りに就く
僕はというと何だか何もかもが空っぽになっちまった感じに
あの知的探究心の衝動も失せて
自己探究心も粉々に砕けて
眠れなくて、肉体は悲鳴を上げる
随分シンとしてるし、耳の裏側では音楽が鳴りやまない
金はないし、友達とは音信不通だ
何の言葉も残さないままにね、まあ、それは
ああ、チャームスが今の僕を救ってるな
君には甘い言葉を言って欲しい、愛してるわ、とかさ
ちょっと思い出すといろいろなことが色づいて思えたりする
透明な石を覗き見ると、そこに僕の人生が映し出される
君の見てる夢の中だよ、僕はその中で囚われの人生を送ってるのさ
今は深夜三時二分、君は安らかな眠りに就く
僕はというと何だか何もかもが空っぽになっちまった感じに
あの知的探究心の衝動も失せて
自己探究心も粉々に砕けて
眠れなくて、肉体は悲鳴を上げる
随分シンとしてるし、耳の裏側では音楽が鳴りやまない
金はないし、友達とは音信不通だ
何の言葉も残さないままにね、まあ、それは
ああ、チャームスが今の僕を救ってるな
君には甘い言葉を言って欲しい、愛してるわ、とかさ
ちょっと思い出すといろいろなことが色づいて思えたりする
透明な石を覗き見ると、そこに僕の人生が映し出される
君の見てる夢の中だよ、僕はその中で囚われの人生を送ってるのさ
文春文庫 1995年
丁度、これが書かれたころはサリン事件が起きていて、なにかと、
空気がピリピリピりしていたと思うのだが、一向にシーナさんは
マイペースなんだな。
テレビ界批判というのがあるが、ボクはTVが好きなのだが、それにも
好き嫌いがあって、大口開けてガハハハ的な番組はあんまり見ない。
小さな旅をよく見る。ああいうシブイ番組はずっと見ていられる。
好みはもうおじいちゃんだ。
このタイトル、ボクはシーナさんはラーメンの人と思っていたから意外
だった。うどんかあ、と。時にはラーメンのように、っていうのも冗談が
過ぎる感じがするのはなぜだろう。
ああ、広島うどんをすすりつつ、このこしのなさこそ広島を物語るね、な
どとほざいているボクチンであった………合掌。
丁度、これが書かれたころはサリン事件が起きていて、なにかと、
空気がピリピリピりしていたと思うのだが、一向にシーナさんは
マイペースなんだな。
テレビ界批判というのがあるが、ボクはTVが好きなのだが、それにも
好き嫌いがあって、大口開けてガハハハ的な番組はあんまり見ない。
小さな旅をよく見る。ああいうシブイ番組はずっと見ていられる。
好みはもうおじいちゃんだ。
このタイトル、ボクはシーナさんはラーメンの人と思っていたから意外
だった。うどんかあ、と。時にはラーメンのように、っていうのも冗談が
過ぎる感じがするのはなぜだろう。
ああ、広島うどんをすすりつつ、このこしのなさこそ広島を物語るね、な
どとほざいているボクチンであった………合掌。
墓地では 鶴岡卓哉
その無機質な香りを黄金に変え
死者の魂をネオンサインに映し
漂流するかぐわしき憂いに翻弄された僕は
墓地に迷い込んだトランプのハートの切り札を切り
心臓の鼓動のような足音
血に濡れた信号に映る屍の眼
ドロドロの血管の外側に渦巻く傷跡
無名の詩人の墓碑
戯れる無垢な少女たちの腐った小指のツメ
僕らの悲鳴を聞きつけてきた老人の腐臭のする爪痕のある腕
僕らはサクランボを摘む臼歯を持つ少年だ
その無機質な香りを黄金に変え
死者の魂をネオンサインに映し
漂流するかぐわしき憂いに翻弄された僕は
墓地に迷い込んだトランプのハートの切り札を切り
心臓の鼓動のような足音
血に濡れた信号に映る屍の眼
ドロドロの血管の外側に渦巻く傷跡
無名の詩人の墓碑
戯れる無垢な少女たちの腐った小指のツメ
僕らの悲鳴を聞きつけてきた老人の腐臭のする爪痕のある腕
僕らはサクランボを摘む臼歯を持つ少年だ
集英社文庫 1994年
シーナさんが、今のボクと同じ48歳の時に書いた本書。娘の
「葉」さんについて描いているが、岳くんもでてくるし、シー
ナさんの家族の物語といって良いんだと思う。
倉庫の中から20年前の娘さんについて書かれた原稿が出てきて
、対峙する場面があるんだが、ボクが27というと、丁度、姉の
息子が3歳でちょっとのあいだ同居していた。
父親というものはいつもおとなになってさえ、子供の時のままのま
ざざしでみているのだな、と思う。甥っ子も、そういやボクにとって
はチビのイタズラ坊主のままであるな。
3編があるが、そのどれもが創意に工夫がみられ、シーナ中毒のボク
としては犬の散歩は家庭菜園の方の道ということもキチッと把握して
読んでいるんである。
ボクのさらに20年後? 家庭もできず、死んでいるのではないでしょ
うか……チーン……合掌。
シーナさんが、今のボクと同じ48歳の時に書いた本書。娘の
「葉」さんについて描いているが、岳くんもでてくるし、シー
ナさんの家族の物語といって良いんだと思う。
倉庫の中から20年前の娘さんについて書かれた原稿が出てきて
、対峙する場面があるんだが、ボクが27というと、丁度、姉の
息子が3歳でちょっとのあいだ同居していた。
父親というものはいつもおとなになってさえ、子供の時のままのま
ざざしでみているのだな、と思う。甥っ子も、そういやボクにとって
はチビのイタズラ坊主のままであるな。
3編があるが、そのどれもが創意に工夫がみられ、シーナ中毒のボク
としては犬の散歩は家庭菜園の方の道ということもキチッと把握して
読んでいるんである。
ボクのさらに20年後? 家庭もできず、死んでいるのではないでしょ
うか……チーン……合掌。
太陽のわめき 鶴岡 卓哉
照りつける太陽が僕を刺す
僕らは非日常を望んでいる
僕らの行くところは何処にもない
孤独なのは僕らではなく照りつける太陽だ
照りつける太陽が僕を刺す
僕らは非日常を望んでいる
僕らの行くところは何処にもない
孤独なのは僕らではなく照りつける太陽だ