When in eternal lines to time thou grow'st―君の永遠、
第68話 玄明act.10-side story「陽はまた昇る」
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
14行に綴らす詩が、見あげる木洩陽にゆらいで懐かしい。
土曜の夜に懐かしい声が朗誦してくれた、その本は装丁が深緑色だった。
あの色に籠められた想いと、この詩の意味に微笑んで恋しい人は母語で謳ってくれた。
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
この詩は自分にとって幼い日に慣れ親しんだ記憶が温かい。
その温もりに今は祈りが寄添ってしまうのは「あなた」への想い謳う所為だろう。
そんな想いに見あげた東方の空はもう、ゆれる梢の彼方に一日がもうじき暮れてゆく。
「…無事でいてくれ、周太、」
そっと独りごと願いを告げて、今日の朝へ戻りたくなる。
いま歩いてゆく先に広がるエントランス、あの場所で最後に見た笑顔と今すぐ逢いたい。
あの笑顔を抱きしめて惹きとめて攫ってしまえばよかった、そんな後悔の背中を軽やかな声がノックした。
「お・か・え・り、俺のアンザイレンパートナー、」
声に振り向いた頬を、しなやかな指のつっかえ棒が抑え込む。
ふわり水仙の香が風はらんでワイシャツ透かす、その涼しさに英二は微笑んだ。
「光一もおかえり、今着いた?」
「だね、門を通ったら英二がボケッと歩いてたね、」
可笑しそうにテノールの声が笑ってくれる、この笑顔にいつも通りを見つけて嬉しい。
今日は光一も現実を向きあってきた、その想いへと英二は穏やかに笑いかけた。
「光一、夕飯の前にちょっと話せるか?」
「ん、俺も話したいね、」
からり笑って頷きながら底抜けに明るい瞳を和ませる。
そんな貌から「話したい」想い伝わって、エントランス入りながら提案した。
「このまま屋上に行くか?それとも、どっちかの部屋にする?」
「だったら第三の提案したいね、」
さらっと笑って光一は雪白の指さして、駐車場へ踵を返す。
その行く先に気が付いて英二は一緒に歩きだした。
「今夜は打合せとか無いのか?」
「今日の俺はオヤスミだからね、明日の朝一訓練までフリーだよ、」
軽やかな答えと歩いてゆく先、見慣れた四駆が停まっている。
けれど英二はその先、自分の一台を指さし笑いかけた。
「俺の車で行こうよ、光一は奥多摩まで往復してきたとこだし、たまには運転しないと鈍るから、」
きっと今は自分が運転した方が良いだろう?
そんな推察と笑いかけた隣、透明な瞳は素直に微笑んだ。
「じゃ、おまえの運転でお願いしよっかね、行先ってドッカあんの?」
「とりあえず公園?あんまり遠くはダメだろ、」
笑って答えながら自分の四駆に立ち、運転席の扉を開錠した。
ふたり乗り込んだ空間はまだ新車の匂いに初々しい、そのエンジン懸けてシートベルトを締める。
すぐ動き出した車窓に奔らせてゆく隣、密やかな深呼吸ゆらいで英二はフロントガラスを見たまま微笑んだ。
「光一、泣いて良いよ?」
泣いて良い、今日の光一は泣けば良い。
その理由を自分は知っている、だから今も自分がハンドルを握ることを選んだ。
そんな想い穏やかにハンドルさばくフロントガラス、空に映る瞳から光ひとつ零れた。
「…おまえ、いつから知ってたワケ?…後藤のオジサンが肺気腫だって、さ…」
ゆるやかな軌跡こぼれてゆく笑顔が自分に問いかける。
こんなふう泣いてしまうことが解っていた、だから言えなかった事実に英二は微笑んだ。
「夏富士に登る前だよ、吉村先生から話があったんだ、」
「…そっか、」
短く呟いて吐息くゆらせる、そのトーンに光一の想いが傷む。
この傷みは私人としてだけじゃない、それ以上に大きな責務ごと英二は笑った。
「光一、俺がサポートするから。警察官として山ヤとして男として一緒にいる、俺は光一のアンザイレンパートナーでビレイヤーだから、」
アンザイレンパートナーでビレイヤー、
そう告げる言葉は山ヤである誇りが深く、この鼓動を温める。
そして今日に聴いた山ヤの本音と慟哭は今、自分の想い重なって響く。
―…俺は馨さんのビレイヤーの癖に何ひとつ援けられなかった、悩んでるなら話させてあげたかった、なのに何も聴けなかった俺が赦せない
山、その峻厳の世界でザイルを繋いで生命と尊厳とプライドを繋ぎあう。
そんなアンザイレンパートナーに通う情熱と敬愛を馨と田嶋教授の間にはある。
だからこそ援けを求められなかった馨の沈黙と、だからこそ苦しむ田嶋の涙は他人事じゃない。
あの二人のような結末を自分は選ばない、そう願い笑いかけた隣も無垢の瞳を和ませてくれた。
「うん、キッチリ俺のことサポートしてよね?部下としても親友ってヤツとしてもね、…っ、」
笑ってくれがら嗚咽を呑んで、長い睫こぼれる涙が夕陽きらめかす。
いま暮れてゆく黄昏のなか四駆でふたり、静かなまま光一が泣いている。
きらきらオレンジいろ光る軌跡が雪白の頬を零れゆく、その想いをきちんと受けとめたい。
そして自分も話しておきたいことがある、今ふたり互いの為に英二はイヤホンマイクをセットした。
「光一、ちょっとごめん、」
笑いかけて信号待ちの車内、携帯電話を操作する。
鳴りだしたコール音3つで繋がってイヤホンマイク越し英二は微笑んだ。
「お疲れさまです、黒木さん。予定より帰りが遅くなりますが大丈夫でしょうか?」
呼びかけた声の向こう、かすかに気配が揺らぐ。
まさか自分から電話が来ると思っていなかった、そんな空気から低い落着いた声が訊いてくれた。
「ああ、携帯の繋がる所にいてくれるなら問題ないが、何かあったのか?」
「ありがとうございます、国村さんと一緒になったんです。それで飯食って帰ろうって話になりました、」
正直に事実のまま笑いかけた向こう、すこし考える間合いが途切れる。
きっと今の黒木の立場では色んなことを考えてしまうだろう、その想いへ英二は笑いかけた。
「黒木さんも今度、俺と飯一緒して下さい。グランドジョラスと北岳のこと教えて頂けますか?」
黒木はマッターホルンとグランドジョラスの北壁を研修で踏破している。
そして地元山梨県の北岳については誰より詳しい、そんな相手は電話越し少し笑ってくれた。
「俺と呑んでも面白くないぞ?それでも良いなら誘ってくれ、」
「ありがとうございます、次の休み前夜、お願いしますね、」
すぐ約束を決めて笑いかけて、電話相手も少し笑ってくれる。
こんなふう手っ取り早いと呆れて、けれど嫌じゃないトーンが英二に応えてくれた。
「ああ、出動が無かったらな。小隊長は今そこにいるのか?」
上司と電話を代わってほしい、そんな空気が台詞から推し測られる。
光一が予定変更するならば本人とも確認したいのは黒木の立場では当然の要望だろう。
けれど今の光一は泣いている、そのプライドを護りたい真実に英二は小さな嘘で微笑んだ。
「はい、運転中です、」
運転中なのは誰とは言っていないだろう?
そんな詭弁と微笑んだ隣、助手席から静かな泣顔がこちら見てくれる。
その眼差しに笑いかけたイヤホンマイクから落着いた声は言ってくれた。
「じゃあ電話は無理だな、今のところ遭難事故など無いと伝えてくれ、」
「了解です、ありがとうございます、」
笑って通話を切りイヤホンマイクを片手で外す。
その頬を軽やかに小突いて光一は笑ってくれた。
「ホント良いビレイヤーぶりだね?ありがとね、英二、」
「どういたしまして、」
軽く返事してハンドルさばくフロントガラス、天穹の涯は蒼い夜が降りてくる。
この空の東で今、誰も知らない場所と時間に佇む人を想いながら英二は正直に微笑んだ。
「俺の方こそ光一とどこか行きたい気分なんだ、さすがに今日はキツいよ?」
今日は朝、何も言わずに消えられてしまう苦痛を知った。
そんな傷を深く抉られた男と今日は会った、そして過去の事実と祈りを知った。
そういう今日は自分だって無傷じゃいられない、その想い笑った隣で透明な声は言ってくれた。
「だったら密談にイイトコ行こっかね、飯食って帰れる時間内のさ?」
ほら、このアンザイレンパートナーはちゃんと解かってくれる。
いま同じ時間を同じ空間で笑って共有してくれる、こんな相手に自分こそ救われてしまう。
じき1年になる信頼は、正も負も豊かな記憶と感情から今ここにある。そんな唯一の男へと英二は綺麗に笑った。
「そのイイトコ、全行程2時間でリクエストしてくれな?明日も訓練だしさ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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第68話 玄明act.10-side story「陽はまた昇る」
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
14行に綴らす詩が、見あげる木洩陽にゆらいで懐かしい。
土曜の夜に懐かしい声が朗誦してくれた、その本は装丁が深緑色だった。
あの色に籠められた想いと、この詩の意味に微笑んで恋しい人は母語で謳ってくれた。
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
この詩は自分にとって幼い日に慣れ親しんだ記憶が温かい。
その温もりに今は祈りが寄添ってしまうのは「あなた」への想い謳う所為だろう。
そんな想いに見あげた東方の空はもう、ゆれる梢の彼方に一日がもうじき暮れてゆく。
「…無事でいてくれ、周太、」
そっと独りごと願いを告げて、今日の朝へ戻りたくなる。
いま歩いてゆく先に広がるエントランス、あの場所で最後に見た笑顔と今すぐ逢いたい。
あの笑顔を抱きしめて惹きとめて攫ってしまえばよかった、そんな後悔の背中を軽やかな声がノックした。
「お・か・え・り、俺のアンザイレンパートナー、」
声に振り向いた頬を、しなやかな指のつっかえ棒が抑え込む。
ふわり水仙の香が風はらんでワイシャツ透かす、その涼しさに英二は微笑んだ。
「光一もおかえり、今着いた?」
「だね、門を通ったら英二がボケッと歩いてたね、」
可笑しそうにテノールの声が笑ってくれる、この笑顔にいつも通りを見つけて嬉しい。
今日は光一も現実を向きあってきた、その想いへと英二は穏やかに笑いかけた。
「光一、夕飯の前にちょっと話せるか?」
「ん、俺も話したいね、」
からり笑って頷きながら底抜けに明るい瞳を和ませる。
そんな貌から「話したい」想い伝わって、エントランス入りながら提案した。
「このまま屋上に行くか?それとも、どっちかの部屋にする?」
「だったら第三の提案したいね、」
さらっと笑って光一は雪白の指さして、駐車場へ踵を返す。
その行く先に気が付いて英二は一緒に歩きだした。
「今夜は打合せとか無いのか?」
「今日の俺はオヤスミだからね、明日の朝一訓練までフリーだよ、」
軽やかな答えと歩いてゆく先、見慣れた四駆が停まっている。
けれど英二はその先、自分の一台を指さし笑いかけた。
「俺の車で行こうよ、光一は奥多摩まで往復してきたとこだし、たまには運転しないと鈍るから、」
きっと今は自分が運転した方が良いだろう?
そんな推察と笑いかけた隣、透明な瞳は素直に微笑んだ。
「じゃ、おまえの運転でお願いしよっかね、行先ってドッカあんの?」
「とりあえず公園?あんまり遠くはダメだろ、」
笑って答えながら自分の四駆に立ち、運転席の扉を開錠した。
ふたり乗り込んだ空間はまだ新車の匂いに初々しい、そのエンジン懸けてシートベルトを締める。
すぐ動き出した車窓に奔らせてゆく隣、密やかな深呼吸ゆらいで英二はフロントガラスを見たまま微笑んだ。
「光一、泣いて良いよ?」
泣いて良い、今日の光一は泣けば良い。
その理由を自分は知っている、だから今も自分がハンドルを握ることを選んだ。
そんな想い穏やかにハンドルさばくフロントガラス、空に映る瞳から光ひとつ零れた。
「…おまえ、いつから知ってたワケ?…後藤のオジサンが肺気腫だって、さ…」
ゆるやかな軌跡こぼれてゆく笑顔が自分に問いかける。
こんなふう泣いてしまうことが解っていた、だから言えなかった事実に英二は微笑んだ。
「夏富士に登る前だよ、吉村先生から話があったんだ、」
「…そっか、」
短く呟いて吐息くゆらせる、そのトーンに光一の想いが傷む。
この傷みは私人としてだけじゃない、それ以上に大きな責務ごと英二は笑った。
「光一、俺がサポートするから。警察官として山ヤとして男として一緒にいる、俺は光一のアンザイレンパートナーでビレイヤーだから、」
アンザイレンパートナーでビレイヤー、
そう告げる言葉は山ヤである誇りが深く、この鼓動を温める。
そして今日に聴いた山ヤの本音と慟哭は今、自分の想い重なって響く。
―…俺は馨さんのビレイヤーの癖に何ひとつ援けられなかった、悩んでるなら話させてあげたかった、なのに何も聴けなかった俺が赦せない
山、その峻厳の世界でザイルを繋いで生命と尊厳とプライドを繋ぎあう。
そんなアンザイレンパートナーに通う情熱と敬愛を馨と田嶋教授の間にはある。
だからこそ援けを求められなかった馨の沈黙と、だからこそ苦しむ田嶋の涙は他人事じゃない。
あの二人のような結末を自分は選ばない、そう願い笑いかけた隣も無垢の瞳を和ませてくれた。
「うん、キッチリ俺のことサポートしてよね?部下としても親友ってヤツとしてもね、…っ、」
笑ってくれがら嗚咽を呑んで、長い睫こぼれる涙が夕陽きらめかす。
いま暮れてゆく黄昏のなか四駆でふたり、静かなまま光一が泣いている。
きらきらオレンジいろ光る軌跡が雪白の頬を零れゆく、その想いをきちんと受けとめたい。
そして自分も話しておきたいことがある、今ふたり互いの為に英二はイヤホンマイクをセットした。
「光一、ちょっとごめん、」
笑いかけて信号待ちの車内、携帯電話を操作する。
鳴りだしたコール音3つで繋がってイヤホンマイク越し英二は微笑んだ。
「お疲れさまです、黒木さん。予定より帰りが遅くなりますが大丈夫でしょうか?」
呼びかけた声の向こう、かすかに気配が揺らぐ。
まさか自分から電話が来ると思っていなかった、そんな空気から低い落着いた声が訊いてくれた。
「ああ、携帯の繋がる所にいてくれるなら問題ないが、何かあったのか?」
「ありがとうございます、国村さんと一緒になったんです。それで飯食って帰ろうって話になりました、」
正直に事実のまま笑いかけた向こう、すこし考える間合いが途切れる。
きっと今の黒木の立場では色んなことを考えてしまうだろう、その想いへ英二は笑いかけた。
「黒木さんも今度、俺と飯一緒して下さい。グランドジョラスと北岳のこと教えて頂けますか?」
黒木はマッターホルンとグランドジョラスの北壁を研修で踏破している。
そして地元山梨県の北岳については誰より詳しい、そんな相手は電話越し少し笑ってくれた。
「俺と呑んでも面白くないぞ?それでも良いなら誘ってくれ、」
「ありがとうございます、次の休み前夜、お願いしますね、」
すぐ約束を決めて笑いかけて、電話相手も少し笑ってくれる。
こんなふう手っ取り早いと呆れて、けれど嫌じゃないトーンが英二に応えてくれた。
「ああ、出動が無かったらな。小隊長は今そこにいるのか?」
上司と電話を代わってほしい、そんな空気が台詞から推し測られる。
光一が予定変更するならば本人とも確認したいのは黒木の立場では当然の要望だろう。
けれど今の光一は泣いている、そのプライドを護りたい真実に英二は小さな嘘で微笑んだ。
「はい、運転中です、」
運転中なのは誰とは言っていないだろう?
そんな詭弁と微笑んだ隣、助手席から静かな泣顔がこちら見てくれる。
その眼差しに笑いかけたイヤホンマイクから落着いた声は言ってくれた。
「じゃあ電話は無理だな、今のところ遭難事故など無いと伝えてくれ、」
「了解です、ありがとうございます、」
笑って通話を切りイヤホンマイクを片手で外す。
その頬を軽やかに小突いて光一は笑ってくれた。
「ホント良いビレイヤーぶりだね?ありがとね、英二、」
「どういたしまして、」
軽く返事してハンドルさばくフロントガラス、天穹の涯は蒼い夜が降りてくる。
この空の東で今、誰も知らない場所と時間に佇む人を想いながら英二は正直に微笑んだ。
「俺の方こそ光一とどこか行きたい気分なんだ、さすがに今日はキツいよ?」
今日は朝、何も言わずに消えられてしまう苦痛を知った。
そんな傷を深く抉られた男と今日は会った、そして過去の事実と祈りを知った。
そういう今日は自分だって無傷じゃいられない、その想い笑った隣で透明な声は言ってくれた。
「だったら密談にイイトコ行こっかね、飯食って帰れる時間内のさ?」
ほら、このアンザイレンパートナーはちゃんと解かってくれる。
いま同じ時間を同じ空間で笑って共有してくれる、こんな相手に自分こそ救われてしまう。
じき1年になる信頼は、正も負も豊かな記憶と感情から今ここにある。そんな唯一の男へと英二は綺麗に笑った。
「そのイイトコ、全行程2時間でリクエストしてくれな?明日も訓練だしさ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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