萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.8-another,side story「陽はまた昇る」

2016-12-02 23:15:11 | 陽はまた昇るanother,side story
扉の温度
harushizume―周太24歳3下旬



第85話 春鎮 act.8-another,side story「陽はまた昇る」

この扉、開かれたら真実を聴ける?

「…カイ、おうちに着いたね?」

傍らの犬に微笑んで、つぶらな黒い瞳が見あげてくれる。
茶色やわらかな毛も濡れてしまった、そんな友達に周太は微笑んだ。

「ありがとうカイ…僕をたすけてくれたこと、もう忘れないよ?」

大理石の廊下、そっと屈みこんで頬に黒い鼻ふれる。
温かな吐息やわらかな舌ぺろり、ぬぐわれた涙に笑いかけた。

「また泣いてたんだね僕、ありがとう…ドア開けようね?」
「くん、」

やさしい鼻音、茶色い耳がうなずく。
潮はたり滴る犬の隣、立ちあがりインターフォン押した。

「おかえりなさい、周太さん、」

アルトの声すぐ応えてくれる。
そうして開かれた扉、頬ふわり温かい空気ふれた。

「まあ、周太さん…どうしてずぶ濡れに?カイもいつのまに外へ、」

もう帰り慣れた玄関ホール、菫色の瞳ゆっくり瞬く。
銀髪やわらかなガヴァネスに周太は言った。

「菫さん、僕…カイが僕をたすけてくれたんです、ごめんなさい、」

頭さげて一滴、はたり革靴を敲く。
爪先じわり滲みだす香に優しいアルトが訊いた。

「そう、カイはえらかったのですね…海に落ちたのですか?」

落ちた、んじゃない。

「…すこしちがいます、」

唇そっと動く、言葉こぼれて鼓動が疼く。
本当のこと言えば傷つける、それでも真実に顔をあげた。

「菫さん、僕は…死ねなかったんです、」

告げた真中、菫色の瞳ゆるやかに開く。
まっすぐ見つめて、その白い手そっと肩ふれた。

「まずコート脱ぎましょう、カイも一緒にお風呂場よ?」

ダッフルコート脱がす優しい手、その白皙やわらかな甘い香。
ただ優しい空気ふれる温度は静かに微笑んだ。

「周太さん…英二さんのために死のうとしたんですか?」

気づいてくれる?

「…、」

熱ふかく喉に燈る、瞳の奥せりあげる。
やわらかな鼓動ぎゅっと軋んで背中、温もり包まれた。

「まず温まりましょう、周太さん…それからです、」

濡れて重たいニット、けれど優しい温度ふれる。
このひとなら信じていい?願い唇こぼれた。

「それから…話してくれますか?英二のこと…ぜんぶ、」

どうか聞かせほしい、すべて真実を。
この願い見つめてくれる瞳は紫ふかく微笑んだ。

「全部は、覚悟がいりますよ?」

率直に応えてくれる、それだけ全て見てきた瞳。
その真相すべて懸けて肯いた。

「はい…僕も覚悟してきたんです、海で…」

海で、君の海で。

ほんとうは君に訊きたい、君の声で聴かせてほしい。
けれど君に逢える手段は今なにもなくて、それでも掴める鍵に言った。

「話してください菫さん、ほんとうのことだけ知りたいんです。英二の、ほんとうの全てを、」

他の誰にも聴けない、唯ひとり話してくれる。

きっと大叔母にはたぶん教えてもらえない、だって血縁も感情もありすぎる。
このガヴァネスだって似た感情あるだろう、それでも平等な眼ざし微笑んだ。

「顕子さんが帰るまで2時間あります、でも、まずお風呂ですよ?」



あまずっぱい香あたたかい、それから紅茶の湯気。

「夕食の前ですけど特別です、りんごは万病の薬ですからね?」

アルトやわらかな声が笑ってくれる。
ちいさなカフェテーブルむきあう窓辺、焼きたての香にフォークつけた。

「…おいしい、」

ほろりバターの香くだける、あまずっぱい果汁ひろがる。
温かなパイさくさく甘く香ばしくて、ほころんだ想い菫色の瞳が笑った。

「おいしいでしょう?生きているって、おいしいんですよ、」

生きている、

この言葉どれだけ想いこもるのだろう?
やわらかな湯気の先、優しいアルトが微笑んだ。

「お話しする前にね、周太さん、私にもガヴァネスとして守秘義務があるのですよ?」

それでも話しましょう?
そんな瞳ただ優しく温かで、申し訳なさ頭さげた。

「…すみません、僕、自分のことばかり…ごめんなさい、」

うなだれてブランケットの膝、そっと温もりふれる。
ふわり茶色の毛並みやわらかな温度、つぶらな瞳に哀しい。

―ごめんねカイも…カイの大事なひとを困らせて、

困らせてばかりだ、自分は。

その果てに沈みかけた海は残照ガラスを透かす。
黒藍ゆらす朱色の波、はるか眺める窓に訊かれた。

「周太さん、まず教えてください…なぜ海にしたのですか?」

アルト深く響く、その問いが鼓動ふれる。
そっと顔あげて、見つめた菫色の瞳が訊く。

「なぜ海で死のうとしたのですか…この浜で?」
「…ごめんなさい、」

唇こぼれて軋む、あらためて哀しい。
自分だけじゃない大切な場所、そこに見つめた後悔へ声響いた。

「この浜で…英二さんの想い出に沈もうとしたのですか?」

想い出に沈む、そうかもしれない。
それだけに、唯ひとつ囚われる想い溢れた。

「だから僕は…生きようって想えたんです、」

君の想い出に沈んだ、だから気づけた。
その海きらめく窓へ声になる。

「英二に逢ってから僕、たくさんの人に逢えました…それを思い出せたんです、この海だから、」

残照はるかな一閃、朱色あざやかに今日が沈む。
そうして近づく明日に笑いかけた。

「だから生きたいんです、だから英二も後悔にしたくありません…泣いても、知らないよりずっといい、」

君と出逢えた、その全てを喜べたなら?
そんな願いそっと握る手のひら、濡れた錦の温もり微笑んだ。

「知った今のほうが僕はずっと幸せなんです、それでも僕には菫さんも大事です、だから…無理には話さないでください、」

誰かの心、踏みつけてまで知りたいだろうか?
知りたいとは想えない、だって自分も痛みいくらか知っている。

「菫さん、僕は無理に話して…傷ついたことあるんです、だから菫さんに無理してほしくないんです、」

傷ついた、だから疼いて忘れられない。
そんな本音いまさら気づく海の窓、やわらかなアルトが微笑んだ。

「その傷、英二さんがつけたのでしょう?」

どうしよう、

「あの…、」
「ごまかさないで?私だから解るんです、」

アルトやわらかに笑ってくれる。
なにも責めてはいない、そんな菫色の瞳が言ってくれた。

「英二さんを育てた一人は私です、だから解るんですよ。だから私も周太さんと一緒に傷つかせて?」

ちいさなカフェテーブル、白い手そっと伸ばしてくれる。
カップのかたわら手に温もりふれて、明るい菫色の眼ざし微笑んだ。

「イギリス貴族は本音をさらけだすなどしません、そういう半分で出来ている私の心が言っているのです…聴いてくれますか?」

異国の瞳が見つめてくれる、その重ねてくれる手が温かい。
透けるよう白い指は細く長くて、柔らかな温もり静かに強い。


(to be continued)

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前夜雑談:階段×Pixy

2016-12-02 22:30:03 | 雑談
テラスハウスな自宅、
2階についてきて→降りるのも一緒なワンシーン。


っていう悪戯坊主猫に癒される日常、笑
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