自分とは・・・、影とは・・・
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村上春樹、6年ぶりの最新長編1200枚、待望の刊行!
その街に行かなくてはならない。
なにがあろうと
――〈古い夢〉が奥まった書庫でひもとかれ、呼び覚まされるように、
封印された“物語”が深く静かに動きだす。
魂を揺さぶる純度100パーセントの村上ワールド。
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村上春樹さんの、6年ぶりの新刊。
村上春樹ファンであれば、すぐにピンとくるでありましょう、
「壁に囲まれた街」が出てきます。
そう、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」ですね。
私が読んだのは、村上春樹さんを読み始めて間もない頃。
実のところ詳しい内容は忘れてしまっていますが、
この「街」のことは、さすがに印象深く残っています。
ぼくときみは、17歳と16歳の時に出会います。
きみが「高い壁にかこまれた街」の話をしはじめて、
ぼくときみはそこがどんなところか、空想を広げて語り合う。
ぼくときみは明らかに互いに好意を持っていたけれど、
キスをしただけで、それ以上の関係にはならなかった。
ところがある時、きみは消息を絶ってしまう。
連絡も取れず、どこへ行ってしまったのかも分からない。
その後わたしは喪失感を抱えたまま生きていくのですが、
45歳のある日、気がつくと壁の街の門の近くにいたのでした・・・。
わたしは壁の街の門衛に影を引き剥がされ、目を傷つけられて、
壁の街の図書館で「古い夢を読む」仕事に就きます。
そうして淡々と同じことを繰り返す日々が過ぎて・・・。
引き剥がされた影が、まもなく命を引き取ろうとしていることを知ったわたしは、
影を元の世界に逃がそうとする・・・。
わたしと影との関係が問題ですね。
壁の街とはすなわち、自己の無意識の世界のことなのかな?
と想像はつきます。
現実世界に現れている自分は、海に浮かぶ氷山のように、
ほんの一部が姿を現しているだけで、
その深部には膨大な無意識の世界が広がっている・・・。
「自分」というのはその見えている部分なのか、
それとも奥底の見えない部分なのか。
どちらが本体で、どちらが影なのか、ということでもあります。
ところで、この文を書くに当たって少し始めの方を読み返してみると
「本当のわたしが生きて暮らしているのは、高い壁に囲まれたその街の中なの。
今ここにいるわたしは、本当のわたしじゃない。
ただの移ろう影のようなもの」
ときみが言っています。
そう、始めから答えは出ているのですよね。
だから、決死の覚悟でわたしが「影」を元の世界に逃がした結果、
なぜかわたしも元の世界にはじき返されてしまうわけですが、
いやいや、つまり「第2部」で、福島の図書館で働くことになるわたしというのは・・・。
でも作中ではこうも言っています。
実体としての自分と影とは一体で、どちらが本物ということはない。
というよりも、双方合体しているものこそが本物なのでしょう。
わたしは最後の最後に「真の自分」になろうとする、ということなのかも知れません。
不思議な「壁の街」、村上春樹ワールドを旅した、私のゴールデンウィークでした!
「街とその不確かな壁」村上春樹 新潮社
満足度★★★★★
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