萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」

2021-10-26 22:41:06 | 陽はまた昇るside story
現実の先を、
英二24歳4月


第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」

雪はすこし融けていた。

「は…っ」

息吐いて白くなる。
残る雪に凍てつく大気、青空に英二は微笑んだ。

―やっぱりいいな、奥多摩は、

仰ぐ空、冴えた風に青く光る。
雲まばゆい梢そっと零れる雪、懐かしい道を歩き出した。

ざくっ、ざくり、
踏みしめる道は雪が硬い、あれから融けて凍てついたのだろう。
まだアイスバーン光る四月の朝、馴染んだ登山靴に冷気が懐かしむ。
いつも歩いた稜線の空、かすかに甘い渋い山の風、ただ懐かしい想いに声が映った。

『英二は、次のお休みはいつ?』

訊いてくれた君の声、たった昨日のこと。
まっすぐ黒目がちの瞳が見あげてくれた、けれど吐いてしまった嘘に微笑んだ。

「ほんとは今日だよ、周太…」

ひとりごと唇かすめて、嶺風ほろ苦く甘い。
この風に君もいた時間がある、あの全て取り返せたらいい。
そう願ってしまうのに「次のお休み」嘘を吐いた、何も言えないから。

『本音で…英二のこと聴かせて?』

そう君は言ってくれた、でも言えない。
きっと知ったら君は自分を責める、そうしたら「鎖」そのままだ?

『周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』

そう言ってくれたザイルパートナーは今、この町にいるだろう。
今ごろ越沢バットレスかもしれない、あの怜悧な眼には相談できるだろうか?

―光一には相談したいけど、でも周太に伝わると嫌だな、

底抜けに明るい怜悧な眼、あの眼差しに相談できたら楽だろう。
けれど君に伝わってしまうかもしれない、そんな可能性に話さない方がいい。
それとも?

「もし知ったら周太…傍にいてくれる?」

ほら想い零れてしまう、だから知らせたくない。
こんな束縛ただ「鎖」だ、それすら願いたくなる自分に噛みつかれる。

『英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』

昨日そう言ってくれたけど、そんな立派な自分じゃないのに?
あんなふうに言われて驚いた、そして後ろめたさ突き刺ささる。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

君に問いかけられて、問われてしまった自分に噛まれる。
こんな自分だから、彼女に敵わない?

『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』

本気で言っていた、彼女は。
まっすぐ明るい澄んだ瞳、あの眼ざしが疎ましい、そして妬ましく憧れる。

―あんなふうに見つめられて周太、今日から毎日ずっと過ごすんだな、

今日から君は彼女と過ごす、大学で毎日いつも。
あの明るい澄んだ瞳もこの町で育って、この町で君と出逢ってしまった。
だからこそ言えない理由と嘘の今日、小さな診療所のインターフォン押した。

「やあ、おはよう宮田くん、」

扉すぐ開いて、穏やかな静かな瞳が笑ってくれる。
安堵ほっと息吐いて英二も笑った。

「おはようございます、吉村先生、」
「寒かっただろう?さあ入ってください、」

白衣姿が促してくれる扉、まだ「診療終了」表示が揺れる。
まだ早い時間の朝、申し訳なさと感謝に頭下げた。

「昨夜はお電話で申し訳ありません、こんな朝早くお願いして、」
「いいんだよ、頼ってもらえて嬉しいよ?」

にっこり微笑んで診察室へ招いてくれる。
朝の陽やわらかな窓、かすかな渋い空気なつかしく微笑んだ。

「薬品のにおいですね、懐かしいです、」

消毒アルコール、ヨウ素液、薬品さまざま空気に淡い。
かすかでも確かな匂いの部屋、医師が笑いかけた。

「いつも宮田くんは手伝ってくれたからね、青梅署の診察室とは少し違うだろうけど、」
「はい、でも匂いは似ています、」

似ている空気に記憶が敲かれる。
なつかしい青梅署の日常、人命救助に駈けた時間たち。
緊張と充実の記憶ゆらす匂いの部屋、いつも共にいた医師は奥の扉ひらいた。

「まずレントゲンを撮りましょう、」

かたん、

音ひとつ開かれる部屋、点されるライトが白い。
どこか無機質な光の先、呼吸ひとつ英二は肯いた。

「はい、お願いします」

微笑んで踏みだして、鼓動かすかに刻みだす。
こんな自分でも緊張しているな?想いありのまま右手ふれる。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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