Of moral evil and of good,

第86話 建巳 act.18 another,side story「陽はまた昇る」
桜がふる、雪のように。
あなたの森みたいに。
「…きれい、」
仰いだキャンパス片隅、花が白く風おどる。
あの森にいたのは2日前、たった48時間くらい前。
それでも頬ふれる風ずっと温かで、そっと周太は深呼吸した。
―桜の匂いする、ね、
ゆるやかな呼吸の底、ほのかに甘く深く香る。
この花が奥多摩に咲くとき、見に行けるだろうか?
『馨さんは山が好きだったろ?だからここに埋めたんだ、奥多摩の森なら喜んでくれると思ってさ、』
ほら思い出してしまう、あなたの声。
あの言葉に嬉しくなった、父のこと想ってくれるから。
―英二はお父さんのこと、ほんとうに大事にしてくれてるんだ…でも、
父の血で染まった手帳、その血抜きした脱脂綿すら弔ってくれる。
こんなふう優しいひと、けれど、その優しさ何から生まれるの?
あなたが大切にするブナの森、そこに埋められた想いは、何?
―正義感かもしれない、英二…まっすぐなひとだから、
あなたは法曹に進むはずだった、そんな現実もう知ってしまった。
『いわゆる権力者だ、その後継者として宮田は鷲田になった、』
伊達から聞かされた事実、あの時から解らない。
あなたはなぜ自分の過去に関わるの?
どうして父の事件を追いかける?
―宮田のお家から分籍して僕とって言ってた、けど、官僚の家の人になったんだね、
家族になって、ずっと一緒にいて。
だから父のことにも関わるのは、愛情からだと信じていた。
『分籍したんだ俺、だから周太が結婚してくれないと独りだよ?』
男同士で結婚なんて、愚かだと嗤われる。
そんな現実もう知っていて、それでも、あなたの想いが嬉しかった。
けれど今あなたは別の家の人、それは「もう関わらない」意思なのだろうか?
「…わからないよ英二、」
想い唇こぼれて疼きだす。
だってまだ2日前だ、あなたの声を聴いたのは。
“なんで名前で呼ばせてんだよ周太?”
あの雪の山、美代が自分を呼んだ。
それすら苛立ったのは、あなただ。
―僕には大事なひとだから呼ばれたいんだ、名前で…そんなこと英二もわかるでしょう?
あなたも名前で呼ばせるくせに?
それを咎めたことなんて僕は無い、だって自由にしていいことでしょう?
だから僕も彼女と名前で呼び合っている、けれどあなたは、どうして呼び方も認めてくれないの?
そうして僕の人間関係ごと認めてくれないのは、なぜ?
―もう鷲田のお家のひとになったのでしょう英二、もう、僕とは家族にならないのに、
俺はきれいな人形じゃない、あなたはそう叫んだ。
そのまま自分から選んだのだと、あなたの意志で「家」を決めたのでしょう?
『男の愛人は邪魔な立場になったんだ宮田は、本人の意志とは関係なくそういうことだ、』
伊達から聞かされた今の現実を、あなたが理解していないわけがない。
でも何もあなたは話してくれない、けれど期待ひとつ再会を願っている。
次に会った時は話してくれる?そうして、自分の話も聞いてくれるだろうか?
―でも僕こそわからないんだ、英二のこと…ほんとうに恋なのか、な、
わからない自分の感情すら。
だからこそ明日の話をしたい、あなたと。
だって明日を見つめられるのなら、一緒に生きる意志があるのなら?
それは命尽きるとしても変わらない、それを明日を見つめた手紙に知ってしまった。
“私の母校でも一緒に散歩したいわ、大きな図書館がとても素敵なのよ?君のお祖父さんの研究室も案内したいです。”
祖母が遺してくれた手紙、そこには命の限り知っても明日があった。
もう生きられないと知っていた祖母、それでも明日を信じて未来の自分に手紙を書いた。
そうして今、自分はこのキャンパスを歩いている。
「僕、歩いてるよ…おばあさん?」
声そっと呼びかけて、唇かすめる香あまい。
頭上きらめく白い花が匂う、この空気に過去と未来が繋がれる。
そんなふうに想い交わせるのなら?
「しゅーうたっ!」
ほら呼んでくれる、快活ほがらかな声。
呼ばれた未来ただ嬉しくて、周太は友だちに振り向いた。
「おはよう賢弥、」
※校正中
(to be continued)
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kenshi―周太24歳4月

第86話 建巳 act.18 another,side story「陽はまた昇る」
桜がふる、雪のように。
あなたの森みたいに。
「…きれい、」
仰いだキャンパス片隅、花が白く風おどる。
あの森にいたのは2日前、たった48時間くらい前。
それでも頬ふれる風ずっと温かで、そっと周太は深呼吸した。
―桜の匂いする、ね、
ゆるやかな呼吸の底、ほのかに甘く深く香る。
この花が奥多摩に咲くとき、見に行けるだろうか?
『馨さんは山が好きだったろ?だからここに埋めたんだ、奥多摩の森なら喜んでくれると思ってさ、』
ほら思い出してしまう、あなたの声。
あの言葉に嬉しくなった、父のこと想ってくれるから。
―英二はお父さんのこと、ほんとうに大事にしてくれてるんだ…でも、
父の血で染まった手帳、その血抜きした脱脂綿すら弔ってくれる。
こんなふう優しいひと、けれど、その優しさ何から生まれるの?
あなたが大切にするブナの森、そこに埋められた想いは、何?
―正義感かもしれない、英二…まっすぐなひとだから、
あなたは法曹に進むはずだった、そんな現実もう知ってしまった。
『いわゆる権力者だ、その後継者として宮田は鷲田になった、』
伊達から聞かされた事実、あの時から解らない。
あなたはなぜ自分の過去に関わるの?
どうして父の事件を追いかける?
―宮田のお家から分籍して僕とって言ってた、けど、官僚の家の人になったんだね、
家族になって、ずっと一緒にいて。
だから父のことにも関わるのは、愛情からだと信じていた。
『分籍したんだ俺、だから周太が結婚してくれないと独りだよ?』
男同士で結婚なんて、愚かだと嗤われる。
そんな現実もう知っていて、それでも、あなたの想いが嬉しかった。
けれど今あなたは別の家の人、それは「もう関わらない」意思なのだろうか?
「…わからないよ英二、」
想い唇こぼれて疼きだす。
だってまだ2日前だ、あなたの声を聴いたのは。
“なんで名前で呼ばせてんだよ周太?”
あの雪の山、美代が自分を呼んだ。
それすら苛立ったのは、あなただ。
―僕には大事なひとだから呼ばれたいんだ、名前で…そんなこと英二もわかるでしょう?
あなたも名前で呼ばせるくせに?
それを咎めたことなんて僕は無い、だって自由にしていいことでしょう?
だから僕も彼女と名前で呼び合っている、けれどあなたは、どうして呼び方も認めてくれないの?
そうして僕の人間関係ごと認めてくれないのは、なぜ?
―もう鷲田のお家のひとになったのでしょう英二、もう、僕とは家族にならないのに、
俺はきれいな人形じゃない、あなたはそう叫んだ。
そのまま自分から選んだのだと、あなたの意志で「家」を決めたのでしょう?
『男の愛人は邪魔な立場になったんだ宮田は、本人の意志とは関係なくそういうことだ、』
伊達から聞かされた今の現実を、あなたが理解していないわけがない。
でも何もあなたは話してくれない、けれど期待ひとつ再会を願っている。
次に会った時は話してくれる?そうして、自分の話も聞いてくれるだろうか?
―でも僕こそわからないんだ、英二のこと…ほんとうに恋なのか、な、
わからない自分の感情すら。
だからこそ明日の話をしたい、あなたと。
だって明日を見つめられるのなら、一緒に生きる意志があるのなら?
それは命尽きるとしても変わらない、それを明日を見つめた手紙に知ってしまった。
“私の母校でも一緒に散歩したいわ、大きな図書館がとても素敵なのよ?君のお祖父さんの研究室も案内したいです。”
祖母が遺してくれた手紙、そこには命の限り知っても明日があった。
もう生きられないと知っていた祖母、それでも明日を信じて未来の自分に手紙を書いた。
そうして今、自分はこのキャンパスを歩いている。
「僕、歩いてるよ…おばあさん?」
声そっと呼びかけて、唇かすめる香あまい。
頭上きらめく白い花が匂う、この空気に過去と未来が繋がれる。
そんなふうに想い交わせるのなら?
「しゅーうたっ!」
ほら呼んでくれる、快活ほがらかな声。
呼ばれた未来ただ嬉しくて、周太は友だちに振り向いた。
「おはよう賢弥、」
※校正中
(to be continued)
【引用詩文: William Wordsworth「The tables Turned」】
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