<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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その昔。
南海高野線堺東駅前の銀座通り商店街に「かどや」さんという"うどん屋"さんがあって、買い物で母についていくと、ときどきここで「かやくうどん」か「きつねうどん」を食べさせてくれた。
お店の中には4人がけ、2掛けのテーブルが並んでいて、本になったようなメニューはなく、壁に貼られた短冊のような紙に「かやくうどん ○○●円」「天ぷらうどん ●○○円」「玉子丼 ○○○円」と書かれていた。
唐辛子は小さなビニル袋に入った七味唐辛子。
テーブルの上には割り箸。
また、このお店はうどん以外にもショーケースに赤飯やお餅なども並べていた。
お腹具合と懐具合で相談し、うどんプラスアルファを楽しむことができたのだ。

決して高級ではなく、つまりは大衆食堂だったのだが、子供心に出汁が美味しくて中に入っていた蒲鉾やお揚げさんの味は今でもちゃんと記憶に刷り込まれている。
大好きなお店だったのだ。
しかし、そのうどんを食べることは今はできない。

銀座通り商店街は学生時代に暫くアルバイトもしていたのでよく知っていたのだが、20年以上もの年月が経過してしまうと昔の面影は次々に無くなってしまい、今や"うどん"のかどやさんはもちろん、私がアルバイトした玩具店や洋菓子店、お寿司屋さん、カメラ屋さんは姿を消してしまった。
その代わりにドトールコーヒーやミスド、各種チェーンの居酒屋などが軒を並べている。

年に何回か堺市役所や近くに出かけた時にこの商店街を歩いて見ることがあるが、どこか他所の町に来たような寂しさを感じるのが正直なところだ。

先日、京都の相国寺に美術展を見に出かけてきた。
相国寺は金閣寺の本山にあたる臨済宗の総本山で、境内には重文や重文級の建物、仏教美術品が数多く配置、収蔵されている。
綺麗なお寺だ。
お寺の近くには駐車場がなかったので、烏丸通の西側の狭い路地をゆっくり走っているといくつかコインパーキングを見かけたがどこも満車。
お寺に隣接して同志社大学のキャンパスはあるし、少し歩くと御所をはじめ数多くの観光スポットもあるためか、空車のパーキングを見つけるのに手間取ってしまった。

ようやく見つけたパーキングにマイカーを駐車したのは午後を少し過ぎた頃。
「ぐ~~~」
とお腹が鳴って、急激に空腹感に襲われた。
夏の様相を見せ始めた蒸し暑い京の町を歩くのは体力的に強靭でなければならず、かなり億劫になってきてしまった。

「お蕎麦でも食べたいね」
と嫁さんが言うものだから、蕎麦屋を探したが、京の町中で蕎麦屋を探すのは容易ではない。
大学が周囲にあるので、学生向きのハンバーグ屋さんや牛丼屋、ケーキ屋さんは結構あるけれども、蕎麦を食べられる店はない。
そうこうしているうちに江戸時代から続く老舗の有名な和菓子屋さんを少し北に上がったあたりに、いかにも古臭い食堂を見つけた。
のれんがかかっているが明らかに今風の店ではない。
食堂。
それも昭和な「うどん屋」さんなのであった。

「ここに、入ろか?」
「ええよ」

ということで、意を決して入ってみると、ホントにレトロな昭和の大衆食堂。
あの堺東にあった「かどやさん」と似たような雰囲気で、しかも結構流行っていて8つほどある4人がけ、8人掛けのテーブルにはだいたいお客さんが座っていた。
しかも奥のテレビに向かって座っているので、なにか異様な感じもしたが、それはそれでご愛嬌。
昼食にうどんや丼でテレビを見ながらのスタイルなのだ。

「にしんそばください」
「私はねぎとろ丼」

メニューはなく、昔と同じように壁に貼られた「天ぷらうどん」「カツ丼」「から揚げ定食」などの文字から選ぶ。
価格も合わせて書かれていて、かなりリーズナブルだ。
「にしんそば」が500円なのにはビックリするものがある。
味はどうなんだろう?という疑問が浮かんだが、運ばれてきた蕎麦を食べてビックリ。
これが実に美味しいのであった。
昭和なレトロな大衆食堂。
これが大阪の街の真ん中にあったりすると入るのを躊躇う人もあるかもしれないが、お客さんが数多い理由がすぐに分かった。
ねぎとろ丼もボリュームタップリで600円。

「お母さん、これどうしたらええん?」

とこの店の娘だろう、小学生ぐらいの女の子が厨房から何やら手に持って現れてきた。
これも実に昭和ぽい。

ベトナムやタイ、ミャンマーへ行くと街の中はこういうタイプの食堂であふれている。
だいたい旅行者はそんなところに行かずに「レストラン」で食べたりするのだが、何度か足を運んだり、ちょっと長期に滞在すると、そういう庶民の店に行きたくなる。
そして一度行くと勇気が出てきて、そういう店のほうが美味しかったり、安かったりで食生活に慣れてきて地元民になったような気分も味わえる。

京都で発見した昭和な「うどん屋さん」は海外に行かなければ体験できないようになってしまった、チェーン店では味わえない懐かしい日本の庶民の味を堪能できる場所なのであった。

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