蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

燃え尽きた夏…(その1)

2008年07月13日 | 季節の便り・旅篇

 表面の美しさだけで判断してはいけない……改めてそのことを痛感させられた旅になった。楽しかった高揚感の底に、冷たく暗い影が澱んでいる。

 豪雨襲来の予報を片耳に聞きながら、暗い雲に覆われた福岡空港を飛び立った。6月も末近く、愈々梅雨最盛期に差し掛かる時節である。梅雨前線を越えて飛ぶ不快な揺れもなく、雲の上の真っ青な空を見ながら南に向かった。
 ハワイ・カウワイ島でのトレッキングを楽しみ、成田経由帰省する筈だったアメリカの娘夫婦(トモとマサ)は、ホノルル空港で機材故障のためフライトキャンセルという、思いがけないアクシデントに巻き込まれた。1日足止めを食った後、名古屋経由で福岡に戻って、辛うじて日曜夜の親戚達の集まりに滑り込んだ。学校や仕事の都合をやりくりして、家族4人揃って横浜から駆けつけてくれた長女一家と共に、我が家の全家族8人が初めて…本当に初めて、故郷・太宰府の我が家で、同じ屋根の下で眠る一夜を過ごした。こんな夜が、今度はいつ実現するのだろう?……そんな思いがふと去来する。長女一家は、翌日朝一番の便で慌しく横浜に帰っていった。
 一昨年末の電撃結婚のささやかなお披露目の意味もあった帰国だったが、何しろ4年振りである。時差呆けをよそに、博多座で昼夜2回の歌舞伎にハマったり、カナダ時代の友人に会いに行ったり、玉名温泉に1泊して、霧の中を菊池渓谷から大観峰に抜けて小国から下ったり、家族の記念写真を撮りに写真館に走ったり、太宰府天満宮に詣でて九州国立博物館を覗いたり……わずか6日間に、納まりきれないほどのスケジュールをつむじ風のようにこなして、ようやく親子4人の南への旅立ちを迎えたのだった。

 1時間40分のフライトを終えて、機のドアが開いた途端、濃密な湿気を帯びた南国の熱い空気が一気に流れ込んできた。そう、これが沖縄!
 ダイビング機材一式を持ち歩いている娘夫婦は、4つものスーツケースを引き摺って移動している。合わせて6つと4人、空港のジャンボ・タクシーに積み込んでホテルに向かった。4年ぶりの沖縄、例年より2週間遅く梅雨入りし、4日早く明けた沖縄だったが、まだすっきりとは明け切れず、雲の多い夏空だった。泊港近くの定宿に荷物を置き、先ずは腹拵え……沖縄でのお昼は、いつも「ソーキそば」と決めている。キンキンに冷房を効かせたホテル近くの店で遅い昼食となった。

 壷屋の「やちむん(焼物)通り」に、行きつけの壷屋焼の店・新垣商店がある。沖縄を訪れる度に必ず寄る店である。いつも通り、お茶と黒砂糖をいただきながら話が弾み、幾つかの器を求めた。魔除け・厄除けの置物・シーサー(獅子)に魅せられた娘夫婦は、選びに選んだ挙句、足元から見上げる風情の一品を探し出した。「壷屋焼物博物館」を覗いて日差しに火照った身体を冷まし、平和通りや公設市場を冷やかして歩く。もう何年同じことやってるんだろうと苦笑いしながらも、やっぱりオバアやニイニイ達が明るく素朴に相手してくれるこの町筋の散策は、何とも捨てがたい沖縄の醍醐味なのだ。
 こうして日が傾く頃まで時間をつぶし、モノレール美栄橋駅近くの「居酒屋りょう次」に向かった。座間味島に住む友人から教えてもらった琉球料理の居酒屋である。携帯に貰っていた道筋のガイドを読みながら歩くうちに、約束の時間近に携帯に電話がはいった。初めての訪れを心配したマスターからの「店、わかります?」という呼び掛けだった。この優しさが、沖縄のもう一つの醍醐味である。

 オリオンビールと泡盛の古酒で心地よく酔い、納得の琉球料理の数々を味わいながら、4年ぶりの那覇の夜が更けていった。
          (2008年7月:写真:シーサー)