萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.23-side story「陽はまた昇る」

2015-08-22 23:00:00 | 陽はまた昇るside story
Do take a sober colouring from an eye 涯の眼ざし
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.23-side story「陽はまた昇る」

今夜はきっと、長い夜だ。

そんな予兆に窓の雪はやまない、朝まで降るのだろう。
この雪すら自分の味方だ、そう見つめる病室に先輩が言った。

「セラックと雪崩に撃たれて、よくこの程度で済んだな?」

蛍光灯の下、呆れたよう低い声がすこし笑う。
その貌は物言いたげで、けれど英二はきれいに笑った。

「切株が助けてくれました、」

ほんとうに救われた。
その理由すこし悔しい本音に端正な貌が訊いた。

「なあ宮田、あの官僚となに話してたんだ?」

やっぱり訊かれるんだな?
予想どおりに笑って訊きかえした。

「黒木さんはなんだと思います?」
「質問返しするな、真面目に答えてくれ、」

言いかえす声どこか硬い。
きっと色んな想像めぐるだろう、そんな貌おかしくてつい笑った。

「そんな恐い顔しないで大丈夫ですよ、それより国村さんはどうしてるんですか?」

まだ一度も病室に来ていない。
こんな事らしくないだろう?確かめたくて、けれど逸らされた。

「打ちあわせだろ、マスコミ対策も今回はある、」

確かにそれはあるだろう?
しかも責任は一端どころじゃなく自分にある、だからこそ来られない?

―しまったな、俺が怪我したから計算が狂った、

自分まで入院すると想っていなかった。
無傷か死か、その択一だと想定した計算と違う今に頼んだ。

「黒木さん、国村さんに飯の差入してくれますか?俺の財布からでお願いします、」

それくらいしないと気が済まない。
いつ会って謝れるのだろう?そんな想いに先輩が口ごもった。

「いや…それは今夜もういい、」

言いながら立ちあがり窓へ歩きだす。
カーテンの隙間のぞきこむ、その広やかな背中につい笑った。

「もう差入してくれたんですね、だったらスポーツドリンクまた買ってきてもらえますか?暖房で喉乾くんです、」

いま逃げたくて仕方ないだろう?
だから作ったレールに先輩は乗っかった。

「さっきのヤツだな、俺の留守中に歩きまわるなよ?そこの新聞でも読んでろ、」
「はい、いってらっしゃい、」

笑いかけて長身の隊服姿すぐ扉を開ける。
雪の中あのままで行くのだろう、強靭な背を見送って携帯電話を開いた。

―周太のメールないよな、眠ってるだろうし、

受信ボックス確認して寝顔ひとつ思いだす。
夕方ひととき見つめあえた、あの再会は次を望めるだろうか?

『僕は誰も殺さないって言ったんだ、いつも…それがお父さんの最後の願いだから、だから僕は誰も殺さない、』

そう告げた声も瞳も泣いていた、けれど静かに強かった。
あの眼ざしに逢いたい、もう一度だけなんて言えないほど逢いたい、そう願うからこそ待っている。

―伊達の連絡は帰ってからだろう、でも、もう一人はじきにくる、

きっとこの部屋も見張られている。
だから今この間隙に現れるだろう、そんな意図に足音ひとつ聞いた。

「…来た、」

ほら、罠に惹かれてくる。

近づいてくる足音に携帯電話ポケットへしまいこむ。
新聞ひろげ読みだして、見つけた記事に声なく笑った。

―さすが中森さんだな、ほんと出来る男だ、

期待以上だな?
笑いかけた記事ながめて、そして扉が静かに開いた。

「どうぞ、岩田班長、」

呼びかけて足音が立ちどまる。
ベッドの上、新聞たたみながら穏やかに笑いかけた。

「そちらの椅子におかけください、この手なのでお茶はお出しできませんが、」

肩吊った左手を包帯の右手で示して見せる。
その先、制服姿の壮年は立った。

「君が宮田君だな、」

問いかけに心裡つい笑いたくなる。
もう打合せで名乗ったのに?けれど訊いた意地に微笑んだ。

「15時間前に名乗った通りです、岩田班長?」

また重ねて呼びかけて、鋭利な瞳すこし険しい。
いま考え廻らせているだろう、そんな貌が問いかけた。

「どうやって私の名前を知った?」
「いらしたのは、その質問のためですか?」

ベッドから訊き返して観察する。
身長170cm、闘士型体型、シャープな顔立ちだが憔悴の翳は濃い。
昨夜から心身とも窶れているだろう、それでも鋭利な眼ざしが尋ねた。

「彼のマスクを外したのは、君だそうだな?」

ほら、やっぱり訊きに来た。
訊かれて当然だろう質問に微笑んだ。

「喘息発作の窒息を避けました、」

自分は「事実」を知っている。
そのままを告げた蛍光灯の下、視線が刺した。

「君達は同期だな、君は、彼が誰かを知ってマスクを外したのか?」

問い詰める、そんな声が昏い。
その理由を自分は知っている、そして知りたくて笑顔ゆっくり変えた。

「ファントムの仮面は終わるとき外れます、そうでしょう岩田さん?」

“ Fantome ”

この単語がすべて自明に暴く、それは罪の天秤だ。
この秤に今どちら示すのか?その解答者が唇ひらいた。

「宮田君、君は…誰だ?」

問いかける声は落着いて、けれど眼ざし揺らぎだす。
もう嵌りだした貌へ穏やかに微笑んだ。

「ただの山ヤです、ワーズワースが好きな、」

この単語も追い詰めるだろう、もし「探し人」であれば。

―きっと当たりだ、目が俺の貌を確かめてる、

ベッドサイド座る男の眼が自分を見る。
その視線は近く遠く見つめて、そして答ひとつ溢した。

「…君なのか、新宿署の亡霊は?」

ほら自白だ?

こんなこと訊くなんて彼のすべて暴露する。
このまま喋らせてしまえばいい、ただ微笑んだまま答が続く。

「去年の冬と…4月だ、新宿署の監視カメラに映った男は君そっくりだ、なぜあの日に君は現れた?」

随分と特定してくれる、これだけで自白も同然だ。

―こんなに喋りすぎるのも変だ、何かあったな…周太か?

あの眼ざし、まっすぐ澄んだ瞳には自分も揺れる。
この前にいる男も同じなのだろうか?想い見つめる真中に訊かれた。

「君は知っているのか、4月のあの日、誰が死んだ日か知って現れたのか?」

訊くのは、もう訊くだけの覚悟がある。
そんな貌の眼ざしが自分を映す、その問いに微笑んだ。

「岩田さん、本当に言うべき言葉は別でしょう?」

この設問は、たとえば命綱だ。

この答もし違えたら?そんな想定とっくにしている。
だからポケットに携帯電話を「入れ」てある、その前で男は首ゆっくり振った。

「…どういうことだ、解からない、」
「解からない?何がですか、」

かぶせ訊いて男が首をふる。
この数時間前は傲岸にも見えた男、けれど今は途惑いが座りこむ。

「解からない私には、どうやって…君は誰だ?」

ゆっくり首をふる、それでも視線は離れない。
憔悴の貌くすんだよう昏くなる、だから解ってしまう答に微笑んだ。

「岩田さん、4月あの日、あなたが殺した男は生きています、」

さあ鍵を回した、扉どちらへ開く?


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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