こんなに暗くて,重くて,カタルシスからは遙かに離れたところで屹立しているような作品が,米国で「スター・ウォーズ」も「パイレーツ・オブ・カリビアン」も蹴散らして,あの「タイタニック」に次ぐ興行収入を上げているなんて,俄には信じられなかった。
一方で,これだけ高い志を持ち,絶対的な悪を前にした正義の脆弱さという難しいテーマを,周到に考えられたストーリーと卓越した映像感覚,確かな演技のアンサンブルによって炙り出した極上のエンターテインメント作品が,ローティーン向けの作品に占領された日本のロードショー館から,公開後僅か1ヶ月足らずで姿を消してしまう,というニュースにもまた驚かされた。
題名から「バットマン」の文字が消えた「ダークナイト」は,ことほど左様に日米で全く対照的な受け容れられ方をしたのだったが,ヒース・レジャー畢生の演技を筆頭に,観たものの心に残る様々な澱は,いつまでも消えることなく鈍い光を放ち続けることは間違いない。
評判通り,いやそれ以上の鬼気迫るパフォーマンスを見せるヒース・レジャー扮するジョーカーこそが,この重量感溢れるフィルムの中心にいる。目的も理由も持たない「悪」がもたらす恐怖こそが,バットマンに生命と存在意義をもたらし,更にバットマンの存在と活躍によって犠牲者が増え続けるという,解決不能に思えるパラドックスを一体どうやって収束させるのか,という魅力的な物語は,2時間半という上映時間の間中,観客の頭と心と体幹を締め付け続ける。
途中まで正義の一翼を担っていた検事のデント(アーロン・エッカートが好演)が,終盤に至ってその足下を一気にジョーカーに浚われ,バットマン本人を含めて3極に分裂した人間の暗黒面が,「正義」を飲み込もうとする展開を,あくまでアクションと演技によって表現しきった映像の迫力は,壮絶の一言に尽きる。
全てのアクション・シークエンスを,抑制的な緊張感によって結びつけながら,終盤で登場する,トレーラーのタイヤを装着したようなバイクの疾走シーンが持つスピード感で解き放ってみせる構成は,撮影のウォーリー・フィスターをはじめとして初期作品からクリストファー・ノーラン組を成している美術,編集等,スタッフの力の賜物だ。
俳優陣では,ブルース(バットマン)との和やかなやり取りによって,作中では貴重な息継ぎ場面を作りだしている執事役のマイケル・ケインが素晴らしい演技を見せているほか,ゲーリー・オールドマンも,前作に続いてバットマン・チームの一員として多大な貢献をしている。
しかし,ケイティ・ホームズに替わってヒロイン役を務めたマギー・ギレンホールは,サイレント時代の悲劇のヒロインといった風情がどうにも本作の雰囲気にマッチしているとは思えず,首をかしげてしまった。ただ,それもヒース・レジャーが「ブロークバック・マウンテン」で共演した弟のジェイク・ギレンホールつながりだったのかと考えると,この配役も一つの運命というものなのかと,少ししんみり。
米国では,アカデミー賞発表前にこれを3D化して再公開しようという動きもあるらしいが,多くの観客にとって短期間のインターバルで再見したいと思える,近年希な作品であることは疑いのないところだ。クリストファー・ノーランは,たとえ興行収入が「タイタニック」に及ばなかったとしても,マネー・メイキング・ディレクターとしても,芸術貢献度の面でも,現代のハリウッドのトップに君臨したことは間違いない。「メメント」を観終えた時に感じた「新しい才能だ!」という興奮から予想した未来の姿を,彼は軽々と超えてしまったようだ。
後はこれがジェームズ・キャメロンにとっての「エイリアン2」にならないよう,祈るだけだ。先は長い。
一方で,これだけ高い志を持ち,絶対的な悪を前にした正義の脆弱さという難しいテーマを,周到に考えられたストーリーと卓越した映像感覚,確かな演技のアンサンブルによって炙り出した極上のエンターテインメント作品が,ローティーン向けの作品に占領された日本のロードショー館から,公開後僅か1ヶ月足らずで姿を消してしまう,というニュースにもまた驚かされた。
題名から「バットマン」の文字が消えた「ダークナイト」は,ことほど左様に日米で全く対照的な受け容れられ方をしたのだったが,ヒース・レジャー畢生の演技を筆頭に,観たものの心に残る様々な澱は,いつまでも消えることなく鈍い光を放ち続けることは間違いない。
評判通り,いやそれ以上の鬼気迫るパフォーマンスを見せるヒース・レジャー扮するジョーカーこそが,この重量感溢れるフィルムの中心にいる。目的も理由も持たない「悪」がもたらす恐怖こそが,バットマンに生命と存在意義をもたらし,更にバットマンの存在と活躍によって犠牲者が増え続けるという,解決不能に思えるパラドックスを一体どうやって収束させるのか,という魅力的な物語は,2時間半という上映時間の間中,観客の頭と心と体幹を締め付け続ける。
途中まで正義の一翼を担っていた検事のデント(アーロン・エッカートが好演)が,終盤に至ってその足下を一気にジョーカーに浚われ,バットマン本人を含めて3極に分裂した人間の暗黒面が,「正義」を飲み込もうとする展開を,あくまでアクションと演技によって表現しきった映像の迫力は,壮絶の一言に尽きる。
全てのアクション・シークエンスを,抑制的な緊張感によって結びつけながら,終盤で登場する,トレーラーのタイヤを装着したようなバイクの疾走シーンが持つスピード感で解き放ってみせる構成は,撮影のウォーリー・フィスターをはじめとして初期作品からクリストファー・ノーラン組を成している美術,編集等,スタッフの力の賜物だ。
俳優陣では,ブルース(バットマン)との和やかなやり取りによって,作中では貴重な息継ぎ場面を作りだしている執事役のマイケル・ケインが素晴らしい演技を見せているほか,ゲーリー・オールドマンも,前作に続いてバットマン・チームの一員として多大な貢献をしている。
しかし,ケイティ・ホームズに替わってヒロイン役を務めたマギー・ギレンホールは,サイレント時代の悲劇のヒロインといった風情がどうにも本作の雰囲気にマッチしているとは思えず,首をかしげてしまった。ただ,それもヒース・レジャーが「ブロークバック・マウンテン」で共演した弟のジェイク・ギレンホールつながりだったのかと考えると,この配役も一つの運命というものなのかと,少ししんみり。
米国では,アカデミー賞発表前にこれを3D化して再公開しようという動きもあるらしいが,多くの観客にとって短期間のインターバルで再見したいと思える,近年希な作品であることは疑いのないところだ。クリストファー・ノーランは,たとえ興行収入が「タイタニック」に及ばなかったとしても,マネー・メイキング・ディレクターとしても,芸術貢献度の面でも,現代のハリウッドのトップに君臨したことは間違いない。「メメント」を観終えた時に感じた「新しい才能だ!」という興奮から予想した未来の姿を,彼は軽々と超えてしまったようだ。
後はこれがジェームズ・キャメロンにとっての「エイリアン2」にならないよう,祈るだけだ。先は長い。