夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

この時節の風物詩のひとつには、『目には青葉・・』・・。  

2009-05-02 07:03:55 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活5年生の64歳の身であるが、
昨日の昼下がりは、24度前後の五月下旬のような陽気に恵まれ、
半袖のスポーツシャツで微笑んだりしていた。

私は5月になり、世の中は大型連休か、と思い浮かべながら、
主庭を下り立ち、煙草を喫いながら、新緑の樹木を褒めたりし、
薫風に身をゆだねたりした・・。

目には青葉 山ほととぎす はつ松魚(かつお)

どういう思いなのか、江戸時代の俳人・山口素堂の創作された句が浮んだりした。

現代の俳壇の雄である長谷川 櫂・氏の解説に寄れば、

【・・
鰹(かつお)は春、黒潮に乗って日本の南岸を北上し、
初夏、関東の沖に達する。
『かまくらにて』と前書がある。
目にしみるような青葉の山で時鳥が鳴き、浜は初鰹の漁で賑わっている。
鎌倉の初鰹はただちに江戸に運ばれ、高値で売りさばかれた。
・・】

このような解説が綴られている。


江戸時代から、多くの人々にこの時節に里山の若葉きらめく中、
新緑の樹木を褒(ほ)め、
鳥も歌い、そして初鰹を賞味していた、と思いを馳せたりした。

私は一昨日の夜、鰹を頂いたが、私なりに毎年この時節、鰹の刺身を褒めたりしている。
そして、どうしたわけか解からないが、
昨夜も鰹の刺身が夢の世界のひとつにでてきて、
今朝ぼんやりとしながら、微苦笑している。


5日前、買物の途中、歩道と道路のグリーンベルトが
白の躑躅(つつじ)が咲いていた・・。

300メートルぐらいの長さにわたり、幅2メートルのグリーンベルトであり、
この周辺の風景を変貌させるようだった。

スーパーに入ると、鶏肉か牛肉かに迷って、後に決めようとして、
何気なし魚のコーナーに立ち寄った。

鰹が身の色が鮮やかな薄紅色だったので、夕食は鰹の刺身と決めた。
我が家では、醤油にニンニクと生姜(ショウガ)、そして細ネギを加味しただけであるが、
日本酒かビールを呑みながら頂くと、風薫る新緑の時節になった、
と実感させられるのである。

私は食べ物に関しては、出来る限り旬のものを基軸して、
感謝しながら食味しているが、季節感を大切にしたいためである。


遠い昔、昭和43年頃、
私は大学を中退し、映画・文学青年の真似事をしていた時、
自由な時間が欲しくて、契約社員として警備員をしていた時期もあった・・。

派遣先が都心のスーパーマーケットであった。

その中に、魚コーナーがあり、この責任者と直ぐに仲良くなった。

この頃は、私は家族5人に囲まれながら実家にいたので、
旬の鰹を家に持ち帰ろうとした。

『多少たかくても・・鮮度の良いのを一本お願い・・』
と私は魚コーナーの責任者にお願いした。

数日後、いつものように徹夜明けの勤務を終えて退社する時、
声を掛けられ1本の鰹を手渡してくれた。
体長60センチを越えるくらいの縞模様がはっきりし、
身が締っているようだった。

私は礼を言い、給料の10日分に相当する額を支払った。

その晩、長兄が捌(さば)き、義姉に喜んでもらい、
独身の身であった次兄、私、妹の2人たちの皆な家族で
談笑しながら、頂いた・・。

そして、まもなく各人が実家から独立し、
もうあのような無邪気の光景は戻らなく、世間の荒波に巣立ったのである。


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改めて、我が家のテラスの前にあるモミジの樹木は・・。

2009-05-01 17:44:40 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活5年生の64歳の身であるが、
古惚けた我家の居間の前は落葉樹の多い主庭であり、
この中の一角にテラスがあり、付近にモミジの樹木もある。

30年数年頃、一戸建てを建てた時、
若気の勢いで家の中に茶室などを設置しまい、
庭の造成の予算が乏しくなり、実家の長兄宅から幼い雑木を貰い受けたりした。

この中の1本がこのモミジであり、
かぼそかった主幹であったが、数年過ぎれば、
それなりに成長した。


早春の芽吹き、萌黄色の幼い葉、そして緑色と色合いを深め、
夏は強い陽差しの木陰となり、
晩秋には朱色に染められ、錦繍の世界を褒(ほ)め、
やがては葉を落とし、樹木の周囲は朱色の絨毯のようになり、
風が吹けばテラスの付近も吹き寄せのようになる。
そして冬になれば、主幹と枝の裸樹となり、柔らかな陽差しを受けたりしている。


5年過ぎた春、次兄が突然に自裁した後、
私は会社から帰宅するたびに、深夜になると、
居間の外れに腰かけて、茶碗酒を呑みながら、
どうしてそこまで踏み切ったの、と戸惑いながら、ため息をしたりし、
モミジの樹木に問いかけは、涙ぐんだりした・・。

そして10日ばかり過ぎた頃、私なりに次兄の追い詰められた心情を
遅ればせながら私になりに了解したのである。


平成の初めの年、台風による強風で、
2階の上の屋根にあるテレビのアンテナが落ちてきて、
テラスに散乱し、付近の茶室の雨戸、洋間のガラス戸などを壊れるところ、
たくましく大きく育ったモミジの枝葉が受けた留めてくれたりした。


私は定年退職後、煙草を室内厳禁と自ら宣言した後は、
主庭にたたずんだり、このテラスなど煙草を喫ったりすることが多い。
そして5月頃からは陽差しが強くなるので、
私はモミジの木陰に身を寄せたりしている。


3年前の夏に、私はこの樹木を手入れしていた時、
枝葉の中にスズメ蜂の巣があったのを知らず、私は蜂に刺されて、
病院で簡単な治療を受けたりした。
翌日、市の専門家により、スズメ蜂の巣を駆除して貰ったりした。


このようなモミジであるが、
私が居間にある食卓で新聞を読んだり、食事をしたり、
家内と他愛ない話をする日常生活を、
30数年間見つめられている・・。

先程、昼寝から目覚めた後、私はぼんやりとテラスに下り立ち、
微風を受けながら、モミジの枝葉が揺らぐ中、
煙草を喫ったりしていた。



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『皐月(さつき)』を迎えて、私は微笑みながら・・。

2009-05-01 08:51:03 | 定年後の思い
昨夜、卯月の4月のカレンダーに別れを告げ、
新たな皐月の5月のカレンダーを見ながら、若葉の風薫る時節にそうこ~そ、
と心の中で呟(つぶや)いたりしていてた。

この後、私は玄関庭に下り立ち、煙草を喫いながら、夜空を眺め、
三日月が余りにも美麗だったので、少しばかり見惚(みと)れていた。


私は東京郊外の調布市に住む年金生活5年生の64歳の身であるが、
家内は実家で大掃除などを終えて昨夕帰宅し、
私は独り身の日々は少しばかり緊張していたので、
いつものように2人の生活に戻ったせいか、
今朝は大いに寝坊し、朝の七時過ぎに主庭でまぶしい陽射しを受けていた。

そして、樹木を眺めたりしたが、若葉の彩りを深めてきた、
と感じたりしたのである・・。

地元の天気情報をぼんやりと視聴していたら、
朝の6時は13度、昼下がりは24度前後、夕暮れの6時は20度前後で、
明日までは5月の下旬のような快晴に恵まれます、
と報じていた。

私は天上の気候の神々は、大型連休を多くの人々が迎えられている最中の折、
日頃は多忙な生活を過ごされているので、
せめて皐月晴れの中で、ご家族でゆったりとお過ごし下さい、
とささやかな贈り物をしたと思ったりした。

そして私はこの時節の情景を褒(ほ)めながら、

♪ゆく春の惜しまれるこの頃ですが

♪目に青葉 山ほととぎす初鰹と申しておりますが

♪皐月晴れの空には鯉幟のひるがえる時節を迎え

♪紺碧の空の色合いは、心身は爽快なの一言に感じ

♪吹く風もいちだんと心地よく感じられ、薫風と申された古人に

♪昼下がりは汗ばむほどに暑さとなりまして

といったような心情となる思いながら、
この時節は、たぶんここ百年の人々からも、このように感じられたと
ぼんやりと感じたりした。


そしてこの後、齢ばかり重ね恥ずかしい身であるが、
こっそりと、『皐月』の由来などを調べたりした。

国語に詳しい詩作家の道行めぐ・女史に寄れば、
【・・
『さ』は、耕作を意味する古語。
稲作の繁忙期である為、この月は『さ月』と呼ばれるように、
漢字の『皐』には、神に捧げる稲という意味がある為に
この字が当てられたそうです。

『早苗(稲の若苗)月』といっていたのが、
詰まって『さつき』になった説もあります。
・・】

このように優しく明示されていたので、
私は微笑んだりし、少しボケた身ながら、道行めぐ女史に感謝、
と心の中で呟(つぶや)いたりした。



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