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第75話 回顧act.1-side story「陽はまた昇る」
深紅と黄金あわい涯、青空こぼれて光が揺れる。
晩秋11月、霜月の名のまま登山靴に氷の砕ける。
ざぐり霜柱を踏む山路に陰翳ふらせ落葉きらめく、その一歩に吐息が白い。
乾いた馥郁ほろ苦いよう甘く懐かしい、その背に足音ひとつ聴きながら英二はゆっくり止まり振り向いた。
「秀介、着いたよ。がんばったな、」
笑いかけた肩越し、小さな登山ウェア姿ほっと足を止める。
まだ華奢な子供の体躯、それでも逞しい眼差し朗らかに笑ってくれた。
「やった、僕ちゃんと来られたね、ありがとう宮田のお兄さん、」
「うん、よく付いて来られたな、」
微笑んだ向かい少年は瞳ふわり和ませる。
その穏やかに実直なトーンが懐かしい笑顔そっくりで、鼓動そっと掴まれる。
―田中さんと似てるな、秀介は、
御岳の山ヤの孫は祖父と似て穏やかな実直が明るい。
あの誇らかに真面目な男と似ているなら嬉しいだろう?そう想ったまま笑いかけた。
「秀介は田中さんと似てるな、祖父ちゃん似だって言われるだろ?」
「うんっ、最近なんか言われるよ?お兄さんも言ってくれるって嬉しいな、」
無邪気に笑ってザックを下ろす、その眼差し明朗に澄みわたる。
いま向きあう貌は小学校2年生の幼さに若い、けれど瞳はどこか深くなった。
もう別離ひとつ哀しんだ、そんな少年の去年の秋に背中の記憶あざやかになる。
『秀介を頼んでいいかい…宮田くん、ありがとう…秀介に元気で笑えと……ありがとうと、かぞくに』
十月の氷雨ふる御岳山、この山で、この背中で一人の山ヤが逝った。
あの最期に遺された声は今も耳朶ふかく響いて、そっと自分を戻してくれる。
―あのとき悔しかったから本気になれたんだ、少しでも早く鍛えたくて、それで光一のパートナーに選ばれてまた頑張って…山ヤって呼ばれたくて、
去年の秋、この御岳に卒業配置された初心が懐かしい。
ただ純粋に「山ヤ」と呼ばれたくて努力した、その先に周太を支える途が見えると信じていた。
ひたむきに山憧れ駈けて、唯ひとり想い唯ひとつの幸福だと見つめて慕う、あの一途な自分から今すこし遠い。
「あった、お兄さんあったよ?」
呼ばれて振り向いて小さなウェア姿しゃがみこむ。
その傍に歩みより覗きこんだ真中、青紫の花と白く小石ひとつ輝いた。
『あの世からでも、りんどうの場所が解かるようにしたいんだ。でも山登りは来年からって父ちゃんが言う、だから宮田のお兄ちゃん代りに置いてきて?』
そう言って託された秀介の宝物は去年と同じ場所で小さく光る。
あのとき泣きながら抱きついた少年は今、昨冬より逞しくなった肩越し笑ってくれた。
「じいちゃん、今もこの石を目印に僕たちを見てるかな?りんどうも咲いてるなって、」
「ああ、きっと見てるよ、」
笑って答えながら傍らに片膝つく。
ウェアの膝元に白と青紫へ木洩陽きらめく、その明滅に懐かしい聲が笑う。
『御岳もなかなか良いでしょう?下手の横好きだよ。けれどね、山への気持ちを撮っている、ふるさとも山も好きで堪らんのです、』
田舎の老爺、そんな言葉が似合う笑顔は実直なまま温かい。
見せてくれた写真どれも山の息吹まばゆくて、そして自分に山への憧れ募らせた。
―あんなふうに俺も見つめたいって想ったんだ、
山も空も、雨も風も、木々も草花も全てが美しい。
そんなふうに世界ありのままを自分の目で見つめたいと想った。
写真の眼差しは山を真直ぐ見ていた、だから自分も憧れて故郷が欲しくなった。
この場所を帰る場所と呼べたなら世界は写真のよう輝くだろうか?そんな願い佇む山上で英二は微笑んだ。
「ごめんな秀介、田中さんの命日に来ようって約束してたのに一ヵ月も遅くなって、」
「今日で良かったよ?お天気良いし、りんどうも咲いてるしね、」
笑って答えながら小さな指そっと白い石ふれる。
その指先が優しくて、想い見えるようで尋ねた。
「秀介、田中さんに挨拶できた?」
「うんっ、出来たと思う。じいちゃん喜んでるよ、」
頷いて見上げてくれる笑顔が白い吐息ごし、また俤を映しだす。
こんなふう人は貌から想い繋ぐのだろうか?そんな視界に半月前の記憶が疼く。
『私も一人の人間だ、たまには家族と食事もしたい。家族は血縁と名前だけで楽しめるわけじゃない、それは英二にも解かるだろう?』
今月の初め、4年ぶりに会った祖父の言葉が今も疼いている。
ただ家族として自分を見つめた、そんな祖父の貌は鏡に幾度も会っている。
『英二は仮面を被ることも私とそっくりに巧い、』
そっくりだと祖父は笑った、その通り自分と祖父は似ている。
そう認めることは少し前まで考えたくもなかった、けれど今、すこしだけ素直に頷ける。
この家は英二さんの家です、そう克憲様が決められました。
分籍されたと知って遺言を書き直されたのです、宮田の家を捨てるなら鷲田の財産を遺してやりたいと。
英二さん、ヴァイゼも私もお帰りを待っています、克憲様もお待ちです、だから次は食事にお戻りください。
三週間ほど前に家宰が告げた言葉は、事実だろう。
あのとき祖父と向きあった時間は決して温かくない、それでも告げられた言葉は事実だと解かる。
だからこそ今も少年と見つめる青紫の花に想い探してしまう、けれど遠く想える隣から明朗な声が尋ねた。
「宮田のお兄さん、周太さんは元気?」
この質問は答え難い?
そんな本音すこし隠して英二は綺麗に微笑んだ。
「うん、周太がんばってるよ、」
がんばっている、それしか今は言えない。
2ヶ月近く電話の声だけで貌を見れないまま、それでも無事を信じたい願いに少年は笑ってくれた。
「僕もがんばるよ、お医者になれるようにね。吉村先生みたいなお医者に僕なるんだ、」
ほら、こんな小さな子でも夢と意志に生きようとする。
この笑顔と同じように幼い周太もきっと笑ったのだろう。
『樹医になりたい、お父さんとも約束したんだ、』
喪われた記憶、それでも夢ひとつ周太は取戻した。
あの笑顔と今見つめる笑顔は似ていて、その温もり嬉しくて英二は綺麗に笑いかけた。
「秀介ならなれるよ?願って勉強した分だけきっと叶う、」
「うんっ、ありがとう、」
朗らかに笑って白い小石また指そっとふれる。
いま少年は大切な俤を辿るのだろう、そんな横顔は涙ひとつ深いまま温かで、ただ優しい。
(to be continued)
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第75話 回顧act.1-side story「陽はまた昇る」
深紅と黄金あわい涯、青空こぼれて光が揺れる。
晩秋11月、霜月の名のまま登山靴に氷の砕ける。
ざぐり霜柱を踏む山路に陰翳ふらせ落葉きらめく、その一歩に吐息が白い。
乾いた馥郁ほろ苦いよう甘く懐かしい、その背に足音ひとつ聴きながら英二はゆっくり止まり振り向いた。
「秀介、着いたよ。がんばったな、」
笑いかけた肩越し、小さな登山ウェア姿ほっと足を止める。
まだ華奢な子供の体躯、それでも逞しい眼差し朗らかに笑ってくれた。
「やった、僕ちゃんと来られたね、ありがとう宮田のお兄さん、」
「うん、よく付いて来られたな、」
微笑んだ向かい少年は瞳ふわり和ませる。
その穏やかに実直なトーンが懐かしい笑顔そっくりで、鼓動そっと掴まれる。
―田中さんと似てるな、秀介は、
御岳の山ヤの孫は祖父と似て穏やかな実直が明るい。
あの誇らかに真面目な男と似ているなら嬉しいだろう?そう想ったまま笑いかけた。
「秀介は田中さんと似てるな、祖父ちゃん似だって言われるだろ?」
「うんっ、最近なんか言われるよ?お兄さんも言ってくれるって嬉しいな、」
無邪気に笑ってザックを下ろす、その眼差し明朗に澄みわたる。
いま向きあう貌は小学校2年生の幼さに若い、けれど瞳はどこか深くなった。
もう別離ひとつ哀しんだ、そんな少年の去年の秋に背中の記憶あざやかになる。
『秀介を頼んでいいかい…宮田くん、ありがとう…秀介に元気で笑えと……ありがとうと、かぞくに』
十月の氷雨ふる御岳山、この山で、この背中で一人の山ヤが逝った。
あの最期に遺された声は今も耳朶ふかく響いて、そっと自分を戻してくれる。
―あのとき悔しかったから本気になれたんだ、少しでも早く鍛えたくて、それで光一のパートナーに選ばれてまた頑張って…山ヤって呼ばれたくて、
去年の秋、この御岳に卒業配置された初心が懐かしい。
ただ純粋に「山ヤ」と呼ばれたくて努力した、その先に周太を支える途が見えると信じていた。
ひたむきに山憧れ駈けて、唯ひとり想い唯ひとつの幸福だと見つめて慕う、あの一途な自分から今すこし遠い。
「あった、お兄さんあったよ?」
呼ばれて振り向いて小さなウェア姿しゃがみこむ。
その傍に歩みより覗きこんだ真中、青紫の花と白く小石ひとつ輝いた。
『あの世からでも、りんどうの場所が解かるようにしたいんだ。でも山登りは来年からって父ちゃんが言う、だから宮田のお兄ちゃん代りに置いてきて?』
そう言って託された秀介の宝物は去年と同じ場所で小さく光る。
あのとき泣きながら抱きついた少年は今、昨冬より逞しくなった肩越し笑ってくれた。
「じいちゃん、今もこの石を目印に僕たちを見てるかな?りんどうも咲いてるなって、」
「ああ、きっと見てるよ、」
笑って答えながら傍らに片膝つく。
ウェアの膝元に白と青紫へ木洩陽きらめく、その明滅に懐かしい聲が笑う。
『御岳もなかなか良いでしょう?下手の横好きだよ。けれどね、山への気持ちを撮っている、ふるさとも山も好きで堪らんのです、』
田舎の老爺、そんな言葉が似合う笑顔は実直なまま温かい。
見せてくれた写真どれも山の息吹まばゆくて、そして自分に山への憧れ募らせた。
―あんなふうに俺も見つめたいって想ったんだ、
山も空も、雨も風も、木々も草花も全てが美しい。
そんなふうに世界ありのままを自分の目で見つめたいと想った。
写真の眼差しは山を真直ぐ見ていた、だから自分も憧れて故郷が欲しくなった。
この場所を帰る場所と呼べたなら世界は写真のよう輝くだろうか?そんな願い佇む山上で英二は微笑んだ。
「ごめんな秀介、田中さんの命日に来ようって約束してたのに一ヵ月も遅くなって、」
「今日で良かったよ?お天気良いし、りんどうも咲いてるしね、」
笑って答えながら小さな指そっと白い石ふれる。
その指先が優しくて、想い見えるようで尋ねた。
「秀介、田中さんに挨拶できた?」
「うんっ、出来たと思う。じいちゃん喜んでるよ、」
頷いて見上げてくれる笑顔が白い吐息ごし、また俤を映しだす。
こんなふう人は貌から想い繋ぐのだろうか?そんな視界に半月前の記憶が疼く。
『私も一人の人間だ、たまには家族と食事もしたい。家族は血縁と名前だけで楽しめるわけじゃない、それは英二にも解かるだろう?』
今月の初め、4年ぶりに会った祖父の言葉が今も疼いている。
ただ家族として自分を見つめた、そんな祖父の貌は鏡に幾度も会っている。
『英二は仮面を被ることも私とそっくりに巧い、』
そっくりだと祖父は笑った、その通り自分と祖父は似ている。
そう認めることは少し前まで考えたくもなかった、けれど今、すこしだけ素直に頷ける。
この家は英二さんの家です、そう克憲様が決められました。
分籍されたと知って遺言を書き直されたのです、宮田の家を捨てるなら鷲田の財産を遺してやりたいと。
英二さん、ヴァイゼも私もお帰りを待っています、克憲様もお待ちです、だから次は食事にお戻りください。
三週間ほど前に家宰が告げた言葉は、事実だろう。
あのとき祖父と向きあった時間は決して温かくない、それでも告げられた言葉は事実だと解かる。
だからこそ今も少年と見つめる青紫の花に想い探してしまう、けれど遠く想える隣から明朗な声が尋ねた。
「宮田のお兄さん、周太さんは元気?」
この質問は答え難い?
そんな本音すこし隠して英二は綺麗に微笑んだ。
「うん、周太がんばってるよ、」
がんばっている、それしか今は言えない。
2ヶ月近く電話の声だけで貌を見れないまま、それでも無事を信じたい願いに少年は笑ってくれた。
「僕もがんばるよ、お医者になれるようにね。吉村先生みたいなお医者に僕なるんだ、」
ほら、こんな小さな子でも夢と意志に生きようとする。
この笑顔と同じように幼い周太もきっと笑ったのだろう。
『樹医になりたい、お父さんとも約束したんだ、』
喪われた記憶、それでも夢ひとつ周太は取戻した。
あの笑顔と今見つめる笑顔は似ていて、その温もり嬉しくて英二は綺麗に笑いかけた。
「秀介ならなれるよ?願って勉強した分だけきっと叶う、」
「うんっ、ありがとう、」
朗らかに笑って白い小石また指そっとふれる。
いま少年は大切な俤を辿るのだろう、そんな横顔は涙ひとつ深いまま温かで、ただ優しい。
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