道に迷った救いようのない迷い子のジジイでありましたなぁと、しみじみ反省をして参りました。マジに。
柔道の大会があった。市民レベルの大会であった。要するに趣味で柔道を楽しんでいる方々の。中高生も入るけど。趣味でやっているといってもそれなりのレベルにないと、かえって危険である。
大学院を中退するまでは、試合の審判もやった。できたから。しかし、中退してからは萎えた。病気は、環境を変えてしまった。やる気も失せた。柔道のである。
稽古をしなくなった。体力がついていけない。したがって、柔道場にも顔を出さなくなったし、柔道着を着ることもなくなった。
言わば、柔道に関してすべてを捨ててしまった。嘉納治五郎大系という全集も捨ててしまった。
なにを今さらと思ったからである。
病気はすべてを変更させてしまう。
ボキの場合は特にそういう傾向がある。思い切ってリセットしてしまうのである。
環境を変えてしまいたいということだった。
それで良かった。
しかし、昨日の柔道大会ではかつての柔道の教え子達から矢のような催促があった。大会に来てくれという。さらにその後のご苦労サン会にも出てくれとなった。
結局全部参加した。
大会では知人友人たちが、本部席にで~~~んと構えていた。挨拶には行った。二年ぶりでございますと言いながら。まだ生きていますよんと笑いながら。
本部席に座れと言われたが、ボキは遠慮した。それだけの段位にない。ただの4段である。隅っこにいるのがふさわしい。
ボキはそんなエラクナイからと言って、ボキの居住地のチーム席に戻っていった。そういうところが、ボキらしいということになる。
要するにヒネクレているのである。そういうただのジジイなのである。
笑ってしまったけど。
午後、gymにいた。
そしたら、またスマホに電話がかかってきた。体育館のランニングコースをwalkingしていた時であった。
今、某所でご苦労様会をやっているから、すぐ来てくれという。少年少女たちの指導者になっているかつての教え子からである。
もう諦めた。
Walkingを中断して行くことにした。まだ日課にしている歩数に達していなかった。
だから、家に一旦帰ってクルマを置いてそれから会場まで歩いた。距離にして往復6キロはあるだろう。
かえって歩数を稼ぐにはいい。
会場についた。
日本酒を頼んだ。一合までならOKという主治医の許可があるから、その旨を伝えて飲み始めた。
美味い!
やっぱり、ボキはいやしいのである。アルコールに。美女とはご縁がないけど(^_^)。
いろんな話に花が咲いた。
良かった。完全に人間関係まで切り捨てないで。
思うに、ボキの柔道は剛道であった。要するに思い込んだら一直線であった。単純系である。複雑系を生きることができなかった。攻撃一辺倒であった。
こういうのは受けが弱い。こっちが攻撃するけど、逆襲されたら弱いのである。身体も小さいしねぇ。
柔道は老子にもつながる。柔弱こそ貴重なのである。そこのところが、よく理解できていなかった。
だから病気にもなるわけである。
良き反省のきっかけとなった。
まだまだである。
まだまだ。
やるべきこと、やらねばならないことはたくさんある。
帰りも歩いて帰ってきた。教え子たちから、クルマで送っていくと言われたが断った。そして、歩きながら考えた。
なんだか道を迷いながら生きてきてしまったなぁと思った。大学院に、還暦過ぎてから入ったのが大間違いであったのかもしれない。そんなことを考えていた。
大学院も柔道も一緒であったのだ。能力・適性がなかったということなのだった。
ううううううむ。
今週もいろいろと予定が組んである。郷土史の会もある。
こだわらないで、自分のできる範囲でやっていくしかないと思った。
それだけが唯一の収穫であった。
合掌・・・・・!