萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

杜燈火―morceau by Lucifer

2013-09-22 23:45:39 | morceau
To me the meanest flower that blows can give
Another sky of E



杜燈火―morceau by Lucifer

震える手、けれど扉を開いて外に出る。

運転席の影から広がった世界は森、そして古く清らかな家。
大きすぎない擬洋館建築はシンプルに美しい、その廻らす森は広かった。

「…奥多摩の森、」

見あげる梢は豊穣の葉擦れ、高く遥かに木洩陽ゆらす。
ふわり頬の撫でる風も山懐そっくりなまま樹木の馥郁が深い。

―こんな庭が個人宅にあるなんて、珍しいよな、

深い森、けれど一般住宅の庭。
そんなアンバランスは、けれど馴染んでいる森と家はしっくりと美しい。
こういう家と庭を護っている人、そう想うだけで溜息こぼれて微笑んだ。

「…やっぱり無理だ、俺には、」

無理だ、自分には勿体無さすぎる相手だ。

そう解っていた、だから雨のベンチで独りきり諦めた。
もう諦めたから、だから約束に頷いて門を潜って今ここにいる。
そんな判断は今ここに立ち、見て、正しかったのだと想えてしまう。

こんな美しい家と庭を護るひと、その隣に自分なんか相応しくない。

―これで諦められる、もう…このまま黙っていればいい、

心そっと想い微笑んでガレージから一歩、芝生の飛石に踏みこむ。
かたん、石とレザーソールが響きあいながら風はシャツを透かして涼ませる。
ふっとコットンを貫けた空気は肌を冷やして寛がす、その心地よさ微笑んだ向こう穏やかな声が笑った。

「おはよう…明日の約束、今日にしてくれたの?」

ほら、こんな抜打ちの来訪だって優しく笑ってくれる。

まだ早朝、けれど端正な浴衣姿は凛と佇んで歓迎の笑顔ほころばす。
こんな笑顔も言葉もすべてが本心なのだと自分には解って、解かるから募ってしまう。
それでも沈黙を決めこんだ想いのままに今、ここで決めたばかりの予定と笑いかけた。

「おはよう、朝早くごめんな?急だけど俺、明後日まで奥多摩の訓練に行くことになったんだ。それで今、ここから庭見させて貰おうと思って、」

本当は明日、庭を見せてもらいに来る約束だった。
けれど来られない理由を作って笑いかけて、その真中で黒目がちの瞳が自分を映す。
そっと睫伏せて、けれどすぐ見あげてくれた瞳は寂しい翳と優しく微笑んでくれた。

「まだ朝ご飯すませてないよね?よかったら一緒していって、コーヒーだけでも…どうぞ?」

どうぞ?

そう勧めてくれる笑顔は素直なまま信じて、疑ってくれない。
そんな笑顔に想いは沈黙のまま身じろぐ、その未練が鼓動を正直に軋ませる。
ただ痛くて、断って逃げたようとして、けれど森の片隅に緋色一輪ゆらいだとき声が出た。

「ありがとう、じゃあ庭だけお邪魔させてもらうな?」

ほら、あの花が自分を手招いた?そんなふう惹きこまれて一歩、また革靴は飛石を踏みだす。






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初秋初染

2013-09-22 20:56:17 | お知らせ他


こんばんわ、今日は三頭山@奥多摩に行ってきました。
コンナ↑感じに紅葉が始まってたんですけど、少雨&高温のため枯れ気味も多かったです。
それでも期待できそうなポイントが幾つかありました、来月半ば過ぎあたり行ってみたいとこです、笑

そんなワケで今朝UP「初衣の花、睦月act.4」今から加筆校正します。
終ったら第69話の続きとか掲載したいなってトコですが、寝落ちするかもしれません、

取り急ぎ、



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華燈火―morceau by Dryad

2013-09-22 00:39:11 | morceau
dites-le-lui pour moi ―導きの燈



華燈火―morceau by Dryad

庭の森に一輪、緋色の真紅が揺れて咲く。

木洩陽きらめく古樹の許に赤く一つ花ひらく、その場所は去年と同じ。
すぐ咲こうと蕾すっくり傍に並んで、あわい萌黄のラインは陽だまりの光の柱。
その先にはもう真紅が覗いている、きっともう明日には咲いて花の緋色あふれだす。

「…明日は一緒に観てもらえる、ね?」

独りそっと庭に呟いて、梢の風ゆるやかに鳴って風駈ける。
やわらかい木蔭の深緑に光ゆれて風は頬を撫でる、そんな朝は涼しくなった。
こんなふう風に季の移ろいを見上げた枝はもう、黄色あざやかに葉を染め変えていた。

今は秋、あの秋から時はどれだけ経たのだろう?

―あの秋が無かったら今、僕はどこに居たのかな、

独り心に廻らす秋の記憶、その数だけ時間と想いは降り募る。
あの秋も無く、あの夜も無く、この出逢いが無かったら今頃の自分は幸せだったろうか?

「ううん、…逢えたから今が幸せだね、ほんとうに…」

本当に今、幸せだと鼓動も深くから温かい。
この秋まで時は喜びだけじゃない、哀しみの方が多かったのかもしれない。
それでも、哀しみすら幸せの種に変えられたのは多分、あのひとに出逢ったからだろう。

「…早く逢いたい、ね、」

そっと零れた本音にほら、もう首すじ熱が逆上せだす。
きっともう紅くなってしまった、けれど朝早い庭は独り誰も見ていない。
そんな安心感に微笑んで素足の下駄を歩みだして袂に衿に、ふわり綿織の透らす風が涼ませる。
もう浴衣一枚で朝は寒くなってきた、この風の変化に微笑んで芝生の露をゆく背で門扉の音が軋んだ。

―こんな朝早く、誰?

まだ6時前、こんな刻限に誰が来るのだろう?
その不思議に見つめた樹林の向こう、知っている四駆がガレージに入った。

「…ほんと?」

予想外のこと、けれど信じたい、そんな祈る想いの真中でほら、運転席の扉が開かれる。








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