萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 某日、学校にてact.14 ―side story「陽はまた昇る」

2012-08-28 04:49:00 | 陽はまた昇るside story
言われたことに、鼓動が止まる



one scene 某日、学校にてact.14 ―side story「陽はまた昇る」

京王線は思ったより混んでいなかった。
平日なら通勤ラッシュが酷いだろうが、土曜の朝はそうでもない。
久しぶりの車窓の光景に、ふっと懐かしさが微笑んだ。

―ここから新宿に向かうの、久しぶりだな、

初任科教養のとき以来だから、9ヶ月ぶり位になる。
あの頃は毎週末、周太と新宿まで一緒に出て夕方まで共に過ごした。
いつも外泊日ふたり過ごせる時間が嬉しくて、けれど本当は夜が一緒にいられないことが寂しかった。
あのころ周太は、どう想っていたのだろう?そんな質問を想いながら見つめる隣で、周太は楽しげに関根と瀬尾と話している。

「なあ、茶碗ってさ、こっちに回すんで良かったよな?」
「うちのお作法だとそう…でも、流派によって色々違うみたいだけど、」
「う、そうだよな?どうしよ、俺、今から緊張してきた、」
「最低限のマナーでいいんじゃない?堂々と飲んだら格好つくよ、関根くんなら大丈夫、」
「そっか、じゃあ気楽にいけばいっかな?」
「ん、大丈夫。楽しむことが、いちばん大事だよ?…それに正式のお茶会じゃないから、気楽で平気、」

茶の湯の話で三人が盛り上がっている。
いまどきの23、4歳の男がこういう話題なのも珍しいだろうな?
ちょっと可笑しくなって笑いながら英二は、話の輪に入った。

「茶席があるとこ行くの、今日なんだ?」
「おう、鎌倉まで行くぞ。俺、鎌倉は初なんだ、」

楽しそうに関根が笑って答えてくれる。
今日は姉の英理と関根はデートらしい、たぶん鎌倉は姉のリクエストだろう。
鎌倉だとあそこかな?考えながら英二は訊いてみた。

「もしかして浄妙寺の茶室?」
「詳しい場所は俺、まだ訊いてないんだ。そこ、英理さんが好きなとこなんだ?」
「うん、父さんが好きでさ、子供の時から何度か、姉ちゃんと連れてってもらってる、」

懐かしい記憶に、静かな石庭が心に映りこむ。
あの場所にも随分と行っていない、最後に行ったのは何年前だろう?

―周太の好きそうなとこだよな、連れて行きたいな?

そういえば周太と、きちんとした「デート」をしたことがない。
いつも川崎の家か奥多摩、あとは新宿で買い物をする程度だ?あらためて考えて英二は、すこし驚いた。
いろんな女性と付合っていた頃はデートを数多くして、美代とも映画に一緒に行ったことがある。
それなのに本命と改まったデートをしたことがない、8カ月も付合って婚約までしているのに、これでは拙いだろう?

―関根と姉ちゃんのデートどころじゃないな、

他人事より自分をなんとかしないと?
そんな考えに隣を見ると、気がついて黒目がちの瞳が微笑んでくれる。
何げない瞬間の表情、けれど純粋な優しさが「どうしたの?」と受けとめてくれる。
ほら、こんなに可愛い恋人なのに今まで自分は何をやっていたんだろう?
そんな反省をして口を開きかけた時、瀬尾がバリトンヴォイスで提案をした。

「関根くん、鎌倉で今の時期だったらね、紫陽花とか綺麗だよ?英理さん、花好きなんだから連れて行ってあげなよ、」
「それいいな、おススメのとこある?」

快活に笑って関根が質問をした。
確かに英二も鎌倉で紫陽花を見た記憶がある、たぶん姉も連れて行ったら喜ぶだろうな?
そう考えていると瀬尾が考えながら口を開いた。

「うん、明月院は有名だけど混むんだ。でもね、奥の菖蒲園は別料金だから行く人も少なくて、綺麗な庭だからお薦めだな。
あとは東慶寺の紫陽花も、珍しい種類が色々あって綺麗だよ。でもね、縁切寺って別名があるから、デートにはどうかなって、」

最後は悪戯っぽく笑って瀬尾が、関根を見遣った。
そんな名前のところにデートで行くのは、確かに嫌だろうな?思わず笑った前で関根が快活な笑顔を顰めた。

「うわ、縁切りとかマジ勘弁。そこの寺には俺、一生絶対、英理さんとは行かねえ、」
「あれ?一生って、もう結婚してもらえるとか思ってるんだ?自信家だね、関根くん、」

やさしい顔をからかうよう悪戯に笑ませている。
そんな瀬尾に関根は当然と言う貌で、笑って答えた。

「自信持ってなきゃ、頑張れねえだろが?」
「ふうん、ま、自信持つのは良いことなんじゃない?」
「なんだよ瀬尾、てめえ何が言いたいんだよ、こら、」
「あはは、やめてよ関根くん、こんなとこでヘッドギアは無しだって、」

車内の片隅で関根と瀬尾は、少し戯れながら笑いだした。
こんなところを遠野教官が見たら、冷たい視線で「ふん」と言われそうだな?
そんなふう眺めている隣から、周太が嬉しそうに笑いかけてくれた。

「鎌倉、俺も小さい頃に行ったことあるよ?紫陽花のときも…明月院の奥の庭、行ったことあると思うんだ。すごく綺麗だった、」

楽しそうに記憶に微笑んだ顔は「また行きたいな?」と笑っている。
これはチャンスだな?閃いて英二は婚約者に提案と微笑んだ。

「周太、近いうちに鎌倉、行こうか?平日に休みが合う時なら空いてるし、」
「ほんと?」

黒目がちの瞳が嬉しげに笑ってくれる。
やっぱりデートの誘いは正解だったな?嬉しくなって英二は約束の予定と笑いかけた。

「うん。来月なら紫陽花も少し残ってるだろ?もう許可も出るから車で行ってもいいしさ、海も行けるよ?」

警察学校に入校すると運転免許証は預け、車両の保有は初任総合科が終了するまで出来ない。
けれど来月なら初任総合が終わって、自動車の保有も運転も許可されるからドライブデートも出来る。
寺で花と茶を楽しんで、海に行って。これならデートらしくなるけれど喜んでくれるかな、そう見た先で周太は笑ってくれた。

「海、良いね?もう随分、行ってない…行きたいな、」
「じゃあ決まりな、またシフト出たら教えて?あと行きたいところあったら、言ってくれな、」

これって初デートになるのかな?
そんな考えがなんだか幸せで笑った隣から、幸せそうに微笑んで周太が口を開いた。

「ん、あのね、東慶寺に行ってみたいな…珍しい紫陽花も見たいし、」

ちょっと待って?そこって「縁切寺」だよ周太?

そんなフレーズが頭に浮かんだのに、声に出ない。
だって「縁切寺」に初デートって、どういう意味なのだろう?
周太は自分との関係を「縁切り」解消したいのだろうか、そういう意味だろうか?

―俺、なんか嫌われた?

やっぱり学校でもキスしたり夜の情事を迫ったのは、ダメだった?
やっぱり生真面目な周太にとったら規則違反は嫌だろうし、不真面目で嫌われたろうか?
昨日も光一に「おまえマジで無理させすぎてるんじゃないの?だからこの間だって周太、倒れたんだろ?」と言われた。
あの通りに本当は無理させているのも解かっている、その癖に自分はいろんな理由で止めたくなくて、昨夜も色々したばかり。
しつこい嫌な男だと本当は思われている?まさか体目的だとか思われていないよね?変態エロ男は嫌いって思われているのかな?
それとも光一を抱きたいと考えていることとか、やっぱり本当は嫌だと思われている?それで嫌われても仕方ないってこと?
あと初任総合になってから周太は女性警官達から質問攻めに遭って困っていた、それだって俺の所為だから嫌われる原因になる?
それでも最近は質問攻めは減って、今度は俺へ直接なにか缶コーヒーとか持ってくるケースが増えてるけど、でも断っている。
あれだって「規則だから」と巧く断っているつもりだけれど、優しい周太からしたら冷たい酷い男に見えるかもしれない?
それによく考えたら、今までデートらしいことが出来なかったのも、訓練とはいえ好き放題に山に登ってばかりいた所為だ。

嫌われる要因、なんて考え出したらありすぎる。
自分の身勝手さを自分が一番よく解かっているから、こうなると余計に自信が無い。
本当は、女性と付合っても長続きしなかった原因は、上辺だけ合わせて良い恋人のフリしても無意識に気づくよう仕向けていたから。
そうして飽きる頃に離れてくれるよう仕向けては、絶対に踏みこまれないようガードした。そんな身勝手な恋愛ごっこは暇潰しだった。
どうせ本当の自分を見せれば「期待外れ」と言われるから、彼女たちの期待に応えられる嘘つきな疑似恋愛が優しさだとも思っていた。
けれど周太にはそういう嘘の恋愛ゲームはしたことがない、いつも悩んで本音で向き合って「愛してる」と伝えてきたのに?

―どうしよう、捨てられたら嫌だ、周太だけは嫌だ

たった一言で、東慶寺=「縁切寺」の一言で、こんなに凹まされるなんて初めての経験だ?
他の誰かに「東慶寺に行きたい」なんて言われても、こんなふうには考え込まなかったのに?
やっぱり今まで「恋愛ごっこ」を都合よく気晴らしに利用してきた、その報いなのだろうか?
そんな考えに沈みこんだ視界を、黒目がちの瞳が覗きこんだ。

「英二、もう着いたよ、行こう?」
「あ、うん…」

腑抜けた声が出て、ぼんやりとホームに降りた。
いつもどおりに周太は楽しそうに隣を歩いてくれる、けれどこっちは心の中で号泣しかけている。

俺のこと捨てたいの?
もしかして「縁切寺」で別れを言いだすつもり?
そんなことされても自分の性格だと、諦めなんかつかないのに?

―そうしたら俺、ストーカーになるんだろな、

ため息交じりに本音が心で、力なく泣いて笑う。
もし警察官がストーカーになったら大問題だろう、そのうえ相手も警察官なのに?
そうしたら雑誌を騒がせて免職は免れない、それで一緒に周太も免職になったら却って都合がいいかな?
そんな埒も無いことを考えながら英二は、今こそ「上辺だけ」笑顔で周太の隣を上の空で歩いた。

関根と瀬尾と別れて、改札を周太と出て行く。
そのままコンコースの書店に入って、周太の足取りをぼんやり辿って着いていく。
そして立ち止まった周太の隣でぼんやり立っていると、そっとワイシャツの袖を引いてくれた。

「…ね、正解だよ?見て、」

なにが「正解」なのだろう?
大好きな声に笑いかけられて、英二は周太の指さすものを覗きこんだ。

「あ、」

深紅の紫陽花をかざして微笑む、振袖姿の美少女。
この写真は知っている、そしてこの撮影場所も。

「ね、英二?これを撮ったところなんでしょ?東慶寺…」

訊いてくれながら周太はページを捲って索引を示してくれる。
そして目当ての一文を指さしてくれた。

“ Lover of PLUVIUS ” Hydrangea / Photography place:Temple Toukeiji

「うん、ここで撮影したな…中三の時だ、」

答えながら英二は懐かしさに微笑んだ。

あのとき、雨が静かに降っていた。
まだ朝早い寺は無人で、和傘を差しながら振袖姿で石畳を歩いた。
雨濡れる深紅の紫陽花が珍しくて、ふと立ち止まって眺めた、そのときシャッターは切られた。

―…So beautiful. Let's take,with this flower.

彼はそう笑って、『媛』の黒髪には深紅の紫陽花が飾られた。
そして雨ふるなか傘を外し、深紅の紫陽花と一緒に雨に濡れた姿が写真に収められた。
それが今、周太が捧げ見せてくれるページに映しだされている。

「あのね、この写真好きなんだ…」

そっと気恥ずかしげに笑って周太は、写真集を閉じると棚に戻した。
そして羞んだ黒目がちの瞳はこちら見上げて、内緒話のよう微笑んだ。

「この写真の場所、一緒に行ってみたかったんだ…すごくきれいに撮れてる所だから、ここでえいじのことみてみたくて、」

そんなこと言われたら、嬉しいです。

ほら、そんな首筋から頬まで薄赤く染めて可愛い顔して?
そんな恥ずかしそうに可愛い貌で言われたら、ちょっと嬉しいです。
嬉しくて、さっき凹んでいたのが誰なのかも思い出せない。けれど英二は注意を思い出して、恋人に笑いかけた。

「ありがとな、周太。でもこの寺、縁切寺って言って、離婚とかしたい人が行くんだよ?」
「ん、そうだってね?…でも、いいんじゃないの?」

いいんじゃないの?って、どういう意味?

また凹まされて、心が号泣する準備に入る。
やっぱり婚約破棄したいとかなのかな?どうしよう嫌われてる?
もう涙腺が熱くなるまま見つめた先で周太は、すこし首傾げて微笑んだ。

「東慶寺って、女の人の縁切寺でしょ?俺と英二なら男同士だから、関係ないよね?」

東慶寺=女性救済のための縁切寺

「あ、そっか、」

そっか、男同士だったら関係ないんだった、本当に良かったな?
ほっとして英二は、最愛の婚約者へと綺麗に笑いかけた。

「じゃあ周太、俺たちの場合、縁を切りたくても出来ないってことだな?ずっと一緒にいられるね、周太?」

どうか「Yes」って言ってよ?

ただ一言で良いから聴かせてほしい、言ってほしい、ただ素直に「はい」って言って?
その一言で幸せな鼓動を鳴らせて?そして永遠の音の記憶に刻ませてほしい、君の言葉と自分の鼓動と。
ほら、君の声を記憶に刻ませて?そして途切れることの無い永遠を約束してよ、今この瞬間も。

大好きな声の吐息で、幸せの鼓動を記憶に止めて?





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