Do take a sober colouring from an eye
第86話 建巳 act.33 another,side story「陽はまた昇る」
今日、あの街にあのひとがいた。
それは偶然だろうか?
「そう、英二くんに会えたのね?」
母の瞳ゆっくり瞬いて、アルト穏やかに訊き返してくれる。
微笑んだ貌と声いつものままで、ほっと息吐いて周太も微笑んだ。
「新宿のね、あの公苑にいたら英二が来たんだ…来るかもしれないって思ったら、ね、」
微笑んだ口もと、甘い芳醇かろやかに香る。
テラスの窓くゆらす湯気、焼菓子の温もり指先ふれた。
「約束なんてしてなかったんだ、1時間も一緒にいなかったよ?でも僕、ずっと訊きたかったこと言えたんだ、」
話しながら指さき温かい、甘い香ばしい空気に息つける。
懐かしい香の温もりに、黒目がちの瞳そっと微笑んだ。
「周、ずっと訊きたいことがあったの?」
「ん、」
肯いて、さくり割ったスコンが温かい。
くゆらす香あまく優しくて、あわい金色ごし母に言った。
「英二が僕といた本音を訊きたかったんだ、正義感かもしれないって…お父さんのことあるから、」
英二、あなたの素顔は直情的で真直ぐだ。
そんな貌いくつも見た時間の涯、母の瞳ふわり笑った。
「あの公苑、桜きれいだったでしょう?」
「ん、満開には早いけど…」
訊かれて頷いて、母の瞳が笑ってくれる。
黒目がちの瞳やわらかにランプ映して、オレンジ優しい灯に微笑んだ。
「英二くん、元気そうだった?」
「よくわからない…我慢するとこあるから、」
素直に答えながら、瞳の記憶そっと軋む。
あの切長い眼いつもどおり綺麗で、けれど僕を見ていたろうか?
「また会うんでしょう?」
母が訊いてくれる声、穏やかなアルトやわらかい。
その眼ざしも明るく穏やかで、ほっと周太も微笑んだ。
「ん、しあさって…大学が終わった後にって、約束して、」
しあさって、あなたに会える?
期待と、かすかな痛み淡く甘くて、首筋そっと熱い。
―なんだか恥ずかしいな、こんなの…僕どうして、
あなたに会う、その期待が僕を支配する?
そんな自分に頬きっと赤い、ただ逆上せるまま母が微笑んだ。
「じゃあ、お母さんもゴハンしてくるね?しあさって、」
「ん…ありがとう、」
頷いて、ティーカップ口つけて温かい。
甘やかな芳香かすかな渋み、朗らかなアルトが訊いた。
「ところでね、周?加田さんの下宿のことだけど、叔母さまへのお返事どうしたいかな?」
言われた名前に現実そっと戻らせる。
大叔母が提案してくれた安全策、その提案に微笑んだ。
「ん、お母さんがいいなら…誠実な方だと思うし、」
「叔母さまも誠実な方って仰ってたわ、周も大学のこと聴けていいかもしれないものね?学部は違うけど、キャンパスは隣なのでしょう?」
朗らかな瞳やわらかに笑って、決めた返事と肯いてくれる。
その言葉に温もり優しくて、嬉しくて口ひらいた。
「あのね、大学のことなのだけど…僕、フランスにも行くかもしれないんだ、」
今日、示してもらえた一つの未来。
ただ嬉しくて声にした先、黒目がちの瞳ぱっと笑ってくれた。
「フランス?もしかして周、田嶋先生の研究室でお世話になるの?」
ほら、すぐ解って笑ってくれる。
母の笑顔ただ嬉しくて、周太は幸せに笑った。
「そう、田嶋先生の研究をお手伝いすることになってね、それでパリ大学にも行くみたいで。お給料もいただけるんだよ?」
祖父の愛弟子を手伝う、それが仕事にもなる。
きっと喜んでくれるだろうな?楽しい予想そのまま母が笑った。
「あら、お金をいただいて勉強できるのね?最高じゃない、」
最高、なんて言ってくれるんだな?
その言葉に笑顔に嬉しくて、嬉しいまま笑いかけた。
「お母さんもそう思う?」
「もちろん、周もそれで承諾してきたんでしょう?」
アルト弾んで笑ってくれる。
先を聴かせて?そんな眼ざしに今日、ちょっと誇らしく笑いかけた。
「あのね、契約書もきちんと下さったんだ、」
「すごいね、どんなの?」
見せて見せて?促してくれる瞳に立ちあがって、台所の鞄を開く。
書類一通とりだして、戻ったテラスのテーブルに差しだした。
「きちんとしてるのね、拝見します、」
微笑んで母の手が封筒ひらいて、黒目がちの瞳すっと奔らせる。
その貌いつもと少し違って、つい見つめた。
―お仕事の貌なのかな…ちょっと、かっこいいね?
いつも穏やかで明るくて、優しい笑顔で寛がせてくれる。
けれど今すこしシャープで怜悧な眼は、こちら見てすぐ微笑んだ。
「田嶋先生とのお仕事は楽しそうね、大学院はどうするの?」
訊いてくれる瞳と言葉、僕の未来を尋ねてくれる。
それがただ幸せで、けれど少しの迷いと微笑んだ。
「青木先生の研究室を受験するつもりなんだけど…」
「田嶋先生にも誘われてるんでしょう?」
すぐ問いかけてくれる、ほら?お見通しなんだ。
いつもながら聡明な視線に、ありのまま肯いた。
「ん…お祖父さんとお父さんの分もって、思ってくださるみたいで、」
あの闊達な文学者が言ってくれたこと。
それが嬉しかった想いのまま、母も笑ってくれた。
「よかったね、周?」
「ん、ありがとう、」
肯いて笑いかけて、母の瞳ほがらかに弾んでくれる。
ふたり紅茶とスコン囲んだテーブル、弾んだアルトが笑った。
「今夜はちょっと乾杯しようね、周?」
乾杯しようね、
祝ってくれる言葉と笑顔が温かい、だから僕も肯ける。
たぶんきっと、警察官を辞めたことは、学問の世界を選んだことは僕の未来だ。
だからこそ考える、
あなたと僕の時間には、未来があるのだろうか?
『あの公苑、桜きれいだったでしょう?』
桜きれいだったでしょう?
そんなふう訊いてくれる想い、きっと多分、それは父と母の時間たち。
その時間たち短すぎて、けれど優しくて温かで穏やかで、そして輝いている希望と未来と、永遠その先。
※校正中
(to be continued)
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kenshi―周太24歳4月
第86話 建巳 act.33 another,side story「陽はまた昇る」
今日、あの街にあのひとがいた。
それは偶然だろうか?
「そう、英二くんに会えたのね?」
母の瞳ゆっくり瞬いて、アルト穏やかに訊き返してくれる。
微笑んだ貌と声いつものままで、ほっと息吐いて周太も微笑んだ。
「新宿のね、あの公苑にいたら英二が来たんだ…来るかもしれないって思ったら、ね、」
微笑んだ口もと、甘い芳醇かろやかに香る。
テラスの窓くゆらす湯気、焼菓子の温もり指先ふれた。
「約束なんてしてなかったんだ、1時間も一緒にいなかったよ?でも僕、ずっと訊きたかったこと言えたんだ、」
話しながら指さき温かい、甘い香ばしい空気に息つける。
懐かしい香の温もりに、黒目がちの瞳そっと微笑んだ。
「周、ずっと訊きたいことがあったの?」
「ん、」
肯いて、さくり割ったスコンが温かい。
くゆらす香あまく優しくて、あわい金色ごし母に言った。
「英二が僕といた本音を訊きたかったんだ、正義感かもしれないって…お父さんのことあるから、」
英二、あなたの素顔は直情的で真直ぐだ。
そんな貌いくつも見た時間の涯、母の瞳ふわり笑った。
「あの公苑、桜きれいだったでしょう?」
「ん、満開には早いけど…」
訊かれて頷いて、母の瞳が笑ってくれる。
黒目がちの瞳やわらかにランプ映して、オレンジ優しい灯に微笑んだ。
「英二くん、元気そうだった?」
「よくわからない…我慢するとこあるから、」
素直に答えながら、瞳の記憶そっと軋む。
あの切長い眼いつもどおり綺麗で、けれど僕を見ていたろうか?
「また会うんでしょう?」
母が訊いてくれる声、穏やかなアルトやわらかい。
その眼ざしも明るく穏やかで、ほっと周太も微笑んだ。
「ん、しあさって…大学が終わった後にって、約束して、」
しあさって、あなたに会える?
期待と、かすかな痛み淡く甘くて、首筋そっと熱い。
―なんだか恥ずかしいな、こんなの…僕どうして、
あなたに会う、その期待が僕を支配する?
そんな自分に頬きっと赤い、ただ逆上せるまま母が微笑んだ。
「じゃあ、お母さんもゴハンしてくるね?しあさって、」
「ん…ありがとう、」
頷いて、ティーカップ口つけて温かい。
甘やかな芳香かすかな渋み、朗らかなアルトが訊いた。
「ところでね、周?加田さんの下宿のことだけど、叔母さまへのお返事どうしたいかな?」
言われた名前に現実そっと戻らせる。
大叔母が提案してくれた安全策、その提案に微笑んだ。
「ん、お母さんがいいなら…誠実な方だと思うし、」
「叔母さまも誠実な方って仰ってたわ、周も大学のこと聴けていいかもしれないものね?学部は違うけど、キャンパスは隣なのでしょう?」
朗らかな瞳やわらかに笑って、決めた返事と肯いてくれる。
その言葉に温もり優しくて、嬉しくて口ひらいた。
「あのね、大学のことなのだけど…僕、フランスにも行くかもしれないんだ、」
今日、示してもらえた一つの未来。
ただ嬉しくて声にした先、黒目がちの瞳ぱっと笑ってくれた。
「フランス?もしかして周、田嶋先生の研究室でお世話になるの?」
ほら、すぐ解って笑ってくれる。
母の笑顔ただ嬉しくて、周太は幸せに笑った。
「そう、田嶋先生の研究をお手伝いすることになってね、それでパリ大学にも行くみたいで。お給料もいただけるんだよ?」
祖父の愛弟子を手伝う、それが仕事にもなる。
きっと喜んでくれるだろうな?楽しい予想そのまま母が笑った。
「あら、お金をいただいて勉強できるのね?最高じゃない、」
最高、なんて言ってくれるんだな?
その言葉に笑顔に嬉しくて、嬉しいまま笑いかけた。
「お母さんもそう思う?」
「もちろん、周もそれで承諾してきたんでしょう?」
アルト弾んで笑ってくれる。
先を聴かせて?そんな眼ざしに今日、ちょっと誇らしく笑いかけた。
「あのね、契約書もきちんと下さったんだ、」
「すごいね、どんなの?」
見せて見せて?促してくれる瞳に立ちあがって、台所の鞄を開く。
書類一通とりだして、戻ったテラスのテーブルに差しだした。
「きちんとしてるのね、拝見します、」
微笑んで母の手が封筒ひらいて、黒目がちの瞳すっと奔らせる。
その貌いつもと少し違って、つい見つめた。
―お仕事の貌なのかな…ちょっと、かっこいいね?
いつも穏やかで明るくて、優しい笑顔で寛がせてくれる。
けれど今すこしシャープで怜悧な眼は、こちら見てすぐ微笑んだ。
「田嶋先生とのお仕事は楽しそうね、大学院はどうするの?」
訊いてくれる瞳と言葉、僕の未来を尋ねてくれる。
それがただ幸せで、けれど少しの迷いと微笑んだ。
「青木先生の研究室を受験するつもりなんだけど…」
「田嶋先生にも誘われてるんでしょう?」
すぐ問いかけてくれる、ほら?お見通しなんだ。
いつもながら聡明な視線に、ありのまま肯いた。
「ん…お祖父さんとお父さんの分もって、思ってくださるみたいで、」
あの闊達な文学者が言ってくれたこと。
それが嬉しかった想いのまま、母も笑ってくれた。
「よかったね、周?」
「ん、ありがとう、」
肯いて笑いかけて、母の瞳ほがらかに弾んでくれる。
ふたり紅茶とスコン囲んだテーブル、弾んだアルトが笑った。
「今夜はちょっと乾杯しようね、周?」
乾杯しようね、
祝ってくれる言葉と笑顔が温かい、だから僕も肯ける。
たぶんきっと、警察官を辞めたことは、学問の世界を選んだことは僕の未来だ。
だからこそ考える、
あなたと僕の時間には、未来があるのだろうか?
『あの公苑、桜きれいだったでしょう?』
桜きれいだったでしょう?
そんなふう訊いてくれる想い、きっと多分、それは父と母の時間たち。
その時間たち短すぎて、けれど優しくて温かで穏やかで、そして輝いている希望と未来と、永遠その先。
※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋】
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