2006年1月2日の午後3時過ぎに於いては、
【 初夢の日は・・♪ 】
と題して、投稿していたので、今回も再掲載をする。
【・・
ある知識人によれば、『初夢』は元旦の夜にみる夢である。
室町時代より、2日の夜にみる夢を初夢の日に変わったが、
仕事はじめの日に働いて上、その夜にみる夢こそ、一年を占うのが初夢、
と定義された。
一年を占う大切な初夢なので、
先人達は、良い夢をみる為に、色々と努力した、と言われている。
私がこの朝にこのブログに綴ったのは、
無職のある上、古来の日本に帰ったと理解して頂きたい。
・・】
この日の午後の4時半になると、
【 続・初夢の日は・・♪ 】
と題して、投稿している。
【・・
先程も綴ったが、初夢は今夜にみる夢が、初夢の日である。
私のコメント欄、掲示板にも、綴られてきましたので、お子様方にも誤解を招くので、
第一、お子様の教育上、悪影響をもたらしますので、
あえて『続・初夢の日は・・♪』を綴った次第です。
誤解を招き、おわび致します♪
・・】
この年の翌日の1月3日に於いては、
【 初夢談義・・♪ 】
と題して、投稿していたが、今回も再掲載をする。
【・・
先程、年賀状の返信を送付する為、近所の郵便ポストに行った時、
近所にお住まいの大学教授を退官された碩学(せきがく)と、郵便ポストの前で逢った。
私は目礼をすると、近寄ってきて、
『君ねぇ、近いんだから、お茶でも呑みに来なさい・・』
と言われた。
私より10歳前後の年配者で、大学を退官された後、私立大で5、6年教えられ、
その後、隠居したと明言しているお人であった。
確か、国文学を専攻されていた、お人でもあった。
私は初夢の事を話題とした。
『初夢は室町時代の前は、元旦にみる夢が初夢と称していましたが、
室町以降は仕事初めを2日からしていましたので、
日中に働いて、その夜にみる夢こそ一年を占うので初夢と・・』
と私は言った。
『そうしたのを余計な知識なのょ・・
第一、現代社会は御用始めなどは、三が日あけてからじゃないの・・』
と碩学は言った。
『今の社会では、元旦、とか2日がどちらが初夢なのかは・・
良い夢をみた方を初夢と思えば良いのょ・・
君もねぇ、もっと自在に生きなさいょ・・』
と私は言われてしまった。
私は返す言葉を失って、
『はい、努力します・・』
と答えた。
私はこの人の後姿を見送り、心が健在なので安堵した。
・・】
この2005年の正月は、前年の秋に私は定年退職をしていたので、
初めての定年後の正月を迎え、無念ながら初夢に関しては、綴っていない。
むえず、初夢の代わりに、この年の元旦に新年の挨拶を投稿した後、
【 『春の海』に託して・・。】
と題して、投稿文があるので、初夢り代わりに現(うつつ)の出来事、思いを再掲載をする。
【・・
家の庭と付近の路上が、昨日、めずらしく雪が降り、雪が残っている・・。
雪かきを新年早々にすることにした。
玄関口と家の廻りの路地を雪かきしていたら、汗ばみ、運動不足にもってこい、と思え2時間ばかりした。
その後、風呂に入り、髪を洗い、髭をそり、ぬるめの風呂に長い間ひたっていた・。
昨夜より、家内の母が来宅し、昨夜の遅くまで色々と積もる話をしていたので、ついつい飲みすぎてしまう・・。
話の主題は家内の父が10月に亡くなったので、妻からみた夫の話になってしまう・。
家内の母が恒例の新年挨拶に出かけたので、家内と遅めの朝食とする。
宮城道雄の『春の海』を聴きながら、普段呑み酒より、頂き物のはるかに高級の辛口を飲む。
庭に残っている雪を見ながら、家内と話がはずむ。
以前だったら、茶室で家内と新年の挨拶をした後、御節をたべながら、冷酒を呑むのが恒例であったが、
年を重ねると居間のテーブルと炬燵を行き交い、利便性に妥協してしまう。
酔い覚ましに庭にでたら、雪が陽を受けて、その雪の上に紅葉(モミジ)の朱色の葉が10数枚が散っていた・・。
このような情景を見つめていたら、山川草木のよすがにすがり、この一年を一日一日を大切に過ごそう、と思った・・。
・・】
このように私は、退職後の初夢などを遡(さかのぼ)って掲載してきたが、
読み返した今、その年はこのようなことであったか、と幼い綴りであるが、
懐かしいのが本心である。
href="http://www.blogmura.com/">
【 初夢の日は・・♪ 】
と題して、投稿していたので、今回も再掲載をする。
【・・
ある知識人によれば、『初夢』は元旦の夜にみる夢である。
室町時代より、2日の夜にみる夢を初夢の日に変わったが、
仕事はじめの日に働いて上、その夜にみる夢こそ、一年を占うのが初夢、
と定義された。
一年を占う大切な初夢なので、
先人達は、良い夢をみる為に、色々と努力した、と言われている。
私がこの朝にこのブログに綴ったのは、
無職のある上、古来の日本に帰ったと理解して頂きたい。
・・】
この日の午後の4時半になると、
【 続・初夢の日は・・♪ 】
と題して、投稿している。
【・・
先程も綴ったが、初夢は今夜にみる夢が、初夢の日である。
私のコメント欄、掲示板にも、綴られてきましたので、お子様方にも誤解を招くので、
第一、お子様の教育上、悪影響をもたらしますので、
あえて『続・初夢の日は・・♪』を綴った次第です。
誤解を招き、おわび致します♪
・・】
この年の翌日の1月3日に於いては、
【 初夢談義・・♪ 】
と題して、投稿していたが、今回も再掲載をする。
【・・
先程、年賀状の返信を送付する為、近所の郵便ポストに行った時、
近所にお住まいの大学教授を退官された碩学(せきがく)と、郵便ポストの前で逢った。
私は目礼をすると、近寄ってきて、
『君ねぇ、近いんだから、お茶でも呑みに来なさい・・』
と言われた。
私より10歳前後の年配者で、大学を退官された後、私立大で5、6年教えられ、
その後、隠居したと明言しているお人であった。
確か、国文学を専攻されていた、お人でもあった。
私は初夢の事を話題とした。
『初夢は室町時代の前は、元旦にみる夢が初夢と称していましたが、
室町以降は仕事初めを2日からしていましたので、
日中に働いて、その夜にみる夢こそ一年を占うので初夢と・・』
と私は言った。
『そうしたのを余計な知識なのょ・・
第一、現代社会は御用始めなどは、三が日あけてからじゃないの・・』
と碩学は言った。
『今の社会では、元旦、とか2日がどちらが初夢なのかは・・
良い夢をみた方を初夢と思えば良いのょ・・
君もねぇ、もっと自在に生きなさいょ・・』
と私は言われてしまった。
私は返す言葉を失って、
『はい、努力します・・』
と答えた。
私はこの人の後姿を見送り、心が健在なので安堵した。
・・】
この2005年の正月は、前年の秋に私は定年退職をしていたので、
初めての定年後の正月を迎え、無念ながら初夢に関しては、綴っていない。
むえず、初夢の代わりに、この年の元旦に新年の挨拶を投稿した後、
【 『春の海』に託して・・。】
と題して、投稿文があるので、初夢り代わりに現(うつつ)の出来事、思いを再掲載をする。
【・・
家の庭と付近の路上が、昨日、めずらしく雪が降り、雪が残っている・・。
雪かきを新年早々にすることにした。
玄関口と家の廻りの路地を雪かきしていたら、汗ばみ、運動不足にもってこい、と思え2時間ばかりした。
その後、風呂に入り、髪を洗い、髭をそり、ぬるめの風呂に長い間ひたっていた・。
昨夜より、家内の母が来宅し、昨夜の遅くまで色々と積もる話をしていたので、ついつい飲みすぎてしまう・・。
話の主題は家内の父が10月に亡くなったので、妻からみた夫の話になってしまう・。
家内の母が恒例の新年挨拶に出かけたので、家内と遅めの朝食とする。
宮城道雄の『春の海』を聴きながら、普段呑み酒より、頂き物のはるかに高級の辛口を飲む。
庭に残っている雪を見ながら、家内と話がはずむ。
以前だったら、茶室で家内と新年の挨拶をした後、御節をたべながら、冷酒を呑むのが恒例であったが、
年を重ねると居間のテーブルと炬燵を行き交い、利便性に妥協してしまう。
酔い覚ましに庭にでたら、雪が陽を受けて、その雪の上に紅葉(モミジ)の朱色の葉が10数枚が散っていた・・。
このような情景を見つめていたら、山川草木のよすがにすがり、この一年を一日一日を大切に過ごそう、と思った・・。
・・】
このように私は、退職後の初夢などを遡(さかのぼ)って掲載してきたが、
読み返した今、その年はこのようなことであったか、と幼い綴りであるが、
懐かしいのが本心である。
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