萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

光陰、輪郭 act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2011-10-26 19:57:39 | 陽はまた昇るanother,side story

あなたがいつも照らしてくれる




光陰、輪郭 act.1―another,side story「陽はまた昇る」

術科センターでの射撃訓練が終わって、周太は射撃場から出た。
窓の向こうの青空が、抜けるように高い。あわい雲の位置も高い。
奥多摩も今日は、きっと晴れているのだろう。
今日は宮田は、大岳山の巡回だと言っていた。だから周太は、晴天が嬉しかった。

今日は日勤だから、このまま東口交番へと出勤する。
昼はいつものパン屋でクロワッサンを買って、軽く済ませるつもりだった。

今夜は関根と瀬尾と飲む、宮田も来てくれる。
先に宮田と待ち合わせるから、二人で軽く何か食べるだろう。
あの隣は最近よく食べるから、きっと新宿へ着く頃には空腹が我慢できない。
そしてたぶん、いつものラーメン屋に行く。
宮田はいつも周太の好みを訊いてくれる。そして周太は、あの店以外は思いつけない。

あの店は、英二の父親が好きな店だと聞いた。
まだ会ったことは無いれけど、英二の話に訊くその人を、周太は好きだなと思う。
いつかあの店もご一緒出来るのかな。近々、一緒に呑む約束だけど。
そんなことを思いながら手続きを済ませ、ゲートを潜った。

ゲートを出た途端、声を掛けられて周太は振り向いた。

「湯原くん、ですね」

50代くらいの優しい雰囲気の男だった。
どこかで見たような気もする。けれど記憶の奥底にある顔は、容易に名前と一致しない。
穏やかに微笑んで、彼は口を開いた。

「安本と言います。湯原くんのお父様の同期です」
「父の、ですか…」

呟いて周太は、制帽を脱ぐと、きれいにお辞儀をした。
制帽を被って外にいる今は本来、警察官としては敬礼をする。
けれど父の同期と名乗られた以上、父の息子として礼をしたかった。

「父がお世話になりました」
「いや、こちらこそ、お父様にはお世話になりました」

制帽を被りなおして、周太は真直ぐに安本の目を見た。
ふっと安本は目を和ませて、口を開いた。

「似ていますね、口許と眉と。そして視線が、とても懐かしい」
「最近、そう言われます」

周太の顔は基本が母似だった。とくに瞳はそっくりだと言われる。
けれど眉と口許と、真直ぐ見た時の視線の雰囲気は、父に似て来た。
父の顔をよく知る人だけが、それに気付く。
安本は、本当に父の同期なのだろう。

「先日の競技大会で見かけて、ご子息かなと思っていました」
「名字が少し、珍しいですから」

先週の全国警察けん銃射撃競技大会。
表彰式の時に周太は視線を感じた。
父を知る誰かが自分を見ている、そう思った。
多分近いうちに、その人は自分に会いに来る。そう覚悟していた。

「今日は久しぶりに射撃訓練に来ましたが、会えて嬉しいです」

思っていた通りに、父の同期だと言う安本が現われた。
けれどなぜ安本は、偶然を装うのだろう?
たぶん本当は、周太に会う目的でここに来た。それくらい解る。
なぜ安本はこんな、見え透いた嘘を吐くのだろう?

安本は周太に笑いかけた。

「昼を食べながら、すこし話しませんか?」

警察官としての父の姿を、安本は教えてくれるだろう。
周太も母も知らない「警察官」の父。
壊されたままでいる、父の人生を描いたパズルの、大切なピースのひとつ。

父の話を訊いてみたい。
けれど今日は日勤だから、なるべく早く戻らないといけない。
そう安本に告げると、新宿で構わないと言われた。

「湯原くんが、行き慣れているお店にしましょうか」

そんなふうに提案されて、一緒に新宿へと戻ることになった。
予定より少し、交番への戻りが遅くなるだろう。
念のため連絡を入れると、今日一緒に日勤の柏木は、安本を知っていた。
機動隊時代にお世話になったらしい。

「安本さん久しぶりだな、良い人だよ」

そんなふうに笑って、ゆっくりしておいでと言ってくれた。
新木場からの電車内で安本は、すこし昔の話をしてくれた。

「現場では、第七機動隊の時が一緒でした」
「現在の、銃器対策レンジャー部隊ですね」
「はい。当時はまだ、第1中隊レンジャー小隊と呼ばれていました」

ご存知なのですねと安本は微笑んだ。
本当は周太は、父の所属は一切を教えられていない。
警察官になるにあたって調べて、推測したに過ぎない。
けれど安本は、あっさり答えてしまった。

安本は人が良いようだ。
そういう人が父の傍にいたことが、周太は少し嬉しかった。

もう一線からは引きましたと、穏やかに安本は微笑む。
第一線で活躍する刑事の大半は20代~30代、この年代なら管理職か指導担当が普通だった。
刑事は40代で既にベテラン級であり、階級としてはほぼ全員が巡査部長以上になる。

「今は、事情聴取などの指導担当をしています」

被害者の事情聴取は精神的な問題が大きい事もある。
「やさしく丁寧な口調」を心がけることだと、警察学校でも現場でも学んだ。
きっと現場時代の安本は、事情聴取が上手だったろう。


自分が行き慣れている店と言われて、周太は困った。
慣れている店は、パン屋かラーメン屋しかない。それも一軒ずつだけ。
父の同期をパン屋で済まさせるのは、さすがに気が引ける。
あのラーメン屋しかないかなと思う。
けれど本当は、誰もあの店へは連れて行きたくない。

宮田と最初に食事したのは、あのラーメン屋だった。
それから卒業式の昼と、急に会いに来てくれた夜、競技大会の昼。
もう4回、一緒に行った。

あと自分だけで何回か。
あの隣と座った空気をなぞりたくて、行く時がある。

あの店はいつも、あたたかな湯気と、くつろげる雰囲気がいい。
主人もなんだか覚えてくれて、時折、おまけしてくれる。
そういうふうに、どこかの店に通うのは、周太には初めての事だった。

普通は、ありふれた事だろう。けれど周太には特別だった。
そういう特別な場所へは、本当は、誰も連れて行きたくない。
あの店に感じられる、あの隣の気配を、誰にも邪魔されたくなかったから。

けれどそこ以外の店なんて、周太には解らない。
仕方ないかなと思いながら、その店へと安本と向かう。
けれど周太の心配は、杞憂だった。
「本日、臨時休業」そんな札が出されて、店は閉まっていた。

札を見て、周太はほっと安心した。
けれど今、どうしよう。
困ったなと思いながら安本を振返って、周太は怪訝に思った。

安本の目が笑っていない。
安本の目は、さっきまでずっと和やかだった。
けれど強張ったように、店の看板を眺めている。

この店に、なにかあるのだろうか?
そう思って見ていると、安本は気がついて笑いかけた。

「すみません、この店は以前から知っているのです」
「ご存知でしたか、」

はいと頷いて、安本は言った。

「新宿署に勤務した頃、ここで食中毒騒ぎがあったので」
「そうですか、」

そんなこと宮田は言っていなかったけど。
そう思いながら、周太は素直に相槌をうった。

「そんなわけですから、もうあまり来ない方が良い。ここより良い店が新宿はたくさんありますし」

そう言って、他のお店を教えましょうと、安本は連れて行ってくれた。
安本と行った店は、交番から近かった。
それなりにはおいしかったけど、やっぱり周太は、あの店の方が好きだった。

安本の語ってくれる父は、優しい警察官だった。
交番勤務の頃は、迷子を泣きやませるのが上手だった。
横断歩道で転んだお年寄りを、背負って運んで、応急処置をした。
それから射撃の特別訓練員の頃は、ずっと優勝し続けた。
けれど、ずっと気さくで、温かいままだった。

「私は、そういう湯原が大好きでした」

そう言って安本は微笑んでくれた。
「警察官の父」の姿は、あの隣を想いださせる。
父と宮田は、どこか似ている。

そういえば宮田は、射撃の訓練は続けているのだろうか。
警察学校時代は、よく周太に質問してくれた。検定も好成績で合格している。
たった半年であれくらい出来たら立派だ。
そんなことを考えながら、周太は箸を置いた。


東口交番での勤務は、今日はあまり忙しくなかった。
夕方の巡回以外は、交番表で柏木と話して過ごした。
柏木は、安本との第七機動隊時代の話をしてくれた。

「安本さんはね、機動隊でもここで勤務することも、多かったんだ」
「この東口交番でですか?」

そうだよと笑って、柏木は教えてくれた。

「署や交番からの要請で、機動隊員がパトロールに駆り出されることも多いんだよ」

そういえばそんな話を、読んだことがあった。
父も若い頃、新宿署にいたことがあると、母から聞いている。
けれどなぜ、そこのガード下で撃たれることになったのか。そのピースはまだ見つかっていない。

「道案内を求められると、機動隊の応援要員は困るんだ。でも安本さんは元々新宿署にいたから」

さっきもそんなことを安本は言っていた。
父と同じ頃にも居たのだろうか。
もう少しちゃんと話を訊けばよかったかな。自分のうかつさを周太は反省した。

定時になって新宿署の独身寮へと戻った。
携行品を保管へ預け、今日の特別訓練の報告を済ませる。
それからさっと汗をながして、私服に着替えた。
あわい水色のストライプシャツと、明るい茶色のカーゴパンツを着た。

クロゼットは、宮田から贈られた服の比率が高い。
周太は、元々はあまり服を持っていなかった。
そんな興味も無かったし、着ていく場所も無かった。
そんなわけで今は、周太の服は宮田好みばかりになっている。
それが嬉しくて、なんとなく気恥ずかしい。

そんなことを考えていると、携帯が3秒鳴った。
受信したメールは、待っていた送信元だった。

From :宮田
subject:1時間後に
File  :【夜明け前の奥多摩の稜線】
本 文 :もうすぐ周太の隣へ帰るから。本当は延長したいけど

「帰る」が嬉しい。周太は微笑んで画面を見つめた。
けれど「延長」ってなんのことだろう。宮田のメールはなんだか、謎かけが多い。

怪訝に思いながら画像を見て、どきっとした。
こんなふうに、夜明け前の写真を送るなんて。
これはまるで誕生日の翌朝を想いださせられる。

誕生日は幸せだった。だから、別れ際の夜明けが悲しかった。
体はまだ重くて、起き上がるのは辛かった。
それでも、一瞬でも多く顔を見ていたくて、庭先まで見送った。
そして本当は思っていた、このまま浚って連れていって。

新宿署の生活は、そんなに嫌なわけじゃない。
けれど田中の葬儀で出会った、奥多摩が懐かしい。
出会う人の瞳はきれいで、山も空気も草木も美しかった。
そういう故郷に生まれ愛して、その地に眠った田中が羨ましい。

もしも「いつか」があるのなら、自分もそういうふうに生きたい。
そんなふうに最近、思ってしまう。

―この鍵は、ずっと大切にする。だから隣にずっといさせて

母は宮田に鍵を渡した。
あの鍵でずっと、いつも自分の隣に帰って来てほしい。

だからメールも素直になってしまう。
そっと周太はメールを作って、送信した。

To   :宮田
subject:ずっと
本 文 :隣にいて、ひとりにしないで

時計を見ると18時40分だった。
少し早いけれど、もう一人で座っているのは嫌だった。
少しでも早く会いたい。周太は部屋の扉を鍵かけて、外へ出た。

19時の約束だった。
けれど10分前、南口改札の向こうから懐かしい姿は来てくれた。

「おつかれさま、」
「ん、おつかれ」

笑って見あげた隣は、なんだかまた大人びて見える。
今日も山で色々あったのだろうか。

「俺さ、急な遭難救助で、腹減っているんだ。いま軽く食いたいな」
「ん、いいよ」

微笑んで頷くと、瞳を見つめてくれながら訊いてくれた。

「何食いたい?」

ラーメン、と言おうとして止まってしまった。
今日、他の人を連れて行こうとした。結局は休業だったから、良かったけれど。
でもなんだか後ろめたくて、本当の事が言えない。
ぼそっと周太は言ってしまった。

「…サンドイッチ、かな」

けれど宮田は、周太の瞳を見つめたまま、笑って言った。

「俺、ラーメン食いたい。いつもの店に行こうよ」
「…っ」

軽く息を呑んでしまう。
宮田は何かに、気づいているのだろうか。
けれど微笑んだまま宮田は、周太の腕をかるく掴むと歩き始めた。
何か言わないといけない。なぜかそう思って周太は口を開いた。

「…あ、あのさ」

どうしたと、いつも通りに宮田が振り向く。
いつも通りに少しほっとして、周太は言った。

「あの店、今日は、休みらしいんだ」
「へえ、なんで周太、知っているんだ?」

半分だけなら正直に言っても差支えないかな。
そんなふうに思いながら、周太は続けた。

「昼間に行ったら、休みだった」
「ふうん、そっか」

軽くうなずいて、宮田は言った。

「あの店うまいのに、食えなくて残念だったね、その人」
「ん、」

頷いて、はっと周太は息を呑んだ。

残念だったね、その人 ―

「その人」宮田は今、そう言った。
誰かと行った事に、気づかれている。

宮田は美形だけれど、物堅くて実直で、思ったことしか言わないしやらない。
何でも器用にできるのは、冷静に物事を見つめて、考えられるから。
そして、鋭くて、賢い。
だからいつも、自分の事も気づいて解って、受けとめてくれている。
だからきっと気づかれた。

それなのに。
そんな宮田を知っている癖に、誤魔化そうとしてしまった。
そういう事がきっと本当は、宮田は大嫌いだ。
だって宮田の心は真直ぐで、健やかだ。
そういう真直ぐな人間が、誤魔化しを許してくれるのだろうか。

どうしたらいいのだろう。
悲しくて、後ろめたくて、顔が見られなくて周太は俯いた。

「おいで、」

呟くように言って宮田は、長い指の掌で、周太の右腕を掴んだ。
そのまま東口方面へと、黙って歩き始める。

見上げた横顔は、端正なまま無言でいる。
宮田は、美形で整っていて、だから怒ると、余計に冷たくみえる。
どうしよう。
こういう顔をするなんて、ずっと無かった。

警察学校の山岳訓練で、場長を探しに歩き出した時。あの時くらいだった。
あの時もこんなふうに、腕を掴まれて無言で歩かれた。

そして今、掴まれているのは、右腕。
掴まれた腕が、かすかに震えてくる。
宮田がいつも、赤い痣を刻む腕。その痣を掴んで、宮田が歩いていく。
刻んだ痣を掴んでいる。それなのにこんなふうに、冷たい顔で、無言で歩いている。

いつも思ったことしか言わない、行動しない。
そんな宮田に、どうして隠しごとを、したくなったのだろう。
自分の浅はかさが恥ずかしい。
…もう、嫌われてしまったのだろうか。
どうしよう。どうして、どうしたらいい。

周太の視界がかすかに滲む。
俯けた顔から、今にも雫が零れそうだった。

そのまま、書店のビルへと入った。
エレベーターを4階で降りて、医書センターのカウンターで宮田は手続きをする。
書店にいる間、宮田は周太に何も話しかけてくれなかった。
ただ黙って微笑んで、腕を掴んだまま離さないでいる。

どうして何も、言ってくれないのだろう。
でも、ほんとうは、どうしてかきっと解っている。
本当は、今日あったことを全部、話してしまいたい。
けれどそれが、重荷を背負わせることに、なるかもしれない。
それが悲しくて、さっき言えなかった。
けれど、こんなふうに、怒らせてしまうなんて。
途惑いと不安ばかりがこみあげて、どうしていいのか分からない。

気がつくと、南口のテラスエリアを歩いていた。
そこのコーヒーショップの扉を宮田が開ける。
書籍の紙袋を肩にかけながら、カウンターへと宮田は微笑んだ。

「オレンジラテと今日のお勧めをブラックで。テイクアウトにして下さい」

自分の好きなものを、覚えてくれていた。思わず周太は、隣を見上げた。
見上げた隣は、無言のままだけれど、微笑んでくれる。
嬉しくて、周太は少しだけ微笑んだ。

宮田は器用に、片手でコーヒーを2つとも受取った。
そのまま外の一番隅のベンチへ連れて行かれる。
並んで座ると、紙カップを周太に渡してくれた。

「…ありがとう」

ちいさく言って、紙カップに口をつけた。
ふっとオレンジの香りが、夜闇にただよう。

オレンジの飴、オレンジのケーキ。それからこの、オレンジラテ?
だぶん宮田は、自分の好みを知ってくれている。
そのことが嬉しい。

そしてきっと、こんなふうに。
好みの物を差し出してくれるなら、まだ、きっと、嫌われていない。

ほっとして、震えがすこし治まってきた。
まだ間に合うのかもしれない。

この隣を、巻きこみたくない。
けれど嫌われて、離れられてしまうのは、もっと嫌だ。
だってもう、離れたくないのは自分の方。

巻き込む癖に、そんな願いは狡いかもしれない。
けれどそれでも、嫌われたくない、離れたくない。
全部を話して、許してと、お願いしたい。

そっと周太の唇が開いた。

「…父の、同期だって言う人に会ったんだ」
「…うん、」

宮田が静かに、頷いてくれた。
いつものように穏やかに、静かに佇んでくれている。
その気配に抱かれながら、周太は続けた。

「術科センターで、訓練が終わった時、その人が来た。安本だと名乗った」

穏やかに隣が見つめてくれる。
ほっと、周太の強張りが抜け始めた。

「昼を食べながら、話そうと誘われて。でも俺、今日は日勤だからって言った」
「うん、」
「じゃあ新宿で飯食おう、そう言われて…あの店しか俺、知らないから」
「そうだな、」

少し笑って、宮田は言ってくれた。
笑ってくれて嬉しい。少しでも笑顔が見られて、周太は嬉しかった。
なんだか話せそうな気がして、それでねと周太は続けた。

「で、行ったら、臨時休業だったんだ。そうしたらなんか、知っている店だったみたいで」
「安本さんが、知っていたってこと?」
「ん、新宿署に居たから、知っているって」
「そうなんだ、」

いつも通りの優しい相槌。
心がだいぶほぐれて、周太は少し微笑んだ。

「あと、ここは前に食中毒出したよ、とか言われて」
「ふうん、そうか」

微笑んで頷いてくれる。
よかった、いつもどおりに宮田はやさしい。

けれど本当に、宮田は怒っていないのだろうか。
だってさっきはあんなにも、冷たい顔をしていた。
もしかしたら本当は、怒っているのかもしれない。

優しいから隠して、見せてくれないだけなのかもしれない。
そんな嘘は、吐かれたくない。
怖い、でも、ちゃんと訊いておきたい。

「…あのさ、みやた」

周太がぽつんと呟くと、隣は黒目がちの瞳を覗きこんでくれた。
きれいな切長い目が、優しい。
きれいで嬉しい、そう思った時には、そっと唇を重ねられていた。
そして、きれいに笑って宮田が言ってくれた。

「よく話せたな、周太。話してくれて、嬉しかった」

笑顔が優しい。
それでも不安で、周太は訊いてみた。

「…ん、あの、おこってないのか」

なんで?と目だけで、宮田が訊いてくる。
言いにくい、けれど素直に周太は口を開いた。

「その、他の人とあの店、行ったし…父の同期と会ったことも、隠そうとして」
「ああ、」

きれいに笑って、宮田は周太の前髪に指を絡めた。
髪にふれる指が、やさしくて、周太は嬉しかった。
きれいな微笑みで、宮田は言ってくれた。

「もう怒ってない。ちゃんと話してくれたから、許す」
「…ほんとか?」

まだ不安で、つい、訊いてしまった。
そうしたら宮田は、すっと目を細めた。

「じゃあさ、怒っているなら、どうしてくれるわけ?」

やっぱり本当は怒っている?
言われた途端、心がきりりと絞めつけられた。
どうしよう、こんなの、どうしたらいいのだろう。
いつものように、微笑んでほしい。笑ってほしい。

お願いだから、何でもするから、許して欲しい。
もうなにも考えられなくて、周太は思ったままを口にした。

「…何でもする…だから許して」

小さな声だったけれど、なんとか言葉に出せた。
怖いけれど、なんとか真直ぐに隣を見つめた。
なんて言われるのだろう。
不安で見上げた視線の先で、きれいな唇が静かに言った。

「じゃあさ、関根と瀬尾の前でキスしていい?」

何でも、と自分は言った。
けれど、そんな、どうしてそんなことをいうのだろう。
許して欲しい、けれどもうきっと、顔も首筋も真っ赤になっている。
どうしよう、周太は唇を開いた。

「…あのっ…っ」

開きかけた唇に、唇を重ねられた。

ふれられて、熱い。
ここは外のベンチ、人通りは少ないけれど、でも、待って。
けれどもう、こんなふうにされたら、逃げられない。
熱くてなにも考えられない。

「周太、かわいい」

やっと離してもらえて、瞳を覗かれて微笑まれた。
そのまま掴まれている右腕の袖を、そっと捲られていく。

「…み、」

宮田待って。本当はそう言おうとした。
けれど言いかけた時にはもう、右腕の赤い痣には唇がふれていた。

だからお願い待って。
だって今からすぐに、関根と瀬尾に会うのに。
それなのにこんなことされたらもう、どんな顔していればいい?

そっと唇が離れた時には、腕に真っ赤な花が落ちていた。
それに長い指でふれて、隣が静かに笑った。

「きれいだね、周太」

そんなふうに、きれいに笑わないでほしい。
もう恥ずかしくて何も言えなくなるから。

でもこれ飲まないと。
そう思って周太は、左手にもったままの、オレンジラテに唇をつけた。
でもたぶん、首筋も頬もいま赤い。

「周太かわいい」

そんなことを言って、隣は嬉しそうに笑っている。
けれど一気に飲み干して、すこし落着いた周太は口を開いた。

「…だから眼科行ってきて」
「そのうちね」

そう言って軽やかに笑いながら、隣はコーヒーを飲みほした。
ほんとうにたまに憎たらしい。
けれどやっぱり、この隣が自分は、好きだ。
だっていつもこんなふうに、自分の心を開いてくれる。



(to be continued)

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 イラストブログ 風景イラストへにほんブログ村

にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 黎闇、輪郭―side story「陽は... | トップ | 光陰、輪郭 act.2―another,si... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るanother,side story」カテゴリの最新記事