そぞろ歩きをしたくなった、みちのくへでも
学部時代を過ごさせていただいた母校のHPを昨晩見ていた。45年前に通学していた大学である。ここを卒業できたから、現在の私がある。さらにその後長い間の教員人生を過ごすことができた。ありがたいこと限りなし。こんな懶惰な学生を見捨てないで、育ててくださった。まったくめちゃくちゃな学生生活を送っていたからである。
まさしく生活費も親からの仕送りが無かったので、全部自分でやっていたのである。ここが普通の学生とは違っていた。違っていたと言えば、本もかなり買った。神田神保町には限りなく通った。学部時代に、書籍代だけでかなりの金銭を投資したのだ。自分で稼いだカネである。だからできた。古典系が多かったから、今でも私の茅屋の書庫ででーんとおすまししている。鎮座ましましている。ありがたいものだ。この書籍群があったから、定年退職まで、生き延びることができたからである。しかも、子供達を育て、それぞれ大学も出してやることができた。今は、孫までいる。先週から孫が私の家で大騒ぎをしながら、一緒に遊んでいるのだが。これもまたありがたいことである。やっと人並みに爺と呼ばれる生活をすることができることになったからである。「じーじ、じーじ」と孫がやかましいが。
さて、そもそも働きながら学ぶという生涯学習の基礎は、この時代にできたのであろう。新聞配達やガソリンスタンドで住み込みの店員をしていたからできたのである。だからそれぞれの経営者には今でも感謝している。働きながら昼間の大学に通わしてくれたからである。
で、昨日の晩に久しぶりに母校のHPでも見ようと思ったというわけである。
そして驚いた。
母校の学会費の安さにである。
国文学科を卒業したので、日本文学関係の学会がある。校友というのが、学会費年額3000円なのだ。校友というのは、つまり卒業生である。さらに史学学会というのも見た。こちらはもっと安かった。年額2000円である。
学費は昔から安かったから、学会費も安い。民俗学者の宮本常一は、母校の論文博士を取得したのだが、彼の出身大学は大阪教育大である。たしか、四天王寺師範だったような気がする。
ふうううううむと思った。
灯台もと暗しとはこのことである。
母校にあったのである。
学会が。
今後はここで細々と生きていこうと思った。だから、早速メールで申し込んだ。入会希望と書いて。校友ならたぶんOKであろう。ましてや、卒業後、文学について語り、教えてきた我が身である。さらに、退職してからは、民俗芸能で論文を書いてきた。まだまだ書いてみたいことがたくさんある。材料もかなりある。映像もある。
死蔵していたらもったいない。
母校に出かけていけば、退屈も紛らわせることができる。東京のきれいなオネーチャンも見ることができる。(あくびしたりして・・わははははは)
ご縁があったのである。
母校とは。
結局元に戻ったのである。
母校は私を見捨てなかったということであろう。これをご縁と呼ばずシテなんと言うのだろうか。
ありがたいものである。
これでまた「生活不活発病」とは無縁で過ごすことができる。生活が不活発だといけない。病気になる。消極的な生き方をしていてはならない。高齢者になったからといって、家庭内に引きこもり状態になってはならない。それだと、命を縮める。
成果なんてなくてもいい。もうそんな時代は終わったのである。
趣味で生きることである。
自分の楽しみで生きることである。対象が孫でもいいではないか。なんでもいいのだ。
ICレコーダーで落語を録音して、市営のgymでwalkingマシーンで歩きながら聞いているが、こういうのを趣味にしてもいいではないか。
落語を聞いていると、健康にいい。
笑うからである。笑いは健康にいい。笑う門には福来たるである。まさしくそうだ。笑っている家には、幸福がある。ただし、あまり場違いな笑いだと気味が悪くなる。場所をわきまえて笑うことである。
変な爺だと思われる可能性がある。電車の中で笑っていたら、危ない爺になってしまう。場所は大事である。場所柄という奴である。あまりにたにたしていると若いオネーチャンが逃げる。もっとも、最初から逃げられているからどうでもいいような話ではある。
それでも、笑って過ごすことをお勧めする。
微笑は大事である。
奈良の仏像を見ているとホントにそう思う。弥勒菩薩なぞは、永遠の微笑みである。
美しいとすら思う。
春になった。(近いという表現の方が正解か・・)
昨日あたりから、実に暖かい。もっとも九十九里はもともと暖かい。冬なんぞ、雪国育ちの私にとっては信じられないくらいである。寒中に花が咲いているのだから、故郷の雪国の人たちに申し訳ないくらいである。
そこでまた旅心がモゾモゾと動き始める。
そうである。
草の枕を旅の友として、そぞろ歩きをしたくなってしまうのだ。
いつかは芭蕉の辿った奥の細道紀行もやってみたい。
なんだか、それが故郷みちのくへの恩返しのような気がしてくるから不思議なものである。
春がきたから、ちょっとおかしいのだろう?っていうことなのかもしれない。
それでもいい。
また旅から旅へと歩くつもりである。
終点は、死であるからだ。それまではしみじみ生きていたい。そう思う。さよならだけが人生だからだ。
じゃぁ、(^_^)ノ””””