最終章 旅の終りも越後湯沢の美人と言葉を重ね
8日の夕食の時、明日で越後湯沢とお別れだね、と前に席に座っている家内に私は話しかけたりした。
この食事処は、創意工夫のある数多くの料理を頂いた上、
仲居さんの微笑みの中、今回の旅に参加した私たち一同は楽しく過ごさせて貰った。
私はおしゃべりで呑兵衛のひとりなので、隣席の同行した人たちと談笑を重ねてきた。
或いは仲居さんの中で、セミロングの方が食事時はポニーテール風に髪を束ねて上、
何かと私たちに気配りして下さったり、
もうひとりの方はショートヘアーの方も颯爽と各テーブルを廻っていた。
いずれも黒髪で30代の前半ぐらい美麗で、制服と思われる半袖の黒シヤツが私にはまぶしかった・・。
そして私は、ビールをもう一本下さい、とショートヘアーの方も言ったりして、
二言三言を言葉を重ねたりした。
清潔感があり健気に明るく言葉で応じてくれ、私は楽しげな顔をしていたらしく、
家内は笑ったりしていた。
私は館内の仲居さん、フロントのスタッフの男女の方たちも、
少しばかりの越後湯沢の文化、風土、食べ物などを話題にしてきたので、
お客の立場としてではなく、お互いに謙虚に言葉を重ねて余情があれば、これ以上のことはない、
と私は思っているひとりである。
今回の旅のお土産としては、いつものように家内は数多く買い求めていたが、
私としては特に魅せられたのは洋菓子の場合は、『地酒生ショコラケーキ』であり、
お煎餅は純和風米菓子と称された『こめ・米煎餅』、
漬物類は、『芽生姜(めしょうが)の塩麹(こうじ)漬け』であった。
そして吞んだ地酒は、『八海山』の純米吟醸、『鶴齢(かくれい)』の純米吟醸であり、
帰路の際、買い求めたのは『巻機(まきはた)』の純米吟醸であった。
いずれも4合瓶であり、この地の南魚沼地方で人々から育(はぐく)まれた酒であり、
文化のひとつでもある。
帰路、新幹線で東京駅に向かう車中、
宿泊先を辞する時、お騒がせしまして、色々とお世話になりまして、
と私は仲居さんをはじめ、フロントの方たちに言葉をかけたので、
この中のひとりのセミロングの仲居さんの笑顔を思いだされた・・。
東京駅で私たち一行はお互いに別れる時、
再びお逢いしたいですねぇ、と私も家内も何かと言葉を重ねてきた一行の人たちに、
私たちは挨拶を重ねたりした。
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この食事処は、創意工夫のある数多くの料理を頂いた上、
仲居さんの微笑みの中、今回の旅に参加した私たち一同は楽しく過ごさせて貰った。
私はおしゃべりで呑兵衛のひとりなので、隣席の同行した人たちと談笑を重ねてきた。
或いは仲居さんの中で、セミロングの方が食事時はポニーテール風に髪を束ねて上、
何かと私たちに気配りして下さったり、
もうひとりの方はショートヘアーの方も颯爽と各テーブルを廻っていた。
いずれも黒髪で30代の前半ぐらい美麗で、制服と思われる半袖の黒シヤツが私にはまぶしかった・・。
そして私は、ビールをもう一本下さい、とショートヘアーの方も言ったりして、
二言三言を言葉を重ねたりした。
清潔感があり健気に明るく言葉で応じてくれ、私は楽しげな顔をしていたらしく、
家内は笑ったりしていた。
私は館内の仲居さん、フロントのスタッフの男女の方たちも、
少しばかりの越後湯沢の文化、風土、食べ物などを話題にしてきたので、
お客の立場としてではなく、お互いに謙虚に言葉を重ねて余情があれば、これ以上のことはない、
と私は思っているひとりである。
今回の旅のお土産としては、いつものように家内は数多く買い求めていたが、
私としては特に魅せられたのは洋菓子の場合は、『地酒生ショコラケーキ』であり、
お煎餅は純和風米菓子と称された『こめ・米煎餅』、
漬物類は、『芽生姜(めしょうが)の塩麹(こうじ)漬け』であった。
そして吞んだ地酒は、『八海山』の純米吟醸、『鶴齢(かくれい)』の純米吟醸であり、
帰路の際、買い求めたのは『巻機(まきはた)』の純米吟醸であった。
いずれも4合瓶であり、この地の南魚沼地方で人々から育(はぐく)まれた酒であり、
文化のひとつでもある。
帰路、新幹線で東京駅に向かう車中、
宿泊先を辞する時、お騒がせしまして、色々とお世話になりまして、
と私は仲居さんをはじめ、フロントの方たちに言葉をかけたので、
この中のひとりのセミロングの仲居さんの笑顔を思いだされた・・。
東京駅で私たち一行はお互いに別れる時、
再びお逢いしたいですねぇ、と私も家内も何かと言葉を重ねてきた一行の人たちに、
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