夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

桜花が彩(いろど)った時節に、つたない69歳の私は、愛惜を重ねて別れを告げて・・。

2014-04-07 16:43:06 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の69歳の身であるが、
世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に結婚前後の5年を除き、
63年近くこの地に住んでいる。

10時半過ぎに平素の買物の専任者の私は、スーパーで家内からの依頼品を買い求め、帰宅した後、
本日はどのコースを散策しょうかしら、と少し思案した後、野川の遊歩道とした。

私の住む所は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の辺鄙な処で、
住宅街で家並みが密集しているが、
自宅の近くに野川が流れ、この両岸に遊歩道があり、私は何かしら解放感を感じて、
上流に向かったり、ときには下流に向かったりし、
こよなく歩いているコースのひとつであり、本日は下流沿いとした。

このような思いになったのは、桜並木があり、私は一週間前に満開となり、
私は微笑みながら桜花の下を歩いたりしたが、
やはり桜花は散ってしまったかしら、と気になり向ったのである・・。

やがて10数年前に小公園のある10数棟マンションの前の遊歩道を歩いていた時、
この小公園の広場で、多くの方が芝生の上に座り、花見をしていて私は微笑んだりした・・。
          

幸いに桜花は快晴の17度前後の暖かな中、少しは散り始めて、ときおり微風が吹くと、
舞い上がり、やがて地上に落下し、周辺に散りばめていた。
古来の人たちは、このような情景を花衣(はなごろも)と称してきた思い馳せ、私は足を止めて見惚れたりした。
          

そして私は再び歩きだすと、前方から若きママに引率されるように児童を見かけ、
この近くに区立の小学校があり、入学式の帰路なのかしら、と私は感じたりした。

やがて若きママはツー・ピースを召されて、数歩遅れに歩いている男の児が真新しい制服、
或いは女の児は若きママに手をつながれて歩いてきたりした。
そして6組ぐらいのピカピカの新入生に、私は眩(まぶ)しげに見惚(みと)れたりした・・。

やがて数分過ぎた頃に、遠ざかって行ったこの方たちを、私は振り返って写真を撮ってしまった。
          
        
この後、私は再び遊歩道を歩き、対岸への橋を歩いたりした。
          

私が歩いてきた遊歩道は、両岸にあり、川沿いには小路がある中で、
何かしらキャンバスを立てて絵を描いている方たちが10人ぐらいいて、
私は絵心の素養もないが、その人なりの風景画の発露は素敵だよねぇ、と思ったりした。

そして対岸の遊歩道を歩いて、桜花を見上げたりしていた。
          
或いは近づいて、見惚れたりしていた。
                    

こうしていた時、若き女性のふたりが散策して近づいてきた・・。
何かしらツーピースをきちんと召されていたので、
近くにある大企業の研修センターがあることを私は思いだして、
研修を受講されている新社会人の方たちかしら、と感じたりしていた。

そして休憩の合間、桜並木を散策されて、桜花の鑑賞のひとときと私は思ったりした。

やがて若き女性のひとりが、相手方の若き女性に、
『こうした桜を観ると、あたし直太郎の『さくら(独唱)』の歌を感じてしまうの・・』
そして『あたしの中学校の卒業式に、桜が咲いて、あたしたち皆で『さくら(独唱)』を唄ったのょ・・』
という話し声が、私は聞こえてしまったのである。

私は桜の視える近くのベンチに座り、休息とした。
                  

そして私は先ほどの若き女性の言った森山直太郎の『さくら(独唱)』の歌に、
思いを馳せたりした・・。

私のサラリーマン現役時代は、中小業の多い音楽業界のあるレコード会社に勤めていたが、
1998年(平成10年)に業界のCDを中核とした売上げがピークとなり、その後は業界全体が縮小した。
この前後に、それぞれの会社が再構築がよぎなくされ、リストラなども行われた。

私たちの同世代は、定年退職時が60歳であり、
暗黙として、お互いに定年退職まで、頑張ろうとする意志は大半であった。
そして、もとより若き入社時代から人生設計の主軸として過ごしてきた・・。

こうした中で、私の知人の多くは50代となり、
組織の見直しによる人事配置転換の人事異動、出向、そして早期退職優遇制度による退職などの烈風となった・・。
このような形で、同じ時代の空気を共にした上司、同僚、後輩などと別離があり、
業界から去った人も数多くあった。

私自身も1999年(平成11年)の初春、55歳の少し前に出向となってしまった。
          

私の出向先は、委託しているCD、DVD等の音楽商品を保管・管理する物流情報会社であり、
通勤としては、ほど遠く、この中のひとつの物流センターに配属された。

私の住む自宅からバスに乗った後の最寄り駅は、小田急線の成城学園前であり、
30年近く情報畑、管理畑に勤めた本社で勤務していた時は、
自宅を8時過ぎに出て、都心に向かって一時間で通勤していた。

そして出向先は、自宅を6時過ぎのバスの始発に乗車し、成城学園前からは下り方面の本厚木駅に行った後、
バスに乗り換えて物流倉庫の多い処まで、一時間半ばかりで通った。

職場状況、そして通勤状況も大幅に変貌したので、初めの半年ぐらいは戸惑いながら、
つたない私でも、もとより出向は本社機能の戦力から不必要だと烙印を押されたことであるので、
まぎれなく都落ちで、敗北感が充満し失墜感で気落ちした・・。

この後、何とか半年後に私は職場の業務にも馴染み、
この間に、私の勤めていた出向先の物流情報会社も大幅なリストラがあったり、
かって30年近く勤めていた出向元のあるレコード会社も幾たびかリストラが実施され、
こうした中で、私なりに奮戦し、定年退職を迎えた。

そして、私は出向身分であったので、何とか烈風から免れたのも事実であり、
定年前の退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。
          

私が勤めた物流センターは、CD、DVD等の音楽商品を保管・管理する部署であった。
センター長を始め、私も含めて正社員5名を中核に、
若き20代の男性の契約社員10名前後、そして女性パート120名前後の中で、
全国のCD販売店、卸店などからの注文に応じて、即日出荷するのが、業務が大半で、
私は主要曲の出荷量を予測したりし、効率よく迅速に出荷できるような業務も責務のひとつであった。

こうした中で、2003年(平成15年)3月の初め発売された森山直太郎の『さくら(独唱)』のCDシングルは、
発売日の初回枚数がわずか1500枚前後であったと記憶している。

この当時、かって勤めていた出向元のあるレコード会社からは、
毎月発売されている新譜と称されるCD、DVD等の音楽商品に関して、
邦楽、洋楽、クラシックなどは、少なくとも100種類はあった。

その上に既に前月までに発売されている旧譜と称されるの商品は、
1万5000種類は超えて、この中の一部にヒット曲もあり、主要曲として出荷量の大半を占めていた。

こうした状況であったので、3月5日に発売された森山直太郎の『さくら(独唱)』は、
初回枚数が余りにも少なく、私は注視することがなかった。

やがて桜の花が本州を北上するように、
この曲のCDが次第に上昇し、私は明日は3千枚ぐらいかしら、と予測して、
若手の男性契約社員に、商品を揃えるように依頼したりした。
               
しかし大半が私の当日出荷枚数を超えて、
私はCD5000枚単位のパレットを保管倉庫から出荷しやすい場所に移動させたり、
そして私が予測した以上の曲の数々の商品に於いても、現場を駆けずり廻っていた。
          

この頃の私は、通勤時にCDウォークマンで数々の曲を聴き、
音楽専門雑誌を読みながら、それぞれの曲の出荷を予測の基礎としていたが、
30年近くレコード会社で情報・管理畑で体験した身でも、需要予測は難しいのである。

特に数多い音楽商品の場合は、人々の好みを予測し、この中の一部の方が一枚を購入して下さるので、
まぎれなく生きた心の商品でもある。

結果として、森山直太郎の『さくら(独唱)』は、東北の北部に桜の咲く時期まで、活発に動き、
5月の初めの大型連休の頃、ミリオン・セラーと称せられる百万枚となり、その後も出荷を重ねた。

私にとっては、たまたま定年退職の前の年に、この曲が、
私の予測を遥かに超え、思いで深い曲のひとつとなった・・。
          

この当時の頃のCDシングルは、何曲も収録されているのが、流行だった。
このCDシングルも『さくら(独唱)』、『さくら(合唱)』、『さくら(伴奏)』、そして別の曲の『手紙』が入っていた。

私は『さくら』を3回ばかり聴いた後、『さくら(合唱)』が最も好きな曲となった・・。
何よりも女子高等学校の音楽部の方達が合唱に加わり、
より一層、哀切、惜別が醸(かも)し出されいる、と公言したりした・・。

このように私なりに体験をしたので、本社に勤務を含めた35年間でも、
数多くのヒット曲にめぐり逢えたが、とりわけ森山直太郎の『さくら(独唱)』の歌は、
思いで深い曲のひとつとなっている・・。
          

そして昨今、中学生、高校生の間で、卒業式の愛唱歌として唄われる、
と私は風の噂で聞いたりすると、
作詞も良し、メロディーも良し、そして唄声も心に残る、と私は確信を深めて、
そうですよねぇ、と心の中で呟(つぶや)きながら、微笑(ほほえ)む時もある。

このようなことを私は思い馳せたり、この森山直太郎の『さくら(独唱)』の出荷作業に奮闘していた時から、
早くも11年の歳月が過ぎてしまった、と微苦笑したりして、
そして年金生活をしていると実に早く過ぎ去ってしまう、と思いを重ねたりし、帰路に向った。

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コメント (2)
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