日立の山中にどのように坑道を造ったのか。
その様子を知ることができる資料があった。
坑道と鉱床の透視模型である。
いやぁ,凄いなぁ。
この細い線が坑道である。
最初見た時には,何か鉱石の結晶模型なのかと思った。
この細い線が坑道で,この中を人が通っているとは思わなかったのだ。
近寄ってみると・・・
坑道の中に竪坑(入四間竪抗)がある。
入四間というのは町の名前だった。
町の広さを超える範囲で坑道は掘られていたことが分かる。
竪抗と坑道の関係はこの模型で分かる。
坑道はこのように木で補強されていた。
全坑道がこのような造りであれば,木がどれだけ必要なのか。
まあ70年を超える歴史の中で,少しずつ坑道が伸びて行ったことは分かる。
1本1本の坑道に,このようにミスの許されない工夫を凝らす素晴らしさ。
日鉱記念館に来てよかった。