私は東京郊外の調布市に住む年金生活の69歳の身であるが、
古惚けた一軒屋に家内と2人だけで日々を過ごしている。
陽春に恵まれたこの時節、主庭のテラス、玄関庭の軒下などに下り立ち,
常緑樹の新芽、落葉樹の芽吹き、幼葉などを眺めながら、
季節のうつろいに深く心をよせたりしている。
私は読書も好きであるので、居間のソファに座りながら、
その日の心情に応じた本を開いたりしている・・。
先ほど、ぼんやりと一冊の本を本棚から抜き取り、しばらく読みふけっていたのである。
『色の歳時記 ~目で遊ぶ日本の色~』(朝日新聞社)という本であるが、
私が本屋で昭和62年(1987年)の晩秋の頃、
偶然に目にとまり、数ページ捲(めく)ったりして、瞬時に魅了され本であった。
その後、一年に数度ぐらい、毎年愛読している本のひとつでもある。
巻頭詩として、『色の息遣い』と題されて、
詩人の谷川俊太郎氏が、『色』、『白』、『黒』、『赤』、『青』、『黄』、
『緑』、『茶』と詩を寄せられ、
写真家の山崎博氏がこの詩に託(たく)した思いの写真が掲載されている。
そして、詩人の大岡信氏が、『詩歌にみる日本の色』と題されて、
古来からの昨今までの歌人、俳人の詠まれた句に心を託して、綴られている。
本題の『色の歳時記』としては、
春には抽象水墨画家・篠田桃紅、随筆家・岡部伊都子、造形作家・多田美波、
夏には英文学者・外山滋比古、随筆家・白州正子、女優・村松英子、
秋には俳人・金子兜太、歌人・前 登志夫、歌人・馬場あき子、
冬には詩人・吉原幸子、作家・高橋 治、作家・丸山健二、
それぞれの各氏が『私の好きな色』の命題のもとで、随筆が投稿されている。
そして、これらの随筆の横には、季節感あふれる美麗な情景の写真が 幾重にも掲載されている。
或いは『日本の伝統色』と題し
伝統色名解説として福田邦夫、素材にあらわれた日本の色の解説される岡村吉右衛門、
この両氏に寄る日本古来からの色合い、色彩の詳細な区分けはもとより、
江戸時代の染見本帳、狂言の衣装、江戸末期の朱塗りの薬箪笥、
縄文時代の壺、黒塗りに朱色の蒔絵をほどこした室町期の酒器、
江戸時代のいなせな火消しの装束など、ほぼ余すことなく百点前後に及び、紹介されている。
『色の文化史』に於いては、
京都国立博物館・切畑 健氏が、歴史を彩る色として、
奈良時代以降から江戸時代を正倉院御物の三彩磁鉢、
西本願寺の雁の間の襖絵として名高い金碧障壁画など十二点を掲載しながら、具現的に解説されている。
この後は、『色彩の百科』と題され、暮らしに役立てたい色彩の知識、としたの中で、
女子美術大学助教授・近江源太郎氏が『色のイメージと意味』として、
『赤』、『ピンク』、『オレンジ』、『茶』、『黄』、『緑』、『青』、『紫』などを、
現代の人々の心情に重ねながら、さりげなく特色を綴られている。
そして『配色の基礎知識』としては、日本色彩研究所・企画管理室部長の福田邦夫氏により、
《配色の形式は文化によってきまる》、
《情に棹(さお)させば流される》
などと明示しながら綴られれば、私は思わず微笑みながら読んでしまう。
最後の特集として、『和菓子』、『和紙』、『組紐』、『染』、『織』が提示されて、
掲載された写真を見ながら、解説文を読んだりすると、
それぞれのほのかな匂いも感じられるようである。
そして最後のページに『誕生色』と題されたページが、
さりげなく掲載されて折、私は読みながら、思わず襟を正してしまう。
北越の染めと織物の街・十日町の織物工業共同組合が、
情緒豊かな日本の伝統色を参考にとして、十二ヶ月の色を選定していたのである。
無断であるが、この記事を転載させて頂く。
《・・
『誕生色』と命名して現代の暮らしに相応しい《きもの》づくりを行っている。
『誕生石』にもあやかって興味深い試みである。
1月
おもいくれない『想紅』
初春の寒椿の深い紅。
雪の中で強く咲き誇っている姿に華やぎ。
2月
こいまちつぼみ『恋待蕾』
浅い春に土を割る蕗のとう。
若芽のソフトな黄緑が春を告げる。
3月
ゆめよいざくら『夢宵桜』
春のおぼろ、山桜の可憐な色。
桜、それは心躍る春の盛りを彩る。
4月
はなまいこえだ『花舞小枝』
春風に揺れる花を支える小枝。
土筆(つくし)もまた息吹いている。
5月
はつこいあざみ『初恋薊』
風薫る季節の薊の深い紫。
5月の野には菖蒲も咲き、目をなごます。
6月
あこがれかずら『憧葛』
さみだれが葛を濡らして輝く緑。
蓬、青梅・・緑たちの競演がいま。
7月
さきそめこふじ『咲初小藤』
夏近し、紫露草のうすい紫。
きらきらと夏の光の中で、緑の中で。
8月
ゆめみひるがお『夢見昼顔』
夏の涼しさに朝顔、昼顔。
庭に野に夏には欠かせない風物の彩り。
9月
こいじいざよい『恋路十六夜』
月冴えるころ朝露に身を洗う山葡萄の深い紺。
十六夜の色にも似て。
10月
おもわれしおん『想紫苑』
風立ちて、目もあやに秋の七草。
野に咲き乱れる桔梗と紫苑の色。
11月
こいそめもみじ『恋染紅葉』
秋の野の残り陽に照る紅葉の赤。
心にしみ入るぬくもりのかたち。
12月
わすれなすみれ『勿忘菫』
淡雪のほのかな思い。
菫が咲き、小雪が舞う季(とき)の色。やすらぎの感覚。・・》
注)記事の原文より、あえて改行を多くした。
私はこうした美しい言葉、綴りに接すると、
その季節に思いを馳せながら、その地の風土を想い、心にひびき、香り、そして匂いまで伝わったくる。
日本風土の古来からの人々の営みの積み重ねの日常生活から、
さりげなくただよってくる色あいの結晶は、まぎれない日本文化のそれぞれの伝統美でもある。
この本は、昭和58年(1983年)に発刊されているので、
稀なほど優れた執筆陣でありながら、現在は無念ながら故人となられた人が多いのである。
こうした遺(のこ)された随筆などを、改めて読んだりすると、
日本風土と文化に限りなく愛惜されているので、
日本文化を愛する人たちへの遺書のひとつかしら、とも思ったりしている。
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