映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「監禁面接」ピエール・ルメートル

2019年07月13日 | 本(ミステリ)

ノンストップ再就職サスペンス・・・!?

監禁面接
Pierre Lemaitre,橘 明美
文藝春秋

* * * * * * * * * *


重役たちを襲撃、監禁、尋問せよ。
どんづまり人生の一発逆転にかける失業者アラン、57歳。
企業の人事部長だったアラン、57歳。
リストラで職を追われ、失業4年目。
再就職のエントリーをくりかえすも年齢がネックとなり、今はアルバイトで糊口をしのいでいた。
だが遂に朗報が届いた。
一流企業の最終試験に残ったというのだ。
だが人材派遣会社の社長じきじきに告げられた最終試験の内容は異様なものだった。
―就職先企業の重役会議を襲撃し、重役たちを監禁、尋問せよ。
重役たちの危機管理能力と、採用候補者の力量の双方を同時に査定するというのだ。
遂にバイトも失ったアランは試験に臨むことを決め、
企業人としての経験と、人生どんづまりの仲間たちの協力も得て、
就職先企業の徹底調査を開始した。
そしてその日がやってきた。
テロリストを演じる役者たちと他の就職希望者とともに、
アランは重役室を襲撃する!
だが、ここまでで物語はまだ3分の1。
ぶっとんだアイデア、次々に発生する予想外のイベント。
「そのまえ」「そのとき」「そのあと」の三部構成に読者は翻弄される。
残酷描写を封印したルメートルが知的たくらみとブラックな世界観で贈る
ノンストップ再就職サスペンス!

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この本の紹介文の「ノンストップ再就職サスペンス」というのは笑えますね。
意味不明ながら、そうとしか言いようがないということか。
本作、ピエール・ルメートルにつきものの残酷描写を封印ということなんですね。
(そうはいってもやはり恐ろしい場面はある。)
知略をもって自分を虐げるものと対決する、というところでしょうか。
つまり先日読んだ同著者の「炎の色」に近いかもしれない。


主人公アランは、リストラで職を終われ、失業4年目。
低賃金のアルバイトでやっとの生活をしています。
しかしある時、一流会社の最終試験に残る。
ところがその最終試験というのが就職先企業の重役を
監禁・尋問するという異様なものだったのです。
アランはしかし、正規の職を得るためにありとあらゆる準備をします。
娘の大切な貯金をだまし取って探偵を雇いさえもする。
ところが、こんな多大な犠牲を払った準備が総て無駄だったとは・・・。
というところで第一部終了。
第二部はいよいよその監禁面接の本番。
ただでさえとんでもない場面なのが、一層意表を突く展開となります。
そしてあれよあれよという間に第3部に突入。


何しろ予測不能の展開。
アランは何度も絶望の淵に立ち、恐怖におののくのですが、
なんとか機転をきかせて乗り越えていくのです・・・。


けれども、最後の最後、彼の妻が下した決断に私は納得する。
アランはあまりにもやりすぎだと私も思う。
お金、社会的ステータス・・・そういうものでしか人生の価値を測れない感じが、
いかにも「男」なのです。
男の論理と女の感情。
そういう機微がしっかりと踏まえられているのは、サスガというべきか・・・。


図書館蔵書にて
「監禁面接」ピエール・ルメートル 橘明美訳 文藝春秋
満足度★★★★☆


ローマンという名の男 信念の行方

2019年07月11日 | 映画(ら行)

身につかない悪事は、自分の首を絞めるだけ

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デンゼル・ワシントンが体重を18キロ増量して挑み、
第90回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたという作品です。


有能だけれども、見た目のパッとしない人権弁護士ローマン(デンゼル・ワシントン)。
彼は法のもとに正義を実現するべく、長年に渡り奔走してきました。
ところが共に法律事務所を構えていたウィリアムが倒れ、
その事務所の実情を知ったローマンは失望を隠せません。
やがて敏腕弁護士ピアス(コリン・ファレル)に誘われ、大手の事務所に入ります。
現在の「ビジネス」としての弁護に納得できないローマンですが、
古いやり方が通用しなくなってきていることも身にしみて、
次第に弁護士としての信念が揺らいでいきます。
そしてあるときついに、ある不正を犯し、大金を手にしますが・・・。

デンゼル・ワシントンはそのままで十分敏腕弁護士に見える
スマートさを身に着けている俳優さんなのですが、
ここではあえてちょっぴり太って、冴えない感じに仕上げています。
お金がなくて、スーツも持っていないのです。
融通がきかなすぎるくらいに実直で、依頼人に寄り添おうとする。
そしてこれまでその努力が実り良い成績を収めてきたし、
そのことを誇りに思ってもいたのです。
けれど、そんな信念が崩れたとき、ありえない行動を彼はとってしまうのです。
人間は弱いものですね・・・。
しかし身につかない悪事は、結局自分の首を絞める事になるだけなのです。
そうして得たお金で買った高級スーツのなんと虚しいこと・・・。

また、片やコリン・ファレル。
私の中の彼のイメージは、なんだかひたすら熱い感じなのですが、
本作中ではいかにもソツのないできる弁護士。
私は視聴中も、「え?これ本当にコリン・ファレル???」と何度も思ってしまいました。


こんなふうに、立ち居振る舞いだけでも全く別人のようになれてしまう、
俳優さんというのはやはりすごいものですね。

<WOWOW視聴にて>
「ローマンという名の男 信念の行方」
2017年/アメリカ/129分
監督:ダン・ギルロイ
出演:デンゼル・ワシントン、コリン・ファレル、カルメン・イジョコ、アマンダ・ウォーレン、リンダ・クラバット
堕落度★★★★☆
満足度★★★☆☆


新聞記者

2019年07月10日 | 映画(さ行)

潔い新聞記者は女性ならでは

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東都新聞記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとに
医療系大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届きます。
エリカは真相を探ろうと、調査を始めます。


一方、内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、
現政権に不都合なニュースをコントロールする任務に葛藤を覚えていました。
そんなとき、尊敬するかつての上司・神崎と久々に再会するのですが、
神崎はその数日後に自殺。
そんな吉岡と杉原が出会って・・・。

政府が行う情報操作・・・、嘘か真か、
しかし、いかにもありそうなことでもあり、恐ろしく思いました。
しかも本作の話題がなかなか生々しいといいますか・・・、
ほんとにこんなこと映画にして、大丈夫なの?と心配になってしまうくらいです。
でも、吉岡エリカに日本のおなじみの女優を充てなかったのは正解。
キレイどころの女優さんがこれをやると、なんだかやたらエンタメっぽくなってしまいそうな気がする。
新聞が刷り上がって配達されるまでにこんなにスリルを感じた映像は初めてです。
こうしたリアルな怖さを出すために、シム・ウンギョンさんの起用が効いているのです。
(彼女がキレイどころではない、ということではありませんよ!)



杉原の、正義感はあるけれど弱腰というのも、まあ、リアルではありますね。
それとどこまでも強引に不都合を隠蔽しようとする上司(田中哲司)が怖い。
怒鳴ったりはせず、あくまでも穏やかで冷静というのがまた・・・。



しかしあくまでも男性は「組織」の中で生きようとするのですねえ・・・。
奥さんに打ち明けて、この仕事はきっぱりやめて、
どこかで一からやり直すという選択はないのでしょうか・・・。
本田翼さんなら(?)きっと、二人で頑張ろうと言ってくれると思うよ・・・。
それとも、妻子を言い訳にした逃げなのか。

ともあれ、浮つかずに政界の闇を突く、見ごたえのある作品です。


<ユナイテッド・シネマにて>
「新聞記者」
2019年/日本/113分
監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、西田尚美、田中哲司

政界の闇度★★★★☆
満足度★★★★☆


「ミッドナイト・バス」伊吹有喜

2019年07月09日 | 本(その他)

家族は長距離バスのバスステーション

ミッドナイト・バス (文春文庫)
伊吹 有喜
文藝春秋

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故郷に戻り、深夜バスの運転手として働く利一。
子供たちも独立し、恋人との将来を考え始めた矢先、
バスに乗車してきたのは、16年前に別れた妻だった。
会社を辞めた長男、結婚と仕事で揺れる長女。
人生の岐路で、忘れていた傷と向き合う家族たち。
バスの乗客の人間模様を絡めながら、家族の再出発を描いた感動長篇。

* * * * * * * * * *

新潟で深夜バスの運転手として働く利一。
妻とは16年前に離婚し、長男、長女ともにすでに家を出ています。
そろそろ恋人との将来を考え始めた矢先に・・・
というところから始まるストーリー。
利一の視点から語られる家族の物語ではありますが、
ときに彼の運転するバスの乗客などにも視点を移しつつ、ストーリーは進行します。


それぞれの登場人物たちが、人生の岐路にたち、
紆余曲折を経ながらもその進むべき道を見出してゆく。
まさに家族は、それぞれの道をゆく長距離バスのバスステーションみたいなものかもしれません。
ほんのひととき、皆が集まった時、
そこでかわされる言葉がとても重要なのですね。


しかるに、私が思うにこの利一さん、あまりにも言葉を飲み込みすぎ。
もっと思ったことは口にしたほうがいい。
いくら思っていても、結局は言葉にしなければ思いは伝わらないのではないかな・・・
そう思って、私はちょっとイライラさせられてしまいました。


そして、別れた妻と恋人との間で揺れる心・・・というのも
ちょっと虫がいいんじゃないかな、と。
両女性の心が、なんだかあまりにも利一に都合よく描かれている気がして・・・。
終わり方については納得なのですが、
登場人物の心情になんとなく納得できない部分が残りました。
長女の現代的なビジネスの展開が、心地よい風を吹かせていました。

<図書館蔵書にて>(単行本)
「ミッドナイト・バス」伊吹有喜 文藝春秋
満足度★★.5


今日も嫌がらせ弁当

2019年07月08日 | 映画(か行)

意地っ張りの母と娘

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ブログが評判となったものを映画化したもの。



次女・双葉(芳根京子)と暮らすシングルマザーのかおり(篠原涼子)。
双葉は反抗期に突入し、かおりが何をきいてもろくに返事もしません。
そんな娘に業を煮やしたかおりは、「嫌がらせ」として、
双葉の嫌がるキャラ弁を毎日作り続けることにしましたが・・・。

私、以前聞いたことがあるのですが、子供をグレさせたくなければ
毎日美味しいものをお腹いっぱい食べさせなさい、と。
レストランで豪華な食事をするとか、贅沢な食材を使うとかではありませんよ。
手作りのできたての食事を一緒に食べること。
確かにそんな生活をしていたら子供は非行に走りようがないような気もします。



さて、でも本作の双葉はグレてヤンキーになってしまったわけではないのです。
普通に反抗期なんですね。
親に何も話さなくなってしまうのは、まあ、言ってみれば成長過程で当たり前のこと。
それでも、あまりにも拒絶されているように感じる母親としては、
何かしたくなるというのも普通の心理。
しかしそのやり方が尋常ではない。
毎日毎日、手の混んだキャラ弁作り。
しかも総て内容が異なる。
それを双葉の高校在学中3年間。
しかもシングルマザーのかおりさん、
仕事を掛け持ちした上に内職までしているのです。
全く、頭が下がります。
これでグレたりしたら罰が当たります。
でも双葉は口には出さずとも、本当は感謝しているのですよね。
常にお弁当完食なのがその証。
つまりは、意地っ張りの母と娘だということです。



かおりは娘たちがまだ幼い頃、
大きくなったらみんなでレストランを開こう、と話していました。
双葉が将来のことに悩みつい
「小さいころ約束したように、一緒にレストランを開こう」と言い出したときに、
かおりは拒むのです。
双葉が東京で就職してしまったらひどく寂しくなってしまう、
そんな気持ちはありながら、
そして、双葉が小さい時の約束を覚えていてくれたことを嬉しく思いながら、
でもそれはできない、と、きっぱり言う。
く~っ、このお母さんの心意気に感動します。
だってこのときの双葉の言葉は、自分の不安から出た「逃げ」の言葉だと、
かおりにはわかっているからなのです。
私も、こんな度量が大きい愛情いっぱいの母親になりたかった・・・。
かなり手遅れ・・・。

この舞台が八丈島というのがナイス。
風光明媚な光景と温かな人々の交流、その雰囲気だけで癒やされていく感じがします。
もちろん、紹介されるキャラ弁も楽しい!! 
毎日フタを開けるのが楽しみですよねえ。
作中では双葉本人よりも級友たちのほうが楽しみにしていました。


芳根京子さんは、実のところNHKの朝ドラで
あまりにも役柄が地味だったのでソンをしたのではないかと思うのです。
この間やっていたTVドラマ「チャンネルはそのまま」や本作、個性的な役でなかなかいい。
とりあえず朝ドラで名前と顔を多くの人に覚えられた
というのはかなりの利点ではありますけれど。
本当の活躍はこれからですね。

<ユナイテッド・シネマにて>
「今日も嫌がらせ弁当」
2019年/日本/106分
監督・脚本:塚本連平
出演:篠原涼子、芳根京子、松井玲奈、佐藤寛太、岡田義徳

インスタ映えキャラ弁度★★★★★
母娘の絆度★★★★☆
満足度★★★.5


メアリーの総て

2019年07月07日 | 映画(ま行)

女であることの不幸

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ゴシック小説の古典的名作「フランケン・シュタイン」の作者、
メアリー・シェリーのストーリーです。


19世紀イギリス、メアリー(エル・ファニング)は小説家を夢見ていました。
ある時、詩人のパーシー・シェリー(ダグラス・グース)と恋に落ちましたが、
なんと彼には妻子があったのです。

しかし、気持ちは冷めやらず、ついに駆け落ち。
メアリーは子供を生みますが借金まみれの生活のうちに、子供を亡くしてしまいます。
それでも結婚生活を続けるうち、二人は詩人バイロンと知り合い、
スイスの彼の別荘で客人たちが退屈しのぎに怪談を書いて見せ会う約束をします・・・。

メアリーは聡明で自立心に溢れた女性なのですが、
しかしイケメンの詩人には弱かった・・・。
なにしろその時のメアリーが16歳。
男を見分ける目などあろうはずもありません。
妻とまだ幼い子供がいながら、それを隠して他の女性と関係を持つような男。
こんな男は同じことを何度も繰り返すに違いないのに・・・。



そしてまた驚いたのは、この二人の駆け落ちに、
メアリーの義妹、クレアが一緒についてきてしまったことです。
彼女もちょっと変わっていて、刺激的なことが大好き。
やけに厳格な彼女の母のそばにいるのがよほど嫌だったのかもしれませんね。
しかしそんな彼女もまた、親しくした男の子を身ごもるも
「単なる遊びだった」と冷たくはねのけられてしまうのです。



また、18歳のメアリーが「フランケン・シュタイン」を書き上げ、出版社に持ち込んでも相手にされません。
若い女性がこんな物語を描くということを信用してもらえなかったのです。



本作はつまり「女であること」の不幸の物語なのです。
不実な男たちによって左右されてしまう女の人生。
なんて生きにくいことか・・・。
こんな社会でも必死で自身の道を歩もうとするメアリーを愛しく思います。
でもそうした苦い体験がなければ名作は生まれなかったのかもしれません。

メアリーの義母を演じていたのがジョアンヌ・フロガット、
あの「ダウントン・アビー」のアンナですね!

メアリーの総て [DVD]
エル・ファニング,ダグラス・ブース,トム・スターリッジ,ベル・パウリ―,スティーヴン・ディレイン
ギャガ

<J-COMオンデマンドにて>
「メアリーの総て」
2017年/イギリス・ルクセンブルク・アメリカ/121分
監督:ハイファ・アル=マンスール
出演:エル・ファニング、ダグラス・グース、スティーブン・ディレイン、ジョアンヌ・フロガット、ベン・ハーディ
女性の生き辛さ★★★★★
満足度★★★.5


「銀河鉄道の父」門井慶喜

2019年07月05日 | 本(その他)

宮沢賢治を父親の視点から

銀河鉄道の父 第158回直木賞受賞
門井 慶喜
講談社

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明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、
昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、
長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、
後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、
このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、
決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、
気鋭作家の意欲作。

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直木賞受賞作。
図書館予約を長く待って、ようやく読むことができました。


本作、宮沢賢治の生涯を描きながら、
それが彼の父親である政次郎の視点から描かれているところがミソ。
それも明治の世で、比較的裕福な家系、となれば
父親といえば尊大な家長を思い浮かべるところなのですが、
本作中ではなんだか現代人の感覚に近いものが感じられる。
それだからこの父親が親しみやすく、微笑ましくさえ感じてしまうのです。


当時の家長といえば、どーんと構えていて気安く家族と会話などしないもの
・・・というのがまあ、一般的。
政次郎は、本来そういう性格でないのを、
あえて努力してそうあるようにしているように見受けられます。
賢治が幼い頃病気で入院したときには、子供が愛おしくてならず、
周囲が呆れるのも構わずずっと付き添って看病し続けた。
質屋に学問は必要ないとして、本来進学も止めるべきところだったのですが、
政次郎は賢治が質屋には向かなそうであること、
そして他の可能性はありそうなことを見て勉学を続けることを許します。
賢治の適当なお金の無心にも、内心腹立ちながらつい応じてしまう。
愛が溢れてますが、それを口に出すことができないのです。
けれどひたすら賢治を理解しようと努め、彼自身の「幸福」を願う。
そんな思いを押し付けがましくしないところもまたいい。
親とはこうありたいものだなあ・・・と、しみじみ。

それにしてもこの時代までは、様々な疫病が簡単に人の命を奪います。
比較的裕福で食事事情もそう悪くはないだろうと思われるこの家族でさえ、
賢治の妹トシと賢治までもが結核で命を落とします。
有名なトシの「あめゆじゅ」のシーンにはやはり泣かされる・・・。
そんな命の儚さが当たり前の世の中であればこそ、
今以上に賢治の童話に人々は心奪われたり慰められたりしたのかもしれません。


賢治の生存中に作品が地元の新聞に掲載されたり、出版にこぎつけたものもあったりしながら、
全国的には話題にならず、日本中に知られるようになったのは賢治没後のこと。
こういう皮肉はありがちではありますが・・・。
直木賞受賞も誠に納得の良作。


「銀河鉄道の父」門井慶喜 講談社
満足度★★★★★


パピヨン

2019年07月04日 | 映画(は行)

そして男は、断崖絶壁から眼下の大海原へ飛び込んだ

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1973年「パピヨン」のリメイク。
実話に基づく物語で、当時の主演はスティーブ・マックウィーンにダスティン・ホフマン。
・・・残念ながら見ていません。面目ない。
今度機会があれば・・・。

 

1931年パリ。
胸元に蝶の刺青があることからパピヨンと呼ばれている金庫破りの男(チャーリー・ハナム)。
彼は、身に覚えのない殺人の罪で終身刑を言い渡され、
当時仏領である南米ギアナの絶海の孤島にある刑務所へ送られてしまいます。
過酷な強制労働や横暴な看守たち。
生と死が紙一重の世界です。
パピヨンは脱獄を決意。
紙幣偽造の罪を犯したドガ(ラミ・マレック)を守ることと引き換えに、
逃亡の費用を稼ごうとします。

 

なんといってもこの、パピヨンの飽くなき自由への希求。
その意志の強さとそれを支える強靭な肉体、
総てが心を打ちます。



よくぞ乗り切ったと思うのが、独房での年月。
彼は脱獄を試みるもことごとく失敗してしまうのです。
その罰則として、独房に入れられる。
はじめは2年。その次には5年。
狭い独房に押し込められ、誰と話すこともできなくて、粗末な食事・・・。
ここで気がおかしくならないほうがおかしいと思うのですが、
彼はそれを耐え抜きます。
責任者が思わず訪ねてしまいます。
「何を希望にして、生き延びたのか」と。
本作中ではパピヨンはそれを語りません。
彼は何を希望と信じて、気の遠くなるような一人きりの毎日を耐えていたのか。


もともと彼は負わされた罪については無実だったのですよね。
こんな理不尽な仕打ちに耐えられないという自負。
生き延びてこんな監獄から抜け出し、自由になることこそが復讐であり、
自らの生きる意義と思ったのかもしれません。



また、彼とドガとははじめは単にギブアンドテイクの金銭上のつながりだったわけです。
(監獄の中でお金のやり取りがあるというのがそもそも信じがたいですけれど・・・)
けれどドガはいかにもひ弱そうで、ほおっておけばすぐに荒くれどもの餌食になってしまいそうだと、
パピヨンにはわかります。
しかしまた、頭は良さそうで、作戦を練るには悪くない相手だとも。
そんな二人の関係が次第に強い友情に変わっていきます。
ついにドガを売ることのなかったパピヨンもすごい・・・。
結局脱獄成功までには13年を要したという・・・。
物語の中以上に実際の人間は強いのかもしれない。
ただしやはり、誰もがそうではないですね。

チャーリー・ハナムが筋肉を保ちながらも次第に痩せこけていく様が見事。
役者さんは大変だなあ・・・。
そして歌わない(歌うフリのない?)ラミ・マレックもステキでした。

<シアターキノにて>
2017年/アメリカ・セルビア・モンテネグロ・マルタ/133分
監督:マイケル・ノアー
出演:チャーリー・ハナム、ラミ・マレック、イブ・ヒューソン、ローラン・モラー、トミー・フラナガン

過酷度★★★★★
友情度★★★★★
満足度★★★★☆


ザ・スクエア 思いやりの聖域

2019年07月03日 | 映画(さ行)

世界中が「聖域」以外の場所

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クリスティアン(クレス・バング)は現代アート美術館のチーフキュレーターです。
美術館の次の展示企画として「ザ・スクエア」を準備しています。
美術館前に四角く区切った領域を作り、
ここを「思いやりの聖域」として、誰もが平等な空間であるとします。
他人を思いやる人間としての役割を訴えかけようとするわけです。
そんな頃、クリスティアンはスマホと財布を盗まれてしまいますが、
その犯人に対して愚かしい行動をとってしまいます。
そのことから、クリスティアンはじわじわと困った状況“カオス”へ追いやられていく・・・。

「思いやりの聖域」などと訴えかけるクリスティアンの行動自体が、
エゴ丸出しの醜いものだった・・・そういう皮肉な物語です。
しかしつまりこれは、クリスティアン一人のことではなく、
この格差社会で中・上位にある多くの人々のことを指してもいるわけです。
ブラックユーモア・・・というか、あまりにも苦くて、
私は苦笑いすらもできませんでした。
本作中の「聖域」では、図らずもとんでもない事が起こってしまうのです。
ほんと、笑えない・・・。



あるディナーパーティの会場に現れた“ケモノ”のシーン。
これがまた痛烈でした。

ある特定の人物に絡みつき悪さをしようとする“ケモノ”。
人々はひたすら凍りついたように、自分に被害が及ばないよううつむき黙り込む。
困った人に救いの手を差し伸べようともしないこの世界。
そうか、私が思うに、あのせいぜいが一坪くらいの「ザ・スクエア」が思いやりの聖域だとすれば、
それ以外の地上すべてが聖域ではない、
「思いやりのないカオスの場」ということなんだ・・・。

スウェーデンは福祉大国で、貧富の差など殆どないのかと思っていましたが大間違いだったようです。
つまりしっかりと税金や保険料を払い続けることができた人ならいいけれど、
それができなかった人、ましてやそのレールからはじめから外れている移民などのための
セーフティネットはない、ということか。

なんだかしんどくなってしまう作品なのでした。


<WOWOW視聴にて>
「ザ・スクエア 思いやりの聖域」
2017年/スウェーデン・ドイツ・フランス・デンマーク/151分
監督:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング、エリザベス・モマ、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリー

辛辣度★★★★★
満足度★★★.5


「炎の色 上・下」 ピエール・ルメートル

2019年07月02日 | 本(ミステリ)

そして、彼女の復讐が始まる

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
平岡 敦

早川書房

炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
平岡 敦
早川書房

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1927年2月、パリ。
一大帝国を築いた実業家の葬儀が粛々と進んでいた。
しかし出棺のとき、思いがけない悲劇が起きる。
故人の孫、七歳のポールが三階の窓から落ちたのだ。
故人の長女マドレーヌは亡父の地位と財産を相続したものの、
息子の看護に追われる日々を送る。
しかし、そのあいだに、彼女を陥れる陰謀が着々と進んでいた…。
ゴンクール賞および英国推理作家協会賞を受賞した『天国でまた会おう』待望の続篇登場! (上)

奸計により、亡父が遺した資産も邸宅も失ったマドレーヌは、
小さいアパルトマンで細々と暮らしていた。
一方、彼女を裏切った者たちは、それぞれ成功への道を歩んでいた。
そして、マドレーヌは復讐することを決意する―。
ヨーロッパでファシズムが台頭しつつある1930年代、
新たな戦争の影がしのびよるパリでくりひろげられる、息もつかせぬ復讐譚。
『その女アレックス』著者による、『天国でまた会おう』三部作の第二巻。(下)

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映画化もされたピエール・ルメートル著「天国でまた会おう」の続編です。
前作で中心人物であったエドゥアールの姉、マドレーヌが主人公。
前作は第一次世界大戦後間もなくの話だったのが、少し時が過ぎて1930年代。
隣国ドイツではヒトラーが独裁体制を固めています。
そんな時代背景も関係しつつ・・・。


まずは冒頭に巻き起こる悲劇。
マドレーヌの父で大銀行家のマルセル・ペリクール氏の葬儀の日。
なんとその棺の上に、3階の窓から飛び降りたマドレーヌの一人息子、ポールが激突。
一命はとりとめましたが、半身不随になってしまいます。
父の遺産を引き継ぎながら、気丈にも障害を持つ息子を守り育てていくマドレーヌ。
しかし、周囲の陰謀により財産を総て失ってしまうのです。
彼女を裏切った者たちはそれぞれに成功を収めている・・・。
これは、どん底に落ちたマドレーヌの復讐の物語。
わくわくします・・・!

一人の女性が、男たちに復讐していくというのがまた、ツボなんですよね。
ひ弱い息子ポールが長じるに連れ、その頭脳と才能を開花させていく様もいいし、
超太っちょの歌姫との交流も楽しい。
何が何でもフランス語を話さず、ポーランド語のみで押し通してしまう
介護人ヴラディの底抜けの明るさにも救われます。
この人がいてくれてよかった~。


そして、そもそもなぜポールが3階の窓から飛び降りたりしたのかという真実は
かなりあとになって明かされるのですが、これが衝撃的。
ますますマドレーヌの復讐心が燃え上がります。
このシリーズは3部作ということなので、もう一作出ることになるのですね。
次はドイツ占領下のパリか、もしくは2次大戦後? 
実に楽しみです。

図書館蔵書にて
「炎の色」 ピエール・ルメートル ハヤカワ・ミステリ文庫
満足度★★★★☆


ガラスの城の約束

2019年07月01日 | 映画(か行)

私たちはきっと自立して、いつかここを抜け出す。

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実話に基づくストーリー。
ニューヨークで人気コラムニストとして働くジャネット。
恋人と婚約もして順風満帆。
けれど彼女は仕事仲間や友人たちに、彼女の親のことを話すことができません。
というのも、彼女の両親はホームレスも同然の暮らしをしているのです。
物語は、彼女の子供時代からの回想と現在のシーンが交互に語られていきます。



定職につくことがなく、酒浸りの父・レックス(ウッディ・ハレルソン)は
妻と4人の子供を引き連れて各地を渡り歩く暮らしをしていました。
子どもたちは学校へも行かず、お金がなく食べ物に困るときもあったのです。
母・ローズマリー(ナオミ・ワッツ)はといえば、
いつも絵を描くことに没頭し、子どもたちの食事の支度も疎かになることも。
それでもさすがにこの生活に嫌気が差したローズマリーのたっての願いで、
レックスの実家のある田舎町にやってきて、オンボロながらも一軒家に定住することになるのです。
しかし、家族の生活は相変わらず貧しく・・・。

ろくに稼ぎもなく飲んだくれの父親・・・。
夢見るように絵を描いているだけの母親。
ジャネットは弟や妹たちと誓い合うのです。
「親は私達を守ってはくれない。私達はいつかきっと自立してここを抜け出す。」



憎んでいる父親のはずではあるのですが、
けれども切っても切れないのが親子の絆というもの・・・。
必ずしも悪いことだけではなかった。
いつか家族のためにガラスの城を建てると約束してくれた父。
星空を眺めて、好きな星を一つプレゼントしてやると言ってくれた父・・・。

ジャネットは自分が父を大好きでもあったことをも思い出すのです。
そしてまた、父がこんなふうになってしまったことの根っこが
なんとなく垣間見えたりもします。
それは父とその母親との関係。
誰にも言えない苦しみを抱え続けていた人の末路というのも悲しい・・・。

 

奨学金を受けながら大学へ進学し、
自力でどん底の生活から這い上がったジャネットの強さにもまた感慨を持ちます。
今の世の中、こういうことはかなり難しそうです。
そしてまた、いちばん大切なのはお金ではない、ということでもありますね。

<シアターキノにて>
「ガラスの城の約束」
2017年/アメリカ/127分
監督:デスティン・ダニエル・クレットソン
出演:ブリー・ラーソン、ウッディ・ハレルソン、ナオミ・ワッツ、マックス・グリーンフィールド、サラ・スヌーク
どん底度★★★★☆
家族の絆度★★★★☆
満足度★★★.5