萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第66話 光望act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2013-06-12 21:00:47 | 陽はまた昇るanother,side story
光の朝、



第66話 光望act.1―another,side story「陽はまた昇る」

明けてゆく空は薄曇り、ただ淡くなるグレーに刻限が解かる。
ガラス越しの朝は眠り醒めきらない、どこか紗の覆う空気は時すら止まって見える。
ゆるやかな時間たゆたう空、その雲間から一閃きらめいて光の梯子を懸けた。

「ん、きれい…天使の梯子だね、」

細く開いたカーテン握りしめながら微笑んで、紺色のTシャツを着た胸元ふれる。
布越しに自分の体温は健やかに温かい、けれど見えない気管支たちの呼吸は病魔と闘う。
すこし昨日は訓練で無理をした自覚がある、それに夜も起きてしまって眠りが少し足りていない。

―でも英二と一緒なのって久しぶりだったし、ね、

昨夜を共にした笑顔は今、隣室の幼馴染と訓練に行ってしまった。
今ごろ隊舎の壁を登っている?そんな想像に微笑んで周太はカーテンを離し、ベッドに戻った。
まだ時刻は起床まで間がある、それなら少しでも微睡んでおきたくて臥したシーツがふわり香った。
森と似た残り香に夜は現実だと実感が甘やかで、そんな「久しぶり」に記憶ごと首筋が温まって声こぼれた。

「…でも一緒に寝ただけだし、へんなことは…ちょっとだけだし」

ひとりごと呟くだけ気恥ずかしくなる。
確かに「ちょっとだけ」だった、けれど何も無かったとは言えない。
普通に男同士で一緒に寝転がっても「ちょっとだけ」もしない、そう解かっている分だけ恥ずかしくて布団を抱きしめた。

―賢弥や美代さんと二人きりでも何も想わないのに、英二だとこうなっちゃう、ね…

友達二人と比較して、その違いに想いを確認してしまう。
こんなふう首筋が熱くなる相手は唯ひとり、恥ずかしくて布団に顔埋めたくなるのも唯ひとりだけ。
そんな本音は困るほど幸せで、幸せな分だけ自分の胸に潜んだ病に克ちたいと気持が強くなる。

―生きたい、あの笑顔をもっとみたい…せめて一緒の家に帰れる毎日の最初の日までは、

抱きしめた布団にも見てしまう笑顔に、ただ願う。
同じ家に帰れる幸せを一日でも生きたくて、その未来に微笑んだとき大切なことを思い出した。

―あ、英二に研究生のこと相談しなくちゃ…昨夜は言いそびれちゃったね、

昨夜は「話す」なんて思いつけなかった、それくらい瞬間ごと幸せだったから。
そんな自分が恥ずかしくて布団を抱きしめながら、静かに浸しだす微睡は優しい。



静かな目覚まし音に呼ばれた意識が微睡から浮きあがる。
抱きしめた布団が温かい、心地いい温もりから音へ手を伸ばして、けれど動けない。

「ん…?」

なんで手が動かないのだろう?
不思議で瞳開いた視界、白い布団を抱く白皙なめらかな肌が映りこむ。
これは何だろう?そう首傾げこんだ途端に目覚めた声が小さく叫んだ。

「…っ、えいじ?」

名前呼んで振り返った頬、温かな肌ふれる。
背中から抱きこまれた肩で笑顔ほころんで、その白皙にダークブラウンの髪から雫きらめく。
確かに部屋は鍵を掛けたはず、けれど侵入者が寄添う途惑いに綺麗な低い声が笑った。

「おはよう、周太。寝顔すごく可愛かったよ?」

幸せそうに声は弾んで柔らかく熱が頬ふれる。
布団ごと抱きしめられた腕に動けなくて、大きくなる目覚まし音に訴えた。

「あのっ、…目覚まし止めたいから放して、英二、」
「俺が止めてあげる、だから離さなくて良いよな、周太?」

耳元に微笑んだ声の向こう、かちり音が鳴ってアラームが消える。
けれど放してくれない腕の力に困って周太はお願いした。

「英二?もう朝ごはんの時間だよ、今日も訓練とかあるんだし遅刻したらいけないから、ね?」

遅刻を指摘されたら几帳面な所のある英二は放してくれる。
そう思った視界がひっくり返って至近距離、切長い目が幸せいっぱいに微笑んだ。

「じゃあキスして?キスしてくれたら放してあげる、朝練でちょっと疲れたから癒してよ?」

そんな台詞、こんな時間にこんな場所で言うなんて?
そんな台詞に周太は力いっぱい紺Tシャツ広やかな胸を押した。

「あっ、朝からだめっ、…ここ隊舎なんだからっ、勤務の前はだめっ、」

勤務前にそんなことしたら、きっと思いだして真赤になる。
そんな集中力を欠くようなことは出来ない、逃げようと腕もがいて、けれど逃げられない瞳を幸せな笑顔が覗きこんだ。

「まだ起床時間3分前だよ、周太?まだプライベートタイムなんだから、ね…キスして、周太、」
「だめっ…ま、まっかになっちゃうからだめっ、こまるからっえいじだめっ…」
「ほんと周太は恥ずかしがりだよな、可愛い…ね、キスして、昨夜はしてくれたろ?」
「ゆうべは夜だからいいの、でも朝はだめっ…ほんとこまるからだめっ、」

本当に困るから、お願い放してほしいのに?
こんなことは恋する相手だからこそ困ってしまう、好きな分だけ意識しそうで困る。
だから今は遠慮させてほしい、困惑するまま顔だけでも反らし逃げて、けれど長い指に頬を包まれた。

「そんなに恥ずかしがる周太が好きだよ?…じゃあ俺からキスしてあげる、周太…」

長い指に頬を抱かれて視線ごと捕まえられる。
見つめた瞳に白皙の笑顔は艶麗ほころんで端正な唇が近づきだす。
こんな瞬間は本当なら嬉しい、けれど嬉しい分だけ今は困って周太は小さく叫んだ。

「…や、ほんとだめえいじまってえいじだめっ、」

叫んだ寸前1cm、かちり金属音が鳴った。
すぐ扉の開けて閉める音が立つ、そして白い手が目の前の肩を掴んでテノールが笑った。

「はい、強制わいせつの現行犯逮捕だね、」

透る声が笑うまま唇の間合い離される。
体にまわされた腕も解かれて、ほっとして起きあがると底抜けに明るい目が笑ってくれた。

「おはよ、周太。朝からおつかれさん、ほんとエロ別嬪は油断ならないね?」
「おはよう光一、ありがとう、」

素直に礼と笑いかけた先、愉快そうに光一も笑ってくれる。
そんな笑顔と対照的に白皙の顔はすこし顰めて微笑んだ。

「ほんと良いタイミングだけど、光一、もしかして警戒してた?」
「ココの壁って薄いからね、お姫さまの救け呼ぶ声がシッカリ聴こえちゃったからさ?ほら、朝飯に行ってきな、」

笑って促す声に英二も笑って、溜息ひとつ起きてくれる。
伸びやかな長身が立ち上がる影ふわり森の香たつ、その懐かしさに鼓動つまってしまう。

―さっき残り香に好きって想って眠ったから、気恥ずかしくなっちゃう、ね…

朝からこんなふうだと困ってしまう。
けれど幸せなのも本当で、ふたつ想い挟まれながら周太はベッドを直した。






(to be continued)

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