萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

解夏、緋雲天衣―morceau by K2

2013-08-15 04:30:34 | morceau
誰彼時、戀ひるがえし 



解夏、緋雲天衣―morceau by K2

竹刀袋と学生鞄の向こう、薄紅きらめく空ひるがえる。
あわい紫暮れる山は蒼く、森は夜の墨色しずませ融けてゆく。
自転車を漕ぐ頬に風は火照りを醒まし、稽古着の衿元から涼ませる。
すっと冷えてゆく汗に首元で紐揺らぐ、その懐に弾むガラス細工が心地良い。

―いまごろ病院も終わる頃かね、今夜はちゃんと帰れる?

汗薄い胸ふれるガラス細工に、これと揃いを持つ人が慕わしい。
水曜日の今日は日勤だけのはず、けれど急患が訪れたら白衣を脱がないだろう。
あの人は勤務時間外でも医師である誇りにただ微笑んで、優しい手に目の前の人を援ける。

―そういうトコ大好き、でも、構ってほしいってのも本音だね?

いつも真摯に微笑む白衣の美しい人、だから尊敬に仰いで愛している。
そんな人だから自分だけ見てほしいと願う、こんな我儘ごとあの人は愛してくれる。
だから離れている時すら我儘も幸せで、胸ゆれるガラスに微笑んでいつもの坂を漕いでゆく。
梢ふる薄闇に黄昏の木洩陽は紅い、その鮮やかな色彩に逢いたい肌を想い光一は自転車を止めた。

遥か連なる故郷の山嶺、その空は緋色あざやかに夏日暮れて秋を呼び、いつかの約束すこし近くなる。





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