萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.16 another,side story「陽はまた昇る」

2020-10-22 21:43:07 | 陽はまた昇るanother,side story
May teach you more of man, 
kenshi―周太24歳4月


第86話 建巳 act.16 another,side story「陽はまた昇る」

ホント浮かれてたな、なんて普通は失礼だ。
けれど率直まっすぐ言ってしまう声は低く、けれど朗々響く。

「周太くんの言うとおりだと俺も思うぞ、大学院の受験生を引きこんじゃマズイだろ?青木が試験官する以上はなあ、」

雪焼けの笑顔ほころんで、細めてくれる瞳が鳶色きらめく。
ばたん、大きく閉じられた扉に研究室の主は苦笑した。

「田嶋先生、もうすこし優しく閉じてくださいよ?この研究室も古いんです、」
「あははっ、文学部のほうがもっとボロいぞ?」

低い声からり応えて悪びれない。
あいかわらずな文学者に周太は立ち上がった。

「田嶋先生、おはようございます、」
「おはようさん、周太くんも今日から青木の研究生か、」

低いくせ朗らかに響く声、けれど鳶色の瞳やわらかに笑ってくれる。
この笑顔にも父が生きた時間つい見つめて、ただ嬉しくて肯いた。

「はい、今日からお世話になります、」
「今日が周太くんの入学式みたいなもんだな、おめでとうさん、」

雪焼おおらかな笑顔ほころばせて、右手さしだしてくれる。
求めてくれる掌すなおに重ねて、握りしめた温もり大きい。

―大きい手だな、田嶋先生…すこし節くれて、

握手ふれる温もり自分の手を包む、大きくて武骨で温かい。
どこか父の掌と似ていて、それから深く渋く澄んだ匂い。

「できればウチの大学院に来てほしいがなあ、青木に騙されちゃいないかい?」

鳶色の瞳にやり、悪戯っ子に笑ってくれる。
こんな大人もいるんだな?可笑しくて笑った。

「ご心配いただいてすみません、でも青木先生は、騙せるほど器用な方ではないと信じています、」
「なるほど、たしかにそうだ?騙されるタイプだよなあ、」

ぽん、握手の手ひとつ敲いて笑いだす。
この手に父のザイルは繋がれていた、その笑顔が言ってくれた。

「でもなあ、奥多摩がフィールドなら本当は周太くんも行きたかったろ?」

ほら、訊いてくれる。

「はい、奥多摩は行きたいです。でも今は大学院受験があるので、」

応えながら鼓動ふかく、そっと敲かれる。
あの奥多摩だから。

『おいで周、大きな木を見せてあげるよ?』

ほら父が笑ってくれる、奥多摩の森で。
あの森に自分は森林学を志した、あの遠い幼い時間が愛おしい。
それから、もうひとりの眼差し。

『周太、このブナ大きいだろ?』

あのひとだけ見つめていた、何も知らない幸せな時間。
あの時間もう戻らない、もう知ってしまった、それでも後悔なんてない。
そうして今、ここにいるから。

「なあ青木?その研究プロジェクト去年からのヤツだよな、来年も継続なんだろ?」

ほら、訊いてくれる。
この自分の可能性のために。

―僕がやりたいこと本当に理解してくれているんだ、田嶋先生、

文学者と森林学、分野は違う。
それでも同じ想い見つめる真ん中、准教授も頷いてくれた。

「はい、来年こそ加わってもらえたらと。そのためにも湯原君、大学院こちらに来てくださいね?」

来年もある。
そう学者二人が言ってくれる、この幸せに微笑んだ。

「ありがとうございます、精一杯にがんばります、」

頭さげた視界、レザーソールの爪先あわく陽が光る。
こんなふう自分の足を昨日も見つめた、けれど今こんなに温かい。
同じ靴でも違う場所、時間、そうして立つ学舎の窓で文学部の教授が言った。

「おい青木、俺にも誘う権利はあるぞ?」

権利、そんな言葉で植物学者に笑いかける。
どういう意味だろう?見つめるテーブル、准教授は微笑んだ。

「誘う権利って田嶋先生、湯原君を引き抜きにいらしたんですか?」
「他に何があるんだ?」

低い声にやり笑って、ネクタイゆるめた衿もと無精ひげ撫でる。
そんな山ヤの文学者に、山ヤの植物学者は困ったよう微笑んだ。

「湯原君は森林学専攻の大学院を受験してくれるそうです、いくら田嶋先輩でも譲れませんよ?」

銀縁眼鏡の瞳おだやかに困ったように笑って、そのくせ「先輩でも譲れません」と断言する。
やっぱり気は弱くないんだな?あらためて見つめる恩師に、父の旧友が言った。

「そりゃ周太くんの自由だろ、俺も青木も決めれることじゃねえだろが?先輩後輩もねえよ、」
「そのとおりです、でも湯原君を誘いにいらしたんすよね?無茶なことはダメですよ、」

淡々おだやかに問いかけながら、准教授は山の先輩を見あげる。
こんなふう遠慮ない後輩の前、仏文科の教授は周太に向きなおった。

「公的研究資金での研究プロジェクトがあるんだ、その研究員に湯原周太君を迎えたい、」

ごとり椅子ひいて、周太の隣に腰おろしてくれる。
その雪焼あざやかな手が書類一通さしだした。

「フランス語の能力はもちろん、日仏両方の文学を知る人材がほしいんだ、」

示される書面、研究課題が自分を見つめてくる。
白い文面つづられて、その一項目に唇うごいた。

「パリ第3大学…パリ高等師範学校、」

パリ第3大学 ソルボンヌ・ヌーヴェル Sorbonne Nouvelle Paris III University
パリ高等師範学校 École normale supérieureエコール・ノルマル・シュペリウール 略称 ENS

ふたつ記された校名そっと鼓動ノックする。
どちらにも記憶なぞられる「経歴」その愛弟子が言った。

「うん、どっちにも随行もお願いしたいんだ。頼まれてくれんかい?湯原くん、」

名字で呼んで、祖父の愛弟子が自分を見つめる。
その鳶色の瞳まっすぐ澄んで、確信ことん、頷いた。

「詳しいお話をうかがわせてください、」
「もちろんだ、」

ごとん、
椅子ひいて立ち上がって、鳶色の瞳が笑った。

「ウチの研究室で資料見ながら話そう、今日はもう青木からは特にないだろ?」
「はい、まだ春休みですから、」

4月1日、まだ講義は始まっていない。
それでも申し訳なくて、周太は森林学者へ頭さげた。

「すみません、青木先生、」
「謝る必要ないよ、湯原君は遠慮なく自由にしていいんだ。また講義じゃない時でも、いつでもおいで?」

銀縁眼鏡の底、おだやかな実直が笑ってくれる。
その瞳ひとつ瞬いて、可笑しそうに言った。

「今日このあともね、田嶋先生に無理難題されたら遠慮なくおいで?田嶋先輩の弱点を教えてあげますよ、」

いつも穏やかな森林学者、けれど今は悪戯っぽく若々しい。
こんな貌もあるんだな?意外で、それも嬉しくて笑った。

「はい、ぜひ教えてください、」
「ぜひ教えますよ、いつでも訊いてくださいね?一緒に闘いましょう、」

銀縁眼鏡にっこり笑って、右手さしだしてくれる。
すなおに握手して、節くれた手の温もりに文学者が言った。

「そんなの俺が教えるよ、行こう周太くん、」

さあ行こう?誘ってれる瞳が鳶色に明るい。
この眼ざしに父も笑っていた、祖父も笑ったろう。
そうして自分も今、ここから。

※校正中
(to be continued)
【引用詩文: William Wordsworth「The tables Turned」】

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斗貴子の手紙
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冬椿の驟雨

2020-10-22 19:36:05 | 写真:花木点景
露光る、秋雨ほころぶ冬椿
花木点景:露×椿2015.11


秋の終わり、5年前の雨上がり、
屋敷の跡地にある公園・というか森で、椿と雫のコントラストがきれいでした。
こんなワンシーンに出会うと世界ってキレイだなーと、笑
【撮影地:神奈川県2015.11】

リアル山ずーーーーーっと登れていない→ナマりそうでマズイかも、笑
緊急事態宣言出てないとは言っても×県境越えての外出自粛で近場の里山散歩・のち午後はおうち時間なココントコ週末。
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秋色の瞳、日光

2020-10-22 08:41:28 | 写真:山岳点景
赤に黄金、山ふところ光る水鏡 
山岳点景:奥日光湯ノ湖の紅葉2013.10


奥日光しずかな湖、光やわらかな朝の水鏡×黄葉紅葉グラデーションがきれいでした。
こんなワンシーンに出会うと世界ってキレイだなーと、笑
【撮影地:栃木県日光市2013.10】

リアル山ずーーーーーっと登れていない→ナマりそうでマズイかも、笑
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