萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第35話 曙光act.6―side story「陽はまた昇る」

2012-03-13 22:58:48 | 陽はまた昇るside story
※念のため後半R18(露骨な表現はありません)

離せない、



第35話 曙光act.6―side story「陽はまた昇る」

白いシーツとまくらに小柄な体うずめてブランケットで包みこむ。
ブランケットにふとんもリネンのベッドカバーも重ねて、沢山の布越し周太をそっと抱きしめた。
これだけ隔てたら体のラインも解らない、自制心を助けてほしいと沢山の布に密やかに祈った。
そんな祈りに微笑んだ英二を、幸せそうな黒目がちの瞳が見つめてくれた。

「ね、英二?さっき、どうして、離せなくなって困る、って言ったの?」

そんなこと、こんな場所では言えない。
訊かれて困るまま英二は周太の瞳を見て微笑んだ。

「周太、きれいになったね。1月の時より、ずっと、」
「ん?…そう、かな…」

ほんとうに周太はきれいになった、透明感と艶が増した。
この1ヶ月間きっと周太は悩み抜いた、その想いの結論が表情に瞳に顕れている。
愛情深く育ったままに繊細で優しい周太は想い深くて、人も想いも切り捨てることが出来ない。
優しい周太だからこそ英二と光一と美代と、3人の想いの狭間に墜ちこんで心揺れた1ヶ月だったろう。
きっと自責に苦しんで想いの振幅に泣いただろう、けれど泣いても超えた強さがまた周太を輝かせている。
こんなふうに優しさを輝きに変えていく姿に惹かれてしまう。

しかも周太の結論は「わがままに正直になる」
あの可愛い含羞の駄々っ子ぶりに、今も自制心が悲鳴を上げている。
あんな赤らめた頬で上から目線で物言うなんて?たまに自信なく頼りなげに尋ねたりして?
命令言葉のくせに可愛くはにかんで遠慮がちに「…いいの?」だなんて庇護欲を刺激して?

まばゆい透明感と艶に誘われる、可愛いわがままに振り回される。
もうどうしていいか解らない、なす術もなく心も体も掴まれて今すこしも離れられない。
だからどうか少し勘弁してほしい、今もう刺激されたら自制心の罅がばっくり裂けてしまう。
どうかこのまま別の話題に移ってほしい、そう見つめた先で周太は唇を開いた。

「いつも英二、離さない、って言ってくれるでしょ?でも、なんでさっきは、困るって言ったの?」

どうして言っていることが変わったの?
はぐらかそうとしても真直ぐ見つめて追いつめてくる、まさに尋問みたいに。
けれどこんな状況で自白なんか出来るわけが無い、自白の瞬間が新たな犯罪現場になったら困る。
困り果てながら英二は静かに微笑んだ。

「うん、…困るんだ、今は。でも周太、安心して?ちゃんと傍にいるよ、守っている。わがまま周太が可愛いから、」
「ん、…ほんとに、わがままで…いいの?」
「うん、わがままが良い、周太。全部を言ってくれたらね、うれしいよ」

笑いかけながら英二は長い腕を伸ばした。
ベッドサイドのスイッチを長い指で押してルームライトを消していく。
すこし暗くなれば周太は眠り込む、そんな期待に英二は灯りを消した。
もとから周太には墜落睡眠の癖がある、疲れている時など急に眠ってしまう。
昨日は警視庁拳銃射撃大会で緊張して、そのまま金曜夜のハードな当番勤務に就いて、明けた今日は講習会と電車旅。
そんなハードスケジュールをこなした周太は疲れている、だから暗くすればすぐ眠ってくれるだろう。

このまま眠ってくれれば周太に強請られることは無い。
そうしたら何とか自制心も保つだろう、そして朝は無事に来る。
そんな期待をダウンライトの朧な光がゆるく照らして、ふっと黒目がちの瞳が閉じかけた。
けれど抵抗するよう頬をかるく掌で叩くと黒目がちの瞳は英二を見つめてきた。

「ね、英二?…電気、消さないで、眠くなっちゃうから、」

見つめて訴えてくる声がどこかトーンが緩められていく。
あわい光に照らされた黒目がちの瞳に眠たげな睫が落ちかかる、予想通りに墜落睡眠がもう周太の意識を掴まえていく。
このまま眠りに入ってほしい、やさしく微笑んで英二は低く囁くよう静かに答えた。

「だめだよ、周太。昨日は競技大会の後に当番勤務だったろ?疲れているはずだよ、周太。ちゃんと眠って?」
「嫌…だって、今夜は…えいじに、…」

お喋りはもうやめよう?
くちびる閉じて瞳も閉じて、素直に眠りに誘われて?
そんな願いをこめるよう英二は周太のやわらかな前髪をかきあげた。

「おやすみ、周太。明日はね、御岳山に行くんだから…眠って?」

やさしいキスで眠たげな額にふれると嬉しそうに周太が微笑んだ。
その微笑みに眠りが睫にふれてくる、瞳がおちて閉じかけてくれる。
どうかこのまま眠って?
祈るように見つめるなか小柄な体が身じろぎする。
ブランケットもふとんも越えて周太が抱きついてきてしまう。
そして英二のふところに頬うずめながら、眠りに抗うよう黒目がちの瞳が見あげてくれた。

「…えいじ、…愛している、よ?…だから、…」

だからお願いだ周太、このまま眠りこんで?
このまま眠ってほしい、もう過ちを繰り返さないように。
そして自分が君を愛することを、奪う愛から与える愛へと変えさせて?
祈るよう微笑んで見つめるなか周太の瞳が閉じていく。

「…おねが、い…… 」

ふっ、と長い睫が閉じられて周太は眠りの底へと沈みこんだ。
今夜ふる穏やかなダウンライトの光のなか、眠りが周太を安らがせていく。
そうして眠りに落ちた周太を、宝物のように英二は抱きよせて微笑んだ。

「周太、…おやすみ、夢の中でも微笑んで?」

ねむる周太の唇に、そっと優しいキスを英二は重ねた。
重ねた唇のはざまから規則正しい寝息が零れてとける。
もうすっかり眠りのなかへ周太は浚われてくれた、安堵に微笑んで英二は唇を離れた。

「…反則だよ、周太?」

そっと微笑んで英二は、おだやかな周太の寝顔を見つめた。
英二のふところによりそって頬ふれて、すこし紅潮した寝顔は無垢だった。
こんな無垢な子供の寝顔の周太、けれど23歳の警察官で射撃の名手でいる。
このアンバランスな現実が幻のように思えるほどに、いま懐に眠る顔は幼げな微笑で安らいでいる。
こんな周太は本当は警察官など向いていない、父への想いと義務と責任で選んだ道でしかない。

ほんとうの周太は、何をしたいのだろう?

周太が笑顔になること、それがきっと周太の「望み」のヒントになる。
幸せそうな周太の笑顔を英二はひとつずつ想い出し始めた。

公園で本を読んでいる横顔。
庭に佇んで花を摘んでいる穏やかな笑顔。
陽だまりの台所で温かな食事を作る笑顔。
あのラーメン屋に行こうと決める時の笑顔。
パン屋でオレンジデニッシュをトレイにとる笑顔。
カフェでオレンジラテを見つけた時の嬉しそうな顔。
彩豊かな花に囲まれて花屋の女主人と話す楽しそうな顔。
山の夕陽と星空と朝陽のなかで天空あふれる光に輝いた瞳。
大きな木を見つけて抱きしめながら幹に頬寄せ水音を聴く顔。
それから、

「…青い本を受けとった時の、笑顔…」

―…俺は、ひとりの植物が好きな人間です。このご本、本当に嬉しいです。読むのが、とても楽しみです…
 子供の頃に樹医の方のことを知って。人間より長生きする木のお医者なんてすごいな、って憧れていたんです

本を贈ってくれた樹医に周太はこんなふうに話していた。
あの樹医と初めて会った12月、いつもの電話で周太は樹医への憧れを話してくれた。

―…子供の頃にね、父と樹医の記事を読んだんだ
 「樹医は樹齢数百年の樹木も蘇らせる」そんな記事でね…父は「ね、周?魔法使いみたいだね」って感心して
 俺もね、ほんとうにそうだと思った。それでね、会ってみたいってずっと思っていたんだ「植物の魔法使い」に
 なにも話せなかったけど、でもね、俺ほんとうに会えたよ?「植物の魔法使い」と
 ね、英二?樹医の掌はね、繊細な長い指の大きい掌で。がっしりして、働き者の手って感じだった

「樹医、か…」

奥多摩も巨木が多いため、樹医がおとずれて保全に努めてくれる。
樹医はまだ人数も少ない、たしか正式名は「樹木医」民間資格で試験制度があると聴いた。
業務経歴や研修実習、筆記試験、面接など様々な要件をクリアして初めて認定されるらしい。
奥多摩に訪れた樹医から聴いた話に、そう簡単になれる職業ではない印象を受けた。
そんな樹医の一人が書いた本は、どんな本だろう?

「…周太?」

呼びかけても長い睫は披かれない。
完全に眠り込んでいるのだろう、こんな深い眠りにはいった周太は朝まで起きない。
このまま良い子で眠って?微笑んで英二は、そっと眠る額にキスをして静かにベッドから降りた。
ソファに腰かけてフロアーランプを小さく絞って点けると、明るんだ一隅に置かれた青い本を手にした。
この本は周太の宝物になるだろうな?
微笑んで英二は、ちいさな灯のスポットに青い本の表紙を開いた。

「…自筆の、詞書?」

達筆な万年筆の筆跡が、表紙裏に詞書を綴っている。
この本の贈り主がよせた一文だろう、英二は筆跡を目で追った。

 ひとりの掌を救ってくれた君へ
 樹木は水を抱きます、その水は多くの生命を生かし心を潤しています。
 そうした樹木の生命を手助けする為に、君が救ったこの掌は使われ生きています。
 この本には樹木と水に廻る生命の連鎖が記されています、この一環を担うため樹医の掌は生きています。
 いまこれを記すこの掌は小さい、けれど君が掌を救った事実には生命の一環を救った真実があります。
 この掌を君が救ってくれた、この事実にこもる真実の姿と想いを伝えたくて、この本を贈ります。
 この掌を信じてくれた君の行いと心に、心から感謝します。どうか君に誇りを持ってください。
                                    樹医 青木真彦

「…君が掌を救った事実には、生命の一環を救った、真実があります…君に誇りを持って」

低い呟きに、ふっ、と湧き起った熱がひとしずく頬へ零れた。
周太の掌が生命の一環を救った、この真実が英二には救いに想えてしまう。
この救いのままに周太が生きられたらいいのに?
そんな叶わぬ祈りが涙になって、また一滴が頬を伝った。

いま周太は父の軌跡に立つため「射撃の名手」の警察官として、危険な暗い道へと歩いていく。
その道が曳きこむ先にある周太の任務は、たしかに多くの命を救うために必要かもしれない。
けれど、そのために周太の掌が、真逆の行為で血染めにされる可能性が潜んでいる。
この前途へと周太が涙を流し続けていることを自分は一番知っている、だから一緒の道に立ってやりたかった。

だから本当は、同じ道で常に隣に立って身代わりになりたかった。
周太の任務の分まで身代わりになって、この自分の掌を血で染めてしまいたかった。
だから13年前の事件に向き合った時も周太が望むなら自分が犯人を射殺するつもりだった。
こんな身代わりを周太は欠片も望んではいない、そう解っている。
それでも自分は、周太の掌を血に染めたくない。

さっきも熱いコーヒーを淹れてくれた、周太の掌。
花を摘む掌、樹木を愛しむ掌、温かな食事を作ってくれる掌。
そしてこの自分にしがみついてくれた、あの愛しい掌を守りたい。

「…周太、君の掌を、愛しているんだ…だから、」

ほんとうは、止められるなら周太の今の進路だって止めてしまいたい。
けれど、周太の父への愛情が生き続ける限り、父の軌跡を辿る道を降りることは周太の心を逆に傷付ける。
あの父の唯一人の息子である。その矜持と誇りと愛情を傷つけ壊すことになる、それが解かる自分には止められない。
純粋無垢で子供のままの周太、けれど23歳の男にふさわしい誇り高い凛冽を周太は持っている。
そんな真直ぐ端正な瞳に自分は恋して憧れた、そんな自分にどうして周太を止められるだろう?

繊細で優しくて泣き虫な周太。
けれど、ただ守られるだけではない、誇らかに凛然と美しい男。
それでも、あの掌を自分は血染めになんかしたくない、あんな哀しい任務に就かせたくはない。
だから自分は周太を守るために、いま山岳レスキューで自分の掌を血塗れにして厭わない。

「…この掌を君が救ってくれた、この事実にこもる…真実の姿、想い…」

いま泥にまみれ血に染まり、この体と生命を懸けて山岳レスキューの現場に立っている。
この経験と知識がきっと周太の掌を救う鍵を作ってやれる、もう既に作れたものもある。
それでも本配属まであと5ヶ月しかない。
この冬が終わり春が来て、夏が来れば本配属が決まる。
そのときには何時もう周太の掌が血染めにされるか解らない。

人命救助の為に血に塗れること、真逆の為に血染めになること。
同じ血まみれの掌に見える、けれど見た目が同じでも全く意味が違う。
たとえ前者の目的であったとしても後者の手段を取るのなら、その罪と罰は誰が背負う?
この矛盾に誰が答えられる?どうせ誰も応えられやしない。
生命の終焉は人間が決められることじゃない、それなのに無理な正当化をするから矛盾は生まれていく。
そんな矛盾の陥穽に周太の父は陥って、そして最後は自ら射殺された。

「…そうでしょう?あなたの、真実の想いは、…」

低く呟いて英二は、首元に掛ける革紐を襟元から手繰っていく。
そしてシャツの胸元から取り出された、革紐に結んだ銀色の合鍵をじっと英二は見つめた。
この合鍵の元の主は周太の父、彼の日記帳を英二はずっと最初の頁から読んでいる。
けれどラテン語の辞書を買ってすぐ、いちばん最後のページを先に読んでしまった。
そのページにラテン語で綴りこまれていたのは、哀しい残酷の真実だった。

「どうして、この道に立ったのですか?…あなたは、違う道に立つべきだった…」

見つめる鍵を握りしめて、もう1つの掌で包みこむ。
そうして組んだ両掌を祈るよう額に着けて、密やかに英二は泣いた。
この世で生きては会えなかった、けれど敬愛してやまない笑顔が美しかった男。
その男の為に流れる涙の底で英二は静かに言葉を復唱した。

「…君が救った事実には、生命の一環を救った、真実があります…君に誇りを持ってください」

この言葉を、14年前になる春の夜の前に彼に贈ってあげられたなら。
そうしたら彼は、自らを裁いて射殺される運命を選ばずに済んだのかもしれない。
まだすこしの希望と自分の道への誇りを信じて、生きて笑うことを選べたのかもしれない。
裁かれることの無い罪に絶望する前に救うことが出来たかもしれない。

「…生命の一環を救った君に、誇りを持ってください、湯原馨さん…」

だから、と、この今からに希望と光を信じたい。
この今から彼と同じ道に立つ周太には、きっとこの樹医の言葉が光になってくれる。
どうか周太がこの先に立つ道を、この樹医の言葉に照らし続けてほしい。
決して周太が父と同じ最後を選んでしまうことの無いように。

どうか周太の掌を守り抜くことが出来ますように。
心の深くから祈りを合鍵にキスで籠めて、微笑んで見つめると懐に納めなおした。
ふと顔をあげるとカーテンの向こうに静寂が濃い、もう夜半を過ぎただろう。
本を閉じて元に戻すと、フロアーランプを消して英二は立ち上がった。
ダウンライトの朧ろな光だけが照らす部屋に、安らかな寝息の気配が優しい。
静かにベッドへと戻ると、幸せな寝顔が白いリネンにうずもれていた。

「…なんだか、白いベールみたいだね、周太?」

添い寝して見つめた言葉に、ふっと花の面影が甦った。
あの年明けの休日、小春日和の台所で贈った婚約と求婚の花束。
あの花束には白いベールを想わせるレースに似た可憐な花が編まれていた。
あの白い花の名前はなんだっただろう?

「…スカビオサ、だったかな…」

低い呟きがこぼれて、朧な光が微かに揺らいだ。
その光に透かし見る愛しい寝顔の、長い睫がかすかに揺らいだ。

「…ん、」

ちいさな吐息が聴こえて、鼓動がひとつ心を打つ。



まさか、そんなはずはないだろう?
そんな想いのなか懐でやわらかな髪が動いた。
すこし身じろぎしただけ、きっと周太は眠りから覚めるはずがない。
けれど見つめる想いの真中で、長い睫がゆっくりと披きはじめた。

「ん、」

黒目がちの瞳が、目覚めて微笑んだ。
微笑んだ瞳はゆるやかに動いて辺りを見ている。
そして英二のふところで小柄な体は身じろいだ。
周太は、完全に起きている?驚いて英二は低い声で名前を呼んだ。

「…周太?」

名前を呼ばれて周太の顔が英二の方へあげられた。
自分の顔を見つめてくれる黒目がちの瞳が、心から嬉しそうに微笑んでくれる。
嬉しそうに微笑んだまま腕が伸ばされて、小柄な体が英二に抱きついた。

「英二、起きていたの?…いま、何時?」

背中に肩にふれる掌の温度が「もう完全に目が覚めている」と告げてくる。
いつもなら朝まで起きないはず、なのになぜ今夜は起きてしまったのだろう?
こんな予想外に驚いたまま英二は周太の問いに答えた。

「いま1時位だと思うけど…どうしたの、周太?いつも眠ったら朝まで起きないのに、」

まだ1時だね?
小さく呟くと幸せそうに黒目がちの瞳が微笑んだ。

「ん、どうしてもね、今夜は起きていたくて…」

微笑んだ瞳が近寄せられて、なめらかな頬を英二の頬に寄せてくれる。
頬寄せられるすぐ耳元で、うれしそうに弾んだ声が英二に質問した。

「…ね、英二?どうして、困るの?」
「困る?」

さっき、はぐらかした質問のことだろう。
けれど、こんな状況で答えてしまったら、それこそ自制心なんか微塵だろう。
なんとか質問から逃げたい、質問の意味が解らないフリで逃れようか?
そう考えていると周太がまた訊いてきた。

「英二はね、俺が離れたら、困らないの?」

さっきと違う質問だった。
少しほっとしながら新たな質問に、今の哀しい想いが心に軋んだ。
けれど答えない訳に行かない、想いのまま英二は寂しく口にした。

「離れてほしくない、でも。周太が、俺から離れたいんなら、…」
「ん、英二、今ね?父とそっくりだった…ね、離れたくないよ、英二から…あ、」

言いかけて周太はふっと言葉を止めた。
どうしたのかな?不思議に思いながら寄せられる頬を英二は見た。
その頬がやわらかく離れると、黒目がちの瞳が英二の目を覗きこんでくれる。
じっと見つめてくれながら周太は英二に問いかけてきた。

「ね、英二?…美代さんにね『恋』について、話したんでしょ?」

どうやら追及は終わって、別の関心に矛先は向いた?
すこしだけ心の緊張をほどきながら英二は答えた。

「うん、恋って何?って訊かれたからね」
「美代さんに話した『恋』についてね、俺にも教えて?」

教えてほしいな?瞳でもお願いしながら周太が微笑んでくる。
おねだり可愛いな、思わずふっと笑みをこぼして英二は口を開いた。

「恋だとね、相手のことを丸ごと知りたくなる…知って、好きで、相手のことを全部、欲しくなる」

ちいさな子に語り聴かせをして寝かしつけていく、あの雰囲気にしたい。
そんな想いで周太の髪をかきあげ撫でると、気持ちよさげに微笑んでくれる。
こんなふうに気持ちよく眠り誘われてほしい、周太がまた眠りに入れば朝は無事に迎えられる。
どうか眠ってくれますように、祈るよう髪を撫でながら英二は低く言葉を続けた。

「恋したら。その相手にはね、他の人は見てほしくなくなる。自分だけで、独り占めしたくて、…
ふたりきりで、過ごしたい。ずっと腕のなかから離したくなくて、ちょっと離れるのも哀しくて…苦しい。
ずっと見つめていたい。声聴いて、肌ふれあって…体温を感じて抱きしめていたい。好きだ、って言い続けて…愛してる、って…」

低い声でゆるやかに話し終えて、夜の静謐がまた部屋を満たした。
おだやかな静謐の底から眠りに支配されてほしい、願いのなか静かに英二は周太の髪を撫でた。
撫でられながら周太の瞳が真直ぐに英二の目を見つめている、その唇が穏やかに声を紡いだ。

「ほんとうは…英二には、他のひとはね、見てほしくない。
俺だけで英二を独り占めしたい、ふたりきりでいたい…だから今夜もね、奥多摩に連れてきてほしくて…
ずっと英二の腕に抱きしめられたくて、英二の笑顔を見つめたくて、声を聴きたくて…逢いたかったんだ、」

そんなふうに逢いたいと想ってくれた、それだけでも幸せで英二は微笑んだ。
微笑んだ目を真直ぐに見つめたまま周太は英二に告げた。

「英二の…肌に、ふれたい…温もりを感じて、抱きしめられたい…」

いま、なんて言ってくれた?

肌にふれて?温もりを感じて?
それは素肌でふれあいたい、そう告げている?
こんな事を周太が求めて言うなんて幻だろうか?それとも眠りこんで夢を見ている?
こんな幻聴の疑いに周太は真直ぐ想いを告げてくれた。

「好き、英二…愛してる、…すき、」

告げる言葉と一緒に、周太の唇が英二の唇にキスをした。
ふれるだけのキス、けれど心がひっぱたかれた。
ひっぱたかれたのに、ふれる唇に幸せが優しく充ちてくる、奥多摩鉄道の夜に重ねたように。
おだやかな温もりと優しい感触の幸せに重ねるキスがあまく微笑んでいく。

「…英二、お願い、…聴いてくれる?」

そっと離れて黒目がちの瞳が英二を見つめた。
見つめる黒目がちの瞳は「お願いしていいの?」と遠慮がちに初々しい。
離れた唇にはキスのあまやかな気配が香って、自制心の罅を甘く侵食していく。
こんな瞳とキスでお願いされたなら自分には「絶対」になってしまう。
キスと視線に絡めとられるよう英二は口を開いた。

「周太のお願いはね、俺には『絶対』だよ?だから、聴かせて?」
「ん、…ありがとう、英二、…あの、ね、」

どうかお願い、いま、わがままを言わせて?
黒目がちの瞳がそう告げながら、気恥ずかしげな唇が想いを声にした。

「英二、俺を、抱いて?…キスして?名前を呼んで…肌にふれて?」

これは罰ゲームだ。

「体温で、俺に、ふれて…」

首筋から熱が昇る、頬が熱くなる、頭がぼうっとする。
こんな可愛らしいお願いは惑わされる、けれど今の自分には刑罰以外のなんだろう?
どうか勘弁してほしい、罅割れていく自制心を抑え込みながら英二は答えた。

「…周太、…だめだよ、」
「どうして、だめなの?…お願い、聴いてくれないの?」

そんな可愛らしい訊き方しないで?
そんな哀しげに俺を見つめないで?この罅割れは痛いのだから。
軋みあげながら罅入ってくる自制心を見つめながら、英二は率直に言った。

「周太、俺はね、…あのとき、周太の体を大切に出来なかった、嫌がっている周太を、俺は…犯したんだ」

そんな無垢な瞳で俺を見ないで?
君を抱きしめる資格を失った、この自分の醜さが透けて痛いから。
この自分の醜さが赦せない哀しみが苦しいから、どうか見つめないでそんな顔で。
そんな願いを見つめながら英二は続けた。

「許せないんだ、自分の事が。もし、同じことを他の人間が周太にしたら。
きっとその相手を俺は、この世の涯までだって追い詰めてしまう。それくらいに、ね、
許せないって想っていることを、俺は…自分がしてしまったんだ。だから周太、俺にはもう資格が無い、」

もう資格が無い。
この哀しみが熱に変わって涙ひとしずくに変わって零れていく。
この哀しい後悔の涙を無垢な瞳が見つめて、やさしい唇がキスに吸いこんだ。

「だめ、英二…英二は、俺のお願いにはね、逆らえないんでしょ?…愛してるんでしょ?だから、お願いを聴いて?」
「周太、…でも、」

言いかけた英二の言葉をやわらかな唇がキスで奪った。
奪われた言葉に哀しみがほどけてしまう、自制心が嬉しげに罅を広げていく。
ふれる想いと温もりがあまやかに幸せになれるキス。
黒目がちの瞳が英二の目を覗きこんで、キスに離れた唇が微笑んだ。

「俺を、ほしいでしょ?…お願い、英二?わがままな俺が、可愛いんでしょ?だったら、…お願い、聴いて?」

しずかに周太は体を起こした。
ベッドの上に起きて座りこんでシャツの胸元に掌を重ねこむ。
座りこんで英二を見下ろして、周太はきれいに微笑んだ。

「ね、英二?お願い聴いて、言うこと聴いて?わがままで可愛いんでしょ?だったら…」

きれいに微笑みながら、胸元の掌を握りしめてほどいていく。
そうしてほどいた掌を周太は自身のシャツのボタンへと掛けた。

「俺のこと、かわいいんでしょ?…だったら、…だきしめて?」

ちいさな音にシャツのボタンが1つはずれる。
こんなこと慣れていない、そう指先がふるえているのが解かる。
ふるえる指先で周太はシャツのボタンを1つずつほどいて、素肌がすこしずつ晒されていく。

これは、現実の光景?

呆然と英二は、見おろしてくる無垢な瞳と小柄な体を見あげていた。
もう呼吸の仕方も忘れてしまった、ただ目だけがベッドの上の光景を見ている。
ベッドの上で周太が英二に抱かれることを望んで恥ずかしげに服を脱いでいく。
こんな光景は望んだことも無い、だって幸せに過ぎるだろう?

周太が自分からシャツを脱いでいる?
気恥ずかしげに頬染めながら、ふるえる指が素肌を晒していく?
晒されていく素肌まで含羞に染めあげられて艶めいて?

「かわいい、なら…今夜、からだごと、かわいがって?…」

シャツが肩からおちて露にされる肌が、2月の夜にさらされる。
あわい光のなか露な肌は桜の色に華やいで艶まばゆい誘惑に充ちていた。

愛しているなら今、この肌を見て?
愛しているなら今、この肌へと手を伸ばして?
そして抱きしめて心ごと体を繋いでほしい、あなたへと繋がれたい。

「愛してるなら、いうこときいて…英二…」

気恥ずかしげで命令口調の、あざやかに艶めく「おねだり」
誘惑が紅潮する肌から立ち昇る、あまやかな香が空間を支配する。
こんな光景も空気も自分は望んだことは無い、美しい幻を見ているのかもしれない。
こんなことに今夜なるなんて?予想外過ぎる展開に自制心が軋んでいる。

どうか求めて?お願い聴いて?
黒目がちの瞳がねだりながら、頬を紅潮にそめる周太がきれいに微笑んだ。

「英二、抱きしめて?」

自制心が崩れおちた。
保護者でいよう、そんな決意も崩れて消えた。
自分で自分を赦せない自責と罪悪感を、あわい紅の艶が拭ってしまう。
自分を律してコントロールしたい、このプライドすら微笑が砕く。

…愛しているなら、言うこと、聴いて?

黒目がちの瞳が真直ぐ見おろして愛情を盾に命令する。
艶めく裸身が気恥ずかしげな含羞を湛えながら、抱かれる腕を待っている。
そして全身から心から魅せる「愛している」告白がまばゆく響いて、心も視線も離せない。

もう、降参だ

ゆっくり1つ瞬いて英二は、自分を支配する黒目がちの瞳を見つめた。
絡めとられていく視線と想いのまま体が起こされていく、起きあがった体の前で艶めく裸身が微笑んだ。
もう、手を伸ばさないでなんて、いられない。
素直な想いのまま英二は愛しい人を抱きしめた。
抱きしめた素肌が艶やかに香たつ、すこし早い鼓動が重なりふれる胸に穏かに響いていく。
もう抵抗なんか出来ない、この美しい瞳に体に心に、存分に好きにされてしまいたい。
心から大切に抱きしめた宝物を英二は、そっと白いシーツに沈めた。

「周太、…」

呼んだ名前が切なく響いていく。
こんな声を自分が出すなんて知らなかった。

「ん、…えいじ?」

可愛らしいトーンで名前を呼んでくれる。
呼ばれた名前が嬉しくて幸せで笑顔になってしまう。
こんな可愛い呼ばれ方をされたらもう、何をされても構わない、何でもしてあげたい。
自分を支配する黒目がちの瞳がきれいに微笑んでいる、この微笑に自分は何も逆らえない。
どうぞ好きにして?捧げたい想いに笑いかけると、愛しい掌がやさしく頬をくるんでくれる。
くるんだ掌に近寄せられて、英二は黒目がちの瞳を間近く見つめた。

「えいじ、…すき、」

ふたりのくちびるが重なりふれあう。
ふれるキスが温かい、あまやかな温もりがやさしい。
キスだけで心が蕩かされていく、求めていた想いの幸せが温かい。
やさしい穏やかな感触のまま英二は、やわらかに抱きしめられた。

「愛してる、英二…好き、だから、…」

だから。
この言葉の続きは、今夜ふたりきりで過ごす時の意味。
言われないでも従ってしまう、自分はもうこの瞳に囚われている。
抱きしめられる素肌に酔いながら英二は幸せに微笑んだ。

「うん、…周太、」

ゆるやかに身を起こすと英二は、潔く白いシャツを脱いだ。
脱いだ白いシャツを床へとこぼして、首に掛けた革紐に指をかける。
革紐を首から抜いて合鍵を外すと、サイドテーブルにことんと置いた。
置かれた合鍵に微笑んで、それから英二は白いベッドを見つめた。

…ね、愛して?

黒目がちの瞳が気恥ずかしげに見上げて、おねだりしてくれる。
こんなふうに、素直に可愛いわがままを、ずっと言って欲しかった。
どうか今夜一夜でこの夢が終わってしまいませんように。
そんな願いに英二は幸せに綺麗に笑った。

「周太、愛してる、…ずっと、愛してるよ?」

想い告げながら桜いろの肌に肌を重ねていく。
そして素肌ふれあう瞬間に英二は軽く瞑目した。

この幸せは赦される?

自責と罪悪感が心を切り裂いて痛い。
けれどそんな痛みごと桜花ひらいた肌が心ごと抱きとめてくれた。

愛するひと、君は赦してくれるの?

ふれる肌のなめらかな温もりに、痛みごと優しく受けとめられていく。
抱きしめる体の華奢な骨格が肌透かして、か細くたわんで愛おしい。

「英二、愛してる…すき、」
「…周太、」

ふれる狭間くゆらされる、あまやかで穏やかな肌の香に心ごと酔わせられる。
こんなふうに肌ふれあえることはもう一生無いと思っていた。
諦めていた願いが今こうして叶えられる?

「…ずっと、愛して?…抱きしめていて、…英二、」

吐息交じりの声が心くすぐって、無垢な瞳に心が囚われる。
囚われてしまう瞳を見つめて英二は微笑んだ。

「周太、俺のこと、怖くないの?」

あの日に周太を強姦した自分は怖がられて当然だ。
そんな不安が訊いてしまう、自分を怖がらないの?と確認してしまう。
けれど黒目がちの瞳は不思議そうに見つめて、可愛らしいおねだりをしてきた。

「どうして?…怖くない、大好き英二…ね、キスして?…」

こんなこと周太が言うなんて?
ちょっと待って理性まで崩れそう?
けれど強請られたら嬉しくて幸せが微笑んで、素直に英二は唇を重ねた。

「…ん、…」

やわらかな唇が英二の唇を受けとめる。
ふれあうキスの幸せな温もりが優しくて心がふるえてしまう。
どうしてこんなにキスが前以上に、あまやかなのだろう?
不思議な想いのまま重ねる唇に、やわらかい熱がふれた。

「…っ、」

ふれる熱が英二の唇をやさしく撫でて、くちの中へと入りこむ。
深いキスが周太の唇から贈られて英二を心ごと支配する。
求められる想いと醒めない夢に心沈まされていく。されるがまま英二はキスの香に蕩かされた。
こんなキスを周太がするなんて?いったいどうなっているのだろう、今夜どうなってしまう?
ただ愛しい想いと、キスふれる幸せに溺れこまされて囚われていく。

「…えいじ、…からだごと、いっぱいキスして…お願いきいて?」

艶やかな吐息まじりに黒目がちの瞳が見つめて命令する。
こんな命令する周太は想像すら出来なかったのに?
けれどいま桜いろの肌を艶めかせながら誘惑が見つめてくる。
もうお願いでも命令でも平伏してしまう、幸せに英二は微笑んだ。

「うん、お願いきくよ?周太、…」

囁きに応えながら抱きよせて、桜いろの肌に口づけを零していく。
ひとつキスするごと桜いろに紅色が重ねられていく。
あざやかな花に埋められていく肌が、艶めかしく撓んで誘いを投げかける。

「ん、…えいじ…もっと、近づいて?…」

言われたままに、頬を寄せて抱きしめる。
ふれる頬のまま耳元にキスをして、額にキスをする。
見つめあう瞳が熱に潤んで気恥ずかしげに英二に笑いかけた。

「英二、…もっと、深くふれて?…」

こんなこと、この唇が言っているの?
こんなこと、お願いされなくたってしたい。
けれど、こんなお願いされたら歯止めが効かなくなりそう?

「…いいの?周太、…俺がふれて、いいの?」
「ふれて?…愛してるんでしょ、言うこと聴いて?すみずみまで、ふかいとこも…ぜんぶふれて?…おねがい、」

こんなセリフを気恥ずかしげに言われたら?
こんな表情こんな声、もう理性が滑落してどっかに行ってしまう。
吐息まじりの艶やかな声と潤んだ無垢な瞳に、心は囚われて奴隷になってしまう。
この愛する想いに奴隷に成り下がって、何も考えないで従っていればいい?
こんな感覚だけの世界がなんだか幸せで英二は微笑んだ。

「おねだり、可愛いね?周太、…ふれるよ、」

唇と指とで、桜いろの肌のすべてにふれていく。
ふれるたび肌が微かなふるえに受けとめて、誘うように身じろぎする。

「…ん、あ、…えいじ、…すき…もっと、見つめて…」

こんな周太は初めて見つめてふれている、これは現実なのだろうか?
どこか夢を踏むような想いに、細やかな腰を抱きながら唇で肌にふれていく。
抱きしめふれる肢体が一瞬ふるえ強張って、ほどけて、すべて受入れてしまう。

「もっと見つめて、ふれて?…ぜんぶ見て?愛してるなら、目を逸らさないで…」
「うん、周太?見つめるよ…ね、もっと命令してよ?おねだりして」

桜いろ深まっていく肌の艶が心奪っていく。
なめらかな肌すべて唇で指でふれて、桜いろ深い紅が肌のすべてを覆い尽くす。
ふれられ見つめられ、恥ずかしがりながら委ねて、英二の心を誘いこんでしまう。
もう、心ごと体すべてを捕えられていく。

「ね、英二、…ほんとうに、愛しているの?…わがままだけど、ずるいけど…いいの?」
「うん、愛してる。わがままで、ずるいの、ほんと可愛いよ?」
「ん、…ほんとうに?」

そんな恥じらいながら見つめないで?
そんな恥じらう癖にどうして今夜はそんなに大胆なの?
言葉と表情と体とがアンバランスで、そんな矛盾にも強く惹かれて離せない。

「ほんとうだよ?周太、可愛い。もっと、おねだりしてよ?命令して?」
「そんなこというなら、困らせちゃうから?…もっと、俺に溺れてよ?俺だけ見て、よ?」

艶めかしい肌を惜しみなく魅せて英二に抱きついてくる。
しっとりと絡む肌と吐息に酔わされてしまう。

「もっと溺れるよ、…周太だけ見てる」
「だったら、ね、英二?…俺のこと、ほしいんでしょ?…つなげて?言うこと、聴いて」

こんな悩ましい「お願い」までするの?
こんなの本当に反則だよ周太、そう心で呟いても本当は嬉しくてたまらない。
いま何をしてこの肌を喜ばせたいのか?それだけが脳裏を占めていく。こんな感覚なんて初めてのこと。
愛するひとの心と体だけ見つめて求めて、英二は肌を惹きつけた。

「周太、…そんなおねだり、嬉しいよ?…でも、」

一瞬、不安になる。
この瞬間に、もし周太が、あの夕方の恐怖を想い出してしまったら?
だから怖い、繋がるこの一瞬が怖くて竦みそうになる。
ほんとうに大丈夫だろうか?
そんな躊躇いに見つめた黒目がちの瞳が、きれいに微笑んだ。

「…ダメなんて、言わせないから、ね?…俺が欲しかったら、…つなげて?」

わがままな言葉を言いながら。
顔も瞳も含羞が薫ってるなんて、ちょっと可愛すぎだ。
上から目線の言葉を言いながら。
紅潮に肌をまばゆかせて艶っぽいなんて、誘惑が強すぎる。

「心も、体も、つなげて、融かしてよ?…愛してるなら、言うこと聴いて?」

こんなに可愛くて艶やかに素肌で誘惑されたら、遠慮することなんか出来ない。
素直な想いのまま英二は長い腕で洗練された肢体を抱きとった。
絡める肢体にそのまま溺れこんで深く身を沈めていく。

「…っ、あ、…え、いじ、」

ふれる吐息ごと唇も重ねて、強く抱きしめて、心ごと体を繋げた。
瞬間、心も体も大きくふるえ融けこんで、一瞬で充ちた。

「…周太、…」

かわす唇のはざまに名前呼んで、黒目がちの瞳を見つめて視線も繋ぎとめる。
ふれる素肌の温もりに吐息交じりの声が艶めいていく。

「ん、…あ、……うれしい、えいじ…っ、ん、」

悩ましげな瞳が艶めいて吐息零していく。
こんな顔は困ってしまう、あんまり綺麗で誘惑がきつすぎる。

「周太、そんな顔されたら…困るよ、」
「…しらない、…こまっても、しらない…っ、…だきしめて、よ?」

命令されて抱きしめていく温もりが愛しい。
しがみついてくれる右腕の紅深い痣がまた今夜も深くなっている。
ずっとキスで痣を刻み続けてきた右腕に、英二は唇で想いを刻んでいく。
右腕にキスしながら愛する肢体へと体を沈ませて、唇へとキスをする。

「ん、…英二、…だきしめて?離さないで…そばにいて、…っ、」
「うん、周太…離さない、」

抱きしめた肌の温もりと香に酔わされていく。
深まる想いと感覚の底で、左肩にやわらかな熱がふれていく。
やわらかな熱が肩をやさしく吸いながら、噛まれるような甘い痛みが奔っていく。
ふたりきり夜に溺れていく感覚に幸せな微笑が映りこんで、この夜に英二はきれいに笑った。

「愛してるよ、周太?…俺を、離さないでいて?」



微睡んで見開いた目に穏かな光がまばゆい。
曙が空みたす気配がカーテンから零れこんでくる。
いま肌ふれあう懐の温もりが幸せで、そっと抱きしめた。
抱きしめる懐には、幼げで艶やかな寝顔が安らぎに微笑んでいる。

「…周太、赦してくれて、ありがとう」

想い零すつぶやきに微笑んで、そっと前髪をかきあげる。
やわらかな髪から顕わした額に穏かなキスをした。
こんなふうにまた朝を迎えられた幸せが温かい。
もう諦めかけていた想いが、現実に朝を見ている「今」が愛しい。

「…ん、」

ちいさな吐息がこぼれて長い睫が光にゆれる。
瞳を開けてくれる?この今朝はどんな顔で見つめてくれる?
ちいさな不安と穏やかな期待に見つめる懐で、黒目がちの瞳が静かに披いた。
やさしい光に露な肩と項がまばゆく艶めいて惹かれてしまう、その肩に周太の掌が白いリネンをひきよせる。
真白なリネンで素肌を隠しながら、長い睫があげられて無垢な瞳が見上げてくれた。
その貌に、鼓動が心ひっぱたいた。

…きれいだ

透明な肌が桜いろ艶めいて清楚な誘惑を囁いてくる。
無垢な黒目がちの瞳には、心も体も愛された時が輝いて澄明がうつくしい。
気恥ずかしげな微笑が可愛らしい、夜をこめて愛された幸福があまやかに香り高い。
この白いリネンをベールのように纏う美しい人と、自分は愛し愛される時を持った?
この得難い幸福の喜びに英二は想いのまま笑った。

「おはよう、周太。…俺の、花嫁さん…」

声こぼれる想いと一緒に頬を涙が一滴こぼれた。
あんまり幸せで、得難い想いへの感謝があふれて涙になっていく。
この幸せと愛しさの中心にいる微笑が、そっと涙にキスをしてくれた。

「おはようございます、英二?…あの、花婿さん?」

白いリネンのベールに、スカビオサの白い花が重なった。
あの花の言葉は「朝の花嫁」小春日和の台所で贈った婚約の花束に編まれていた花。
いまこの懐で朝の花嫁は現実のなか朝の挨拶に微笑んだ。

「俺の婚約者さん、未来の、夫?…おはようございます、」

あの日の婚約は、まだ生きているというの?
あの日に結んだ幸福な未来への希望はまだ輝いている?
だから幸福な未来に呼ばれる「夫」の名を自分に今、呼び掛けてくれた?
この幸せが消えるのが怖くてなぞって欲しくて英二は問いかけた。

「周太…俺のこと、夫、って言ってくれるの?」

どうかお願い「Yes」を聴かせてほしい。
このいま祈る瞬間に、黒目がちの瞳が微笑んで笑顔がきれいに花咲いた。

「ん。…だって、婚約者でしょ?…いつか、夫、になるんでしょ?…毎朝、こうするんでしょ、」

気恥ずかしげに赤くなる微笑が愛しい。
初々しい恥じらいに白いリネンをかきあわせる、この掌が愛おしい。
この掌が自分の未来に寄りそってくれる?この掌を守りたいと願っている自分の明日に?
愛しい掌を英二は自分の掌で宝物のように包みこんで微笑んだ。

「うん、…周太が許してくれるなら、夫になりたい。毎朝、こうしたい…周太、」

名前を呼んで、長い指にくるんだ掌にキスおとす。
掌のキスに恥ずかしげな笑顔が額まで紅潮にそまってしまう。
こんな初々しい婚約者が可愛くて微笑んだ英二に、恥ずかしげに周太は想いを口にした。

「…ん、あの…わがままだけど、いいの?…ずるいし、よわむしで泣き虫だよ?…すぐ、拗ねるし」
「いいよ?」

きれいな大らかな笑顔が英二に華やいだ。
キスした掌を惹きよせ抱きよせて、黒目がちの瞳を覗きこむ。
見つめた瞳を視線で結ばせて幸せな想いに微笑んで、英二は愛しい人へと告白した。

「泣き顔も可愛い、きれいな涙にはキスしたい。
拗ねて嫉妬されると愛されてるって想えて嬉しいよ?ずるくて弱いのは小悪魔みたいで、艶っぽくてどきどきする。
そしてね、わがまま周太は可愛くて、大胆な誘惑は色っぽくて、きれいだ…そんな周太にね、俺、…恋して緊張したよ」

話してながら首筋が熱を持っていく。
昨日から調子は狂いっぱなしだ?微笑んだ英二に周太が質問をしてくれる。

「ん、…恋して、緊張したの?」
「そうだよ、周太。たぶん俺、今も首筋が赤いんじゃないかな?こんなの初めてだけど…。俺、ときめいたんだ。わがまま周太に」
「…わがままな俺に、ときめいたの?」

ときめく、は、憧れて恋して緊張して心臓の鼓動が早くなること。
ほんとうに自分は「ときめいて」ばかりいる、もう頬まで熱くなりながら英二はきれいに笑った。

「うん、ときめいたよ?すごくね。ちょっと反則だったよ、周太?
恥ずかしそうにしながら艶っぽく言うんだもん、『愛してるなら言うこと聴いて』って上から目線でさ。
可愛くて、きれいで凛としてね。女王さまみたいだったよ、周太。もう俺、好きにしてください、って降参しちゃった。お手上げ、」

ほんとうに君は俺の女王さま。
もう心はすっかり囚われた、君の言うことなら何でも聴いて従ってしまう。
こんな自分は君の奴隷、唯ひとり君だけが自分を本気で哀しませ苦しませ、振り回す。
そして、自分の幸せは唯ひとつ、君の隣だけにある。

「じょおうさまなんて、…いや、もう…はずかしい…」

心底から恥ずかしげな顔が可愛らしい。
ほら、こんな顔をして、また俺の心を縛りあげて曳きまわすんだ?
こんな囚われの自分が幸せで英二は華やかに微笑んだ。

「ほら、そうやって気恥ずかしがるだろ?周太。それがね、反則だよ。
わがまま言いながらね、頬が赤いなんてさ、可愛くてしょうがないだろ?ツンデレ周太が復活した感じだったよ。
しかも艶っぽいツンデレなんてさ?反則過ぎるよ、周太。もう俺ね、ツンデレ女王さま周太の、恋の奴隷になっちゃった」

「…よろこんでるの?えいじ、」
「うん、大喜びだよ?俺ってちょっとマゾなのかな、ね、周太?」

奴隷になって嬉しいなんて?
こんな自分は初めて知った、他の誰にもそんなこと想わないから。
こんな幸せに笑う英二を見あげて周太が微笑んだ。

「ん…わからないけど、でも…えいじがよろこんでくれるのはうれしいけど」
「うん。これからもね、ツンデレ女王さま周太でいてね?なんでも言うこと聴くからさ、ね、周太?もっと俺を恋の奴隷にしてよ、」
「…婚約者で、未来の夫?じゃ、ないの?」
「婚約者で、未来の夫で、恋の奴隷だよ?いいだろ、こういうのって。ね、周太?」

きれいに笑いながら英二は周太を抱きよせた。
この可愛い恥ずかしがり屋のツンデレ女王さまが自分の主人、もう自分は恋の奴隷でいい。
こんな自分は馬鹿なのだろう、けれど本人が幸せだから仕方ない。
俺ってちょっと変態なのかな?こんな自分に笑いながら英二は黒目がちの瞳を覗きこんだ。

「そしてね、周太?俺はこういう周太も知ってるよ。
周太は子供の純粋無垢なまま、繊細でやさしい。やさしいから、相手を気遣い過ぎる。
だからいつも想うことが言えなくて、苦しくなって泣いてしまう。自分が悪いずるいって責めてしまう。
やさしいから切り捨てられない、だから俺と国村のどちらも捨てられない、選べない。そんな周太がね、俺は愛しい」

繊細な優しさを抱いた泣き虫のわがまま、途惑って子供のままでいる周太。
こんな周太が正直にわがままに生きてくれたら、もっと自分は好きになる。
だって一夜ですっかり恋の奴隷にされている、このままもっと捕えてほしい。

「…ほんとう?…そんな俺で、いいの?」
「そんな周太が大好きだよ、ときめくよ、そしてね、本当に愛してる。どうしていいか自分で解らないくらい、愛してる」

どうしていいか解らないほどこの宝物を守りたい。
想いを告げながら掌で宝物の頬を包みこんで見つめた。
愛しい無垢な瞳を見つめて、率直な想いのまま英二は名前を呼んだ。

「周太、…俺の運命のひとはね、君だよ。愛してる、」

キスでそっと唇をふさいだ。
キスで重なる想いと温もりにふる曙の光が、小春日和の台所に重なっていく。
川崎に佇む奥多摩の森を照らした小春日和が、奥多摩にふる曙光に「約束」と共に甦っていく。

 “あなただけが、自分の真実も想いも知っている
 そんなあなただから、心から尊敬し友情を想い真剣に愛してしまった
 この純粋な情熱のまま、あなただけが欲しい。あなたの愛を信じたい。
 純粋で美しい瞳のあなたに相応しいのは自分だけ、どうか変わらぬ愛と純潔の約束を交わしてほしい
 毎夜に愛し吐息を交して、どうか毎朝に花嫁として、あなたを見つめたい
 だから約束する「あなたを愛していると最高峰から永遠に告げていく」すべてに負けない心を信じてほしい“

そっと離れたキスの甘さに微笑んで、英二は素直に婚約者に告げた。

「愛してる、周太。俺の幸せは周太と一緒にしか見つけられない。だから、絶対に隣に帰るよ?」

告げられた無垢な瞳が幸せそうに微笑んだ。
気恥ずかしげに英二を見つめててくれる、唇がそっと微笑みに開いてくれた。

「絶対に帰ってきて?待っているから。ごはん作るから一緒に食べて?おふとん干しておくから…一緒に、眠って…」

こんな約束は本当にうれしい。
必ず帰りたいと心から願うことが出来る。

「うん、絶対に帰るよ?待っていて、俺の花嫁さん、」

ふりそそぐ曙の光のなかで綺麗に英二は笑って、愛しい約束をくれた唇にキスをした。



(to be continued)

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