子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ハッピー・フライト」:大学生は就活始める前に観ることをお奨めします

2008年12月16日 21時29分43秒 | 映画(新作レヴュー)
ひとつ。誰もが最初は初心者だ。
ひとつ。外から見た時にどんなに楽に見えようとも,現実には見かけほどに楽な仕事など存在しない。
ひとつ。どんなヴェテランでも,本物の緊急事態に遭遇してしまったことがある人は,殆どいない。
ひとつ。窮地に陥った時は,まず笑ってみる。でも,そんな時に心から笑うことなど不可能だ。
ひとつ。その他諸々…。
ぴあのフィルムフェスティバルから出発して,独自のスタイルと内容を持った作品を連発するヒット・メイカーとなった矢口史靖監督の新作は,映像で綴られたこんな数多くの箴言に彩られている。全ての「働く人」に捧げられた明るく楽しいコメディだが,目指した着地点は,見かけよりも遠くて深いところのように思える。

鑑賞前に,綾瀬はるかが新米CA(キャビン・アテンダント)を演じるという情報を得ていたため,私は観てはいなかったのだが,放映当時「ドジでのろまなカメ」というフレーズを流行らせた堀ちえみ主演の「スチュワーデス物語」のような作品なのかと思っていた。
しかし主役級の扱いで宣伝されている綾瀬はるかの出番は,地上スタッフの田畑智子やオペレーション・ディレクターの岸部一徳と同程度で,CAの成長譚は,全体を構成する複数の物語の一つという扱いに留まっている。

その替わりに,103分という尺数を実に見事な配分で割り振って描かれるのは,もはや世間から「殊更に特別な仕事ではない」と認識されていると思しき「飛行機を運航する」という仕事に関わる,多くの人間と仕事の実体だ。

整備士は鍵のかかる工具箱を使用し,管制官は飛行機の形のチョコレートを実際に誘導する形で並べてしまい,グランドスタッフは拡声器を掴んで歩道を爆走する。
その中には,コンピューターを使った新しい誘導システムに馴染めないディレクターもいれば,髪型の崩れを気にして制帽を被りたがらない副操縦士もいれば,誰にも聞かれないようにクレーマーの乗った飛行機に悪態をつくスタッフもいる。
一人残らず優秀なプロフェッショナルとは言えないが,懸命に仕事に取り組む姿が(多分)デフォルメされて表現されているにも拘わらず,画面から伝わってくる汗の温度はリアルで,感動的だ。

そして彼らの姿が体現するのは,「この世界を動かすには,外からは見えない所で働く人間も含めて,とにかくこの世界に存在する全員が必要なのだ」という前向きなメッセージだ。それは少々照れくさいものではあるが,プロフェッショナルにはなりきれていなくとも,少しずつでも近づいていきたいと考える社会人,そしてその予備軍と言える人達全てに,巷に蔓延るうわべだけのメッセージソングでは味わえない,本物の勇気と希望を与えるものになっている。

操縦士と副操縦士は,食中毒を避けるためにたとえ好みが同じだった場合でも違う食事を摂らなければいけないという規則,ダブルブッキングが判明した時の調整方法,CAの食事など,いちいち頷いてしまうエピソードが盛り沢山だが,飛行機を怖がる新婚夫婦をロマンチックな話でねじ伏せてしまうグランド・マネジャー(田山涼成)の手際がクール。主役の田辺誠一の目一杯感溢れる演技が映画全体の推進力になっているが,他のキャストでは,岸部の部下を演じる肘井美佳,「おくりびと」では美しく化粧を施され送られてしまった宮田早苗の,ともに溌剌とした表情が印象に残る。

しかし観終わって最も感服したのは,見方によっては会社にとって負の側面とも取られかねない部分も含めて,全面的に撮影に協力したと思しき全日空(及び空港関係者達)の胆力だ。
多少の軋轢や反目や後悔を引きずりながらも,同じ目的に向けた意識が重なり合ってこそひとつの仕事が成し遂げられる,というメッセージが,学生の就職に対する意識の変革に繋がることだってあるかもしれない,と考えて承諾した貴社を志望する学生は,増えるでしょう。多分。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。