前作「そこのみにて光輝く」で国内の映画賞を総なめにした上,モントリオール世界映画祭では「最優秀監督賞」にも輝いた呉美保監督の新作。
キネマ旬報ベストテンでも堂々の「第1位」に輝き,まさに絶賛,という評価が相応しい前作だったが,私にとっては社会の底辺を視点を下げてリアルに見つめようとすればするほど,実際の姿とは乖離していくような感触が強くなり,言ってみれば「70年代のATG作品をノスタルジーを込めて模倣した一種のファンタジー」という感想しか浮かんでこない,つらい作品だった。
そんな前作と対比してみると「きみはいい子」は,社会の歪みや子供にとっての過酷な現実を等倍率でスクリーンに移し替えるという作業の完成度という点で,前作よりは遥かに好ましい出来となっている。
脚本の高田亮は,中脇初枝の原作を基にして新米教師(高良健吾)の苦悩,高齢独居女性と障害児との交流,児童虐待という3つのエピソードを,ひとつの時間軸の中で融合させようと奮闘している。
高良健吾は理想と現実の狭間で,若くして長距離ランナーとしての巡航速度に落ち着いたかのように見えながら,時々顔を覗かせる「このままで良いのか?」という疑問とモグラ叩きをしているような教師を,等身大の自然さで演じて違和感がない。「そこのみにて光輝く」では,お互いに憎み合うことを紐帯として結びつけられていた池脇千鶴と高橋和也が,全く異なるキャラクター設定ながら,自分で歯止めを掛けられないDVを巡るプロット,という共通項を背負わされて再度共演しているのも目を引く。
だが何よりも輝いているのは,悩み苦しむ登場人物たちを,舞い散る桜の花と上り下りを際限なく繰り返すかのような坂で包み込む小樽の街の風景だ。進み続ける少子化によって普遍的な景色ではなくなりつつある地方小都市の小学校や公園の佇まいこそが,小津作品に残された昭和30年代の風景のように,やがて消えゆく儚さを湛えて印象に残る。
そんな街のロケーションに比べると,自分の小さな甥っ子に抱き留められることをきっかけに教師としての自覚に目覚め,懸命に坂のまちを駆け抜ける主人公の姿を捉えたラストを目指して動いていく肝心の物語の方は,残念ながらオムニバスの特性の発揮,すなわち異なるプロットが最後に収斂されることによってダイナミズムを生み出す,ということなく,空回りをしたたまま暗転して終わる。
「誰かに抱きしめて貰うこと」という宿題の結果を発表する子供たちの豊かな表情が,作り込んだ物語部分を軽く凌駕してしまうという,事前に予想された結末を敢えて選択したスタッフの意気は買うが,「しあわせとは晩ご飯を食べて,お風呂に入って,お母さんにおやすみを言うときの気持ち」という,劇中で障害のある子供が言う素晴らしい台詞を超えるような瞬間は訪れなかった。しかし再挑戦は,出来れば前作ではなく,この路線でお願いしたい,という期待は「そこのみにて」輝いたかも。
★★
(★★★★★が最高)
キネマ旬報ベストテンでも堂々の「第1位」に輝き,まさに絶賛,という評価が相応しい前作だったが,私にとっては社会の底辺を視点を下げてリアルに見つめようとすればするほど,実際の姿とは乖離していくような感触が強くなり,言ってみれば「70年代のATG作品をノスタルジーを込めて模倣した一種のファンタジー」という感想しか浮かんでこない,つらい作品だった。
そんな前作と対比してみると「きみはいい子」は,社会の歪みや子供にとっての過酷な現実を等倍率でスクリーンに移し替えるという作業の完成度という点で,前作よりは遥かに好ましい出来となっている。
脚本の高田亮は,中脇初枝の原作を基にして新米教師(高良健吾)の苦悩,高齢独居女性と障害児との交流,児童虐待という3つのエピソードを,ひとつの時間軸の中で融合させようと奮闘している。
高良健吾は理想と現実の狭間で,若くして長距離ランナーとしての巡航速度に落ち着いたかのように見えながら,時々顔を覗かせる「このままで良いのか?」という疑問とモグラ叩きをしているような教師を,等身大の自然さで演じて違和感がない。「そこのみにて光輝く」では,お互いに憎み合うことを紐帯として結びつけられていた池脇千鶴と高橋和也が,全く異なるキャラクター設定ながら,自分で歯止めを掛けられないDVを巡るプロット,という共通項を背負わされて再度共演しているのも目を引く。
だが何よりも輝いているのは,悩み苦しむ登場人物たちを,舞い散る桜の花と上り下りを際限なく繰り返すかのような坂で包み込む小樽の街の風景だ。進み続ける少子化によって普遍的な景色ではなくなりつつある地方小都市の小学校や公園の佇まいこそが,小津作品に残された昭和30年代の風景のように,やがて消えゆく儚さを湛えて印象に残る。
そんな街のロケーションに比べると,自分の小さな甥っ子に抱き留められることをきっかけに教師としての自覚に目覚め,懸命に坂のまちを駆け抜ける主人公の姿を捉えたラストを目指して動いていく肝心の物語の方は,残念ながらオムニバスの特性の発揮,すなわち異なるプロットが最後に収斂されることによってダイナミズムを生み出す,ということなく,空回りをしたたまま暗転して終わる。
「誰かに抱きしめて貰うこと」という宿題の結果を発表する子供たちの豊かな表情が,作り込んだ物語部分を軽く凌駕してしまうという,事前に予想された結末を敢えて選択したスタッフの意気は買うが,「しあわせとは晩ご飯を食べて,お風呂に入って,お母さんにおやすみを言うときの気持ち」という,劇中で障害のある子供が言う素晴らしい台詞を超えるような瞬間は訪れなかった。しかし再挑戦は,出来れば前作ではなく,この路線でお願いしたい,という期待は「そこのみにて」輝いたかも。
★★
(★★★★★が最高)